第2話
「お、お兄ちゃん……?」
「大丈夫か? 果歩」
「う、うん。大丈夫。それよりも……」
千裕は果歩の視線を追い、青色の炎が揺れる松明を掲げた。
「これか? これは何でも凍らせることができる炎だ」
「お兄ちゃんもヴィランたちみたいに力を持っていたの?」
「ああ、そうだ。力に目覚めたのはつい最近で、まだまだ上手く使いこなせていないけど」
「そうなんだ……でも助かったよ、ありがとう!」
「気にするな。さぁ、帰ろうぜ」
「うん!」
そう言い、果歩は買った服が入っている紙袋を拾い、中を確認した。
「あー、ちょっと砂入って汚れてるかも……」
「また買えばいいだろ」
「……」
果歩は千裕を見つめる。
「どうした? 果歩」
「さっきからお兄ちゃん、なんか変だよ」
「そうか?」
「だってこの服は私の誕生日だから高いのに買ってくれたのに、『また買え』なんて……。それに話し方もいつもと違うよ」
果歩がそのように指摘すると千裕は長いため息をついた。
「チッ、この世界の俺は貧乏人なのか」
「お兄ちゃん……?」
果歩は紙袋を抱えて後ずさる。すると彼女の背中が何かに当たった。振り返るとそこにはもう一人の千裕。しかし顔の右半分には火傷の跡がある。
「おい、出てくるなって言っただろ」
松明を持つ千裕が口を尖らせる。
すると火傷の千裕は肩をすくめた。
「チッ、はいはい、バレた俺が悪かったですよ」
「あ、あのっ!」
「あん? なんだ?」
「どういうことなの……どうしてお兄ちゃんが二人もいるの!?」
そのときまたしても別の「誰か」の声がする。
「二人じゃないぞ」
そしてどこからともなく現れたのは数人の千裕だった。とある彼は蜘蛛のように腕が六本あるし、とある千裕は女性だ。機械のスーツに身を包んだ千裕もいる。ありとあらゆる千裕がそこにいた。
「果歩!」
そのとき千裕の声が響いた。だが「どの」千裕が叫んだのかは分からない。
困惑する果歩。そんな彼女の元に千裕が駆け寄り、背を向けると千裕「たち」を睨みつけた。
「大丈夫!? 何かされていない!?」
「う、うん……」
返事をしつつも果歩は目の前の兄が本当の兄なのか判断できずにいた。
そんな彼女の考えを読み取ってか騎士のように鎧に身を包む千裕が前に出た。
「その千裕は君の本当のお兄さんですよ」
爽やかな笑顔だ。
その笑顔を睨みながら千裕(本物)は凍った肉片となっているボマーを一瞥した。
「そんな怖い顔しないでください。私たちは別世界からこの世界を救いにやって来たのですから」
「別世界……?」
千裕(騎士)の言葉に千裕(本物)は首を傾げた。
「はい。貴方たちが生まれ育ったこの世界以外の世界にもヴィランがいますが、対となる存在であるヒーローもいます。それが私たちであり、今回この世界にお邪魔したということです。ちなみにここにいるのはほんの一部になります」
「どうしてこっちの世界に?」
「先ほどもお伝えしましたがこの世界にヴィランがいますね? しかしヒーローはいません。正確に言いますとヒーローとしてまだ覚醒していません。なので私たちが覚醒させるためにやってきたんです。……貴方を」
「僕が、ヒーローに……」
千裕(本物)は別世界の自分たちを見た。そして最後に果歩も。彼の脳裏には両親が亡くなったときの妹の顔が浮かんでいた。
もう二度と悲しませたくない――。
彼は千裕(騎士)と目を合わせた。
「……さすが別世界といえど『私』だ。決意が早い」
「うん、僕もヒーローになるよ」
「これまで経験したことがない痛みと苦しみが襲いますよ」
「が、我慢してみせる!」
「物理的な痛みや苦しみだけではありません。救いの手を差し伸べたにもかかわらず救えなかったり、ヴィランになった経緯を理解できるのに倒さなければならなかったりすることもありますよ。乗り越えることはできますか?」
「……乗り越えることは難しいかもしれない。けれど僕はそれを受け入れて強くなる!」
「ふふっ、やはり『私』ですね」
騎士は笑い、千裕(本物)は頷く。
そんな彼の袖を果歩は引っ張った。
「お兄ちゃん……」
「大丈夫。根拠はないけど……。でもそれでも僕は僕らのように悲しい過去から一人でも多く救いたいんだ」
「お兄ちゃん!」
「もちろん果歩も守るよ」
千裕は果歩の頭を撫で、彼女は顔を見られないように俯いた。それから彼は一歩踏み出してもう一人の自分と目を合わせた。
「僕、やるよ。ヒーローになってみんなを守る」
「その決意に敬意を表します。もう一人の私」
「さぁ、どうやって力を得るの? なんか怪しげな注射でもする? それとも蜘蛛に嚙まれたりする?」
千裕は尋ねた。
だがどの千裕もそれに答えなかった。中には腰に手を当てて俯いている千裕もいる。
「僕変な質問した?」
千裕の問いに騎士は首を振った。
「もう一人の私よ、これから私が告げることを落ち着いて訊いてください。力の覚醒に必要なことは一つだけ。……果歩の死になります」
「……えっ?」
「私は……私たちは果歩を失い、その喪失感を元に力を得ました」
「そ、そうなんだ……。でも果歩は生きてるよ? どうするの?」
「それは――」
そのとき放たれた矢が果歩の頬を掠めた。刻まれた一文字から血が滴り、彼女の足から力が抜け、その場に座り込んだ。恐怖に動悸が激しくなる。頬を触れば指先が赤に染まり、もしも数センチずれていたらと考えるとよりいっそう動悸が激しくなった。
「おおぉい!」
弓矢を持つ千裕が騎士の胸ぐらを掴んだ。
「邪魔してんじゃねぇよ! 軌道を逸らしやがって!」
「不意討ちは駄目だと言ったはずです!」
「あぁん!? じゃあテメェは『今から果歩を殺します』って言ってからやるのか!? そんなこと言われて納得すると思うか!? 俺たちなら分かるだろ!」
「……納得しないでしょう。しかしだからと言って不意討ちはいけません!」
剣と弓。それぞれ得意とする二人の千裕が睨み合う。
そんな二人に千裕(本物)が問う。
「果歩を殺すってどういうこと!?」と。
「テメェの力を引き出すために果歩を殺すんだよ! どうしてって聞くなよ? さっきも騎士様が言ったが俺たちは各々の世界で果歩の死があったからこそ力を得てみんなを守れるようになれたんだ」
「そ、そんな……」
「悪いな、果歩の死によって力を得ることはどの世界でも共通事項なんだ」
千尋は果歩を見つめる。それから千裕(弓)を睨むと拳を握った。
「……やっぱそうなるか。分かっていたぜ、お前も俺だからな」
千裕(弓)がそう言うと果歩の身体が浮かび始めた。数人いる千裕のうち一人が力で浮かせているのだ。そして「彼」が弓矢を彼女に向けた。
「悪いな、俺。こうでもしないとこの世界を救えないんだ」
「やめろ!」
千裕の声届かず、「彼」は矢を放った。それも三発。ほぼ同時に。
矢は空を切って飛び、果歩の心臓を狙う。だが当たらなかった。
「……えっ」
誰もが驚きを声にする。千裕(本物)以外は。彼は跳び、果歩をかばって矢を受けたのだ。
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