【短編読切】英雄誕生譚!~お兄ちゃんは私の死によって覚醒するようです~

三七倉 春介

第1話

「何かお探しですかー?」


 ショッピングモールの服屋にて。若い女性店員がとある男女に話しかけた。男は背が高く、筋肉質。短い前髪を立たせていて見る者に爽やかな印象を与える。そして女はというと身長は女性にしては低いが出るところは出ていてスタイルが良い。切りそろえた前髪は日々の鍛錬の賜物だ。そして二人とも顔が整っている。


「彼女さんにプレゼントですか?」


 店員は女性の顔を覗き込んで笑った。

 すると男が苦笑しながら言う。「兄妹なんですよ」と。

 それを聞いた店員は赤面し、何事もなかったかのようにおすすめのブランドを説明しはじめたがその口回りは素早いものだった。

 結局男が妹に買ったのは他のブランドの服。色よりデザインを優先した結果だった。


「ありがとう、お兄ちゃん!」

「どういたしまして。喜んでもらえてなによりだよ」

「でもよかったの? こんなにいい服……。ただでさえこの前エアコンを修理してもらったばかりでお金を使ったのに」

「いいんだよ。誕生日が近いからね」

「そう? じゃあお兄ちゃんの誕生日になったら今度は私が何か買ってあげる」

「いいよ、僕には。それに果歩はそんなお金持ってないでしょ」

「バイトするもん」

「果歩の高校はバイト原則禁止でしょ。入学して早々停学になりたくないよね?」

「『原則』禁止。私たちには『事情』があるじゃん」


 果歩の言葉に千裕は苦笑した。


 彼ら峯崎兄妹に両親はいない。


 数年前にとある爆発に巻き込まれて亡くなった。しかもただの爆発事故ではない。異能の力を持った悪人――ヴィランが銀行を襲撃する際に起こした爆発だ。


 それから二人で暮らしているが生活費などは国からの支援金(異能力悪人による被害救済金)で賄っている。だがいつまでも貰えるわけではない。対象者が成人するまでである。千裕は今年で支援が終わり、果歩にはあと四年の月日が残っている。


 ちなみにあの銀行強盗はまだ捕まっていない。数年経っているというのに。

 この世界に英雄ヒーローはいないのだ。


「とにかく果歩はバイトをする必要はないよ。少なくとも今のところはね。支援金と母さんたちの遺産もあるし。贅沢な生活をしなければまだまだニートでいられるよ」


 果歩は兄が来ているよれたりほつれたりしている服と自分が来ている服、先ほど買ってもらった服を見比べた。


「……果歩、後で返品なんかするんじゃないよ」

「でも! 私だけこんなお金を使ってもらって……」

「じゃあ、こうしよう。今は果歩のためにお金を使う。でも老後は僕のためにお金を使わせてもらうから。僕だけ超高級老人ホームに入るけど恨まないでね」

「なにそれ、笑う」


 果歩はクスクスと笑い、そんな妹の頭を千裕は撫でた。

 それから二人はファミレスで食事をすることにした。千裕たちは店員に席を案内してもらったが千裕はすぐに離れて用を足した。そして席に戻って来ると果歩がスマートフォンを睨んでいた。


「どうかした?」


 果歩は無言で千裕に自分のスマートフォンの画面を見せた。

 そこには速報と銘打ってヴィランが現れたことについて書かれた記事が表示されていた。だが現れた所は遠くの県だ。新幹線でも四時間以上かかる。

 千裕は自分たちの親が死ぬ原因になったヴィランなのかと考えたが、記事を読んでみるとまったく関係のないヴィランであることが分かった。


「……過敏になりすぎてるんじゃない?」

「そういうお兄ちゃんもね。顔怖くなってるよ」

「……」


 二人は黙り込んでしまった。店内の喧騒が遥か遠くのよう。

 そんな彼らの通路を挟んだ反対側の席にとある家族がやって来た。夫婦に姉と弟。子供たちはまだまだ幼かった。


「私たちも何回も来たことあるよね、お父さんたちと」

「そうだね……」

「……」

「……」

「ちょっと、空気重いって!」

「痛いよ果歩! 脛蹴らないで!」


 千裕は脛をさすり、果歩は頬を膨らませている。


「分かったよ、暗い話は終わり。別の話をしよう」

「じゃあ……私が姉で、お兄ちゃんが弟だったらどうなってたかな」

「僕が弟で果歩が姉か……。多分果歩が僕の手を引っ張ってくれるんじゃないかな。物理的にも精神的にも」

「そう?」

「うん。果歩は考えるよりも動く人だからね」

「逆にお兄ちゃんは考え込むことが多いよね。前に告白されたときも断り方を考えに考えすぎて相手に断られることもあったね、確か」

「だって勇気を出して告白してくれたのに断るのが申し訳なくて……」

「そういうときはスパッと断ればいいんだって。一ミリも興味がないんだったら」

「果歩はそういうこと……告白されたことある?」

「あるけどその場で断ったよ」

「凄いなぁ、尊敬するよ」

「どんどん尊敬しなさい」


 二人は運ばれてきた食事を食べているときも雑談に花を咲かせた。そして気づけば午後八時過ぎ。空は真っ暗になっていた。


「さぁ、帰ろう。お兄ちゃん。さっそく買ってもらった服を着てみないと」

「お店で試着しなかったっけ?」

「お店と家で着ると見方が違うの」


 いまいち理解できていない千裕だったが果歩が早く帰ろうと急かすものだから考えることをやめた。そして先を行く彼女に追いつくため走り出したときだった。


 爆発。

 数十メートルビルの向こう。

 もくもくと黒煙が上がり、火が踊っている。

 それから千裕たちを含むこの場にいる者たちのスマートフォンから緊急事態アラームが鳴った。

 アラームの詳細を確認するとそこにはビルを爆発させる直前のヴィランの画像が添付されていた。黒の防火服に身を包み、一見消防士のように見えるそのヴィランの名は――。


「ボマー……」


 果歩が呟く。

 名前の由来は肌に触れた物を爆発させることができる能力を持っているからだ。そして彼は数年前に銀行強盗をおこなう際に関係のない市民を巻き込んで殺している。


「果歩! 果歩!」


 兄に肩を揺さぶられて果歩は忌々しい記憶から戻って来た。


「逃げるぞ! 果歩!」


 すでに多くの人々が爆発があったビルから離れるように走っている。

 二人は手を繋いで走り出した。

 そしてどれくらい走り続けただろうか。


 千裕と果歩はビルから離れた所にある湾岸広場にいた。湾曲した湾の向こう側に今もなお火をあげているビルが見える。真っ暗の空の下、火をあげているビルはまるで蠟燭のようだ。かすかに消防車や救急車のサイレンも聞こえる。


「ちょ、ちょっと休憩しよう」


 兄妹はベンチに並んで座った。


「……ボマーだったね、果歩」

「そうだね……」

「……」

「……」

「僕、ジュース買ってくるよ。果歩は何がいい?」

「水がいいな」

「分かった。すぐ戻ってくるよ」


 そう言って千裕は走り去った。

 一人になった果歩は燃えるビルを見つめながら両親と過ごした記憶を思い出していた。もちろん両親の最期も含めて。

 そのとき背後から芝を歩く音が聞こえた。


「お兄ちゃ――」


 振り返った果歩は驚愕する。

 なぜならそこにいたのは黒の防火服に身を包んだ男、ボマーだからだ。


「あ、ああっ……」

「なんだ、お前は」

「ああっ、ああああああ!」


 果歩は転がっていた空き缶を拾うと投げようと振りかぶった。だが恐怖が彼女を縛り付ける。


「ほう、この俺様に挑む気か。あまり目立ちたくないがいいだろう。どうせ見逃しても通報されるしな」


 ボマーが指先をこすり始めると火花が跳ねる。

 一方で果歩は何もすることができなかった。目と鼻の先までヴィランが近づいてきても突き飛ばしたり逃げたりすることもできずにいた。


「死ね」


 ボマーが果歩の首に触れようとしたとき。

 凍結。

 ヴィランは一瞬で氷漬けになった。そしてしまいには氷はボマーの肉体ごと粉々に崩れ落ちた。

 何が起きたか理解できない果歩。そして彼女は崩れたボマーの向こうに千裕の姿を見た。

 彼の右手には松明一本。

 青の炎が闇夜に揺れる。

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