7 二人の話②

 先輩に綾の予定を教えてあげたかったけど、あいにく綾が普段何をしているのか俺は分からなかった。そして、先輩に浮気の話を聞いてからだんだん連絡頻度も減っている。気のせいだと思っていたけど、本当に減っていたから……悲しかった。


 今は毎晩送ってくれる「おやすみ」ももう送ってくれないし、電話もしない。


 いつからだろう。あまり気にしてなかったことがだんだん見えてくる。

 そういえば、綾は自分が必要な時にだけ俺にラ〇ンを送った。そして付き合ったばかりの頃には「何してるの? 会いたい!」とか、「連夜くんとデートしたい!」とか、心臓に悪い言葉ばかり言ってたけど、今はその言葉を聞くと……負担を感じてしまう。


 あの日から、俺の人生が少しずつ変わっていく。


「おいおい! 連夜」

「柳くん」

「二人、どうした? なんか、気分良さそうだな」

「今日、カラオケ行かない? 綾ちゃんも呼んで、四人で行こうよ!」

「あっ、カラオケか。いいな。でも、俺……今日バイトだけど」

「マジかぁ……」


 バイトを始めた理由は、綾とデートをするため。

 綾はおしゃれなカフェとか、綺麗な洋服が好きだから……それをプレゼントしてあげるとすごく喜んでくれる。俺も彼女が喜んでくれるならそれでいいと思ってたし、可愛い彼女と一緒にいるのが好きだったから、ずっと頑張っていた。


 たった一人しかいない彼女を、満足させるために———。


「三人で何してるの?」

「綾ちゃん! どこ行ったの? さっきから探してたけど……」

「ああ…………。ごめんね。私、生徒会のことでちょっと!」

「そうだったんだ〜。ねえねえ、今日カラオケ行かない? 三人で!」

「連夜くんは行かないの?」


 さりげなく俺と手を繋ぐ綾。

 そして、イ〇スタで見たあのネックレスをつけていた。プレゼント……か。


「柳くんはバイトあるって」

「へえ……、そうなんだ。私も……今日はダメかも」

「えっ! 綾ちゃんも?」

「うん……。この前、お母さんが入院したから……病院に行かないとね」

「あ、そうなんだ。仕方ないね。じゃあ、今日は二人で行こう……。いずみくん」

「うん」


 また病院か……、そして先まで生徒会室にいたし。

 ちょっとだけ……探りを入れてみようか。


「綾」

「うん?」

「お見舞い、一緒に行っていい? バイトに行く前にちょっとだけ」

「えっ? 一緒に……? そ、それはちょっと……。また今度にしよう」


 いつもの綾と違って声が少し震えていた。


「そっか。ダメだったら仕方ないね」

「へへっ……。この前には私のせいでデートできなかったけど、来週一緒にデートしよう!」

「うん…………」

「約束!!」


 俺は以前、綾のお母さんと一度会ったことがある。

 家でデートをしていた時、仕事から帰ってきたお母さんに「私の彼氏だよ!」って綾が堂々と言ってくれた。あの時、綾のお母さんめっちゃ喜んでて、いろいろ作ってくれたのをまだ覚えている。三人で食事をする予定はなかったけど、すごく楽しい一時だった。


 なのに、そんな嘘をつくのか。事故に遭ったって…………。


 ……


「奏美ちゃん! 今日も可愛いね〜」

「…………」

「いい! 本当に可愛い!」


 カメラの前でポーズを取る先輩、俺は次の衣装を着るまでしばらく待っていた。


「…………」


 ふと、綾のことを思い出してしまう。

 今頃……、綾はあの先輩といやらしいことをしてるかもしれない。そして一時間前にラ〇ンを送ったけど、まだ返事が来てない。家にいる時は意外と返事が早いから、まだ来てないってことはあの先輩と外にいるってこと。あるいは、無視。


 今、九時だぞ。綾。


「お疲れ、休憩入って!」

「はい〜」


 先輩が俺に合図を送る。

 多分、自分のところに来いってことだよな。俺はスタジオを片付けた後、次の服を用意してすぐ先輩が待っている控え室に向かった。


「遅くなってすみません」

「いいよ。どうやら、月島颯太と一緒にいるみたいだね」

「知ってましたか……」

「顔に出てるから」

「はい……」

「この前の話だけど、月島颯太はいつも私が仕事をしてる時に浮気をする。そして、今ラ〇ンで送った写真を見てほしい」

「は、はい!」


 先輩は店の写真とともに、その店の住所を送ってくれた。

 でも、全部高級レストランに見えるのは気のせいかな……。なんか、綾の好きそうな……そんな店ばっかりだった。やっぱり、陽キャでテンションが高い女の子はこんなところが好きだよな。そして、月島颯太とよくこんなところに行きそう。


 馬鹿馬鹿しいけど、変な妄想をしていた。


「先輩、これは……?」

「月島颯太がよく行くお店。私と……、そして私以外の女の子とよく行くお店だよ」

「……やっぱり」

「私は月島颯太がいつそこに行くのか、そしていつそこから出るのか、それが知りたい……。決定的瞬間を撮りたい」

「あの……、来週綾とデートをすることにしました」

「そう? いいね。場所を選ぶならここかな……?」


 先輩は、俺にある店を見せてくれた。


「なぜ、ここですか?」

「ここから遠くないところに、眺めのいいがあるからだよ」

「…………」

「そして、私も月島颯太に聞いてみるから。もし、予定が被ったら……そこで待ち伏せをしよう。どう思う?」

「は、はい。分かりました……」

「そんなに緊張しないで……」


 そう言いながら、先輩は俺の頭を撫でてくれた。


「…………」

「そろそろ、戻ろう」

「は、はい!」


 このわけ分からない感情を、俺はどうすればいいのか分からなかった。

 ただ、先輩の前で涙を我慢するだけ。


 ……


「楽しかったぁ〜。でもね、やっぱり四人で行きたいよ〜」

「そうだよね。次は四人で行こう!」

「行こう行こう……! あれ?」

「どうしたの? るみちゃん」


 どこかをじっと見つめていたるみが、肘でいずみの脇腹をつつく。


「あっち、あっち! いずみくん!」

「あっち?」


 向こうの横断歩道で、腕を組んでいる男女が仲良く話していた。


「ねえ、あれ……綾ちゃんじゃね?」

「えっ? そう? いや、でも……今日は病院に行くって……」

「そして、隣にいる人……。よく見えないけど、あれはうちの制服だよね?」

「そうだな」

「しゃ、写真を撮って! 早く! いずみくん!」

「あっ! う、うん!」

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