6 二人の話
夜の八時半、先輩は話が長くなりそうで俺をある場所に呼び出した。
うちからけっこう遠いところにある公園……、先輩が送ってくれた場所はここだった。街灯が弱々しい光を放っているこの場所で……話をするのか、それに周りも真っ暗で何も見えない。
大丈夫かな……?
「待たせてごめんね」
そして、後ろから先輩の声が聞こえてきた。
てか、なんで……おしゃれをしてるんだろう。彼氏とデートの約束でもあったのかな、普段と全然違う先輩の格好に言葉が上手く出てこなかった。髪型やピアス、それにパンツ派の先輩がスカートをはいている。どう見ても、それはデートから帰ってきた人の服装だった。
やっぱり、すごい美人だな。朝比奈先輩は。
「あっ、いいえ。俺もちょうど今…………」
「あ。この服? 家族同士で食事をしたから、気にしなくてもいいよ」
「あっ、そ、そうですか!」
「月島颯太とデートなんかしてないよ」
「あっ、いいえ!」
「顔に出てるから否定しなくてもいい。でも、半分は正解かもしれないね」
「えっ? どういう……」
「なんでもない、話を続けよう。ごめんね、こんな時間に呼び出して」
「い、いいえ……」
いよいよ、それについて話をするのか。
でも、正直こんなことまでする必要があるのか……と心の底でそう思っていた。冷静を取り戻して、一人で考えてみた結果。浮気をしたのは悪いことだけど、どうせ俺を裏切った人だからそのまま別れてもいいんじゃないのかな……と俺はそう思った。
心が離れる前まで綾は俺のすべてだったから……それを失うのがとても怖かった。
でも、今の俺は……落ち着いている。
現実を受け入れることにした。
「あの……」
「うん?」
「先輩は……。どうして、月島先輩と別れないんですか? 彼氏の浮気を知ってるなら、こんなことをするより……別れた方が早いと思いますけど」
「うん。それも正解だと思う。でも、私には事情があって今はあの人と別れない」
「そうですか……」
「そして、悔しくないの? 柳くん」
「えっ?」
「大好きな彼女を取られたんでしょ? 月島颯太に」
「は、はい……。正直、悔しいです。でも、あの人が残したキスマークを見ても、俺は綾に何も言えませんでした。どうすればいいのか分からなくて、いつもの通り……じっとしていました。俺は、何もできませんでした……」
「…………」
そして、二人の間には静寂が流れた。
「先輩?」
「私は……、あの人に地獄を見せてあげたい。どう思う? 柳くん」
「えっ……?」
薄暗い公園のベンチ、隣に座っている先輩が俺を見ていた。
朝比奈先輩が……じっと俺を見ていた。
「…………」
そんな悲しそうな目をして、何を考えてるんだろう。
「柳くんも悔しいでしょ? 私はあの人のことをよく知っている。多分……、二人は…………」
「…………はい。大体のことは分かってます」
「うん」
「先輩は、どうしたいんですか?」
「私が持ってる情報だけじゃ全然足りない。あの人がどこで、誰と、何をするのか、それを全部証拠として残したい。だから、柳くんも……今は伊藤綾と別れないでほしい」
「な、なんでですか?」
「最近、月島颯太が伊藤綾と楽しんでるみたいだから。そして、これ……」
「…………」
先輩はイ〇スタを開いて、俺にある写真を見せてくれた。
多分、これは綾のイ〇スタだろう。俺はSNSとかやってないから、綾が普段何を投稿してるのか全然分からない。そして、先輩が見せてくれたその写真には「知り合いがプレゼントしてくれた♡ めっちゃ好き♡」という言葉とともに、高そうなネックレスが写っていた。
てか、このネックレス、学校で……つけてたよな。
あれ……?
「…………」
覚悟はしていたけど、やっぱり……心が痛くなるのは仕方ないのか。
なんでだ? 俺のことがそんなに嫌なら言えよ…………。
そして綾はあの人と浮気をしてるのに、まだ「別れよう」と言ってない。俺が知らないと思ってそう考えてるかもしれないけど、俺に飽きたら綾の方から振ってもいいだろ……。なぜ、俺と付き合ってるのにそんなことをするんだ……? 別れようって言ってくれたら、俺も……素直に受け入れたはずだ。
悲しいけど、受け入れたはず。
「ごめんね。こんなことばかり見せてあげて……」
「いいえ……。先輩」
「うん?」
「俺、手伝います。綾がなぜそんなことをするのか……、正直知りたかったんですけど、もうそんなことどうでもいいです。俺は……最後まで綾のことを信じようとしました……。でも、無理です」
「うん」
「どうしたらいいんですか? 俺は……、綾と別れず何をすれば……」
「まずは、伊藤綾の予定を教えてほしい。私も月島颯太の予定を教えてあげるから。どんな話なのか、分かるよね?」
つまり、予定が被った時に現場を襲うってことか。
確かに、片方の情報だけじゃその状況を把握できないから……いい方法だと思う。
「はい、分かりました。何かあったらすぐ先輩に連絡をします」
「うん。ありがと、そして柳くんにこんなことをさせて……。ごめんね」
「いいえ……、大丈夫です。そろそろ、帰りましょう」
「…………」
「先輩?」
ちらっと先輩の方を見た俺は、震えている先輩の手に気づいてしまう。
いつも冷たい顔をして冷静さを失わない先輩が、今……不安を感じている。
「…………うん? あっ、そうだね。帰ろうか」
「…………」
「……えっ?」
こんなことよくないって知ってるけど、先輩の手を握ってあげた。
先輩は……、周りに自分のことを言わない性格だと思う。なんか……、俺と似てるような気がしてほっておけない。俺なんかがこんなことをしても、何も変わらないって知ってるけど、それでも……先輩の力になりたかった。
きっと、悲しいはず。
そして先輩のこんな姿、俺は初めてみた。
「柳……くん?」
「ああ……! すみません。す、すみません……。いきなり、変なことをして」
そういえば、俺……先輩の手を握ってたよな……。うっかりしてた。
「ううん。ありがと、私も……ずっと不安だったからね。でも、柳くんがいてくれてよかったと思う」
「…………は、はい」
「ふふっ」
そう言いながら、俺に笑ってくれる先輩だった。
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