3 偉い人

 先輩と話したことがずっと気になって、全然眠れなかった。

 目を閉じると写真に写ってる二人が思い浮かんで、どうすればいいのか本当に分からなかった。こんなに苦しいのに、綾は俺の知らないところで……知らない男と何をやってるんだろう。そんなことばかり考えていた。


 一人暮らしをしている俺に、話し相手なんかいるわけないし。

 そのまま朝になってしまった。


「連夜……。お前、大丈夫か? クマやべぇ」

「あ……、ちょっと寝不足」

「どうしたんだ……? あ、そっか! お前、伊藤さんとデートしたよな。それなら理解できる! 仕方ねぇな〜」

「いや、違う。綾に予定ができて、デートはダメだった」

「ええ……」


 こいつの名前は青木あおきいずみ。

 いつも俺の話を聞いてくれるいい友達だけど、この件については相談できない。理由は簡単だ。いずみの彼女が綾と同じクラスだから、余計なことを話して二人の関係を壊したくなかった。


 こんな話ができる人、いずみしかいないのに……。

 俺は、綾の浮気をどうすればいいんだろう。


「おいおい、元気出せよ。ジュースおごるから行こう!」

「おう……」


 俺は……綾とどうすればいいのか、ジュースを飲みながらずっと考えていた。

 すると、ザワザワする人たちの声が聞こえてくる。

 チラッとそっちを見た時、人たちの視線はあるカップルに集まっていた。それは学校一の美少女と呼ばれている朝比奈先輩、そして……そばにいる人は多分先輩の彼氏だろう。名前はよく分からないけど、サッカー部のキャプテンってクラスメイトに聞いたことがある。


 レベルが違う、めっちゃかっこいい人だな。先輩の彼氏…………。

 そんなオーラが感じられた。


「朝からうるさいな。また月島颯太つきしまそうたか」

「へえ、あの先輩の名前知ってたんだ。いずみ」

「えっ? 知らなかったのか、あの先輩めっちゃ有名だぞ? まあ、俺は興味ないけど、彼女のクラスでいつも月島先輩かっこよくね?とか言ってるから」

「そっか……」

「それにうちのクラスもさ。たまに月島先輩と付き合いたいとか言ってるけど、そんなことができる人……朝比奈先輩しかいないよな。普通の女子高生と格が違うから」

「そうだよな」


 分からない。あの人は朝比奈先輩と付き合ってるのに、なぜ浮気をするんだろう。

 俺なら絶対できねぇ。相手のことが好きだから、付き合ったんだろ……? そうだろ……? なのに、浮気だなんて。


 その相手が、綾だなんて……。


「はあ……」

「連夜。お金持ちで、顔もかっこいい人の人生はどんな人生だろう」

「なんの話?」

「月島颯太のことさ。父が大手企業の社長らしい」

「そっか。お金持ちだったのか……」


 どれだけ考えても、あの人がなぜ浮気をするのか俺には理解できなかった。

 すぐそばに美人の彼女がいるだろ? どうしてだ。


「どうした? 連夜、今日は変だな。彼女に会いに行く? 俺、さっきるみちゃんからラ〇ンがきてさ」

「…………綾」

「どうしたんだ? 喧嘩? 喧嘩なのか? ええ、喧嘩か〜!」

「いや、なんでもない。行くか?」

「おう!」


 ……


 綾と吉岡よしおかるみは同じクラスだから、会いに行く時はいつも一緒だった。

 でも、今日は……ちょっと。


「あっ! いずみくんだぁー!」

「るみちゃん!!」

「綾ちゃん! 綾ちゃんの彼氏も来たよ〜」


 相変わらずテンションが高いな、二人……。

 そして、綾が目を擦る。

 寝不足か……? 確かに、お母さんが事故に遭ったって言ってたよな。もちろん、嘘ってことは知ってるけど、今はそれを言えなかった。どうすればいいのか分からなくて、いつもの通り話をかける。


「おはよう、綾」

「連夜くん…………おはよう」

「寝不足? なんか、疲れてるように見えるけど……」

「ううん。昨日、ずっと病院にいたからね」

「そうか。返事がなかったから心配してたよ」

「へへっ、ありがとー。やっぱり、連夜くんしかないよ〜。好き〜」


 そのまま俺の手を握る綾。いつもこんな風に甘えてくるけど、俺は……どうすればいいのか分からなかった。そして、朝比奈先輩が言ったのは真実だった。証拠もあったから。でも、綾も……俺に嘘なんかつかないって付き合う時にそう言ったから、頭がだんだん痛くなる。早く先輩に返事をしないといけないのに、この状況で俺は迷っていた。


 いつもの綾だったから、俺は……迷っていた。


「あ、そういえば……。私、生徒会室に行かないと…………」

「あっ、そうだよな。綾、生徒会の書記だから」

「へへっ。本当に面倒臭いよ。私の代わりにやって〜。連夜くん」

「そんなことできません。俺は生徒会やめたから……、それにバイトもあるし」

「たまには! たまには学校生活を楽しめないと!」

「ううん……。でも、俺には綾がいるから……」

「ひひっ、それもそうだね♡」


 すぐ決断を下せなかった。

 こんなに可愛い綾が……、俺を裏切って知らない男と浮気だなんて。本当に……信じられない。信じたくなかった。


 初めてできた彼女なのに……。どうして。


「じゃあ、後でね!」

「うん!」

「ああ〜。行っちゃった。可哀想な連夜」

「はあ……?」

「でも、るみちゃんはここにいるから、俺はイチャイチャできるぞ!」

「死ね」

「あはははっ」


 そして、いずみとくっついていた吉岡が何かを思い出したように「あっ!」と声を出す。


「どうしたの? るみちゃん」

「そういえば……、今の生徒会長はあの先輩だよね? 柳くん、緊張しないと〜」

「うん? なんの話?」

「ああ、そっか〜」


 くすくすと笑う二人、知らないのは俺だけか?


「えっ? なんの話だ……?」

「連夜、本当に知らねぇのか? マジかよ。俺より興味ねぇやつ初めて見た。今の生徒会長、あの先輩だろ? 月島颯太」


 うわ、マジか。あの人と同じ生徒会だったのか?

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