2 地獄に落ちるのはたった一言で十分②

 こんなことをしてもいいのか、俺は綾以外の女性とこんなことをしてもいいのか。

 一応、先輩の言うことだから仕方がなくついてきたけど、綾に話してないのがずっと気になってて居ても立っても居られない。てか、なんでこんな時に「連夜くんには綾しかないよね?」とか、そんな言葉を思い出すんだろう……。


 それに綾の笑顔も思い出してしまって、つらい。

 なんか、悪いことをしてるような気がする。


「…………」


 とにかく、先輩とカフェに着いた。

 でも、このカフェは……なんっていうかめっちゃオシャレだな。そして周りにかっこいいカップルしかいなくて、それだけで体が固まってしまう。綾とデートをする時も、オシャレなカフェじゃないとダメって言われたし……。高校生の俺にはまだ慣れてない場所だった。


「なんで、そんなに緊張するの? 昨年まで一緒に生徒会やってたよね? 柳くん」

「は、はい!」


 わけ分からない名前の飲み物を注文した後、先輩が俺に声をかける。

 ええ……、マジでどういう状況だ。


「…………」

「単刀直入に話す。伊藤綾いとうあやと今日デートをする予定だったよね? 柳くん」

「えっ? ど、どうして……それを知ってるんですか?」


 正直、驚いた。

 先輩の口から綾の名前が出るなんて、それにデートの予定も、どうやって……?


「驚く必要はないよ。今頃、私の彼氏と柳くんの彼女がどっかでデートをしてるはずだから」

「えっ! な、なんの話ですか? 綾がそんなことをするわけ……!」

「言葉だけじゃ信頼できないってことくらい私も知っている。だから、証拠も用意したよ」


 先輩は隣に置いていたハンドバッグからいくつかの写真を取り出す。

 そしてテーブルに置いた。写真の中には自分の目を疑ってしまうほど、残酷で悲しい現実が写っていた。いっそ……、先輩が嘘って言ってくれたらなかったことにできるのかなと、一瞬そう思った。


 綾が知らない男と腕を組むなんて、そんなこと……あるわけないだろ。

 今日はお母さんが事故に遭って、デートできないって言っただろ? 何? この写真は……。


「…………えっ? え……? ど、どうして」


 慌てて、言葉が上手く出てこない。

 いや、俺は綾の彼氏だぞ。なのに……、どうして知らない男とこんなことをやってるんだ……? 今、この写真に写っている男と……デートをしてるのか? 俺はずっと綾とのデートを待ってたのに、それを勝手にキャンセルして、変な嘘をついて、知らない男と今デートをしてるのか? そうなのか……? 信じられない。


 何を言えば、何を言えばいいんだ……?


「柳くん?」

「えっ? え……? なんで…………? 先輩、俺には理解できません。う、嘘って言ってくれませんか? じゃないと、俺……なんのために……」


 情けないけど、先輩の前で涙を流してしまった。

 綾は俺のすべてだったのに……、そんな綾が知らない男と笑いながら腕を組んでいる。


「ごめんね。いきなりこんなことを見せてあげて……」


 うわぁ……、あの朝比奈先輩がハンカチで俺の涙を拭いてくれた……。

 それほど、動揺してるってことか。俺。


「い、いいえ。すみません。あの……朝比奈先輩」

「うん」

「俺に……この写真を見せてくれた理由はなんですか? 俺は綾と別れた方がいいんですか? 初めてできた彼女なのに……どうしてぇ」

「まだ……、足りない」

「足りないって……?」

「この写真を見れば分かるけど、私はまだ足りないと思う。もっと確実な証拠が欲しい、そうするためには柳くんが必要だよ」

「確実な証拠…………ですか?」

「うん。詳しいことはまだ言えないけど……、私にはどうしても確実な証拠が必要だから」


 確かに綾と付き合ってる俺には100%浮気に見えるけど……、他人にはそう見えないかもしれない。それより確実な証拠か……、ってことは先輩と手を組むことになるよな。それもいい話だけど、俺にはまだ時間が必要だった。


 バカみたいなこの状況を。これを受け入れるにはまだ……、まだ…………。

 考える時間が必要だった。


「伊藤綾のこと、好きだよね? 柳くん」

「はい……」

「うん。私の連絡先、教えてあげるから……家に帰ってゆっくり考えてみて。そして月曜日まで返事してくれない?」

「は、はい……。分かりました」

「いきなり呼び出して、こんな話をしてごめんね。でも、私だけそれを知ってるのも悪いと思うから……」

「いいえ。ありがとう……ございます。先輩」

「これ……。けっこう遠いところまで来ちゃったから、帰る時に使って」


 先輩は財布から五千円を取り出し、俺の前に置いてくれた。

 そして先に店を出る。


「…………」


 ……


 綾が知らない男と浮気……。家に帰ってきた俺は先輩の話より、浮気のことで頭の中がいっぱいだった。今頃、何をやってるんだろう。先輩にもらった写真を見つめながら、俺は今まで全然知らなかった不安というのを感じる。心が壊れて、どうしたらいいのか本当に分からなかった。


 俺は綾と手を繋いだことしかないのに、あの男とは腕を組んだのか。

 そして、写真に写ってる男はなんかお金持ちに見えるけど……。

 今頃、綾と二人きりで……。いや、変な妄想はやめろ! 連夜。


「ああああ…………!!!」


 夜の九時。普段ならラ〇ンがきてる時間だけど、今日は連絡がなかった。

 「お母さんが事故に遭った」そんな嘘をついて、俺の知らないところで知らないの男と一緒にデートを……。

 この状況をどう受け入れればいいんだ……?


 綾……。


 連夜「綾、寝てる?」


 結局、俺から先にラ〇ンを送ってみたけど、明日になっても返事はこなかった。

 苦しすぎて、頭が痛い。


「はあ…………」


 地獄に落ちるのは一瞬だった。

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