マンション
口羽龍
マンション
木原夫婦は荷造りをしている。明日で住み慣れたマンションを出ていかなければならない。高度成長期の頃から住んできて、住み慣れた場所で、愛着が深い。できればここで最期を迎えたいと思っていた。だが、マンションの老朽化で、倒壊の危険があると言われ、解体する事になったと言う。木原夫婦は明日でここを出て、長男の正幸(まさゆき)の家に引っ越す。正幸の家はニュータウンにある一軒家だ。すでに2人の部屋は確保してあるそうだ。明日からは長男の家で隠居だ。寂しいけれど、新しい生活に慣れないと。
「いよいよ明日だね」
「うん」
夫の次郎(じろう)は寂しそうだ。ここまで一緒に暮らしてきたのに、こんな理由で退去するなんて。もっと一緒にいたかったのに。
「寂しいけれど、取り壊しなんだね」
妻の雅子(まさこ)も寂しそうだ。だが、政子は現実を受け止めている。新しい場所でもいい日々を送りたいな。
「俺も寂しいよ」
「だろうね」
2人はここで暮らした日々を思い出している。今でも暮らした日々が走馬灯のようによみがえる。だけど、そんな日々はもう帰ってこない。
「ここに住んで、子供に恵まれて、子供が大きくなって、独立して、家を出ていって」
「あれから寂しくなったのよね。だけど、もう出ていかなくちゃならないんだね」
「しょうがないよ。取り壊しだもん。いつか終わりが来るんだ。仕方ないんだ」
雅子は窓からの景色を見た。この景色を見るのもこれが最後だ。明日からは新しい景色だ。新しい景色にも徐々に慣れないと。
それは高度成長期の頃だ。都内にはいくつかのニュータウンができ、マンションに多くの人々が住んだ。木原夫婦もその1人だ。狭い家に暮らしていた木原夫妻はこれから豊かな生活になる、そして子供に恵まれて、幸せな日々を送るんだと大きな夢を持っていた。
「今日からここに住むのね」
「うん」
2人はマンションを見ている。私たちはこれからここに住むんだ。ここが僕たちの愛の巣なんだ。これからの生活に期待しよう。
「狭い家より、ここの方がいいに決まってる!」
「そうだね」
と、次郎は雅子の肩を叩いた。雅子は笑みを浮かべた。
「これからここで、愛をはぐくもう!」
「うん!」
そして、2人はマンションに入居した。マンションは今までよりずっと居心地がいい。ここで子供たちの成長を見守ろう。この日から、2人の生活が始まった。
その後、2人には長男の正幸の他に、長女の霞(かすみ)も生まれ、順風満帆の日々を送るようになった。2人の成長が何よりの力だ。こうして2人の成長を見守っていると、元気が出てくる。どうしてだろう。
そんな中、正幸が小学校に入学する事になった。正幸は短パンのスーツに、ランドセルをしょっているところを両親に見せた。2人とも嬉しそうな表情だ。霞はその様子を見て、ぼーっとしていた。まだ何もわからないようだ。だが直にわかるだろう。
「入学、おめでとう!」
「ありがとうございます!」
正幸は丁寧にお辞儀をした。これはいい子供に育ってくれそうだ。
「しっかりと勉強して、たくさん友だちを作れよ!」
「わかってます!」
正幸は元気いっぱいだ。これからの日々に期待しよう。一体、正幸はどんな大人になるんだろう。正幸の背中を見て、霞はどんな大人になるんだろう。楽しみだな。
「素直でよろしい!」
そんな正幸の姿を見て、ほれぼれした。正幸は次郎に似た、一生懸命な大人になってくれるだろう。そして、自分を超えてくれるだろうな。期待でしかなかった。
正幸は小学校、中学校、高校、大学と進み、就職が決まった。そして、新しい所で生活する事になった。同じ都内だけど、比較的新しいマンションに住む事になった。これからは別々の場所で生活するけど、時々電話すると言っている。霞は高校を卒業後、かねてから付き合っていた男と交際を始め、やがて結婚した。そして、この家を出ていった。正幸がこの家を出ていくと、また2人だ。入居した時と同じになる。だけど、寂しくはない。時々電話をするからだ。
正幸は大学の卒業の日を迎えた。そして、明日から新しい生活に入る。すでに荷造りは終えていて、後は大学の卒業式を待つだけだ。正幸はスーツ姿で、卒業式に向かう時間を待っていた。
そこに、両親がやって来た。両親は笑みを浮かべている。ここまで成長してくれたからだ。
「今日で卒業だね!」
「うん!」
だが、それと同時に寂しさもこみあげてくる。今まで当たり前のようにいた正幸がいなくなってしまうからだ。だけど、時々電話をするだろうから、寂しくない。いつもそこにいてくれるようだ。
「これから就職して、別の場所に住むけど、時々帰ってきてね!」
「うん!」
正幸は考えていた。ゴールデンウィークや盆休み、年末年始はここに帰ってきて、日々の事を話したいな。
「仕事、頑張ってね!」
「わかった! 頑張るよ!」
「新しい生活も、頑張ってね!」
正幸は時計を見た。そろそろ出発する時間だ。卒業式の会場に行かなければ。正幸は立ち上がった。
「じゃあ、行ってくるね!」
「行ってらっしゃい!」
正幸はマンションを出ていった。両親はその後ろ姿を見ていた。小学校の頃、ここから出て小学校へ向かった頃の姿が目に浮かぶ。よくぞここまで成長してくれた。これkらどれだけ成長していくんだろう。
翌日、正幸は家を出ていった。それ以後、正幸は約束通り、ゴールデンウィークや盆休み、年末年始はここに帰ってくるという。
次郎は感じている。やっぱりここで正幸と過ごす日々がいいな。だけど時代の流れを受け入れないと。
「今でも子供たちがここに帰ってくるんだが、やっぱりここで迎えるのが一番だな」
「確かに」
次郎はこれからの生活を思い浮かべた。どんな生活になるかわからないけど、楽しい日々にしたいな。それに、孫に会える日が増えるってのもいいし。孫は次郎と雅子の事が好きだし。
「これから、長男の家に隠居するけど、やっぱりここがいいな」
「私もそう思うわ。だけど、それが時代の流れなのかね」
時代はめまぐるしく変わっていく。そして、老朽化した建物は新しい建物に変わっていく。そんな中で、人々は行き、それを受け止めていかなければならない。
「そうかもしれない」
「でも、悲しいよ。愛をはぐくんだ我が家がなくなるなんて」
「わかる。だけど、愛はこれからも続いていくから」
泣きそうな次郎を雅子は抱きしめた。寂しいのはわかるけど、受け入れないと。そして、新しい生活に慣れないと。
マンション 口羽龍 @ryo_kuchiba
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