第20話「イケメンの素顔~智也side~」

篠宮係長が会社に戻り、もつ鍋屋には俺と尾崎さんが二人きりという状況になった。尾崎さんは心なしかソワソワしているようにも見える。そりゃそうか、俺と会社外でこうして話をするの初めてだしな。


 「すみません、なんか僕とふたりになっちゃって」

俺は少しすまなそうな顔をして話しかけた。

「いや、私のほうこそごめんね。とりあえず、乾杯しようか」

そう言って、尾崎さんは自分が持ったビールのグラスをこちらに向けて傾けてきた。そういえば尾崎さん、ビールなんだな。酒、強そうだな。

「尾崎さん、もつ鍋を楽しみにしてましたからね。会社にいる時から」

思わず尾崎さんをからかうような発言をしてしまった、おっと危ない危ない。会社ではスマートで礼儀正しい松永君だから気を付けないとな。というか尾崎さん、いつ髪を束ねたんだ?これって、もつを食べる時に髪の毛が邪魔にならないように…ってことだよな。…どんだけもつに対して本気なんだよ!この人、かなり面白い人なのかもしれない。


 ビールで乾杯して喉を潤して各々もつを食す。篠宮係長一押しのもつはうまいし、ビールとの相性も最高!…なんだが。やーっぱり何か気になるんだよなぁ、さっきから尾崎さんの視線が。「尾崎さん、やっぱり何か変じゃないですか?さっきから視線が痛いというか」俺が何度も質問をするから、尾崎さんは観念したようにポツリポツリと話し出した。

「じ、実はさ。さっき聞いちゃったんだよね」

「聞いたって、何をですか?」

何だ?しかもさっきって、いつの事だ?まったく見当がつかない俺の頭にはハテナマークが浮かび続けている。


 「さっき、お店の外で電話してたでしょ?その……話し声が聞こえてきたの」

!!さっきの友達との電話か!俺が篠宮係長に取引先からだって嘘をついたから怪訝そうな表情をしてたのか。

「………僕、なんて言ってました?」

必死に電話の内容を思い出そうとするが、どうでもいい内容すぎて何も思い出せない。尾崎さんが引っかかるようなこと、俺言ったか?


 「………私のこと、お局って言ってた」

お、お局!?言った…か?正直あまり記憶にない。

「あとは、面倒くさいけどしょうがないとか、自分がモテるからしょうがない…みたいなとても爽やかイケメン松永君が言うとは思えないような言動を多数耳にしました」

かなり具体的に聞かれている…しかも聞かれたら結構まずい内容だよな。会社では爽やかでスマートな松永なのに。入社してから三年、少なくとも女性社員には爽やかモードを貫いてきたというのに…この失態。自分のわきの甘さに、なんだか笑いがこみ上げてくる。


 俺がいきなり笑い出したから、尾崎さんは驚いたようだ。

「な、なに!?」

「はははっ!ああ、すみません。まさか聞かれてたとは。久しぶりにこんなミスしたなー。まあ、篠宮係長に聞かれるよりはましか」

「ましって何よ!私のこと陰でお局って言ってたくせに」

まずい、お局呼びを根に持っている…よし、ここはフォローだ!


 「それに関しては気にしないでください。別に尾崎さんだけのことをそうやって呼んでるわけじゃないんで。俺より社歴の長い女性社員は全員そうやって呼んでますから」

「なんかめちゃくちゃ失礼なんですけど、この人!しかも一人称が俺になってるし」

…フォローは失敗したようだ。しかも俺、会社では一人称は『僕』で統一していたのに、ついつい『俺』って言ったようで…尾崎さんに鋭いツッコミを入れられてしまった。うーん、ここまでボロが出たらこれ以上尾崎さんの前で爽やかモードを続けるのは難しそうだな。


 俺は腹を括って、尾崎さんには素の自分で接することにした。状況的に爽やかモードを続けるのが厳しいってのもあるが、尾崎さんになら素の自分を見せられる気がしたのだ。本当、なんとなくなんだけど。首に巻かれた窮屈なネクタイを緩めて、尾崎さんに話しかけた。

「ばれちゃったから仕方ないですけど、こっちが素なんです」

「でしょうね」

「さすが尾崎さん。ということで、俺の偽彼女になってください。さっきまでは偽彼女なんて誰でも良いって思ってましたけど、こっちの俺を知られたからにはもう尾崎さんにお願いするしかないですね」

内心ヒヤヒヤしながら尾崎さんのリアクションを待つ。頼むから『こんなの私が知ってる松永君じゃない!』とか『イメージが崩れた、最悪!』とか言ってくれるなよ。


 「あのさ、この会話の流れで『良いよ!松永君の偽彼女になってあげる』なんて言うと思う?電話してる時も思ったけど、随分キャラが違うんだね。会社では爽やかで素直そうな感じなのに」

俺の心配を他所に、尾崎さんは今まで通りに接してくれる。むしろ今の方が距離が縮まった感じすらする。

「失礼ですね。会社で生き抜くための処世術とでも言ってくださいよ。俺も、まさか尾崎さんが人の電話を盗み聞きするような人だとは思わなかったんで驚いてますよ。」

「いや、まあ、話し声を聞いちゃったのは…ごめん。でもさ、別に会社で爽やかキャラを演じる必要なんてないんじゃない?」

「………良いんですよ。俺がニコニコしてたら彼女達は進んで仕事してくれるんですから。」

そう。俺が会社で爽やかキャラを演じていることには理由があるんだ。


 俺だって最初からこのキャラだった訳じゃない。入社してすぐの頃は素の自分で会社の人達に接していた。でもある時聞いてしまったんだ。

「今年の新入社員、可愛い男の子いっぱいいるね」

「ね!誰がタイプ?」

「そりゃ、松永君でしょ」

「ああ、彼ね。でもあの子、顔は確かに整ってるけどなんか軽薄そうっていうかチャラそうな感じしない?」

「それはあるかも。あれだけカッコ良いんだから、大学時代に相当遊んでそうだよね」

「学生だったら良いけど、社会人だったらもっと丁寧でスマートな振舞いが必要よね~」

…何という事だ。笑顔でスマートに接しているつもりだったが、社会人ともなるとこれまでの振舞いでは足りないのか。盲点だった。学生時代と同じではダメだということだ。俺がこの日盗み聞きしたのは四十から五十代の女性社員達の会話だったことから、特に女性社員に対してはこれまで以上に丁寧に、スマートに接することを心に決めたのだ。これが、爽やか松永君の誕生秘話だ。


 「松永君?松永君ってば!」

はっ!危ない危ない。昔にトリップしてた。なつかしいな、スマート松永はこうして生まれたんだっけ。まあ、尾崎さんには見破られたけどな。

「すみません。何の話でしたっけ?」

「もう!親衛隊の話!北見さんと付き合ってるのって話だよ。で、どうなの実際。付き合ってるの?」

「あるわけないでしょ」

北見の話題だということに気付き、若干テンションが下がる。北見は俺の同期で配属先も同じ部署ということもあり、付き合い自体は長い。彼女自身がどうという訳ではないのだが、これまで俺の周りにいた女性とかなり似たタイプだ。自分に自信があって、欲しいものは手に入れないとすまない性格。俺は過去の経験から知っている。この手のタイプは自分の理想を押し付けてくる。一度食事に誘われてオーケーしたんだが、店の手配や会計は全て男がするものと思っているらしく、面倒になった俺は適当に理由を付けて帰り、結局食事は行かなかったんだ。その後何度となく食事に誘われるが、なんとか回避している…という状況だ。そんな俺と北見が付き合っているとか…尾崎さん、熱でもあるんじゃないか?


 俺があまりにも怪訝な表情をしていたからか、北見とのことについてはこれ以上追及されることはなかった。そして話題は偽彼女に関することに。

「やらないからね、偽彼女は」

「仕方ない、分かりました。それじゃあ俺、尾崎さんの企画力を上げる手伝いをします」

そう言って俺は、あらかじめ考えておいた交換条件を提示した。簡単に言うと、尾崎さんが業務上必要なサンプルを俺が出張のついでに調達してくる…というもの。以前俺の商談に同行してもらった時に尾崎さんがこぼしていたことを覚えていたのだ。

「ま、とにかく前向きに検討してみてください。早速来週大阪に行くんで、良さそうな土産菓子買ってきますから。あと偽彼女なんですけど、俺の友達の前でもお願いします」

突然の俺からの追加要望に、尾崎さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

「ちょ、ちょっと待ってよ!偽彼女はあくまで営業部の業務を円滑に回すことが目標でしょ。なんで松永君の友達の前でもやらなきゃいけないの?」

「まあ、友人関係も整理したいというか。主に女性関係を」

俺は先程の友人との電話を思い返していた。偽でも彼女ができれば俺に『会いたい』とか『一緒に飲みたい』と言われた時に免罪符になる。この偽彼女、会社だけじゃなくてプライベートでもぜひ活用させていただきたい!そう思った俺は必死に尾崎さんを説得するのだった。



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