第16話尾崎梨乃「新たな事件」
先日突然私の身に起きた『問い合わせ急増事件』は、篠宮さんと松永君が先方に事情を説明してくれたお陰で無事に解決した。本当、何だったんだろう。
そんな先日とは打って変わって、私は平和にそして順調に仕事を進めていた。今週は調子良いぞー!サクサク仕事が進むから、自然と上機嫌になる。
順調に仕事を進めていた私だったが、再び事件が起きたのは水曜日の朝の事だった。水曜日の、午前中がもうすぐ終わりそうな時間のこと。私が営業部のフロアに行くと、なんだかザワザワしていることに気が付いた。??何かあったのかな?篠宮さんと松永君が深刻そうに話をしていて、営業部全体が緊張感に包まれている。あ、二人ともジャケットを着てどこかへ出ていってしまった。私は、日高さんに話を聞いてみることにした。
「日高さん、お疲れ」
「尾崎さん!お疲れ様です」
「営業部、何かあったの?」
「私も良く分からないんですが、納品ミスがあったみたいで」
「え、納品ミス?」
「はい、それでお客様が怒ってるみたいで。篠宮係長と松永さんが謝りに行ったところです」
「そうなんだ…教えてくれてありがとう」
私は日高さんにお礼を言って、自分のデスクに戻った。
納品ミスって事は、営業か物流のミスってことだよね。うちの会社では、まず営業部が取引先からの注文を受ける。そして、注文を受けた製品名と必要数を物流が管理しているシステムに登録する。物流は、営業が登録した情報を基に製品を出荷する…という流れになっている。この流れで言うと、営業が登録ミスをしたか物流が出荷をミスしたかのどちらか。無事に解決すると良いけど。
金曜日の朝、私は篠宮さんに呼び出された。ミーティング室に入ると、そこには疲れ切った顔の篠宮さんと松永君の姿が。
「おはようございます。二人とも、大丈夫ですか?」
「ああ、おはよう。なんとかな」
はははっと空笑いをする篠宮さんが、見ていて痛々しい。
「一昨日、二人ともばたばたしてたみたいでしたけど、解決したんですか?」
「尾崎の耳にも入ってたか。まあ、何とかな」
「納品ミスだったんですが、先方には不足分の製品を直接持参して謝罪しました」
「そっか。大変だったね」
「それでだ。今回どうしてこんな事になったかなんだが、どうやら営業での登録ミスが原因のようなんだ」
「そうなんですね。その登録をしていたのは誰だったんですか?」
「僕です」
「え、松永君だったの!?松永君がそんなミスするなんて、なんか意外」
「いや、違うんだ。システムの調査報告によると、松永が情報を登録した後に誰かが納品数を変更した形跡があったんだ」
「え!?一体誰がそんな事を…」
一体何なんだ最近。こんなの松永君に対する嫌がらせだし、何より取引先に大きな迷惑がかかっている。完全にやりすぎだろう。
「それが……また七瀬さんなんだ」
「え…そんなまさか」
「今回の件と、先日の尾崎の件。問題の内容は異なるが、七瀬さんのパソコンを使っているという手口が一緒だ。だから今日は情報共有のためにも尾崎に来てもらったんだ。」
「なるほど、そういうことだったんですね」
私達三人が話をしていると、コンコンっとミーティング室の扉を叩く音が聞こえた。篠宮さんの「どうぞ」という声と共に入ってきたのは、一人の男性。私はこの男性をよく知っている。私の同期の一人・坂下透君。黒ぶちメガネを掛けていて物静かなイメージの彼だけど、パソコン関係にはめっぽう強い頼れる存在だ。
「坂下君!どうしてここに?」
「俺が呼んだんだ。先日話した防犯カメラの映像の解析を頼んでいたんでな」
「遅くなりましたが、なんとか解析できました」
坂下君は、持参したパソコンをカタカタと動かしある映像を見せてくれた。
「これが一度目の事件が発生した日、取引先に例のメールが送信された時刻の営業部フロアの映像です」
そう言って映し出された映像には、何人かがまだ仕事をしている様子が映っている。桜の席には……誰かが座っている。でも、映像が不明瞭で桜なのか別人なのか分からない。
「ねえ、坂下君。この映像、もう少し拡大できない?」
「これが限界なんだ」
「そっか…これじゃあ誰なのか分からないね」
「うん。一応勤怠記録を調べたんだけど、七瀬さんはこの時刻はすでに退勤していることになっていたんだ」
「え、じゃあやっぱり誰かが桜のフリしてパソコンを操作してるってことに…」
「あとは、考えたくないですけど…七瀬さんが退勤の打刻をして勤怠上は退勤したことにして作業してる…とか」
「……考えたくないけど、その可能性もあるか」
有力な情報が得られなかったことに落胆する私達。坂下君はパソコンの手を止めず、別のフォルダを開いた。
「先程の映像が尾崎さんの件の時のもので、これが松永が登録した情報が書き換えられた時の映像です」
そう言って坂下君が見せてくれた映像は、先程よりも様々な角度から撮られたものだった。
「あれ、カメラの台数増えてる?」
「うん。同じような事が起きたら困るからね。一時的にだけど、カメラの台数を増やして警戒してたんだ。まさかこんなに早く映像を見ることになるとは思わなかったけど」
「で、これをこうする……と」
坂下君がパソコンをカチカチすると……
「え、……これって、桜じゃ…ない!」
そう、桜のデスクでパソコンをいじっていたのは…
「北見さん!」
やっぱり彼女か。篠宮さんと松永君も同様の表情をしている。
「すぐ北見さん呼んでください!事情を聴きましょう」
許せない、桜に罪をなすりつけるなんて。私への嫌がらせだけならまだしも、松永君やお客様にまで迷惑掛けて、何考えてんのよ。
私はこみ上げてくる怒りを抑えきれずにいた。
「まあまあ、尾崎、落ち着け。坂下、ありがとうな。助かったよ。ひとまずこの映像は、俺の方で預からせてくれ」
「分かりました」
そう言って、坂下君はミーティング室から出ていった。坂下君も辛かっただろうな。ずっと片思いしてる桜が犯人扱いされて。
「で、どうするんですか?北見さんの事」
「俺の方で話をしてみる…と言いたいんだが、北見さんは昨日から会社を休んでいるんだ。かといって放置するわけにはいかないしな…」
うーん…と篠宮さんは考え込んでしまった。かくいう私も、何も妙案は浮かんでこない。しばしの沈黙の後、松永君が口を開いた。
「ひとまず、北見さんが一連の事件の犯人ということは、ここにいる三人と坂下さんだけの秘密にしておいて、公にはまだ犯人は分かっていないことにするのはどうでしょう」
「松永君、どういうこと?」
「北見さんを泳がせるんです。俺達がまだ自分に辿り着いていないのであれば、さらに何か仕掛けてくるはずです。もちろん、七瀬さんのパソコンから」
ニヤっと笑った松永君の表情から、その先の展開が予想できた。
「分かった!桜のパソコンを操作している北見さんを、現行犯で捕まえるのね」
「ご名答です」
こうして私達は、北見さん捕獲大作戦を決行することにしたのだった。
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