第12話尾崎梨乃「バーベキュー後編」

 絆創膏を貼り終えた私達はバーベキュー会場に戻ってきた。

どうやら食材の準備が終わり、今から焼き始めるようだ。

野菜を切り終えた日高さんと葉山さんも、こちらに合流している。

私達は車のキーを篠宮さんに返却し、空いているテーブルに座った。


 六人席のテーブルは、鉄板を挟んで三人ずつ座れるタイプで私、松永君の順で端から詰めて座った。松永君の隣が空いていたが「ここ、私が座る!」と言って北見さんが松永君の隣に座った。

反対側のイスには篠宮さんと営業部の中田さん、佐々木さんの二名が座り、この六人で飲み食いすることになった。


 「俺、焼きますね」

松永君はそう言ってトングを手にするとてきぱきと肉を並べていく。

きちっと並べるところ、肉はトング、野菜は箸と使い分ける様子を見て『これは間違いない、松永君はA型だ』とどうでも良い事を考える。

「尾崎はビール飲むだろ?」

篠宮さんが私にビールを手渡す。

「はい、ありがとうございます。今年も篠宮さんのジンギスカンが食べられて、私は幸せ者です」

「ははっ、おおげさ」

篠宮さんと楽しく話をしていたら「やだー、尾崎さんってビール飲むんですか?」と嫌味ったらしい声が、松永君の隣から聞こえてきた。

…全く。篠宮さんと楽しく話をしてるんだから邪魔するんじゃないよ。

「ビールって苦くないですか?おじさんの飲み物っていうか。私はお酒も強くないから甘い系しか飲めなくて…。尾崎さんが羨ましいです」

全然羨ましいと思ってないよね?こめかみがピキピキしそうになるのを必死に抑える。

「北見さんはビール苦手なんだ?もったいない。特にこの篠宮さんのジンギスカンとビールは相性最高だよ。ですよね、篠宮さん」

「ああ。北見さんも少しだけでも飲んでみると良いと思うぞ。あ、無理にとは言わないからな」

「…はい」

そうよね。上司の篠宮さんにそう言われたら、もうこれ以上ビールネタで私に喧嘩は売れないよね。


 「そろそろ第一弾が焼けるんで、焼けたところから食べちゃってください」

松永君のこの合図と共に箸が一斉に鉄板の上の獲物達を捕えにいく。

「それじゃあ、いただきまーす!」

私は、綺麗に焼けたジンギスカンを一口。

甘めのタレに漬けられたジンギスカンはとても柔らかくて、すっごくジューシー。臭みは全くない。

噛めば噛むほど味が出る…んだけど、良きところでビールを一口!

これが最高で、ほっぺたが落ちそうになるとはまさにこのこと。

「梨乃さん、顔、顔」

松永君に言われて現実に戻ってきた。

危ない危ない、危うく昇天しかけたわ。

「おっと、失礼。ジンギスカンがあまりにも美味しすぎて」

「それは分かりますけど。そんなアホ面を目の前で見せられる篠宮係長の身にもなってください」

「それは失礼しましたー。松…じゃない智也君も焼いてばっかりいないで食べなよ。私焼くの代わるよ」

「大丈夫です、焼きながら食べてるんで。絆創膏貼ってる人は大人しくジンギスカンを堪能しててください」

「そ、それじゃあ遠慮なく」

そう言って私は再び食事を再開した。

そんな私達の様子を、篠宮さんはニコニコ、中田さんと佐々木さんはニヤニヤ、そして北見さんはイライラした表情で見ていたのだった。


 ヒョイ、ヒョイ、ヒョイ。

松永君がさっきから私のお皿に野菜を置いている。

割合的には野菜、野菜、肉って感じ。

良いのよ、野菜も食べないとね。

お肉だけだと胃もたれしちゃうし、まあ、このジンギスカンを食べすぎて胃もたれになるなら本望なんですけどね。

じゃなくて、松永君が私の皿に入れてくる野菜よ!

気のせいじゃなければずっと緑色の物体なのよ、ピーマンでしょそれ。

チラっと松永君の皿を見てみると、そこには肉とかぼちゃや玉ねぎが。

ピーマンは入っていない……ははーん。

「ちょっと。ピーマン嫌いだからって私の皿にいれないでよ」

一瞬『バレたか』という表情をするが、すぐにいつもの似非スマイルに戻った松永君。

「良いじゃないですか。代わりに玉ねぎ食べてあげますから」

「いや、私玉ねぎ好きだし。等価交換になってないから」

私達があーでもないこーでもないと会話をしていると、私達をニヤニヤしながら見ていた中田さん達が話し出した。


 「いやー、二人は仲良いねー」

「な。なんか松永も仕事の時よりくだけた感じだし。こんな松永見たの初めてだから結構ビックリしてるんだけど」

「中田さん、からかわないでくださいよ」

松永君は適当にあしらってるけど、こういう時ってどういう表情したら良いんだろ。

「あ、尾崎さん次もビール?」

私が飲んでいたビールが空になっていることに気付いた中田さんが、お代わりのビールをすすめてくれた。

「ありがとうございます」

そう言って中田さんからビールを受け取ろうとすると、私の両手は空を切り、隣にいた松永君にビールを奪われた。

「中田さん、ビールは俺が貰います。梨乃さんはこっち」

そう言って松永君が私に手渡したのは、アルコール度数低めのチューハイだった。

「え、ビールは…」

「だめです。ジンギスカンとビールはもう充分堪能したでしょ。梨乃さんは酔っ払うと面倒くさいんですから」

「え、尾崎さんって酔っ払うと面倒くさいタイプなの!?意外!」

「俺、接待に同席してもらったことあるけど、全然そんな風に感じなかったぞ?」

「いやいや、タチ悪いですから。先輩方には見せられたもんじゃないです」

「ちょっと智也君、失礼ですよ。いくら私だって…」

「いいから。誰が介抱すると思ってるんですか、大人しく言う事聞いてください」

「はいはい、分かりましたよー」

松永君に酔っ払って醜態さらしたことあったかな?と思いつつ、ここは大人しく松永君に従うことにした。


 「それにしてもお似合いだわー、二人」

酔っ払った中田さんは、さっきから何度もこの話をしている。

私達が完全に酒の肴になってるな、こりゃ。

「ちなみにさ、二人の馴れ初めってどんな感じなの?」

中田さんほどは酔っていないが、佐々木さんが突っ込んだ質問をしてきた。

「え…っと…」

私達が答えに詰まっていると、松永君の隣から突然「バンっ!!」という大きな音が聞こえた。

その音と共に立ち上がったのは、北見さん。

イライラが頂点に達したような表情をしている。

大きな音に、テーブルにいた全員が言葉を失っていると「尾崎さん、ちょっと来てください」と言うと同時に北見さんは私の腕を引っ張って無理矢理立ち上がらせた。

「話があります。二人きりで」

そう言って、北見さんは後ろを振り返ることなくずんずんと駐車場の方に歩いていく。

流石にこれは…行った方が良いのよね?

私は松永君に一声かけ、北見さんの後ろについていった。


 「もう分かってると思いますけど、私、智也の事が好きなんです。だから、尾崎さんの事が邪魔なんです。単刀直入に言います。智也と別れてください。」

人気のない場所に着くと、北見さんはイライラした雰囲気を隠すこともせず、早口でまくしたてるように私にそう言った。

「…北見さんが智也君に好意を持ってるだろうなってことは分かってたよ。でもそれと、私が智也君と別れることは別問題でしょ」

私が冷静にそう伝えると、カッと顔を赤くして「何よ!冷静ぶっちゃって。だいたい、私の方が智也にふさわしいのよ!」と荒々しく言い放った。

「そんなの北見さんが決めることじゃないでしょ」

「…じゃあ、智也のどこが好きなんですか」

「…………」

どうしよう。言葉が出てこない。


 「ほら、何も出てこないじゃない。どうせ、智也の弱みでも握って無理矢理つき合わせてるんでしょ。私は言えるわよ、智也の好きなところ」

「………」

私が何も言えないでいると、北見さんは得意気に松永君の好きなところを語りだした。

「まずは何と言ってもあの顔でしょー。それにスタイル。それに笑顔。仕事中のあの爽やかな笑顔が最高なの。丁寧な言葉遣いも紳士的だし、私にはいつも優しいし」

……なんか。

私が思ってる松永君と違う。

「私は…」

私が口を開いたから、北見さんは少し驚いたようにこっちを見ている。

「私は、北見さんが言うような松永君も素敵だと思うけど…たまに意地悪に笑うところとか、美味しい物を食べた時に『美味しい!』ってキラキラした笑顔を見せてくれるところ、口は悪いけど行動は優しいところ…そんな所が好き」

無意識に話していた。自分でもびっくりだ。

「な、何よそれ!そんなの全然智也じゃないじゃない!いい加減な事言わないでよ!」

そう言って北見さんは、自分の右手を後ろに引くと私の右頬めがけて勢いをつけて振り下ろした。

叩かれる!!

私は思わず目をギュっとつぶった。


 北見さんに叩かれそうになった私は、咄嗟に目を瞑ったが、その瞬間、今度は後ろから誰かに抱き寄せられた。

私が後ろに一歩ずれたお陰で、北見さんのビンタは空を切り、私の右頬は痛い思いをせずにすんだ。

「大丈夫ですか?」

私を抱き寄せたのは、松永君だった。

「松永、君?なんでここに…」

「さすがに心配だったんで、探してたんです。間に合って良かった」

そう言って松永君は私の肩に回した両手に力を込め、私の肩に顔をうずめた。

私の顔の横に松永君の顔があるから、私は直立不動状態になる。

助かったのは助かったけど、何なのこの状況ー!

大混乱する私を他所に、松永君は驚くほど冷たい眼差しを北見さんに向けた。

その冷たすぎる眼差しに、北見さんはビクッっと体を強張らせている。

「北見さ、今何しようとしてたの?」

「……なんでこの人なの?彼女なんてずっといなかったじゃない。そうだ。この人に何か弱みでも握られてるんでしょ?無理矢理付き合わされてるんでしょ?」

「…いい加減にしろよ」

「え?智也?」

仕事中の松永君からは考えられない言葉遣いに、北見さんは驚きの表情になる。

「さっきから聞いてれば好き勝手なことばっかり言いあがって。いいか。この人を侮辱したら許さない」

「…何よ。こんなの私が好きな智也じゃない。あんたが智也をこんな風に変えたんでしょ」

北見さんは今度は私をキッと睨みつけた。

「覚えてなさいよ!!」

そう言って、北見さんは走り去っていった。


 …………。

北見さんが去った後、バーベキューをするみんなの楽しい声を遠くに聞きながら、私はまだ動けないでいた。

どれくらいそうしていただろう。

私を抱きしめていた松永君の手が私から離れた。

「大丈夫、ですか?」

そう言って心配そうに私の顔を覗き込む松永君。

「う、うん。大丈夫。助けてくれてありがとう」

なぜだろう、ぎこちない笑顔を向けることしかできなかった。

「とりあえず、みんなの所に戻りましょうか」

「そうだね」

バーベキュー場に戻る道中、どちらともなく繋いだ手を離しがたくて…少しだけいつもより歩幅を小さくしてしまった。

なぜだろう、この手をずっと離したくない…。







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