第9話尾崎梨乃「直接対決」
偽彼女の一環として、私と松永君は親衛隊の前で親密な様子を披露した。
その日から一週間が経ったが、営業部内には目立った変化はないようだ。
私の方にも特別な変化はなく『親衛隊から何かされるかも?』と気を張っていたので、少しばかり拍子抜けな感もある。
それもあってか、この一週間はトラブルやクレームもなくとても平和だった。
今日は今から桜とランチだから、浮足立つ気持ちをグッと抑えている。
久しぶりだなー、桜とランチ。『相談したいことがある』って言ってたけど、何だろう?
時計の針が両方とも十二を差したことを確認して、桜がいる営業部のフロアに向けてレッツゴー!
「桜、お疲れー。ランチ行けそう?」
お昼時の営業部は閑散としていて、今日は外出が多いのか男性陣はほとんどいなかった。
松永君や篠宮さんもデスクにはいないみたいだ。
「梨乃ちゃん、お疲れ様。うん、行けるよ」
桜はそう言うとパソコンをスリープモードにし、財布と携帯を手にして私の隣に立った。
「今日は桜おススメのパスタだよね。楽しみ。」
「ランチがお手頃なんだけど、ボリュームもあって美味しいの。梨乃ちゃんもきっと気に入ると思う」
私達は話に花を咲かせながら営業部のフロアを後にしようとしたのだが…。
「七瀬さん!」
桜が急に誰かに呼び止められた。
親衛隊の北見玲奈だ。他の二人も北見の傍にいる。
三人の表情から、要件を伺い知ることはできない。
「北見さん、どうしたの?」
「今からお二人ランチですよね?良かったら、私達もご一緒しても良いですか?」
「えっ…と、今日は二人でランチに行こうと思ってるから…」
桜は角が立たないように断ろうとしているが、そんなことはおかまいなしに北見は続ける。
「企画部の尾崎さん、ですよね?確か去年社長賞を受賞されてた。ずっと素敵だなって思ってて、一度お話してみたかったんです。だめですか?」
とても素敵だと思ってる人に向けるような眼差しには見えないけど…。
「桜、私はかまわないよ。みんなでワイワイしながら食べるのも楽しそうだし」
親衛隊の目的は、間違いなく私と松永君の関係をさぐることだろう。
桜を巻き込んじゃうのは申し訳ないけど、せっかく親衛隊の方からアプローチしてきてくれたんだもんね。
受けて立ちましょう。
「梨乃ちゃんがそう言うなら、私もかまわないけど…」
「良かったぁ!それじゃあ行きましょう」
こうして、私と桜、そして親衛隊の三人の地獄のランチ会が始まるのだった。
五人でパスタ屋に到着し、席に座り各々注文をした。
…………。う、沈黙が気まずいな…。
「えっと、三人と話をするのは初めてだよね?企画部の尾崎です。桜とは同期なの」
なんで私が盛り上げないといけないのよ…と思いつつも話を切り出した。
「尾崎さんのことは社内で知らない人はいないと思います。企画部のエースですから。私は北見玲奈、入社三年目です。こっちの二人は葉山と日高。」
「葉山です」
「日高です。私達は入社二年目です」
北見の名前は知ってたけど、この二人の名前は初めて知った。
それにしてもこの三人の、私をさぐるような眼差しはどうにかならないものか。
その後は桜を加えた五人で当たり障りのない会話をし、パスタが到着したので一旦会話は終了して各々食事をとることに。
私が注文したボンゴレ・ビアンコは、あさりの出汁をパスタの麺がこれでもか!ってほど吸っていて本当に美味しかった。
あさりの旨味が体に染み渡って、午後の仕事もはかどりそう。
いや、まずは目の前の親衛隊とのバトルが先だったか。
私がそんなことを思っていると、私の考えを察したのか北見が葉山の肘をつつき、何かを促した。
それが合図だったのか、葉山はゴホ…と咳払いをして「あの、尾崎さん」と私に問いかけた。
「?はい、何?」
「あの…尾崎さんは松永さんと仲が良いんですか?」
「松永君?あー、最近ね。何度かご飯行ったりしてるかな」
「この前、松永君が尾崎さんにお土産渡してましたよね。あれって個人的なやり取りですか?であれば、経費として精算するのは少し問題があると思いまして」
北見玲奈が口を開いた。
はーん、なるほどね。あくまで業務を絡めてくるわけね。なかなかやるわね。
「あれはね、市場品の買い付けをお願いしたの」
「買い付け、ですか」
「そう。市場品調査をするんだけど、今年は全国規模でやることになって。松永君に相談して出張のついでに買ってきてくれることになったの」
「そうだったんですか」
「ええ。経費の精算に問題があるなら、次からは企画部の経費として精算するけど、篠宮係長に相談したほうが良いかな?」
北見玲奈はチッ!と苦虫を噛みつぶしたような表情をしたが、すぐに笑顔になり「いえ、業務に関係あることでしたらこちらで処理するので大丈夫です」と言った。
………。
再びの沈黙。すると北見は今度は日高に目配せし、何やら合図を出した。
「あ、あの、先程の市場品ですが、どうして松永さんなのかなー…と思いまして。尾崎さんは篠宮係長ととても仲が良いと思うのですが…」
「確かに篠宮係長とは、係長が企画部に所属してらっしゃた時に一緒に仕事をしていたけど。それでもいくらなんでも他部署の役職が付いてる方に買い付けはお願いできないかな」
「あ…そうですよね…」
「あの!」
もう待てないと言わんばかりに北見が口を挟んだ。
「まどろっこしいのはもう嫌なので、単刀直入に聞きます。尾崎さんは智也…いえ、松永君と個人的なお付き合いがあるんですか?」
「………そうね。個人的に仲良くさせてもらってる」
私があまりにもあっさり認めたからか、親衛隊の表情からは驚きが読み取れた。
「ちょ、ちょっと待って!梨乃ちゃん、松永君と付き合ってるの!?」
と、ここで混乱した桜が私に詰め寄ってきた。
ごめん、桜。後でちゃんと説明するから。
「桜、黙っててごめんね。桜は松永君と同じ部署だし、何かと仕事がやりづらくなっるかもしれないと思って言えなかったの」
「それはそうだけど…。雫ちゃんとか真帆ちゃんは知ってるの?」
「ううん、まだ言ってない。ここにいるメンバーと、あとは篠宮係長だけ」
さて、ここからどう出る?
「尾崎さんは松永君とお付き合いしてるっておっしゃいますけど……」
「うん。何?」
私はわざと余裕ぶった表情を作り、北見を煽ってみた。
「証拠。そうよ、何か証拠はあるんですか?尾崎さんと松永君が付き合ってるっていう証拠。ツーショットとか」
「ツーショットはないけど…証拠ねぇ。これで良い?」
そう言って私は、トップスの下に隠れていたネックレスの先端を出して親衛隊に見せた。
「!!!!これって!」
「ペアリング。私は仕事柄、指にはめられない時が多いから」
「松永さんとお揃い…。ネックレスにしてたから、私達気付かなかったんだ」
「ということは、松永さんの彼女は本当に尾崎さん?」
親衛隊が何やらぶつぶつ言ってるけど、松永君発案のペアリング作戦はどうやら成功したようだ。
「なんか、智也の彼女が尾崎さんって意外です」
北見は、先程まで『松永君』呼びだったのにわざわざ『智也』と呼び方を変えて話し出した。
目の前にその彼女がいるのに、下の名前で呼ぶのってどうなの。すごいな、この子。
「え、そうかな?美男美女でお似合いだと思うけど」
桜がそう言うと、北見はキッと桜の事を睨みつけた。
あぁー、桜が縮こまってる…ごめんね、桜。怖い思いさせて。
「尾崎さんて、おいくつなんですか」
「二十七だけど」
「私や智也より二歳も年上なんですね。二人ってなんか話とか合わなそう。私と智也は同じ年だし同期だから話も合うし、話題にも困らないけど。」
敵意むき出しの北見に若干いらつくけど、冷静に対処しないと。
「そんなことないよ」
アイスコーヒーを飲んでクールダウンする。
「へぇー、どんな話するんですか?」
「え…っと、仕事の話とか」
やばっ、ここまで考えてなかった。無難に仕事の話で大丈夫だよね?
「……ふーん。そうなんですか。あ、そろそろ私達会社に戻らなきゃなので失礼します。ほら、あんたたちも行くわよ」
そう言って、親衛隊の三人は店から出ていった。
聞きたいことは聞けたから、長居は無用ってこと?
こうしてランチは終了したのだが、この後桜から事情聴取のような取り締まりを受けてヘトヘトになるのだった。
会社の給湯室にて。
「あんた達、さっきのどう思う」
コーヒーに口をつけながら、北見が日高と葉山に問いかける。
「え、普通に美男美女だなって思いましたけど」
「私も。ティファニーのペアリングも持ってたし。嘘はついてなさそうでしたよね」
「はー、あんた達バカね!」
北見はやれやれという表情で続けた。
「私の見立てだと、あれはきっと、あのおばさんが無理矢理智也に言い寄って、智也は優しいから断れなくて付き合ってるって感じよ。間違いないわ」
「え、おばさんって、尾崎さんのことですか?」
「当たり前でしょ。あのおばさん、市場品の買い付けとか言って智也に言い寄って。全く公私混同も甚だしい。それに、プライベートの会話が仕事の話だけなんて、おかしいし」
「そうですかね?」
「そうに決まってる。なんて可哀想な智也。私達の手であのおばさんから智也を救い出すのよ!」
松永を尾崎の手から救い出すため、決意を新たにする北見だった。
まだまだ戦いは続くようだ。
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