第5話尾崎梨乃「売り言葉に買い言葉」
仕事終わりの金曜日の夜、営業部エースの松永智也君ともつ鍋屋でもつをつつき中。
偽彼女の依頼をなんとか交わし、お代わりのレモンサワーに口をつけようとしたところで………
「松永先輩!?」
急に店員さんが声を発したので驚いて声がした方を見る。
松永君も、急に自分の名前が呼ばれたから驚いているように見える。
「………もしかして、寺内か?」
「そうです!うわー、先輩お久しぶりです!相変わらず超イケメンっすね。」
「お前、ここでバイトしてたんか」
「はい!うわー先輩、スーツ姿もばっちり決まってますね」
「はいはい」
この店員さん、松永君の知り合いだったんだ。
快活そうな雰囲気と小麦色の肌は彼にとても合っている。余程松永君の事を慕っているんだろう。目がキラキラと輝いている。
するとこの店員さんは、今気づいたと言わんばかりに私の方を見た。
「うわー!先輩、めっちゃ美人と一緒じゃないですか」
美人!?あら、この子良い子じゃん。寺内君ね、うん、名前覚えたわ。単純な私はそれだけで良い気分になった。
「いいから、お前は仕事に戻れよ」
「やべっ!あ、おふたりとも追加の注文があったらどんどん頼んでくださいね!それじゃあ、失礼します」
そう言って店員くんは去っていった。その俊敏な動きから、二十代前半のそれと推測。若いって良いわぁと思いながらレモンサワーを口にした。
「松永君の後輩?」
松永君と二度目の乾杯をし、先程の寺内くんの話に。
「はい、大学で入ってたサークルの後輩です」
「ふーん、サークルって何やってたの?」
「ダンスです、ダンスサークル」
「なんか分かるかも。スクールカースト上位の人達がいっぱいいそう。」
なんすかそれと言って、松永君は笑った。
「あ、寺内が言ったこと気にしないでくださいね。あいつは女性なら誰でも美人って言うタイプの人間なんで」
「はいはい、分かってますよ」
おい、なんだその言いぐさは。喜んじゃっただろうが。人が良い気分になってるんだから、余計なことを言うんじゃないよ。ま、顔には出さないけどね。
「というか、さっきから私に対してちょいちょい失礼だよね、松永君」
「そうですか?素の自分がバレちゃってるからですかね?尾崎さんに対してもう自分を取り繕う必要ないから自然とこうなっちゃうんですかね」
「おい先輩だぞ」
「気をつけまーす」
全く気をつけるつもりのない『気をつけます』という言葉を発して、松永君はもつ鍋を食べ出した。
「いやー、やっぱりうまいっすね!さすが篠宮係長」
しばらく二人でもつ鍋を堪能していると、私達がいる個室の周りがやけにザワザワしていることに気づく。
「ねー、本当にここで合ってるのー?」
「多分、寺内にもう一回確認する?」
「寺内どこにいんの?ガセだったら罰ゲームだかんね!」
「てかまじで松永先輩いたらどうする?うちら運命じゃない?」
ん?今、『松永』って聞こえた?松永君の知り合いかな?
「ねえ、松永君。なんか外騒がしくない?」
「そういえばザワザワしてますね。しっかりした作りに見えるけど意外と壁薄いんすね、この店」
いや、そこじゃないから。松永君、もしかして酔ってる?ちょっと面白いな。
「そうじゃなくてさ、松永君の知り合いじゃない?松永君の名前が聞こえた気がする」
「まじですか?」
そう言って松永君は、上半身を傾けて個室の引き戸を開けて廊下に身を乗り出した。
「あれ…」
松永君のその言葉とほぼ同時に何人かの女子の「キャー!!」という言葉が、店中にこだました。
『キャー』って、アイドルのコンサート以外で聞いたことないよ。松永パワー、おそるべし。
「なんだ、お前らも来てたんか」
「きゃー!本物の松永先輩だ!お久しぶりです!」
「やばっ!めっちゃカッコ良い!」
松永君の大学の後輩達なのかな?若いなー、きゃっきゃしてる。
そういえばさっき松永君が言ってた『整理したい女性関係』って、きっとこの子達のことも入ってるんだよね、きっと。
松永君、心なしか面倒くさそうに見えるし。
レモンサワーをちびちび飲みながら、松永君と彼女達の姿を交互に観察してみる。
明らかに感じる、双方のテンションの差。
気配を消して、この場の空気になれていると思っていたのだが…この時、私の存在に彼女達が気付いていたことを私は知らなかった。
「でも、お前らなんでここが分かったんだ?」
「寺内君から聞いたんです、ここに松永先輩がいるって」
「寺内…あいつは全く……『ブー、ブー』っと、電話だ。尾崎さん、すみません。取引先から電話なんでちょっと席外します。おい、お前らも自分の席に戻れよ」
私に一言断りを入れ、彼女達には席に戻るように言って、松永君は店の外へと出ていった。
「松永先輩いっちゃったね…」
「うちらも席に戻ろっか」
「だね」
女子達の話を聞きながら(やっと静かになるな~)なんて思っていたが、甘かった。
席に戻ったはずの女子達の中のひとりが戻ってきて、松永君がいた席に座る。
ぱっちり二重に肩までゆるくパーマがかかった茶髪、白地に小花柄のワンピースは小柄で華奢な彼女にとても良く似合っている。今時のモテる女子って感じ。
この子、めちゃくちゃ可愛いな。
それに対して私は…毛玉が気になり始めたニットにクロップドパンツ、申し訳程度のヒールしかないパンプス。比べようもない女子力だわ。
というか、何この状況?私いま、知らない女の子と飲み屋で二人きり!?
静かに混乱する私に向かって、「ねえ、あんた智也先輩の何なの?」と敵意むき出しで話しかけてきた。
え、あんた!?見た目に似合わず口悪っ!
「ただの同僚ですけど」
不意な『あんた』呼びにイラっとした私は、ぶっきらぼうに答えた。
「はっ!だよねえ。そうだよね!彼女だったらどうしようかと思っちゃった。あー、良かった!智也先輩がおばさん趣味なのかと思って愛梨焦っちゃった」
まくしたてるように早口で喋るから理解が追い付かないけど、もしかして私結構失礼なこと言われてる?
「尾崎さんすみません、戻りました…って愛梨、まだいたのかよ」
予想外の人間がいたことで、一瞬たじろぐ松永君。だよね、私も驚いてる。
「だあ~って~、久しぶりに智也先輩に会えたから嬉しくって。あ、そうだ。先輩も一緒に私達の席で一緒に飲みましょうよ~」
え、待って待って。キャラ全然違うんだけど!さっきの口悪い人どこにいった?何その猫なで声。怖っ!
今日は人が豹変する現場に二度も遭遇して、なんだろう…厄日??
「いやいや、お前何言ってんの。俺は今ここで飯食ってるんだから、行くわけないだろ」
「え~。だって、こんなおばさんと一緒にご飯食べるより愛梨達と一緒にいたほうが絶対楽しいですよ」
………プツンっ
私の頭の中の何かが切れた音がした。
なんなのよ、さっきから言わせておけば。おばさんだのお局だの。
こちとらまだ二十代だっつーの。
松永君は『人間関係を整理したい』って言ってたけど、彼の周りにいる女性達がみんなこんな感じなら整理したくもなるわ。
「ちょっとあんた、いい加減にしなさいよ」
ずっと黙ってた私が突然話し出したから、松永君も愛梨とか言うガキンチョも驚いた顔をしている。
「松永君はね、今私とデート中なの。見てわかるでしょ。気利かせなさいよ」
「はあ!?あんたさっき同僚って言ったじゃない」
「同僚でもあり恋人でもあるのよ」
「何よそれ!」
「何よ、文句あんの?だいたいあんたさっきから偉そうに……」
「まあまあ、尾崎さん!」
松永君が口を挟んでハッとした。私、松永君がいること忘れてた…。
もしかして私、とんでもないこと口走っちゃった?
「彼女の言う通り、今デート中なんだ。だから愛梨は自分の席に戻れ。また飲み会とかであった時に話そう。な?」
「ええ~…」
がきんちょは松永君に諭され、渋々ながらも自分の席に戻っていった。
去り際に私をキッと睨んでいたから、私も睨み返してあげた。
あんなのにビビるほどお子ちゃまじゃないんですよ~私は。
がきんちょが去って、しばしの沈黙。
チラっと松永君を見ると、何やら社用の携帯をいじっている。
そういえば、さっきの電話大丈夫だったのかな?
かっとなった頭も徐々に冷静さを取り戻し、意を決して話し出す。
「ああ、あの、さっきのは売り言葉に買い言葉と言いますか………」
しどろもどろになる私を尻目に、ニコニコ笑顔の松永君。
「いやー、嬉しいなあ。偽彼女、ありがとうございます!しかもプライベートの方で早速実践してくれるとは。まさか尾崎さんの方から付き合ってる宣言してくれるとは思わなかったなぁ」
「あ、あの、だからね…さっきのはあのがきんちょが失礼なことばっかり言うからであって…」
「がきんちょって、確かに」
がきんちょ呼びが面白かったのか、松永君は声を出して笑った。
酔うと笑い上戸になるタイプなのか?
「あ、さっきみたいな感じで会社でも振舞ってもらえばオーケーですから」
「いや、今は良い感じに酔っ払ってるってのもあるからで、一応私にも会社でのイメージというものが…」
「ブーブー…。お、来た来た」
?なんだ?
「篠宮係長も喜んでますよ、ホラ」
そう言って携帯の画面を私の前に突き出した。
『お、説得成功したか!さすが松永だ!尾崎にもよく決心してくれたと伝えてくれ』
ん?あれ?
「もしかして、さっき携帯をいじってたのって……」
「ああ、尾崎さんが付き合ってる宣言してくれたんで、偽彼女を快諾してくれたとみなして篠宮さんに報告のメールをしてたんです」
わー、さすが営業部のエース松永君。仕事がはやーい。(棒読み)
「ってことで、外堀埋めちゃったんで、観念してください」
え……私、外堀埋められちゃったの?
つい最近『まだ彼氏はいらないや』って気持ちを新たにしたばっかりだったのに。
平穏な日々よ、帰ってきてー!!
目の前にあるレモンサワーをぐびぐびと飲み干す。
「お、尾崎さん飲みますね。今日は偽彼女誕生記念ですから、飲んじゃいましょう!」
もう知らない。とりあえず、酒持ってこーい!!
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