第4話尾崎梨乃「イケメンの素顔」
篠宮係長が会社に戻り、もつ鍋屋に残された私と松永君。
「すみません、なんか僕とふたりになっちゃって」
松永君が申し訳なさそうに私に話しかけた。
「いや、私のほうこそごめんね。とりあえず、乾杯しようか」
私はそう言って、松永君の方にビールが入ったグラスを差し出した。
「そうですね、せっかくのもつ鍋ですし。尾崎さん、楽しみにしてましたからね。会社にいる時から」
ニヤっと笑う松永君からは、少しのからかいを感じる。
「それはいいから!ほら、かんぱーい!」
無理やりビールで乾杯して喉を潤した。
(あー、やっぱり労働の後のビールは最高だわ)
そして念願のもつ鍋!なんだけど。。
美味しいよ、さすが篠宮さん一押しのもつ。プリっと大ぶりのもつは口に入れたら甘味が広がって、もうずっと噛んでいたいくらい。そんな口の中をビールですっきりさせて、また次のもつへ。
堪能してるんだけど、やっぱり気になるのよ。さっき見たブラック松永の姿が。
チラチラと松永君の方を見ていたようだった……完全に無意識行動。
そんな私の様子を変に思ったのか、松永君が話掛けてきた。
「尾崎さんは本当に美味しそうに食べますね。みてるこっちも楽しくなります。でも、やっぱり何か変な気がするんですけど。」
す、するどいな……どうしようかな。聞いちゃおうかな。うーん、聞いちゃおう!!
聞いて、すっきりした気持ちでもつを堪能しよう!
「いや~あはは。じ、実はさ。さっき聞いちゃったんだよね」
「聞いたって、何をですか?」
全く身に覚えがないと言わんばかりの松永君の表情。
く、演技派め。
「さっき、お店の外で電話してたでしょ?その……話し声が聞こえてきたの」
「………僕、なんて言ってました?」
そう私に問いかける松永君の表情は、もつ鍋のけむりのせいか伺うことはできない。
「………私のこと、お局って言ってた」
「……他には?」
「え、面倒くさいけどしょうがないとか、自分がモテるからしょうがない…みたいなとても爽やかイケメン松永君が言うとは思えないような言動を多数耳にしました」
さあ、どうでる??
「………ははっ!」
一通り聞いた内容を話し終えると、松永君は突然笑い出した。
「な、なによ!?」
「はははっ!ああ、すみません。まさか聞かれてたとは。久しぶりにこんなミスしたなー。まあ、篠宮係長に聞かれるよりはましか」
「ましって何よ!私のこと陰でお局って言ってたくせに」
想定外のリアクションに、つい私が声を荒げてしまう。
「それに関しては気にしないでください。別に尾崎さんだけのことをそうやって呼んでるわけじゃないんで。俺より社歴の長い女性社員は全員そうやって呼んでますから」
「なんかめちゃくちゃ失礼なんですけど、この人!しかも一人称が俺になってるし」
ひとしきり笑った後、松永君はきちっと結ばれているネクタイの結び目に指を掛け、首を左右に動かしてネクタイを緩めた。
いちいち絵になるわね……。
「ばれちゃったから仕方ないですけど、こっちが素なんです。」
「でしょうね」
「さすが対応力抜群の尾崎さん。ということで、篠宮係長からの話があったと思いますけど、俺の偽彼女になってください。さっきまでは偽彼女なんて誰でも良いって思ってましたけど、こっちの俺を知られたからにはもう尾崎さんにお願いするしかないですね、色々楽なんで。」
「あのさ、この会話の流れで『良いよ!松永君の偽彼女になってあげる』なんて言うと思う?」
しかも、彼女役って言い方してたのに偽彼女になってるし。別にいいけど。
「それにさ、電話してる時も思ったけど、随分キャラが違うんだね。会社では爽やかで素直そうな感じなのに。」
「失礼ですね。会社で生き抜くための処世術とでも言ってくださいよ。俺も、まさか尾崎さんが人の電話を盗み聞きするような人だとは思わなかったんで驚いてますよ。」
「いや、まあ、話し声を聞いちゃったのは…ごめん。でもさ、別に会社で爽やかキャラを演じる必要なんてないんじゃない?」
「………良いんですよ。俺がニコニコしてたら彼女達は進んで仕事してくれるんですから。まあ、今回はそれが行き過ぎて好意を持たれるまでになっちゃいましたけど」
「『彼女達』って、親衛隊のこと?」
「ははっ!尾崎さんは彼女達のこと親衛隊って呼んでるんですか」
「まあ、篠宮さんがそう呼んでるって言ってたから」
「親衛隊の人達だけじゃないですよ。みんなです。会社関係の人達みんな。上司だろうが後輩だろうが。同期の一部には素で接してますけど。それも男だけっすね。だから尾崎さんは、会社関係の人の中でこっちの俺を知ってる唯一の女性ってことになります」
「いや、全然これっぽちも嬉しくないからね」
「なんか嬉しいな、その反応。俺に全く興味がないって感じがビンビン伝わってきます。会社にいると基本好意しか感じないんで、こういうのも新鮮で楽しいです」
松永智也、変な奴だわ。
松永君に対するイメージががらりと変わったところで、松永親衛隊の話題から先日彼女達が給湯室で話していた内容を思い出した。
「そういえば、松永君の同期に玲奈さんって人、いる?」
「いますよ。北見玲奈。営業事務で、親衛隊のひとりです」
自分で親衛隊って言うとか、ウケますねといって松永君は笑った。
「ちなみに、彼女と松永君が付き合ってるなんてことは……」
「あるわけないでしょ」
スンっとした表情でぴしゃりと否定された。
「何回か飯誘われたことありますけど、同期会で一緒に飲む程度ですよ。そもそも全然タイプじゃないんで」
「おおう、松永君って結構毒舌よね。ちなみに、その二面性、私が会社の人にバラすかもとか考えないの?」
「……それやって、尾崎さんに何のメリットがあるんですか?」
「まあ、それもそうか。でも、やらないからね、偽彼女は」
「なんでですか。篠宮さんがあんなに困ってるのに。元上司の力になりたいとか、考えないんですか?」
「いや、篠宮さんの力になりたいとは思うけど。それとこれとは話が別って言うか」
「俺だって、篠宮さんには申し訳ないと思ってるんですよ。俺のせいで営業部がうまく回ってないのは事実ですから」
おい、ここで篠宮さんの話を出すのは卑怯だろうが。
「仕方ない、分かりました。それじゃあ俺、尾崎さんの企画力を上げる手伝いをします。」
「どういうこと?」
なんだなんだ、話の方向性が変わってきたぞ。
「俺、担当してるユーザーが全国に渡ってるんで仕事で色んな地域に行くんですよ。俺の偽彼女になってくれたら、出張で行った先々で色んなお菓子のお土産買ってきます。企画書作るのに、色んなお菓子のデータ集めてるって前に言ってましたよね」
「う……それは、正直めちゃくちゃ魅力的だけど」
急に仕事の話になったからびっくりした。
そう。私の今年の個人課題のひとつが『全国の土産菓子のトレンド調査』なのだ。全国のお菓子をかたっぱしから取り寄せるの、なかなかしんどいな~って思ってたから、この提案は非常に、非常に魅力的。
それにしても松永君、よく覚えてたな私の課題。
前に一度、商談に同行した時にその話をしたことを思い出した。
「ま、とにかく前向きに検討してみてください。早速来週大阪に行くんで、良さそうな土産菓子買ってきますから。あと偽彼女なんですけど、俺の友達の前でもお願いしますね」
!?
「ちょ、ちょっと待ってよ!偽彼女はあくまで営業部の業務を円滑に回すことが目標でしょ。なんで松永君の友達の前でもやらなきゃいけないの?」
「まあ、友人関係も整理したいというか。主に女性関係を」
「なにそれ」
「まあまあ、聞いてくださいよ。自慢じゃないんですけど、俺モテるんですよ」
「でしょうね」
「でも、友人関係に恋愛を持ち込まれるのが嫌で。だから、彼女がいるって言ってみたりわざとペアリングはめてみたりするんですけど、あんまり効果ないんですよね。中には『彼女がいても良い』なんて言ってくる子もいて。だから、実物見せれば大人しくなるかなーなんて。」
「『なるほど、オッケー!プライベートでも偽彼女任せといて!』ってなるわけないでしょうが。」
モテすぎるって大変なんだな、イケメンにとっては男女間で友情を築くのってハードルが高いことなんだ…とは思うけど、そこまで私がしてあげる筋合いはさすがにないでしょ。
「まあまあ!今日はこの話はこの辺で。ほら、せっかくだしもつ鍋食べちゃいましょう」
そう言って、私の取り皿に新たなもつをよそってくれた。
全く腑に落ちないけど、目の前のご馳走を堪能したい気持ちには完全同意。偽彼女のことは置いといて、ひとまず食べるか、そうしよう!
「あ、飲み物追加どうします?俺はビールにしますけど」
「私はレモンサワーがいいな」
「了解です」
飲み物の追加オーダーをしてからしばらくして、店員さんが注文の品を運んできた。
「お待たせしました、生中とレモンサワーです」
「はーい、ありがとうございます」
私はレモンサワーを受け取り、ビールを松永君に手渡した。
「はい、松永君のビール」
松永という名前にピクっと反応する店員。
「ありがとうございます」
松永君は私からビールを受け取り「じゃあ、せっかくなんでもう一回乾杯でも……「松永先輩!?」
うわー、やっとゆっくりもつ鍋が食べられると思ったのに………。
今度は一体何よー!!
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