『今日もクラスメイトは懺悔される』(2113字)


 恐ろしく綺麗な顔をしているクラスメイトは、周りからはおそらくか、あるいは、メドゥーサか何かだと思われているのかもしれない。


 同級生はおろか教師ですら、そのクラスメイトの顔を十数秒と見ない。

 視線が重なってもすぐに目を逸らしてしまう様子は、メドゥーサが相手のように、じっと目を合わせていると石にされると怯えているようにも見えた。


 実際のところそのクラスメイトは神でもメドゥーサでもないただの人間――と俺は思っているが、神だと思われているのが異常だと一概には言えないほどには、クラスメイトの顔は人間離れした綺麗な顔をしている。


 整った顔立ちは人を引き付けるが、一定のラインを越えるとそれは畏怖の対象となるらしい。


 だから周りは神のように崇めようとするし、メドゥーサのように恐れたりもするのだ。



 そんなクラスメイトが、最近相談室の真似事を始めた――というのは噂に聞いていた。


 相談室、と言っても悩みを聞いてアドバイスをするというわけじゃない。

 ただ、相談相手が満足するまで話を聞くだけだ。

 ついたて越しに相談相手は話し、クラスメイトは相槌を打つだけ。

 互いに顔は見えない状態でただ話を聞く様子は「相談室」というよりは「罪の懺悔」に近い気がした。

 

 ついたての向こう、誰かのいる気配だけ感じる学校の一室で、今日もクラスメイトは名も知らない誰かに懺悔されている。



 そして今まさに何かを話し続けている誰かは、この部屋に



 聞こえる誰かしらの悩み事の小ささに思わず息をつき、俺は机に広げたノートに目を移す。


 なぜこの場に、相談者でも神だと思われているクラスメイトでもない俺がいるのか。

 それは、この相談室が始まる少し前に、例のクラスメイトから声をかけられ、試験前のノートを見せることを条件に同席することを頼まれたからだった。

 他の条件だったら断っていたかもしれないが、学年十番以内に入る人間のノートの中身は正直興味があったので、俺は二つ返事で了承したのだ。


 クラスメイトの日本史のノートを見ながら、要点を自分のノートに書き写していく。

 それくらいの物音なら、周りの音でかき消されるのでいいと事前に言われていた。


 その内に話し終えて満足したのか、顔も知らない誰かは感謝して部屋を出て行った。

 足音が聞こえなくなったのを確認してから、俺はクラスメイトの方を向いて口を開く。


「今日も今日とて懺悔されてるな」

 俺がそう言うと、クラスメイトは綺麗に切り揃えられた髪を揺らして微笑む。


「正確には違うね。キリスト教的には罪の告白は『懺悔』じゃなくて『告解こっかい』って言うんだ。カトリック信者は告解室と呼ばれる個室に入って、司祭を通して神に罪を告白するんだよ」

「……へえ、そうか」


 クラスメイトの解説も、正直頭に入らない。

 俺の家はカトリック信仰ではなく、知識もテレビや社会の教科書程度しかないため、マニアックな話をされても理解が追いつかなかった。


「ちなみに、告解の内容は第三者に伝えちゃだめだからね」

「言われなくてもしねえよ」

「よかった」


 というより、ついさっきまで聞いていたはずの悩み事の内容すら覚えていないのだから、誰かに伝えようもなかった。


 興味のないことにはとことん興味を持てない俺の、悪い癖だ。


 そのせいで、同級生だと有名人の目の前のクラスメイト以外は、かなりの時間が経ってもろくに覚えていないのが現状だった。


「……ちなみに、今の人が誰かって分かる? 同じ学年だったんだけど」

 クラスメイトにそう尋ねられ、俺は首を横に振った。


「いや、分からない。知り合いか?」

「……そっか」


 クラスメイトは安心なのか諦めなのか分からない表情を俺に向ける。

 同じ学年と濁していたが、話の流れ的に俺も知っている人間だったのだろうか。

 生徒と教師の声の区別は流石につくとは思うが、同じような年代の生徒を顔も見れないまま聞き分けられる気がしなかった。


「ところでなんでこの場に俺を呼んだんだ?」

「それは頼んだ時に聞くべきじゃないのかな」


 ふと疑問を口にすると、クラスメイトに苦笑されてしまう。とはいえ疑問に感じていたのは確かだった。 

 目の前のクラスメイトはおろか、特定の誰かともそこまで仲良くしていた覚えのない俺をこの場に呼んだ理由は分かっていなかったのだ。


 クラスメイトは一度微笑み、口を開く。


「自分が人間だと思い出すためだね」

「…………はあ」


 しかし尋ねてもよく分からなかった。

 俺が気のない返事をしたからか、クラスメイトは呆れたような目で俺に笑いかける。


「……よく分かってなさそうだね」

「まあな。俺の質問の答えとして正しいかどうかも分からんし」



「正しいよ。



 寂しげなクラスメイトの顔を見て、それはそうだろ、と言葉が思わず口をついた。


「それはそうだろ。人間なんだから」


クラスメイトは一瞬驚いた目をする。

しかし、すぐにいつもの飄々とした表情に戻った。


「……そういうところだね、本当に」

 

 そう言って微笑むクラスメイトは、やはり俺の質問の答えとして正しくないように思うし、恐ろしく綺麗な顔をしていることを除けば、何度見ても自分と同じ人間にしか見えなかった。

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