2500字以内の物語
『世界は沖くんの召すままに』(1922字)
同じクラスの
ただ、生まれつきの魔法使いというわけではない。
正確には、過去に魔法使いに魔法をかけられた元一般人、という表現になるのだけれど、みんなは沖くんを「魔法使い」と呼ぶ。
「小学二年の時に魔法使いに会って魔法をかけられた」
それが、昔から変わらない沖くんの言い分だった。
以来、沖くんは元一般人にもかかわらず、魔法を使用することができるようになったという話になっている。
しかし、それは沖くん本人だけが言っていることで、実際に彼に魔法をかけた魔法使いは今も尚見つかっていない。
そもそも魔法使いと呼ばれる人たち自体が、疑われてたくさん処刑された過去から、人には名乗りたがらない。
そのため、今でも生き残っているかどうかすら分かっていなかった。
でも実際、彼自身は魔法を使うことができる。
何もないところから火や水を出せるし、物を浮かせたり、自分が空を飛ぶこともできる。
だから、元々彼は魔法使いの生き残りで、「小学二年の時に……」云々は、魔法が使えたことが知られてしまった時に、思わず言ってしまった彼の狂言じゃないのか――なんて心ない言葉も初めはあったけれど、今ではそんな言葉を口にする命知らずはいない。
なぜなら、感情の起伏次第で世界をひっくり返すほどの魔力を持っているにもかかわらず、彼はまだ自分の持つ魔法の制御が上手くできていないからだった。
彼の機嫌を損ねてしまえば、世界がどうなるか分かったものじゃない。
そうして、彼が魔法使いだと分かってからは、周りからはしばらく腫れもの扱いされていたようだった。
そんな彼に、感情のコントロールを促したのが、たまたまその時期に近くに移り住んできた私だった。
初めは疑うような目で私を見ていたけれど、沖くんは次第に心を開いていって、話を聞いてくれるようになっていった。
そんな沖くんに、私は根気よく言葉をかけていったのだ。
嫌いだと思ったものを、強く憎みすぎないこと。
反対に、好きなものにも、全て肯定して信じすぎないこと。
時には我慢するのも必要だが、我慢はしすぎないようにすること。
そうすることで、彼の感情の起伏を抑えて、魔法の暴走を少なくなるように努力してきた。
その甲斐あってか、中学に上がってからは沖くんの魔法も落ち着くようになった。
周りも、彼の心の持ちようによっては世界を沈めることすら容易い魔法に対して怯える頻度が減ったことで、安心して生活できるようになったようだった。
あまり直接言われたことはなかったが、名前をもじって私を「メシア」だなんて呼んでいる人がいることも知っていた。
単純だけど、分かりやすいあだ名だった。
「世界滅亡を願う奴らは、俺に嫌がらせをするんだ。俺にバレたらひどい目に遭うっていうのにな」
そう呟く沖くんは、初めて会った時より何倍も落ち着いた様子だった。
この程度のことで感情を表に出して、魔法の暴発をさせてはいけない。
それを、沖くんは忠実に守ってくれているみたいだった。
「大丈夫。私がいる限りそんなことはさせないから」
「汐留が言うと他より何倍も頼もしく聞こえる」
隣で苦笑する声が聞こえる。
どうやらあまり本気には受け取ってもらえなかったようだった。
「でも、気をつけてくれよ。汐留に何かあったら、俺が何起こすか分からないから」
「大丈夫だよ。その前に何とかするし」
そんな私の言葉に、沖くんが真剣な目でこちらを見た。
「……本気だよ。汐留だけだったんだ。最初から俺のことを気味悪がらずに話しかけてくれたのは」
そう言って、沖くんは私の手を握ってくれる。
その優しさに付け込んで、私は今日もかくしごとをしていた。
私は知っている。
沖くんが嘘をついていないことを。
「……分かった、気をつけるね」
「そうしてくれると嬉しい」
私が微笑むと、沖くんは安心したように目を細めた。
私は知っている。
沖くんが今までの生活が送れなくなったのは、私の亡き祖母がかけた強力な魔法のせいだということを。
だから、彼が魔法をコントロールできるようになるまではそばにいようと思い、この近くに移り住んできたのだ。
亡き祖母が沖くんとどう出会い、どうして彼に魔法をかけていったのか。
その理由を知るすべはないけれど、亡き祖母の遺志は継がなければいけない。
過去に処刑されてしまった魔法使いや、今もひっそり暮らしている他の魔法使いの名誉ためにも、魔法の暴発は避けなければならない。
それが数少ない魔法使いの生き残りである、私の使命だと思った。
「……世界は沖くんの召すままに」
沖くんに届かないように、私は小さく呟く。
願わくば、祖母が魔法を託した彼が、この世界で何不自由なく生きられますように――と、私は一度目を閉じた。
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