現代に帰還した少年は静かな暮らしを夢見ている

田吾作Bが現れた

頼むから静かに過ごさせてほしいと彼は願っている

斗真とうま様、おはようございます」


「おはようございます主様。今日もまた自分達が護衛を務めます故」


 さえない見た目の少年である小垣斗真おがき とうまを今日出迎えたのは制服を軽く着崩した桃色の髪の少女とキッチリと制服を着た白髪の少女であった。


「あぁうん。おはよう。お願いだからその呼び方やめてくんない?」


 ひと月ほど前に日本に移住したいささか不真面目な見た目の美少女マイン・スカーレット、オリンピックでメダル候補を次々と輩出している卯之宮流剣術を継ぐ一人娘である卯之宮黒葉うのみやくろはは今日も慕っている少年に邪険にされている。


「何故ですか! 私どもは斗真様に全てを捧げたのですよ!」


「そうです! 自分も主様がいなければこの世界に存在することは決して――」


「うん。それ。だからここじゃやめろって言ってんの。俺視線だけで毎日死にそうなんだよ」


 彼の通う高校の中でも飛びぬけて美しい少女達に慕われる少年だったが、当人はただしかめっ面で彼女達の間を抜けてそのまま学校へと向かおうとしている。


 事実、十人いれば十人が振り向くであろう美貌の持ち主が凡庸な見た目の少年に熱烈なラブコールを送りながら往来を歩いているのだ。汚物を見るような目つきや嫉妬に塗れた視線を向けられなかった日は無いというレベルで彼は常に悪意にさらされている。


「「ですから、そんな不届き者は私達が処理して――」」


「だからやめろ。お前らのことだから本気でシャレにならねぇっての!」


 その上彼女はそういった輩に対して過剰なまでに敵意を露わにするのが毎度のことだ。それ故に斗真は心底困り果ててしまっているのである。


「せめてさぁ、呼び方だけでもなんとかしてくんない? 頼むから俺ん家の中でだけ言ってくれって」


 ――その理由は彼の過去にあった。数年前、中学三年生であった小垣斗真は突如現れた魔法陣によって異世界へと渡ったのだ。


 今はこうして元の世界に戻って来たものの、姿その頃からの付き合いのある二人を邪険に出来る訳がなかった。それ故の悩みなのである。


「無理です。私を心酔させた斗真様を外で軽々しく扱えと?」


「えぇ。命の恩たる主様にそのような不敬を働くなど……腹を切れと言っているに等しいではありませんか!」


「なんで俺の頼みをピンポイントで無視するの? 泣くよ俺」


 その上とんでもないレベルで自分を慕うものだからタチが悪い。何を言ってもテコでも動かない様子の二人に今日も慕われている少年はため息を吐いた。そんな折、グラマラスなスーツ姿の女性がこちらへと近づいてきていた。


「あら。おはよう玖礼亜くれあ。今日も立派な体してるわね。でも腰回りはちゃんと細くしないと」


「おはよう太田。暴飲暴食の癖は直ったか?」


「二人ともひっどーい! あ、おはようございます! 今日もいい天気ですね!」


 ちなみにこの少年、魔王である。そして今姿を現した斗真らのクラスの担任であるむっちり美女の太田玖礼亜おおた くれあ。彼女含む目の前の女の子達は全員彼の配下であった魔物の生まれ変わりであった。


「あーうんそうですね。天気がいいのぐらいしか今日はいいことないですね」


「ありますって魔王様! 無いのならばこの玖礼亜、それにマインと黒葉、他にも――」


「挙げんでいい挙げんで。無理矢理作り出そうとするんじゃない」


 よくある転生チートと似て非なるもので、異世界へと渡った彼が手にした力は人並程度の魔力とあらゆる生物と意思疎通が取れる能力だけだった。それらに加えて現代知識も使えるものをフル活用して彼は生き延びたのだ。


(どうしてこうなった。そりゃハーレムでウハウハとか昔は夢見てたけどさ)


 死にかけのコボルドを助けたり、オークの群れを配下となったコボルドと共に叩きのめしたり、ふらりと現れたサキュバスに気に入られて色々と搾り取られたこともあった。彼女達とはその頃からの付き合いなのだ。


(でもさぁ、マインはわかるよ。アイツサキュバスだったもん。で、あの頃と変わらない見た目の美人だもん。でもさ、でもさ、ヴァイスとかクロウとかメニークが女になってるのはどういうことかなぁホントさぁ!!)


 ……なお、配下の魔物はほとんどが♂であった。そんなむさくるしい上に見た目も割と醜悪だったのが多かったにもかかわらず、元居た世界に来た時には美人の女性なのだ。


(マインは見た目大して変わらないけどさ、オークだったクロウはムチムチの女教師だし。デュバルは今を時めく美人アスリートでクソ傲岸不遜だったウェインはやればできる天才系ニート美少女。一番信頼してたヴァイスは犬系武人黒葉だしなんなんだよもう!)


 昔の姿が軽くチラつくせいで何とも言えない気分になるし、かつての頃の空気で接するくせにどいつもこいつも自分を優先するから現代日本のルールを破る気満々といって差し支えない。故に斗真は頭を抱えていたのである。


「お、魔王サマおはよーっす!」


「あぁうんおはよう。ここ校門だよ? 大声出さないで」


 そして校門で出くわした小柄な少女、雨多礼あまた れいもまた彼の配下の魔物だった女の子だ。顔に何か所か絆創膏が貼られたジャージ姿のこの少女もかつてメニークと呼ばれたゴブリンの長であったりする。


(こんなことになるなら勇者相手にもうちょい頑張れば良かったかなぁ)


 こうして今日も笑顔で自分の後ろをついてくる美人達に頭を抱えながらも斗真は思う。いきなり世界に現れた『勇者』を自称するとんだチート染みた強さの男とその仲間のことを。


(オーガの長のデュバルとかドラゴンのウェインも思いっきり苦労して仲間にしたんだよ? ユーリやディルとかが自分の命を懸けて勝利をもぎとってくれて。それで俺の配下になってくれた奴らを皆殺しにしやがったもんなぁ。うんやっぱ無理)


 苦労して従えた配下をことごとく叩き潰され、自身もあっさりワンパンKOさせられたあまりにも苦い過去。あの時何か他に出来なかっただろうかと思ったが、配下となった魔物が「見た途端に殺しにかかった」と述べてたことも思い出す。


 あの時は自身も頭に血が上ってしまっていたし話し合いもクソも無かった。何せ勇者の方も「俺達人間を裏切ったウジ虫め! この俺が倒してやる!」と言いながら突っ込んできたし、彼の仲間も勇者にうっとりした様子で加勢してきたのだから。改めてやりようが無かったなと斗真は思った。


 ちなみに今挙がったデュバル、ウェイン、ユーリ、ディルもまた美少女として転生して邂逅している。もちろん全員元♂だったせいで頭がおかしくなりそうになっていた。


「ケッ……留年野郎が偉そうに」


 そして彼を悩ませている要因がもう一つ。それは死んで元の世界に戻った時の時間のズレだ。なんと異世界で過ごしたのと同じ時間、三年の月日が元の世界でも経ってしまっていたのだ。


(これもなぁ。せめて、せめてあっちに行く直前に時間が巻き戻ってたんなら良かったんだけど……ぜいたくな悩みかなぁ)


 そのため斗真は現在高校2年生なのだが年齢は19歳。見つかった当初は同情されたが、見た目美少女達を連れた今となっては厄介ごとの種でしかない。


「ころすぞ」


「ひっ!?」


「あらぁ。斗真様と違ってナニも心も粗末そうなガキね。命が惜しくないのかしら」


「主様! 命じていただければこやつの首を――」


「待った待った! 頼むからやめてくれ! 警察沙汰は勘弁なんだよ!」


 そこに彼女達の元の世界準拠の忠誠心の高さ。これが組み合わさった途端に警察がカッ飛んでくる可能性が爆上がりになるのだ。


「た、助けてくれぇー!!」


「よし逃げた! もう逃げた! これ以上の追撃はナシ! な!?」


 だから相手が何かする前に即座にくぎを刺す。そうすることで面倒ごとが起きるのを毎日彼は回避しているのだ。そのせいでまだ19なのに先日10円ハゲが出来てしまい、風呂場で悲鳴を上げてしまったことがあった。


「……魔王サマがそう言うんだったら」


「ぶー……魔王様は優し過ぎますよぉ。いえ、その、魔王様の優しさに私達も助けられましたけどぉ」


 そしてかつての配下が文句を言うのも日常茶飯事。彼女らをなだめるのも彼の仕事なのだ。最悪叩きのめせばいいあちらの世界と違い、ここで騒ぎを起こせばどうなるかわかったものじゃない。かつて魔物だった頃に親しくしていたからこそ、彼女達のことを見捨てられないが故のことだった。


「俺に恩義感じてるんだったらもう金輪際面倒ごと起こすな。頼む」


 もう嫌だと思いながらも今日も小垣斗真は必死に説得を続ける。彼女達も慕っている彼が苦心している様を見て首をかしげたり思い悩んでおり、彼の苦労が報われる日も近いかもしれない……多分。

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現代に帰還した少年は静かな暮らしを夢見ている 田吾作Bが現れた @tagosakudon

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