厨二病とショコラティエ

トモユキ

第1話 厨二病とショコラティエ

 小鳥のさえずる声が店内にも響く、爽やかな朝。


「私の名前は、コルレ・ナカムラ・ジェノヴェーゼ。名前と見た目からお察しの通り、ベルギー人の父と日本人の母の間に生まれたハーフよ。金髪紫目しめはその証。そしてあなたに告白するわ。実は私、殺し屋なの」


 本日来店第一号のお客様――コルレと名乗る金髪女子高生は、店主の俺――木村省吾に向かって厨二病ポーズを決めつつ自己紹介をした。


 くすみのない金髪、魅惑のパープルアイズ。

 虫も殺せないようなハーフ美少女が、朝っぱらから自分は殺し屋だと告白してくる……これが愛の告白だったら、どれだけ気持ちの良い一日のスタートとなっただろうか。

 俺は、二人を隔てるケーキショーケースの上で営業スマイルを浮かべ、とりあえず聞かなかった事にした。


「いらっしゃいませ! どれにするかお決まりでしょうか?」


 ショーケースの中にはガナッシュ、プラリネ、トリュフなど、俺の作ったチョコレート達が整然と並んでいる。

 女子高生は殺し屋にではなく、こういうキラキラしたチョコに心奪われるべきなのだ。


 ここは先月オープンしたばかりのチョコレート専門店『チョコココネ』――ちなみにチョココロネはおいていない。

 いわゆる高級チョコ専門店だが、バレンタインデー一ヶ月前にオープンしたおかげで、近くの女子高の生徒達がよく覗きに来てくれた。

 チョコは一粒から購入できるので、お小遣いの少ない女子高生でも一度は試しに買っていってくれる。口コミはすぐに広がって、小さいお店ながらいいスタートが切れたように思う。


 そしてこの厨二病少女コルレも、その近隣の女子高の制服ブレザーを着ているわけだが……初めて見る顔だった。

 もし一度でも見かけていたら、これだけ目立つ金髪ハーフ美少女を覚えていないわけがない。そう言い切れるくらい、コルレは人目を引く女の子だった。

 

「しらばっくれても私の目は誤魔化せないわよ、ショーゴ・キムラ……どう? あなたの名前を何故私が知っていると思う? それはあなたが、私のターゲットだという証よっ!」


 コルレは一旦視線を上げてから、勝ち誇った表情を浮かべた。いや、壁に飾ってるサロン・デュ・ショコラパリでもらった特別賞アワードの賞状に、俺の名前が書いてあるからでしょ。

 さすがの俺も、営業スマイルにげんなりした気持ちが入り混じってしまう。


「ふふっ、殺し屋を前に醜悪な顔を晒してしまうのも無理ないわ。でも安心して。私の身体には、ベルギーチョコで育ったベルギー人の血が流れている。顔はともかく、ショコラティエのあなたに敬意を表して、殺す前に聞いてみる事にしたのよ」

「はあ……」


 いくら美少女相手とはいえ、朝っぱらからこの罵倒と厨ニ病会話はキツイ。もうこうなったら怒鳴って追い返すしか……。

 いや。もしここで対応を誤り機嫌を損ねたら、ある事ない事学校で噂され、店の評判を落とされかねない。


「殺される前に、何か心残りはないかしら?」


 長い睫毛を大きく見開いて、顔を近付けてくるコルレ。間近で見ると吸い込まれそうな、紫目の宝玉。俺の頬が勝手に熱くなっていく。

 慌ててコルレから目線を逸らした窓の向こうに、パッと隠れる人影を見つけた。

 コルレの斜め後ろ、小窓に置かれたダチュラの鉢植え越しに見える通学路で、四人の女子高生が隠れながら店内の様子を窺っているようだ。


 なるほど。

 つまりこれは……罰ゲームか。


 これだけ目立つ外見のコルレだ。通学路にある『チョコココネ』で一ヶ月近く寝泊まりしている俺が、見かけていない訳がない。

 となると、最近転校してきた子か、突然のイメチェンで金髪カラーコンタクトにした子か。いずれにしても、周りの友達からイジられやすい事は間違いないだろう。

 殺し屋だなんだも、自分からそう言い出したのか、そういうフェイクを付ける罰ゲームのルールか。


 とにかく、これは女子高生の遊びの一環。

 後から思い出しては身悶えするような黒歴史を、コルレは始めようとしているのだ。

 

「随分真剣な顔で悩んでいるわね……何かよほど深刻な、心残りがあるのかしら?」


 黙って考えていた俺を、コルレはとても心配そうな面持ちで見上げている。もしかしたら、演劇部の度胸試しって線もあるな。


 遊びだと分かった以上、無下に扱って女子高生達から冗談が通じない相手だと嫌われても困る。

 無難に付き合いつつ大人の現実をちらつかせ、早々に帰ってもらうよう誘導しよう。


「実はどうしてもやり遂げなきゃいけない事があってね。それを完成させるまで、死ぬわけにはいかないかな」

「あら素敵。どんな事かしら?」

「ちょっと待っててね」


 俺は奥の厨房に引っ込むと、銀トレイを片手に戻ってきた。その上には、等間隔に並ぶ一口サイズのチョコが乗っている。

 とりあえず試作チョコでも食べさせて、無難に仕事忙しいアピールをして帰ってもらおう。


「これは今度のバレンタインデー限定チョコの試作品だ。これを完成させるまでは、死んじゃうわけにはいかないね」

「さすがショコラティエね。命よりもチョコが大事だと」

「だから今忙しくてね、また戻って作らなきゃいけない。最後にちょっと、試食してみる?」


 俺はトングを使ってチョコを掴むと、差し出されたコルレの手の平に置いた。

 コルレは紫の瞳をぱちくりと見開き、三センチほどの立方体を真剣に見つめている。おもむろにその一粒を摘まみ上げ、いただきますと呟いてからパクっと口に入れた。

 目を閉じ神妙な面持ちで咀嚼していたかと思うと、表情が次第にうっとりとしていく。


「これは……ボンボンショコラね。中のガナッシュは甘いのに刺激的な味わいで、とても美味しいわ。バニラビーンズと……これはカルダモンスパイスかしら。少しビターな外側のチョコと甘い中身が一緒に溶けて、爽やかな後味が癖になりそう……」


 情感のこもったコルレの感想に、俺は正直驚いた。

 詰め物フィリングの生チョコクリームのガナッシュとバニラビーンズはともかく、スパイスのカルダモンまで言い当てるなんて……ハーフとはいえ、チョコの本場ベルギー人の実力を見せつけられた気分だ。


「他にも何かこう……気になるところはあった?」

「そうね……このチョコは温度調整テンパリングされていない状態よね? 常温で口の中に入れてから外のチョコが溶けるまで、少し長い気がしたわ。もう少し外壁の厚さを削って、くちどけの良さと一緒にガナッシュを早めに味わえるようにしたらいいと思う。その方が、カルダモンのエキゾチックな香りと甘いチョコの組み合わせを、もっと長く楽しめるはずよ」

「驚いた……パリのショコラティエから感想をもらった気分だ」

「チョコの本場、ベルギーハーフをなめてもらっちゃ困るわ。でも、そうね。これだけの作品をバレンタインまでに仕上げられないなんて、ショコラティエに死ねと言ってるようなものだわ……」


 顎に手を当て考え込むコルレは、しばらくするとパンッと両手を打った。


「分かった。このチョコが完成するまで、殺すのは待ってあげる」


 よく分からないが、とりあえず俺は殺されずに済むらしい。


「それはありがたいよ」

「その代わり、チョコが完成したら、また私に食べさせてくれる?」

「……もしよかったら、今日の放課後もう一度店に寄ってくれないか? さっきの君の意見を参考に、もう一回作り直してみようと思う。また感想をもらいたいんだ」


 パッと花が咲いたような笑顔を浮かべるコルレ。チョコ好きだけは本当のようだ。

 しかしすぐに真顔に戻ると踵を返し、小窓に咲いたダチュラの花に近付き、その花弁を指でなぞっている。


「コルレ」

「え?」

「私は君、じゃなくて、コルレよ。ちゃんと名前で呼んでくれないかしら」

「……コルレ、また俺のチョコを食べてくれないか?」

「決めたわ」

「え?」


 肩まで伸びたコルレの金髪が、振り返ると同時にふわっと踊る。

 八重咲きのダチュラを背景に、映画に出てくるヒロインのように、コルレは微笑んだ。


「あなたのチョコが私の心を奪ったら、私があなたの命を奪ってあげるっ!」


 そう言い放つと、コルレは勢い良く店を飛び出し、外で待っていた四人の女子高生の元へ駆けていった。

 学校の予鈴が辺りに響くと、五人となった女子高生は仲良く走っていく。どうやらコルレはイジられてるだけで、イジメられてるわけではなさそうだ。


 厨二病発言の真意はともかく、コルレのチョコ批評は本物だった。

 罰ゲームに付き合う代わりに、あの娘には俺のチョコ作りに協力してもらおう。

 彼女の意見を参考にチョコの試作を繰り返せば、バレンタインまでに満足できるレベルに引き上げられるかもしれない。

 そうやって完成した限定チョコを、最初に彼女に味わってもらうのも悪くない。

 

 俺は厨房に戻ると、早速試作チョコ製作の準備に取り掛かった。



* * *



 その日の放課後はもちろん、コルレは毎日のように『チョコココネ』を訪ねては、俺の試作チョコを食べて有益な感想をくれた。

 俺は彼女の意見を参考にチョコの改良を重ね、ついにバレンタインデー前日の朝、限定チョコを完成させた。


「これが……ショーゴのバレンタイン限定チョコの完成形ってわけね」

「立場が逆で日にちもちょっと早いけど、これが僕から君に贈るバレンタインデー限定のチョコだ」


 テーブルの前に座るコルレの前に、小皿に乗せた一粒のチョコを置く。

 何の変哲もない、一辺二十七ミリ× 高さ十五ミリの小さいチョコレート。この中に、俺の目指した技術が濃縮されている。


 コルレはチョコを摘まむと、ゆっくり口に入れた。

 みるみる彼女の頬が上気し、恍惚とした表情へと変わっていく。

 俺はコルレの前に座り、いくつかの質問をする。彼女は満足のいく答えを返してくれた。


 完璧な仕事ができた事を確信した俺は、彼女が帰った後――。

 店を閉め、姿をくらました。

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