第71話『……知りたいと、思ったこともなかった』

 貴方が? なんかそう言うと、レツを知ってたみたいに聞こえるけど。

 でも彼女の言葉を聞くと、レツはサッと視線を外した。


 レツの知り合い……のハズないよな。レツだって王都に来たのは初めてだって言ってたし。チラッと彼女を見てみたら、何だか辛そうな表情でレツを見ていた。……間に居る俺がいたたまれない。

 俺は何となく小さくなりながら、かたくなに視線を外しているレツの服を引っ張った。


「レツ、レツってば」

「レツ……様とおっしゃるのですか」


 彼女はか細い声でそう言った。俺はレツの代わりに彼女に振り返った。彼女は何だか切なそうな顔で微笑んでいた。

 名前を知らなかったって事は、やっぱり知り合いじゃないんだな。俺はレツを窺ったけど、レツはまだ視線を外したままだ。


「こんなところで唐突にお声をかけて申し訳ありません。きちんとご招待した上でお会いするべきだったのですが」

 ご招待? どういうこと?

「ご招待って?」

 彼女は俺を見てにっこり笑った。

「私どもが探していた勇者様ですから、きちんとご招待を差し上げるつもりでした。でもいてもたってもいられなくなって、こちらに直接参ったのです」


 ……全然話が見えないんだけど。って言うか、この人一体誰なんだろう。

「あの……」

「すみません!」

 俺が言いかけるとレツが唐突に立ち上がった。俺は思わず彼を見上げた。


「すみません、それ、人違いだと思います。俺じゃないです……失礼します」


 レツは俯いたままそう言うと、くるっと踵を返して俺たちとは反対側からベンチを出て行ってしまう。ちょ、ちょっと待ってよ!

 俺は慌てて立ち上がると、彼女に振り返って会釈してからレツを追った。


「ちょっと、レツってば! 待ってよ!」

 俺は大聖堂を出て、すたすたと歩いているレツに追いすがった。俺が後ろから何とか追いつくと、レツは足元をじっと見つめたまま立ち止まった。

「どうしちゃったの? 人違いって、何の事?」

 レツは何だか拗ねたような顔で俺を見た。


「人違いだから人違いだよ。俺あんな人と知り合いじゃないよ」


 ……もしかしてレツは、相手があんな美人で、しかもそんな美人にやけに親しげに声をかけられたから逃げちゃったのか? この前の合コンの時みたいなヤツ? 俺は一気に脱力した。友達はいっぱい作れる人のクセに……

「もう……レツって、ハヤとかキヨとかシマとか、無駄に社交的な人に囲まれてるってのに、なんでそんな……」

 俺がそう言うと、レツは膨れて「コウちゃんは違うもん」と言った。まぁ、それはそうだけど。


 俺とレツは何となく歩き出した。チラッと背後を窺ってみたけど、別にあの人が追ってくるようなことはなかった。

 やっぱり、相手が誰と知らないまま声をかけただけだったのかな。だいたいあそこには試験を待ってる勇者がたんまりいたんだ。その中で勇者様って言われたって誰のことだかわからない。みんな該当者だし。


「結局出てきちゃったね」

 俺が言うとレツは小さくため息をついた。結局、試験って何だったんだろう。まるまる午後を座って過ごしただけで、何もしないまま大聖堂を出てきてしまった。ちょっと腰が痛い。

「みんなもう帰ってるかなー」


 俺は何も気にしない振りでそう言った。きっとレツはあそこにいなきゃならなかったのに、うっかり出てきちゃった事を気にしてる。

 でもあんな風に出てきちゃった手前、今さら戻れない感じ。俺たちはだらだら歩きながら、大通りで足を止めた。俺はレツを見上げる。


「どっち行こう?」

 レツはうーんと唸って左右を見た。右に行けば宿へ向かう、左へ行けばお城に行きつく。レツはふにゃーって笑った。

「散歩して帰ろっか」

 俺は勢いよく頷いた。それから揃って左へ向かった。

「あ……」

 レツが小さく声を上げたので、俺は思わず振り返った。大聖堂と反対側に広がる広場の先には、コルシャの木があった。


 生命を生むコルシャの木。俺たち人間を生むのはコルシャの木の鉱石オルだ。子どもが欲しい二人が共に木から取り出し、四つ月二つ分の長い間共に祈りを捧げる。祈りが届けば、オルから子どもが生まれる。

 コルシャの木があるところに、人は集まって街を造るってキヨも言ってたな。王都なんだからあるのは当たり前か。俺の集落には無かったんだけど。


 レツは何だか遠い目をしてコルシャを眺めていた。何か、少しだけ辛そうにも見える。……もしかして孤児だから、何か思い出してるとか、なのかな。あんまり邪魔できない感じ。


 レツは唐突に気づいたように俺に向き直り、なんとなく誤魔化すような顔で笑って先を促した。俺は気づいてないフリで歩き出す。

「ここのお城、ホントすごいよね。今まで見てきた街にこんな建物なかったから余計に」

「うん、おとぎ話の城みたい」

 俺とレツは城を仰ぎ見ながら広場を横切った。


 城の入口には警備兵が並んでいるけど、近くまで行って見るのは大丈夫なんだろう。遠巻きに観光客っぽい人もお城を見上げている。

 城の前の広場は広く、高台にあるから城壁の近くからは王都の街が見下ろせた。広場の反対側にはギルドや市庁舎が建っている。俺たちは観光客に混じって城を見上げた。

 ここに王様とかがいるんだよな。王様とお姫様と……あれ、王家の家族構成ってどんなんだっけ?


「レツって王家の家族構成とか知ってる?」

 俺は小声でレツに聞いた。

 レツはちょっとビクッとして、何だか恐る恐る俺を見た。え、何でそういう反応?

「レツ、知らないの? っつか俺も知らないんだけど。まぁ、それって国民としてどうよってのはあるかもだけどさー」


 それでも、王都は俺が住んでたところからは遠すぎるのだ。距離的にも、気持ち的にも。5レクスの結界で護られてるとかはありがたいと思ってるけど、俺なんか生まれた時からそうだったんだし、それが当たり前だからイマイチ今の王家に感謝って感じはしない。

「……習ったけどね、忘れちゃった」

 俺はチラッとレツを見て、それから城に目を戻した。


「……知りたいと、思ったこともなかった」


 俺が呟くと、レツはゆっくりと俺を見た。


 特にこれといった特色もなく、ただ人が集まって出来ただけの集落。

 森林資源は豊富だったけど、木樵で成り立ってた訳じゃない。木を切り出すのは重労働だし、それを売るにしても街まで遠い。一番近かったサフラエルでさえ馬車で二日かかるのだ。


 しかもそれだって乗り合い馬車の速度だから、木材を運んだらもっとかかる。

 集落にはそこまで人員を割く余裕はなかったから、結局身近の土地に畑を作り豚や牛や鶏を育て、ほとんど粗末な自給自足で暮らしていた。

 だから、街へ出て行く必要もないけど、街へ出て行ける余裕もない。


 きっと俺みたいな人間は国中にいると思う。こんな風に王都へ来てこのお城を見上げることなく一生を終える人は少なくない。俺の家族だって、たぶんそうだろう。

 だから王家のことをちゃんと知っていなくても、知ろうと思うこともなかった。それなりに、恩恵を受けているんだとしても。


「でもそれって何が悪いわけじゃないよね、別に国王は国の隅々まで国民の心を掴んでなきゃおかしいってわけでもないし」


 別に知らないからと言って、王家に反旗を翻したいわけじゃない。ただ遠いのだ。

 国王は俺たち国民のために妖精王と契約して結界を敷いてくれたんだろうけど、それでも俺たちからは遠いのだ。

 遠すぎて遠すぎて、結局『そういうもの』としか受け取れない。


「身近な王家なんて存在しないもん。俺たちとは違う遙か遠いところで色々難しい事やってんだろうな」

 俺の言葉にレツは答えず、ただ何だか遠い目をして城を見上げていた。


 そう言えば、国家戦略で育った人たちは国の中枢にいるって言ったっけ。もし運命が違う風に動いてたら、ハヤもシマもキヨもここで働いてて、俺とは全く縁のない人だったかもしれないんだ。


「ヴェルレーメン城に住む王家の人間は四人。現国王のシャマク王と王妃のジュルー、王女のローランと王子のヴィト。その他毎日城に詰めているのは家臣、役人、使用人まで含めて二百人。警備の兵は交替制で常時五十人が城内外の警備に当たっている」


 俺は声のした方を見た。

「キヨ!」

 キヨは俺たちの隣まで来ると城を見上げた。

「忍び込むにはちょっと面倒だな」

「お城に忍び込んだりしないでよ、それこそ捕まっちゃうっての」

 シャレにならんっつの。キヨのあとからハヤも現れた。試験終わったのかな。

「っていうか何でここにいるの?」

「お前らの事だから、のんびり散歩でもしてんじゃないかと思ったんだよ」

「たぶん、またお城見に行くんじゃない? って。当たったねー」

 ハヤはそう言って笑った。うわーまるっと読まれてるよ。


「さて、とっとと帰るか」

 キヨはそう言って歩き出した。俺たちは一緒に大通りを下っていった。

「キヨリン、あのカフェのお兄さんはどうすんの?」

 あのカフェの近くを通り過ぎる時、ハヤはキヨを伺いながらそう言った。キヨはチラッとハヤを見て肩をすくめた。

「夜でいいだろ、別に」


 ……あんまりよくない気がするけどね、ハルさん的に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る