第72話『少なくとも一度は、上手く逃げてるしな』
俺たちは夕食を食べてから、酒とか飲み物を持って部屋へ戻った。
六つ並ぶベッドの真ん中三つにめいめいが適当に座ったり寝転がったりしている。試験は、普通に試験だったらしい。
「あんなの、試験なんかしなくてもレベル見ればわかることだろ?」
「そうかな」
ハヤは小さくそう言って、面倒くさそうにボトルを煽っているキヨを見た。
「だってキヨリンの言う通り、手抜いて試験受けたし。なんつーの、レベル通りの力程度で。それ以上変わったことが出来るようなところは見せなかったよ」
ハヤがシマを見ると、シマも肯定するように肩をすくめた。
えっ、そんな事して何か……反逆罪とかになったりしないのかな。っていうかいつそんなこと話し合ったんだ。
「テキトーにっつってたじゃん」
コウが言うのでちょっと考えた。ああ、あの別れる前の! あれそう言う意味だったのか!
「キヨリンだって逐一呪文唱えてて、久しぶりにそんなの見たもん。だから少なくとも、このパーティーに関してはレベル通りの結果しか出てない。それって既に試験でわかるハズのことを隠してるんじゃん」
だから試験したかったのかもよと、ハヤは言ってボトルから一口飲んだ。
「何でそんなことしたの?」
キヨは俺をチラリと見た。それから逡巡するように視線を逸らす。
「……さぁ、なんでだろうな」
考え無かったの!? キヨが!? 俺が言うとキヨは不機嫌そうに睨んだ。それからちょっとだけ体を起こして両手でもてあそぶボトルを眺めた。
「変な言い方だけど、5レクス出た後の俺たちの持ってるもんって普通じゃねぇだろ。魔法に合ってたんだとか、生まれつきの才能とか、まぁそこそこ努力の賜物っつーか、そういうのでくくったとしても、こんな風にレベル表示と合ってないなんて話を聞いたことがない」
キヨは言ってボトルから一口飲んだ。
国家戦略レベルの三人は、その言葉を信じさせるくらいに自分たちの力を発揮する。でも呪文を使わないで魔法を使ったり、あり得ない大きさのモンスターをベッドに出来るなんて聞いたことない。
彼らよりも大人で経験豊富なもっとレベルの高い魔術師や獣使いがいても、そんなことが出来るなんて聞いたことないのだ。俺の集落にときどき来た冒険者にだって、そんな人はいなかった。
それなのに、彼らの左手に現れるレベル表示は普通なのだ。むしろ全然まだ上があると言っていい。まるで彼らの才能を、ギルドのレベル表示が認識できてないみたいに。
「下手に知らせて、いい結果が出るとは限らないね」
「面倒に巻き込まれるのがオチって気はする」
ハヤとシマはそう言って同意した。そうか、二人ともコレと言った目的が無くても、バカ正直に試験でひけらかすのがいい結果を生むとは思ってなかったんだ。
「まぁ、少なくとも一度は、上手く逃げてるしな」
キヨが言うと、ハヤとシマはニヤーっと笑った。え、それって……
「なにそれ、初耳だよ」
「俺も知らね」
レツとコウは体を乗り出した。すると三人は吹き出した。
もしかして、もしかして卒業時の選別からも同じような事して逃げたとか……!?
「別に悪いことはしてねーよ、子どもにしては頑張ってるけどーってくらいで」
「そうそう、僕なんかカエルだよ。カエルに回復魔法かけろって言われたんだよ。しかも超不細工な! 美少女とかだったら全力でやるけどさー、カエル! 真面目にやる気にもならないね!」
それを聞くとみんな爆笑した。
そりゃ、まだ一人前じゃないんだから、人間相手に試験してたら失敗した時に怖いかもしれないけど、それにしてもカエル使ったなんて……
「だいたいさー、あのカエル別に困ってなかったもん。ちょっとご飯抜かされてお腹空いてるだけなんだよ。そんなのに使う僕の魔法がもったいない。ちょっと怪我してたから、そこは治してあげたけど」
ハヤはぷりぷりしながらそう言った。じゃあ回復が必要なカエルを用意するために、ご飯を抜いたカエルを用意したんだ……っつか、普通そこまでわかる白魔術師いないんじゃないか……
「あのウサギたち、外に出たがってたんだよなぁ……正直、そんな子を無理矢理檻に押し込むとか、俺には出来なかったね……」
シマは遠い目をして言う。もしかして、逆に逃がしちゃったとか!?
「いやいや、そこはウサギさんの意志を尊重してね、ここに残ってぬくぬく餌もらって暮らしたい子は残ったんだよね。まぁそしたら、半分くらいは逃げちゃったんだけど」
だからそのウサギの意志を尊重するって芸当が、国家戦略レベルなんだと! っつか、逃がしたところですぐ捕まっちゃうでしょ。
「あーそれは大丈夫、逃げる子たちにはちゃんと逃げ道も教えてあげたから」
なんでそういうとこばっか、アフターケアも万全なんですか。シマの後、獣使いのテストできなくなっちゃったんじゃないか?
「キヨリン、何やらかしたんだっけ?」
「俺はレツの手助け」
「俺!?」
レツは驚いて自分を指さした。レツ何やらかしたんだ?
レツは俺の視線に気付いて首をぶんぶん振った。覚えがないのか?
「試験会場って担当の教師の部屋だっただろ? 俺の試験って発火系の魔法だからちょっと広く必要だったみたいで、魔術教師の部屋じゃなかったんだ」
それがどうしてレツの手助けになるんだ?
「初めて行った部屋に通されて、さあ、あのたいまつに火を付けろって言われた時に、窓際に置いてあったテスト用紙に気付いたんだ」
「テスト用紙……?」
キヨは面白そうに頷く。
「一番上がレツのだった。酷い点だった」
キヨが言うと、レツは真っ赤になって、他の三人は爆笑した。
「それで?」
ハヤが泣き笑いしながら先を促す。なんか、予想がつくけど……
「決まってるだろ、たいまつじゃなくてテスト用紙に火を付けたんだ」
それを聞いたレツ以外の三人は、よくやったと爆笑した。
「あ!! そう言えば修了試験の学科テスト、返ってこなかったんだよ! あれ、キヨが燃やしちゃったんだ!」
「成績のつけようがなかっただろうな、テスト用紙が燃えたのは防御しきれなかった学校側の落ち度だから、もう一度テスト受けさせるわけにはいかないし」
いや、一応防御してあったんじゃないか……? そんないくら普段より広い部屋を使ったとしても、生徒がテストで発火の魔法を使うのにまるっと放置とは思えない。
そうなると、キヨはその防御かいくぐってテスト用紙を燃やしちゃったんだ……しかも三人とも、失敗したみたいな、まるっきり悪い偶然みたいな顔して。
「あー……最後思ったよりも悪くない成績だったのは、そのお陰だったのかー……」
レツがそう言うとみんな更に爆笑した。
いや、なんつーの、学生時代の楽しいいたずらみたいに語ってるけど、ちょっとおふざけが過ぎるっていうか……この人たち、ずっとこんなんだったんだろうか……
「まぁ、あの時だって真剣にテスト受けてたら、自由度の低い仕事に就かなきゃならなかったかもしれないしなー」
シマはそう言ってボトルを煽った。ハヤもキヨも穏やかに笑っている。
その選択が自分で出来るのがすごい事、なんだけどな。何だかすごく不真面目な気がしなくもないけど。
だって三人は、今まで見てきたようにすごいレベルで、だったらそういうのを必要とされてるところで発揮すべきなんじゃないだろうか。それこそ、国の中枢のような。
「でも、三人がテストばっくれてくれてよかったよ。でなきゃみんなずっと一緒にいられなかったかもだし、それに、みんなあそこに居てくれたから勇者の旅に出られたんだし」
レツはそう言ってふにゃーって笑った。
……それが、必要とされているところ……?
「まぁ……普段のモンスター狩りじゃこんなレベルアップもこんな上達もしなかったな。それだって、もしかしたら勇者の旅だからなのかもしんねー」
「勇者の旅に向いてたんじゃない? 僕たちみんな」
ハヤが言って、みんな満足そうに笑った。
「にしてもさ、今回のコレはどうすべきなの? 僕たちのすべき事って、王都まできて中途半端な試験受けて、それで?」
ハヤはそう言ってキヨを見た。キヨはチラッとレツを気にしたけど、ボトルから一口酒を飲んだ。
「気になる事が二つある。まず一つ、勇者の資格試験とか言って集められた理由。もう一つ、ここへ来て不安定になっている結界」
キヨは数えるように指を二本立てて言った。
「繋がってるのかな……?」
コウが言うと、キヨはちょっと肩をすくめた。
「集めたところで勇者に何できるっての。結界はだって、妖精王との契約で出来てんだから、いくら冒険に長けた勇者集めたところで意味ないじゃん」
確かにシマの言うとおりだ。勇者たちは5レクスを越えて冒険してるから、その辺の職業冒険者よりもレベルは高いしバトルに長けている。
でも、結界を護れるわけじゃないし、結界を敷けるわけじゃない。もちろん白魔術師は結界を敷けるけど、国全土をカバーするような魔法は使えない。そんな事が出来るのはエルフだけなのだ。
「それで、キヨリンが集めて来た情報は?」
キヨはちょっとだけ考えるように視線を外してからボトルを煽った。
「情報ってほどのもんじゃねぇな。王都の南が不安定になってるってのは、マルフルーメンでわかってた事だけど」
「給仕のお兄さんに聞く前にわかってたの? あ、あのエルフの女の子が言ってたんだっけ?」
俺が言うと、キヨは「いや」と言った。
「エルフの子は言ってなかっただろ。南ってのは飲んでた店で聞いたんだ。酒の納入が出来なくなってんだと」
「あ!!」
俺とレツは同時に叫んだ。
俺とレツのおつかい! あの話で王都の南で結界が不安定になってるって、わかる事だったんだ……もう一つ、何で納入されなくなったのか聞いていれば……それが妄想力の差……俺とレツは情けない顔で見合った。
シマたちは爆笑して、事情を知らないキヨはきょとんとしていた。
「まぁ、それもあったからエルフの子に話を聞きたかったんだよな。結界が不安定とか言ったら妖精王のことだし。そしたらちょうど声掛けてきた子がエルフに知り合いがいるっつーんで」
「あの合コンになったと」
ハヤが面白そうに言葉を継いだ。
じゃあキヨがキコを上手く使って、エルフの子たちを呼び出してもらったのはそれが目的で……っていうか、めちゃめちゃヤな奴だなそれって!
「でもエルフの子たちも特別内情を知ってる訳じゃなかったし、微妙に無駄骨だったっつーか」
だからそれがヤな奴っての! 目的のために手段選ばない性格なんとかしろよ!
「でもまぁ、5レクスの契約が王家同士で成立してるってわかったのだけでも収穫でしょ」
ハヤはそう言ってボトルに口を付ける。
「結界の不安定さがイコール妖精もしくは人間王家の不安定さに繋がるんだとしたら、何が出来るんだろうな」
コウはのんびりとベッドに寝転がって言った。
「何か出来るもんか? 相手はエルフで、しかも王様だぜ?」
シマはそう言ってボトルを煽る。
どう考えても、俺たちがどうこうできるレベルの問題じゃない。どうこう……すべき問題でもない気がする。
「それ……俺たちが何とかしなきゃならない問題じゃないよね……?」
俺はみんなを見回してみた。みんな何となく納得いかない顔をしてる。
だって、俺たちはただの勇者一行で、勇者ってのはお告げを受けてそれをクリアするために冒険を続けるんだ。そんな……お告げと関係ない王都の試験とか妖精王の契約とか、何とか出来るはずないじゃないか。
「……国の一大事で、しかも人々の生活が
キヨはそこまで言ってボトルを煽った。
「でもそういうの、そういう奴らにやらせればいいよな。俺はどうでもいい」
「えええ!」
何かはっきりそう言われると、それって間違ってる気がするんだけど!
俺が思わず立ち上がってそう言うと、他のみんなは爆笑した。
「お前が言ったんだろー、俺たちの問題じゃないって!」
「それはそうだけどー! でもキヨの言い方だとすっごい自己中に聞こえるじゃん! キヨっぽいけど!」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」
キヨは言いながらもちょっと笑ってボトルから一口飲んだ。
「まぁでも、気になる事はクリアにしたいってのはあるかな。結局どういうことになるのかわかんねーまま、ただぼんやり巻き込まれるつもりはねぇし」
「巻き込まれると思う?」
ハヤが言うとキヨは「どうかな」と言って少し首を傾げた。
「……もう巻き込まれてんのかも」
俺たちは静かにそう言ったレツを見た。それは、勇者一行がここに集められた事が、すでに巻き込まれてるって意味?
みんな何も言わずにレツを見ている。レツはゆっくり顔を上げた。
「ごめん、まだ……あの……上手く言えない」
そう言ったレツの頭を、シマが乱暴にくしゃっと混ぜた。
キヨが確認するように人差し指を立ててレツを見る。
「一個だけ。レツ、巻き込まれてんのは、お前だけか。それとも俺たちか?」
レツはちょっとだけ難しそうな顔をした。それからゆっくり顔を上げてキヨを見る。
「……俺、……かな」
キヨはそれを聞いて、とぼけるみたいに眉を上げた。それって、みんなは関係ないのか? レツ一人の問題で、だからレツはこんなに苦しんでるんだろうか。
「じゃあ、勘違いしてるみたいだから言うけど、お前が見たのはお告げだろ。どう話しにくいのかはおいといて、その内容がお前に深く関わるもんだとしても、お告げとしてお前が見たんだったら俺たち全員に関わる。勇者一行は勇者が見たお告げをクリアするためにいるんだからな」
キヨがそう言うと、シマはまた同じようにレツの頭をくしゃっと混ぜた。
「でも、」
「レツくん、お告げ独り占めはいけないよ、勇者なのに」
コウは言いかけたレツを遮って、ゆっくりそう言った。
「勇者がお告げ持って逃げちゃったら、俺たち何なのっていう」
「勇者はパーティー組んだ時点で、お告げはパーティーみんなのもんだからねー」
レツは何だか泣きそうな顔でみんなを見回した。
「どんなに……俺の個人的な事だったとしても?」
「それのクリアに必要なのが俺たちだろ」
シマはレツを見ないで言うと、ボトルを煽った。レツは拗ねるみたいな顔で俯いた。それから小さく消え入るような声で「ありがとう」と言った。シマがまたレツの頭を混ぜた。
「どうせ巻き込まれんだったら、全部わかるところに居たいな」
キヨがそう言うとハヤが吹き出した。コウも小さく「超キヨくんらしい」と言って笑う。いや、キヨは策士だからかもしれないけど、何にも見えてこないこの状況でそれを希望しますかね……
「そしたら俺はちょっと出てくるわ、約束があるし」
キヨはそう言ってボトルを空にすると立ち上がった。この人ひとりでボトル空けてからまだ飲むつもり? そりゃ、昼間の給仕のお兄さんに会う約束してたみたいだけど。
「キヨリン、あんまり遊んでるとチカちゃんにチクるからね」
「どうやって?」
キヨがちょっと笑ってそう言うと、ハヤはわかりやすく顔をしかめて見せた。
「キヨくん、一人で大丈夫?」
コウの言葉に、キヨとハヤはきょとんとした顔で振り返った。
「え、いや、一応ここ王都だし、今までみたいな街レベルじゃないと思うんだけど。あのー、危険度とか」
コウがそう言うと、ハヤだけでなくシマとレツも吹き出した。
「お前な……俺がいつそんな危険な情報収集したよ……」
「え、だってカナレスみたいのに引っかかったのだって、キヨくん自覚なかったんでしょ?」
キヨは何だか拗ねるような顔をしたので、三人は更に爆笑した。
そう言えばキヨってあの時、カナレスが街を二分する裏の顔なんて知らずに親しくなったんだっけ。おごってくれたから。確かにそう考えると危険なのかもしんない、おごってくれれば相手がどんな人か関係ないとか。
「よし! じゃあコウちゃんをキヨリンの護衛に命ずる!」
ハヤがそう宣言すると、キヨは脱力するみたいにため息をついた。
「お前なー、ただ昼間の給仕に話聞くだけだぞ? 普通に飲んで」
「キヨリンの場合、どこからどこへ転がるかわかんないでしょ。ただの情報収集しに行って、いかがわしい店の前で女の子に捕まってたのは誰だっつーの。それとも、一対一の方がいいワケでもあんの?」
ハヤが目を細めて覗き込むと、キヨは面倒臭そうに息をついた。それを見るとハヤはにっこり笑った。
キヨはマントを取ってコウに行こうと頭を振った。コウは立ち上がってキヨと一緒に部屋を出て行った。
「キヨ、勇者の試験で何もなかったのに、何て伝えるのかな」
あの人、王都に避難民が殺到してる事を心配してたみたいだけど、キヨたちが受けた試験は普通のだったし、勇者に関しては待たされただけで何もなかったんだ。話して安心させるネタなんて何も無いのに。
「そこら辺はキヨリンがテキトーに丸め込むでしょ。大丈夫大丈夫」
ハヤはそう言って自分のベッドに寝転んで、思いっきり伸びをした。
それってどういう信頼なんだ……
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