第73話『それは余りにもキャラじゃねぇなあ』

 翌朝の習練は川岸でやった。

 川岸の大通りと柵を越えると、その向こう側に少し散歩が出来るような道があるのだ。幅は数メートルあるので水の近くを散歩するにはちょうどいい。でも剣と棍の習練にはイマイチ狭い。下手すると川に落ちそうになる。


「いつだってフィールドが広いとか限らないんだから、たまにはいいだろ」

 コウはそう言って棍をしまう。でも俺はいつも以上に足場にばっかり気がいってしまい、剣さばきがおろそかになってた気がしていた。

「わかってんなら大丈夫。次はちゃんと考えろ」

 コウはそう言って俺の頭をぼんっと撫でた。それから荷物をまとめて通りへ上がる階段を上っていった。


「コウ、昨日は遅かったのか?」

 コウは俺をチラッと振り返った。俺はコウに追いついて隣に並ぶ。

「まぁ、普通くらい……かな」

「何か情報掴めた?」

 コウは難しい顔で首を傾げた。掴めたようにも、掴めなかったようにも見えるんだけど……

「……そういうのは、キヨくんに聞け」

 じっくり焦らした後に、コウはそう言った。

 そう言うかなとは思ったけどね。俺たちは宿へ戻って、着替えてから食事をするために宿の一階の飲み屋に行った。


 ちょっと伸び上がって探すと、奥のテーブルにみんなが座っていた。もうみんな食事も終わってるみたいだった。

 俺たちがテーブルに着くと店主がスープを運んできた。テーブルの真ん中に焼きたてのパンがカゴにいっぱい入ってる。俺は一つ取ってちぎると、スープにつけて頬張った。トマトの濃厚なスープ。ちょっと酸味を感じる堅めのパンに合ってて、俺は勢い込んで半分位を平らげた。


 そこまで食べて初めて、みんなが黙り込んでいる事に気付いた。あれ、どうしたんだろ? 俺はみんなの顔を見回した。

「……どうしたの?」

 俺が言うとシマが深く息を吸って、すっごい深いため息をついた。

「どうもこうも……ちょっとここじゃ」

 そう言って周りを見回す。え、聞かれるとヤバイ話?


 俺は超ダッシュでパンをかっ込み、スープを平らげた。

 コウもダッシュで食べていたけど、なぜか俺の皿みたいに汚くなかった。……どういう鍛錬を積めばあんなキレイな食べ方ができるんだろう。

 俺はまだちょっと食べたい感じだったので、パンを二つ掴んで立ち上がって部屋へ戻るみんなを追った。


 部屋へ着くと、シマは脱力するみたいにベッドに腰掛けた。レツは何となく申し訳なさそうに隣に座る。さっきから黙ったままのハヤとキヨもベッドに座った。

「……で?」

 俺は片手のパンをテーブルに置いて、一個だけ齧り付きながらコウの隣に座った。

 ハヤがチラッとキヨを伺う。


「城に忍び込む」

「はあ!?」


 俺は叫んだ拍子にくわえたパンを落として、キャッチしようと一人で慌てた。

 え、ちょ、何言ってんの!

「だよな、普通だよその反応。俺だって珈琲噴いたわ」

 シマはそう言って俺を指さした。

「だから明らかに無理だっつーの。大体なんで城に忍び込まなきゃならないんだよ」

 シマはそう言って後ろ手をつく。

 よかった、シマが常識ある人で。でもキヨはちょっと肩をすくめただけだった。

「城の外じゃ情報が偏ってるんだ。噂でしかないのもあるけど、噂だってある程度数が揃えば信憑性は増す。ただその噂がどうしても王家の内情には至らないから、だったら城に乗り込んで聞いてくるしかないだろ」

「それが無理だっつの」

 シマが言うと、キヨは頷いた。


「無理だよ、だから忍び込むんだ」


 そう言われて、シマは難しい顔をした。

 え、それってもしかして、俺たちには城の内部の事情をゲットできる術がないから、だから忍び込んで聞いてこようって言うの? なんかそれ、本末転倒ってない?

「キヨリンの情報収集の結果がコレ?」

 キヨはそう言われて、なぜかちょっと嬉しそうに笑った。シマは「あー」とか言いながらベッドに仰向けに寝転がった。

「もうちょっとハードル低いところで聞き込みじゃダメなのか」

「どうだろうなぁ……他にそれっぽい情報を得られるのって、一か所しか思い付かない」

「どこ?」

 シマは腹筋だけで起きあがった。おお、俺もあれ出来るようになりたい。キヨは面白そうに笑った。


「妖精国」

「はぁ!?」


 俺とレツとシマは、同時に今日三度目の叫びを上げた。


「だってそうだろ? 結界が不安定になってるのは妖精の王家の問題だって話だ。ここら辺に出てきてるエルフには王家がどうなってるかなんて情報は来てないみたいだし、だとしたら妖精の国まで行ってくるしかないじゃん」


 シマはまたも「あー」とか、負けたみたいな声を出して寝転がった。


「昨日、あの給仕から聞いた話だと、妖精の王家は人間のお姫様である王女ローランを妖精国に欲しがってるらしい。でも王家としては、第一王位継承権のある王女を手放したくない。そこへ持ってきて結界の不安定。これは妖精王家が不安定なのが理由だとしたら、尚更ローランを渡さなくては5レクスの結界が危ない。でも危ないからこそ、妖精国に渡したくない」


「でも、ローランがいなくても、王家には王子がいたでしょ? だったら王位継承権は彼に引き継がれるんじゃないの?」

「それが人間側の謎の一つ」

 キヨはそう言って指を立てた。


「王家の家族構成には長女のローランと、次男のヴィトとある。けど、ヴィトが表に出てきたのは産まれた時だけで、その後は人前に出てないらしい。こっそり幽霊王子と言われるゆえんだな。この国の王家は、男女にかかわらず第一子が王位継承権があるからその辺の問題はないんだけど、だとしたら何でヴィトは一切人前に出ないのか。出ないだけでなく、この非常時だってのに王位継承権をヴィトに引き継ぐ事はできないのか」

 それからキヨは小さく「病弱だとか静養中とかいろいろ言ってたけどな」と続けた。


「人間側っつったら、妖精側にもあんの?」

 コウはそう言ってキヨを見た。

「妖精側のはそのまんま、何で結界が不安定になったのか」

「それはだから、王家の魔法が問題なんじゃないの?」

 レツの言葉に俺も頷いた。


「人の魔法と違って体調とか集中してないとか、そういう事に左右されないのがエルフの魔法だっつってただろ。契約が成立していればそれで完了するんだ。それが王家と王家という形を契約に使ったんだから、健全な王家が存在する限り魔法が不安定になる事自体があり得ない」


 キヨにそう言われて、レツと俺は顔を見合わせた。

 不安定になり得ない魔法の不安定。それって一体、何が原因なんだ?


「話がデカイことには変わりないか……」

 シマは寝転がって天井を見上げたままそう言った。

「ホントにコレ、解決できんのかな……」


 俺たちが解決するには、余りにも大きな話過ぎる気がする。

 それに俺たちは単なる勇者一行で、真相を調べるためにお城の誰かに真っ正面から行って話を聞くことすらできないのだ。お城にいきなり出掛けていって「妖精王との契約どうなってます?」なんて聞けない。

 つまり俺たちには、問題を解決してあげるお城にすら味方がいないってことなんだ。そんな俺たちに解決とかできんのか?


「しょうがないだろ、もう巻き込まれてんだから」

 キヨがそう言うと、ハヤはなぜだか嬉しそうな顔で笑った。

「……まぁ、そうだな」

 コウもそう言って髪をかき上げる。


「安心しろ、別に国を救おうとか思ってねぇから」


 キヨはそう言って笑った。っていうか、それは何かすごい不謹慎な気が!

「ここまでやるなら国を救おうとか言ったっていいだろ!?」

 俺が言うとキヨは面倒臭そうに俺を見た。コウも苦笑する。

「それは余りにもキャラじゃねぇなあ」

 シマは笑って起きあがった。えええ、ちょっと、常識人のシマまでそんな言わないでよ……


「理由も言わずに招集しといて、種明かしする気配すらない。教えてくれないヤツらに頭下げて聞こうとは思わないよ。勝手に探るさ」


 キヨの言葉に、ハヤは「あーあ」と手放すみたいな声を上げた。でもそれは明らかに楽しんでるみたいだった。

 そんな事言って、相手はこの国の王家ですよ……?


「それで、忍び込む計画ってのはどんなんなんだ」

 シマは両膝に肘をついて両手を合わせた。心なしか、みんなの表情が楽しそうなんだけど……

「忍び込むのは全員じゃなくていいと思う。俺と団長と、コウかな」

「俺とレツと見習いは仲間はずれかよ」

 シマはそう言ってふてくされた顔をした。さっきまで嫌がってたのに、やる気満々じゃんか……キヨは面白そうに笑った。

「うちの勇者を危険な目に合わせるつもりねぇもん。それに」

 キヨはそこまで言って、少し真剣な表情をした。


「わざわざ王都に集められたのは勇者一行じゃない、勇者だと思ってる。だとしたら、レツは無傷でいないと」

「俺だってがんばれるよ!」

「そういう意味じゃねぇ」


 言葉を遮るように言ったシマを、レツは振り返った。


「無傷ってのは、名前に、だろ」


 キヨは黙って頷いた。勇者のレツに、逮捕歴とか残さないため……? でもお城に忍び込んで逮捕されたって、この問題を解決出来たら全部ナシになりそうなのに。

「解決出来たらな」

 コウの言葉に、俺は息を呑んだ。

 ……そうだ、あり得ないくらいデカイ話になっちゃってるんじゃん。村の生け贄だの湖のモンスターだの、そういう勇者の冒険レベルの話じゃないんだった。


「……俺、そんな理由で外されるのは嫌だよ」

「僕だって、名前に傷が付いてもいいって思われるのは嫌だよ」


 ハヤはそう言ってキヨにわざと寄りかかった。キヨはちょっとだけ顔をしかめてハヤを見た。


「全員で行ったところで危険度が増すだけだ。無駄が多い。コウなら窓から逃げるくらいの事はできる。ハヤの結界があれば目くらましも可能。俺の魔法なら、ちょっとした解錠くらいできるだろ」

 試したことないけど、とキヨは付け加えた。

 いや、試した事あったら問題だと思うけど……そう言われると人選に間違いはないような気がする。レツもちょっと唇を尖らせながらも黙ってしまった。


「逃げ方だけ言ってるけど、コウちゃんに聞き込みはできないでしょ。だったら僕とキヨリンだけでいいんじゃない?」

「俺がお前と二人っきりになるのが不安なんだよ」


 キヨがそう言うと、ハヤはぷーっと膨れてキヨの頭を叩いた。キヨは笑ってその手を避ける。

「冗談はおいといて、まぁ、コウがいたら簡単な衛兵くらい黙らせてもらえるかなーっていう希望」

 あれか、賭博場カジノでの活躍みたいな。確かにあんだけの腕があったら、軽く黙らせるくらいコウにはお手の物かもしれない。


「キヨくんの魔法じゃだめなの?」

「俺のは基本ぶっ壊す事に特化してるんだけど」

 キヨは罪のない顔で首を傾げた。

 それはやめて下さい、お願いだからやめて下さい。薪を割る勢いで骨折させるとか肉片も残らないようにするとかシャレになりません。俺がぶんぶん首を振ると、レツも同じようにぶんぶん振っていた。


「そしたらとりあえず出掛けるかー」

 シマが勢いを付けて立ち上がった。俺たちもそれを受けて立ち上がる。いくら一緒に忍び込まないんだとしても、宿でずっと待ってる必要はないもんね。

 コウの格好が忍び込むにはあまりにも派手だったので、クルスダールで使った黒い方に着替えて出掛けた。なんで道着ってオレンジ色なんだろな。


 俺たちは初めて街中の乗り合い馬車に乗った。馬車の後部から乗り込んだところにカバンを首から提げた男性がいて、彼に下りるところまでの料金を支払うのだ。下りる時は男性が停車場を言ってくれるから、停車したところで下りる。

 これなら、だらだら歩く必要が無くてすごい楽ちんだ。料金は高かったけど。


「キヨリン、ホントに昨日は何もなかったの?」

 キヨは隣に座ったハヤをチラッと見た。

「お前は毎度毎度……ホントに、ってどういう意味だよ」

「あーもう、そういうのはキヨリンに聞いたって素直に答えてくれないんだった。で、どうだった?」

 ハヤは背もたれに寄りかかるようにして振り返り、後ろの座席のコウに振った。コウはちょっとだけ引いている。


「え、いや、えーと何もなかったと思う、けど」

「思うってどういう意味?」

「ハルさんがいるのに浮気はだめだよ!」

「もう、キヨリンは酒与えて放し飼いにしとくと片っ端っから落としにかかるから」

「してねぇよ、なんでそうなるんだよ、ハヤじゃあるまいし」


 キヨがそう言うと、ハヤとシマとレツは三人とも同じように唇を尖らせて「えー」と言った。この人たちのこのシンクロ率は何だ。


「大体ハヤレベルならともかく、俺がそんなちょっと飲んだくらいで誰でも引っかけて来れるわけないだろうが」

 そうだっけ? あれ……そうなのかな? 三人が騒ぐからキヨがやたらそういうの長けてる気がしてたけど、もしかして思い込みだったか。

「キヨリン、チカちゃんと離れてる分、欲求不満で何かしちゃわないかと心配なんですー」

 ハヤはそう言ってわざとらしくキヨに体重をかけるように寄りかかった。コウが後ろから「R15」と言ってハヤの後頭部をつついた。

「そんな心配、してもらわなくていいっつの」

 キヨは面倒くさそうな顔で窓の外を見た。窓の外はもうあの大通りだった。たぶんあのカフェはもう通り過ぎている。俺たちは下りるために座席から立ち上がった。


 城の前の広場の片隅で俺たちは乗合馬車を降りた。

「さて」

 俺たちは城には近づかず、そっと広場の隅から丘の下へ急な路地を下った。ちょっと下から城を見てみようと思ったのだ。


 城が建つ丘は、丘と言うよりは街の真ん中に残った断崖だった。大通りから広場辺りまでは、急な斜面にも建物が建っている。

 城壁の周りだけは自然のままを利用した……ってより、街の真ん中の小山を城壁に沿って断崖にしたみたいな唐突感。その下には城の北側から流れる川が、城の建つ断崖の下で二手に分かれて流れている。この分かれた東側の川を下った辺りに俺たちの宿がある。


「ちょっと忍び込むってレベルじゃなくないか……」


 俺たちは迷い込んだ観光客を装って、城の断崖の下へと回った。

 一応なんとなく踏み跡があるけど、どこかに続いている感じは無い。城からの断崖の直下は川だから、川を越えて断崖を登らないと城の背後に忍び込む事は出来ないよな。断崖の上には城壁がそそり立っている。お城前の広場の南側から向こうは斜面が緩やかになっていて、建物が建つ辺りから川は丘を離れていくのだ。

 丘が川に削られないのかと思ったら、川の水が当たってる辺りはむき出しの岩だった。あれ?


「あそこ、何か……」

「バカお前、勝手に行くな!」


 キヨがそう言ったけど、俺は断崖にうっすら残る踏み跡を辿って岩棚に向かって走った。あそこ!

「うわ!」

 岩棚に着いたと思った瞬間、俺は足を滑らせた。したたかに肩を岩肌にぶつけて、俺の体は岩棚から外れて落ちる。うわあ!! この下、川じゃん!!


「お前は……」


 もうダメだと思った瞬間、俺の手を掴んだのはコウだった。ああ、助かった……片手を繋いだまま、俺を引き上げる。ドキドキしすぎて耳に心臓があるみたいだ……

「団長ー、こいつ診て」

 ハヤが恐る恐る俺たちのいる岩棚に近づいてくる。

 ちょっと体を起こして見たけど、俺が走り抜けた踏み跡は、どう見ても体の大きな大人が通れる幅じゃなかった。


「お前たち! そこで何してる!」


 頭上から激しい声が聞こえて、コウが俺を岩陰に引っ張り込んだ。その瞬間、強い風が吹いたと思ったら、ハヤを抱えたキヨが俺たちの隣に転がり込んでいた。


「すみませーん! 下からお城見ようと思ったら、迷子になっちゃってー!」

「どうやって帰ればいいですかー! 道がなくなっちゃったー!」


 離れたところからシマとレツの声が聞こえてきた。それに答える衛兵の声が聞こえる。

「団長、足」

 キヨに囁かれて、ハヤは伸ばしていた足を音を立てないように引き寄せた。まだシマたちとやり取りする声が聞こえる。衛兵の姿を見ていない俺には、声は近いようにも遠いようにも思えた。俺たちは息を殺して衛兵が去るのを待った。

 しばらくすると、うんざりした衛兵の声と賑やかにお礼を言うシマとレツの声が遠くなっていく。

「まだだ」

 身じろぎした俺にキヨが言った。


 完全に川の音以外聞こえなくなったところで、キヨはハヤを抱いていた腕を緩めた。

「もうちょっとこのままでもよかったけどー」

 小声でそう言うハヤに、キヨはデコピンした。

「バカ言ってないで、見習いの怪我診て」

 キヨはそう言って、チラリと上を気にしてから岩棚に立ち上がる。それからそっと岩の向こうへと消えた。


 俺はハヤに怪我を診てもらった。ハヤはちょっと診て、回復魔法と他にも何か別の魔法を使ってあっという間に怪我を治してしまった。

「まぁ、このくらいならね」

 そう言ってハヤも頭上を気にしながら立ち上がる。コウは俺が腕を回しても大丈夫なのを見てから、ハヤたちに続いた。


「ここ……」

 やっぱり、思った通りだ。暗く続く洞窟と鉄格子。

 俺が見たのは、岩でカモフラージュしてある川から上がるための洞窟だった。

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