第99話『面倒くせぇよ、いろいろと。だからお告げだって現れたんだ』

 結構待たされている気がする。


 ヴェルレーメン城の談話室、ローラン姫のものとはまた違うところにあって、もうちょっと重厚な雰囲気だった。あれだ、壁紙の色とかが違うからだ。

 俺たちの飲むお茶を、自動的に注ぎに来る召し使いがいるから何となく落ち着かない。俺はチラッとみんなを見た。


「いない内に、辻褄合わせてもらえる?」

 コウがそう言うと、キヨはちょっとだけ顔を上げた。

「俺たち一応、統一意識持ってると思われてるだろうし」


 キヨは小さく頷くと、召し使いを呼んで人払いをお願いした。王族の談話室に通されるような人間だから、召し使いたちもすんなり退室してくれた。

「そんで、いつわかったの」

 ハヤはちょっとだけ憤慨するように腕を組んだ。キヨはちょっとだけ首を傾げて「そうだなー」と言った。


「何となく形になったのは妖精国で、かな。禁書を調べてハルチカさんの話を聞いて……ローラン姫が妖精の養子じゃないかって思ったんだけど、まだそれだと不安定には足りないんだ」

「足りないって、なんで?」

 シマはカップに口を付けながら言う。

「お姫様が養子なのをバレないようにするために封印したんだぜ。そこまでじゃ、丸く収まってんじゃん」

 キヨが言うと、シマもちょっと考えて「あ、そっか」と言った。


 封印したのはローラン姫の魔法を維持するため。だとしたら、封印は何があったら解けてしまうんだろう。


「だから別の方向から考えてみた。俺たちが王都に招集されたのが試験じゃなくて、結界を勇者に何とかしてもらおうってのが狙いなら、招集以前に結界は不安定になってるはずだ。でも結界が不安定になった頃、何があったかっつーと、そこまではわかんねぇ」

 時期を聞き忘れたからな、とキヨは言ってカップから一口飲んだ。そう言えば、時期にすごいこだわってたっけ。

「でもそれって妄想ではだいたいわかってたんじゃ……」

 俺がそう言うと、キヨは俺を見て一瞬怪訝な顔をした。

 あ、これは盗み聞きだから言っちゃダメだった!

 俺は誤魔化すように視線を外したけど、何か明らかにバレてたみたいだった。でもキヨは何も言わずに小さくため息をついた。


「……それだって後付けだ。しかもそれは同時に、例の者を呼び寄せるための招集でもあった」


 お城で盗み聞きしたとき、あの宰相たちがそう言っていた。例の者も勇者だから同時に呼び寄せる事が出来る。

 でもその上で、例の者をどうこうしようとはしてないみたいだった。せっかく呼び出すってのに、何もしようとしないなんて、どういう事だったんだろ。


「何かがあって、結界が不安定になる。解決のために勇者を呼びつける。と同時に例の者も呼びつける」


 ハヤが整理して言うとキヨは頷いた。

「その上で、例の者ってのが昔なじみなのだとしたら、勇者連中全員集合ってのを端折ってみると……」

 キヨはそう言ってみんなを見た。


「……結界が不安定になった事で、例の者を呼びつけようと思った?」


 シマの言葉にキヨは頷いた。

 でもお城の人たちは例の者をお城に呼んではいない。もし例の者がこの不安定を何とか出来るんだったら、真っ先に呼んで何とかしてもらうんじゃないのか?


「そうだな。だから変だったんだ。本来ならそこで不安定さを取り除く事が出来る人間のはずが、全くそうさせようとはしていない。それなのに呼びつけた。それじゃ例の者ってのは、なんなのか」

 キヨはカップに口を付けて、いつの間にか空になっている事に気付いたようだった。

「混沌を何とか出来るわけじゃないのに、わざわざ呼びつけられた例の者……」

 ハヤは言いながら手近のポットを取ってキヨのカップに注いだ。キヨはちょっと笑って礼を言う。

「ヒントは、城の中枢と思しき人間が、昔から知っていたという事」

 この国の宰相が陣頭に立ってるような秘密会議だ、あの会議は確実に中枢の人間たちで構成されていたに違いない。そんな人たちが昔から知っていた人物。例の者って一体なんなんだ。


「……あ」

「お?」


 シマが思わず漏らした声に、コウが反応した。でもシマは小さく「いや」と言って言葉を濁した。キヨは面白そうに笑う。

「だろ? 俺もそうなった。だからこれは確定するまで話せないなと」

 そう言われてシマはうーんと難しい顔をして唸った。え、どういう事?

「え、あー……え?」

 ハヤは何の単語にもなってないのに、そのままキヨに振った。キヨはやっぱり面白そうに笑う。

「ちょっと、わかるように話してよ! 全然わかんねーよ!」


「ヒントは城の中枢の人間が昔から知っている者。昔から、そう、生まれた時から知っていたとするなら、例の者ってのは王家の人間なんじゃないか」


 王家の人間!? 例の者が?? 俺は驚いてキヨを振り返った。


「その上で、見守るしかなかったのだとするのなら、王家から出された者なんじゃないかと思った。でもまだわからない。そいつを呼びつけたところで何が出来るわけでもないのに、なぜ呼びつけたのか。もしかしてヴィト王子の封印魔法に関わりがあるのかもしれない。ただもし、」


 キヨはそこでちょっとだけ言葉を切った。続ける前に一瞬躊躇ったみたいだった。


「……もし例の者が、王位継承権に関わるのなら、その存在が結界を不安定にさせる可能性はある。ヴィトと同等の王位継承権を持っていたら」


 俺は何だか、力が抜けて椅子の背に凭れかかった。

 わからない事だらけで、わからないまま色々調べてたけど、こんな風に話がまとまってくると何だか怖い。


「キヨくん、そんで……なんでお告げに結びつけられたの」

 コウが静かに問うと、キヨはちょっとだけ首を傾げた。

「……俺たちが好きで調べてると思ってたけど、あんまり絡むからな、どうせならお告げで引っ張られてると思った方が納得がいく。ここまで考えた上で、じゃあどんなお告げだったらこの話に引っかかってくるだろう、その上で、レツが話したがらない内容になり得るだろうって思ったら、そうかなと」

 キヨはそう言ってから、肩の力を抜くみたいに息をついた。


「そう思ったら、なんつーかだいたい……テキトーに合わせられるんだ。コウが城で捕まった時も例の者がって言ってたもんなぁ、封印魔法の契約内容はわかんねぇけど、招集の前に何かあったっけって思ったらそう言えばそれっぽい夢見てたなとか、集められる前は孤児院じゃないとこにいたとか言ってたなとか、だから俺たち含め仲間の情報を集め続けてたんだなとか」


 え、え? 何か、なんか色々出てきたけど、結局なんなの?

 キヨは呆れた顔で俺を見た。

 みんなも何だか呆けた顔をしてる。


「だから、例の者ってのはレツなんだ。レツはこの国の王子様なんだよ」


 おおおおおおおおおおお

「王子様!?」

 俺は思わず立ち上がった。シマは深いため息をついた。

「参ったな」

「ヴィトが現れた時、まさかと思ったけど」


 確かにヴィトはレツと瓜二つだった。でもそれってそっくりさんじゃないのか? キヨだってあの薬作りの村のウィルシャーの弟さんとそっくりだったんだし、そっくりさんがいる事自体は珍しくない。

「いやそれでも影武者要員かって思ったよ、俺は」

 シマの言葉にキヨは「他人のそら似じゃ結界は安泰だろ」と言った。


「俺だって見るまでは、ちょっと論拠として弱いと思ってたんだ。レツが例の者で王家を出された双子の王子様だとして、なんで王家を出されなきゃならなかったのか」

「なんで?」

 ハヤに突っ込まれてキヨは肩をすくめる。

「国の云々なんてわかんねーよ。でもこの国って第一子を王位継承者とするだろ? そこへ双子が生まれたら、ヤバい事になったのかもしんねー」

 双子の場合、どっちを第一子とするんだろう。テキトーに決めればよさそうだけど、継承権に関わる魔法とかあるんだったら、それじゃいけないのかもしれない。


「まだ赤ん坊とはいえ、レツを手元に置くために国を護る結界をぶっ壊すわけにはいかなかった。そこでレツを遠く離れたブラウレスに送る。王位継承権を完全に放棄するよう、レツはたぶん家族について思い出さないように育てられたんじゃねーかな。

 あえて里子にしなかったのは、知る人間を減らす一方、もし万が一王家の人間とわかった時に利用されかねないからかもしれない。

 もしかしたら忘却の魔法でも使ったか。契約とかじゃない普通の魔法でさ。もともと証明する術はねーんだし、レツ本人がこの国の継承者とか言い出さなければ安泰。めでたしめでたしと思った矢先、今度はローラン姫の魔法が解け出した。ヴィトが実子で、正統な王位継承者だからだ」


「実子と養子。でも魔法をかけてまで絶対に自分の子どもとして育てると約束した手前、ローラン姫を手放せなかったと」

 シマは言いながらコウにポットを取ってもらった。そろそろ召し使いを呼ばないと、おかわりがなくなりそうだ。俺はお茶うけの焼き菓子をかじった。


「そんで泣く泣くヴィトを封印、か……」


 ハヤはぼんやりとそう言った。

 ローラン姫を見ればわかる。あの家族は、愛情に欠けた人たちじゃない。むしろ多大な愛情を持っていたからこそ、実子が生まれたことで養子の姫を手放してしまうような事は出来なかったんだ。その上彼らは普通の家族じゃない、この国の王家だ。

 その存続が、俺たち国民を守る結界を維持する。自分たちの子どもを手元に置きたいがためだけに、国民を犠牲には出来なかった。

 コウはカップに口を寄せながらキヨを見る。


「ヴィト封印のための契約内容は?」

「エルフとの魔法の契約って、まるっきり関係ない事では結んでないだろ。手っ取り早く確実と思われることで、双子であるレツが王家の一員として戻らない、思い出さない限り有効としたんじゃねーかな」

 だからレツが家族の夢を見た頃に結界が壊れ始めたんだ、とキヨ小さく言った。

 家族の夢って……お告げじゃなくて?


「いや、クルスダールで。あいつ家族の夢見たってはしゃいで事があったんだ。きっとみんなの事だって言ってたけど、アレは本当の家族を見てたんだな」

 そんな事あったっけ? でもハヤも思い出したように小さく「ああ」と言った。


「でもそしたら、なんで例の者まで呼びつけたの? レツが思い出しちゃったら封印壊れちゃうじゃん」

 ハヤがそう言うと、キヨはうーんと唸って天井を見上げた。

「俺たちの情報は勇者の旅立ちまでがっちり収集されてた。レツが勇者なのは知ってただろうけど、レツだけ来るなとは言えないだろ。それに、城の人間は結界が崩れる原因を知らなかったと思うんだ。レツが思い出す事はヴィトの封印を解くけど、結界不安定の直接原因じゃない。だから勇者を集めてお告げを受けて欲しいってのは、一部とはいえ狙いであった事は間違いないと思う」


 結界が不安定になり、原因もわからずどうしようもなくなってすがる気持ちで勇者を集めた。でもそうする事で、レツも呼び出してしまう。ただレツには何もできない。


「例の者は何もできないけど、それはそれで糸口となる……」


 コウがそう呟いた。それってなんだっけ、どっかで聞いた気がする。

「秘密会議の時にね、宰相が言ってて。それって、何かあった時にレツくんを王位継承者として迎えるつもりだったって事なのかな」


 何かあった時、レツが健在だったら王位継承ができる。

 それならレツが王都にいる事は、この国のどこかで、もしかしたら5レクスの外を旅してるかもしれないよりずっと王家にとって有利になる。


 外に王家の人間がいるかもしれない。あの噂は、全く違う方向から正しい答えに行きついてたんだ。

「なーるほど。それなら納得いくわ」

 ハヤはそう言って小粒のクッキーをポイッと口に放り込んだ。


「王位継承者としてローラン姫は健在。国は安泰。ヴィトは封印されることで国を護り、息子と呼べなくてもレツの情報は逐一入ってくる」


 シマはテーブルの上でカップを回しながら、ぽつぽつと確認するように言った。

 それがこの国を護る王家の形だったんだ。ちぐはぐで、何だかどっちを向いても綱渡りみたいだけど、八方塞がりの状況を何とかするために作った形。


「ホント……面倒くさい家族だよな」

 キヨはため息と共に言い切った。ちょっと! そこは違うでしょ!

「面倒くせぇよ、いろいろと。だからお告げだって現れたんだ」

 キヨはやっぱり何だか不機嫌そうにカップに口を付けた。


「家族の風景……」


 それって、正しい形に戻せって意味だったんだろうか。

 レツはこの国の王位継承者の一人で、孤児として育ってきたけど本当は家族が健在で、そんなレツに正しい形に戻してほしかったんだろうか、お告げは。


「……王子様守るために、俺たち放し飼いにされてたのかもな」

 キヨは誰にともなくそう呟いた。それって……


 国家戦略の主席レベルの実力を持ちながら、終了時のテストで失敗したように見せただけで国に招集されなかった三人。

 その後の情報が全て国に報告されていたのなら、この人たちがレベルの高い人たちだって事はわかってるはず。むしろレツを取り巻くみんなの情報は、将来有望だからって理由で集めていても疑問を持たれなかったくらいなんだ。


 でもそれってもしかしてレツと仲良くなっていたから、彼を取り巻き一緒にいて守るようにし向けられてたってこと?

 いやそれ以前に、これと言って秀でたものがないレツがあの学校にいたのってつまり、あの孤児院と学校もレツのために作られたんじゃ……


「……別にどっちでもいいけどね、楽しかったから」

 ハヤはそう言ってカップに口を付けた。でも、お茶を飲んではいなかった。

 シマも「まぁな」と言って笑ったけど、楽しそうな笑いには見えなかった。

「レツくん、どうすんのかな」

 コウがぽつりと言った。どうするって……


 俺たちはあの後、封印の解けたヴィトの体を気遣い、真っ先に城へ戻って来たのだ。

 運ばれていくヴィトは髪が長い事以外は鏡に映ったレツくらいそっくりで、何だか気味が悪かった。城に着いた時にも、まだ意識は回復してなかったようだった。


 二十年も封印されてた人って、どうしたら回復するんだろう。っていうか、封印されたまま成長してると思わなかった。


「どうもしないよ!」


 突然、ばーんと音がして派手に扉が開いた。俺たちがびっくりして振り返ると、満面の笑みのレツが現れた。

「レツ」

 レツは何だか嬉しそうに笑って、俺たちの真ん中に立った。

「ヴィトは」

「目が覚めたよ。ちゃんとご挨拶するよ」

 レツがそう言って顔を上げたので、俺たちも振り返った。

 そこにはレツと同じ顔をした男性が立っていた。長い髪を一つにくくっているから、二人の印象はちょっと違う。それでもほとんどコピーみたいに同じ顔だ。俺たちは慌てて立ち上がった。


「初めまして、ヴィトです」


 やっぱりにこにこ笑って挨拶をする王子様に、キヨですらちょっと驚いた顔でハヤを見た。

「俺がね、ここでってゆったの。ちゃんとみんなの前でないとね」


 え、何が? でも俺たちが聞く前に、ヴィトの後ろからシャマク王と宰相、それからローラン姫と見た事のないきれいな女性が入ってきた。たぶん、王妃様のジュルーだろう。

 俺たちは更に慌てて膝を着いた。


 ローランの髪は、一段と明るくなっていた。いやもう魔法は解けてしまったはず。そう思っていたら、ローランは俺を見て小さく頭を振って髪のすき間から尖った耳を見せた。

 ああ、やっぱりエルフに戻ったんだ、だから俺の心の動きもわかったのかな。でも彼女は全然不幸せに見えなかった。


 レツは俺たちの真ん中で、王様に向き直ってゆっくりと膝を着いた。その前に、シャマク王が立つ。彼は何だか辛そうな表情をしていた。

「本当に、いいのか」

 レツは何だかとぼけるみたいに眉を上げた。それから少し笑うとはっきりと頷いた。

 その表情は決然としていて、ものすごく……勇者らしかった。


 シャマク王はまだ少し未練の残るような顔で小さくため息をつくと、それを振り払うように宰相の差し出した剣を取った。それはレツの剣だ。

 それからその切っ先をレツの肩に載せる。


「その者、剣士レツよ。我が国はそなたを勇者と認め、この国のため国民のために旅を続ける事を認める。何人たりとも、勇者の旅を妨げる事は出来ぬ」


 頭を垂れて聞きながら、何だか今更な気がしていた。

 レツはお告げを受けた時から勇者じゃないか。なんでそんな事、今更王様から認められなきゃならないんだろ。


 そう考えて、自分で笑ってしまった。

 俺、そう言えば勇者になったら王様の前で……って考えてたじゃん。それってまさにこのシーンだったんじゃないのかな。それなのに今は、何だか納得がいかないとか。


 それに……ああ、そう言えば勇者って単なる神託者だったんだよな。お告げという声を聞くだけの存在。ただ勇者と名付けたから、自ら冒険の旅に出るのであって。

 俺はチラリと顔を上げてレツを見た。何だか満足げに、口元に少しだけ笑みを浮かべて王の声を聞いている。


 ……いや、違う。お告げを受ける事は神託者と変わらなくても、それでも彼らのように人のために尽くせる人になりたい。だから今、納得出来なかったんだ。


 勇者とは名前じゃない。お告げを受ける事で勇者となるのだとしても、お告げを別にしても勇者と呼ばれるような人間になりたい。

 国に認められるから勇者なんじゃない、その行動が勇者なんだ。


 レツは剣士なのに、人のためにその剣を捨てる。剣士の命の剣を、いとも容易く手放せる。信じるもののために、信じたもののために。レツが信じた大事な人たちのために。相手が絶対勝てないようなモンスターであっても。

 それはレツの弱さと、強さが成せる業だ。勇者に必要なのは、ただ戦いに長けている事じゃない。大事なひとや大事なものを守る愛情と、勇気と、弱さと強さ。


 それが勇者なんだ。だからレツだったのか……


「……そなたが、名を捨て家を捨て、勇者として生きる事を認める。そなたは、お告げにのみ自由である」


 え……俺は王の言葉に驚いて顔を上げた。

 みんなも顔を上げている。レツは恭しくその剣を受けて、それから立ち上がって鞘に戻すと俺たちに振り返った。


「完了だよ」

「完了ってお前……」


 シマも呆気に取られている。

 そりゃそうだ、今の言葉で王はレツを勇者と認めた。認めただけじゃない、その中でさりげなく、レツの王家との繋がりを断ち切ったのだ。これってつまり、レツは王家の人間じゃなくなったって事じゃん!

「王子様なんじゃなかったの? なんで?!」

 俺が言うと、レツはうーとか言いつつ難しい顔をして口をすぼめた。


「俺が王子様とか、似合わないもん」


 似合う似合わないの問題じゃないと思うんだけど……キヨは止めていた息を吐き出すような深いため息をついた。

「まぁ……そうすりゃ丸く収まるとは言え……」

 そうか、レツが王家との繋がりを断てば、それはつまり王位継承権を放棄した事になる。それはひとえに、王位継承者はヴィト一人になるという事だ。だったら王家の不安定はなくなる。

 今、この瞬間、レツが断ち切ったことで。


 レツはくるりとシャマク王たちに振り返った。王はやっぱり複雑そうな顔をしていた。

「……ほんとの家族がいたのは嬉しいよ。でも、俺はここにいるみんなと一緒に育ってきたから今の俺なんだ。だからみんなが家族なんだよ」

 レツはやっぱり、ふにゃーって感じに笑ってみんなを見た。それから「あ、でも王様たちも家族ね、家族いっぱい」とニコニコ笑って言った。


「ヴィト…様、は……」

 ハヤはチラリとヴィトを見た。ヴィトも、何だかふにゃーて感じの笑みを見せた。


「実を言うと封印されている間、意識は体に囚われず色々なところを見に行けたんです。誰の手引きもなかったんですが、意識が成長するにつれ王都からも離れて見る事が出来て。それってもしかすると僕を封印したエルフが不憫に思って、精神にだけは自由をくれたのかも。だから二十年城で勉強するより、国中を巡ってたくさんの事を知る事ができたと思います」


 それから何だか面白そうにレツに笑って「久しぶり過ぎて体の動かし方忘れてて、復活に時間かかっちゃった」と言った。レツもあははと笑って答える。

 それからヴィトはシャマク王に向き直った。


「僕は僕で自由だったから、恨む気持ちは全くありません。レツの事はもちろん知らなかったけど、今レツが決めて手放した王位継承権を僕が奪うんだとも思ってません。ただその必要があるのなら、今目覚めたばかりで不安もあるかと思いますが、その責任を負いたいです」


 それからヴィトはにっこり笑って「この国を愛していますから」と言った。

 シャマク王はヴィトに近づくと、そっと抱き寄せた。

「すまなかった……」

 彼はそう呟いて、腕を伸ばすとレツも抱きしめた。その脇からジュルー王妃も二人を抱きしめる。


「すまなくないよ、俺はずーっと幸せだったよ」

「僕も、いろいろ旅出来たし」


 レツとヴィトはお互い顔を見合わせて笑った。

 何だか二人には、これ以上の説明はいらないみたいだった。

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