第97話『勇者命令出たぞー』

 シマの誘導で俺たちは円形競技場に入った。

 頑丈そうな鉄格子が閉まっていたけど、またキヨの魔法で鍵を開けてしまった。

 たぶん大型のモンスターが通り抜け出来ないようにだろうけど、通路は大人が立つのがやっとの高さで、幅も二人が並べば一杯っていう大きさだった。


 時折遠くで物音が聞こえる。ここにいるモンスターの世話をしているのかもしれない。シマは慣れた調子で先を歩いていく。

 試験の時に一度入っただけのはずなのに、何でそんなに施設内に明るいんだろう。

「ただぼんやり試験受けてもしょうがないだろうが。つまんないから探検をね」

 シマはそう言っていひひと笑った。あの時は一応単なる試験会場だったかもしれないけど、一応軍の施設ってのに……


「どこ行けばいい?」

「グラウンド」


 キヨに言われるとシマは頷いた。

 俺たちは細い通路を抜けて最後の鉄格子のドアを開けたら、そこは薄く砂の敷いてあるグラウンドだった。

 いきなり視界が広くなって、何だかちょっとうろたえた。キヨはハヤをちょっと振り返る。

「大丈夫、何もないよ」

 何か侵入禁止の結界とかがあると思ったのかな。俺たちはハヤの言葉に後押しされ、グラウンドに足を踏み入れた。


 回りを囲む観客席まではグラウンドレベルから建物二階分くらいの高さがある。しかもグラウンドと観客席の間にはぐるりと溝が掘られていて、観客席には上れそうにない。

 俺たちが出てきた扉を含め四方向に扉があり、真逆の扉は明らかにモンスター用で人用の十倍くらいの大きさがあった。


「やはり、お前たちだったか」


 声を掛けられて見ると、観客席の一角に屋根付きの観覧席があった。

 たぶん、王家や位の高い人たちのための席なんだろう。そこに渋い顔をした男性が二人居た。お前たちって、俺たちの事を知ってたんだろうか。


「あれって……」

「シャマク王」


 キヨは小さく答えた。

 王様!! じゃ、あの脇にいるのは宰相とかって事なのかな……すごい人が出てきた……


 シャマク王は肩に掛かる黒髪を背後に流し、あごひげをたたえていた。緋色のマントに焦げ茶色の上下、ちょっと遠いけど渋くてダンディな感じはわかった。でもルカシュの方が行動的な感じに見える。やっぱ家出王だからなのかな。


「ジョレンテから話は聞いておる。お主たちの南での功績、心からありがたく思う」


 ジョレンテってあの指揮官? でも俺たちあそこを出て真っ直ぐ王都に来たってのに。

「通信はしてるだろうしね」

 ハヤはそう言って小さく息をついた。そっか、そしたら俺たちがあそこで何をしたかは、もう王様は知ってるんだ。

「王様が出てきたって事は、やっぱ間違いなかったって事だね」

 ハヤは小さくそう言ってキヨに近づいた。キヨはちょっとだけ肩をすくめた。それから王様に向き直って一歩前へ出た。


「全部わかってると思いますが、俺たちは国を揺るがすつもりも脅かすつもりもありません。ただ、この不安定の原因を正しい形に戻したいだけです」


 キヨの声は、そんなに大きく張ったわけでもないのに競技場に響いた。王様の声も、叫んでるわけじゃないのにきちんと聞こえる。

 正しい形って、どんな形なんだろう。


「正しい形、か……」

 王はそう言って片手で顔を拭った。

「今更、できると思うのか」

 キヨは問われて、俺たちを見た。いや仲間を一人ずつ見た。

 最後にレツを見ると、レツは強く頷いた。キヨはそれを見て、王に向き直った。


「できます。うちの勇者がそう言ってる」

「……そうか」


 王は何だか眩しげにレツの方を見て、小さく言った。でもそれは、まるで魔法のようにきちんと俺たちに届いた。

「しかし、それではこの国が……彼らがここまで辿り着いてもまだ壊れてはいません、まず魔法と結界の見直しを!」

 王の背後にいた男性がシャマク王に言いつのり、それから俺たちを見た。

「今まで護ってきたのだ、これからも護り続けていく。おぬしらにはその辛さがわからんだろうが!」

 辛さ? 王子様を封印した事が? でも封印して解決なんて、それも何だかおかしい。いくら辛くても、他に手がなかったのか?


「護るのもいいが、誰かの犠牲の上に成り立つって、あんまり好きな考え方じゃねーなぁ」

 シマはそう言って手袋をはめ直した。

「人は弱いからね。5レクスの結界は大事だと思うけど、そのために必要なのは歪んだ形じゃないと思う」

 ハヤはそう言ってキヨの隣に出た。

「手遅れってのは、気の持ちようだ」

 コウは棍で肩を叩きながらシマの隣に立つ。キヨはレツを見た。

「たぶん、きっと、誰かが泣いてる。この形の所為で泣いてる人がいる。だったら、ぶっ壊す。みんなぶっ壊しちゃって」

 レツはそう言って剣を抜いた。キヨは真顔のまま王たちに向き直った。


「勇者命令出たぞー」


 キヨが淡々と言うとみんな同時ににやりと笑った。えええ! それ、なんか不謹慎!


「あの者たちをあそこから追い出せ!」

 男性が叫ぶと、モンスター用の鉄格子が開いた。

「待て!」

 王が止める間もなく、モンスター用の入口から巨大なライオンみたいなモンスターが同時に三匹も現れた。毛の色が赤と金色で、前足についたカミソリのような羽根が爪より怖いヤツだ。暴れ方も剥き出しの敵意も、ここで訓練されているモンスターには見えなかった。


「睡りの魔法とかで確保したんじゃない? まだ懐いてなさそう」

「意外とかわいいけど、あの羽根の所為でベッドには向かないんだよねー」

「アレも国家財産としたら、ご臨終は避けた方がいい?」


 キヨの言葉に、みんな「あー」と言って脱力した。倒せないのに戦うって難しくないか。

「じゃあレツくんと見習いは一回休みで」

 コウはそう言うと、速攻をしかけてきたモンスターに走り寄った。吠え声が轟いて競技場が震える。振り上げた前足をギリギリで避けて、コウの棍が首元の急所を突いた。

「レウコスブラストス」

 キヨの放った白い弾丸は、モンスターたち全体に降り注ぐ。コウはまるで攻撃がわかってたかのようにするりと射程内から外れていて、赤いライオンはそれぞれに咆哮を上げた。余りの声にビリビリと響く。街の人はどう思ってんだろ。


「キヨリン、やりすぎてない!?」

「あのサイズなら大丈夫だろ」

 コウは頭を振って立て直すライオンに近づくと、棍を使って高くジャンプした。

「はああああああ!」

 一瞬先に気付いたライオンが、振りかぶったコウに鋭い爪を繰り出す。

「ベルファシーファ!」

 ハヤの放った属性魔法は、コウの一撃に氷の属性を与えた。コウは空中で振りかぶった棍を瞬間的に持ち直して鋭い爪の軌道を逸らすと、そのまま落下の重力を利用して肩口を突いた。

 赤いライオンは悶えるような咆哮を上げ、肩口を凍らせてその場にドッと倒れた。あれってコウの攻撃もそうだけど、ハヤの属性魔法も強いから一撃だったんだよな……


「体の色は属性を示す。赤は火だからね、常に逆をつくように」

 ハヤはいつものように俺たちに教えるために倒した後にそう言って、ふわりと腕を開くとコウに回復魔法が降りかかった。

 コウは残りの二匹をから目を離さずに俺たちの元へと戻る。二匹はうろうろと動きながら、俺たちを見ていた。


 キヨは小さく息を吸って両手を前に伸ばして集中した。徐々に光の粒が集まる。え、そんなに強い魔法……?

「ヴィエトルトラージェ」

 呪文と共に両腕を開くと、キヨの前からものすごい強風が固まりになってライオンに襲いかかった。

 暴風に巻き込まれたライオンはそのまま競技場の壁にぶち当たって、競技場を揺るがして堀に落ちた。キヨは小さく息をつく。


「場外」

「そういう倒し方もアリか」

「ホンっト手抜きな、お前」

 まぁ、普通のバトルじゃアレでは倒せてるはずないけど、今回は俺たちに襲ってこなくなればいいのかな。

「シマ、今日は手なずけてるヒマないんじゃね?」

「まぁなー」

 シマはそう言うと甲高い指笛を鳴らした。

 遠い空から小さな点が近づいてくる。間近まで来ると、それは大きな青い鳥モンスターだった。あれだ、南でキヨとシマを運んだヤツだ。


「モンスター的レベルはこっちのが上なんだよねーっていうか、」

 シマがそう言ってライオンに向かって腕を振ると、鳥モンスターは急降下してライオンに襲いかかった。途端にライオンは情けない声を上げて逃げまどう。サイズ的には同等の大きさに見えるけど、ライオンの方が明らかに逃げ腰だ。


「どういうこと?」

「じゃっくにっくきょうしょく!」


 シマは面白そうに言って、逃げるライオンに近づいた。

「ほら、こっち見ろ!」

 シマは言いながら指先で小さな木の実を弾いて投げつける。香りが強くて気を引きやすい獣使いが使う手段だ。ライオンは鳥モンスターを視界に入れつつ、シマを見た。

 シマがふわりと手を振ると、鳥モンスターは一度高く上昇する。


「ほら、いい子だから」

 怯えていたライオンも体の小さなシマは敵じゃないと思ったのか、突如後ろ足で立ち上がって襲いかかった。キヨが指を鳴らすと、光の弾がライオンをかすめるように飛ぶ。

 気を取られたライオンはきょろきょろしつつ咆哮を上げ、更にもう目の前まで入り込んでいたシマが投げ上げた木の実を目で追った。まるで催眠術にでもかかったように、落ちてくる木の実をそのまま見つめる。

 視界にシマを確認すると、唐突に咆哮を上げて腕を振るった。


「ダメだなぁ」

 シマはまるで風に吹かれたかのようにふわりとその腕を避けた。手なずけられるモンスターを相手にしている時のシマは、相手が凶暴なモンスターのはずなのにじゃれているように見える。

 吠え声を上げて近づくモンスターの前で、香りの強い木の実を大きく左右に振ると、モンスターは時々そっちへ気を取られるようになった。


「いい子だ」

 シマはライオンが自分に集中したのを見て取ると、もう一歩近づく。ライオンは一瞬何かに気を取られたように視線を動かし、唐突にシマに噛みつこうとした。うそ!

 するとシマはそのライオンに背中を向けたのだ。

「シマ!」

 俺が思わず走り出そうとしたのを、レツが引き留める。

 だって! 視線を戻すと、シマの振り返った先から鳥モンスターが襲いかかろうとしているところだった。噛みつこうとしていたライオンは慄いて尻込みする。

 シマはすかさず鞭を取り出し、鳥モンスターに当たらないギリギリのところにしならせた。その瞬間、鳥モンスターはシマとライオンを避けて上昇する。それからシマはライオンに向き直った。


「ほーら、いい子だ」


 シマはモンスターの前に木の実を振りながらニコニコと近づき、怯えて体を引くモンスターの鼻先に触れた。

 まだモンスターはグルグルと喉を鳴らしていたけど、唐突に吠えるような事はなかった。落ち着かないように足を踏み換えるモンスターも、シマに撫でられ続けているうちに落ち着いてきた。あれって……


「自作自演か」

「時間ないからって、そう来るとは」

 え、もしかしてシマは赤ライオンの天敵の鳥モンスターを使役して、ライオンを鳥モンスターから守ったように思わせたのか……?

「そんなコトできるの?!」

「やって見せたじゃんよ」

 キヨは呆れたように親指でシマとモンスターを指さした。


 普通、他のモンスター使いながらモンスターを手なずけるのは難しい。モンスター同士が混乱するからだ。

 でも、まさか鳥モンスターを使役しているように見せず、守ろうとして見せることで手なずけるなんて。

 シマはニコニコ笑ってライオンを撫でると、モンスターには酒のような効果もある別の木の実を与えていた。


 俺たちが観覧席を見上げると、驚愕の表情の宰相と安堵の表情の王様がいた。

「さて、次はどう出る?」

「そうそうモンスターも出して来れないでしょ。せっかく捕まえたのに」

「あのレベルなら慣れたもんだけどな」

 ハヤの言葉にコウはくるりと棍を回して肩にかけた。眠らせて王都の真ん中まで連れてくるのは大変だったかもしれないけど、5レクスの外にはもっとすごいモンスターがいる。

 明らかに傷つけられないから剣士の俺やレツに出番はないけど、俺やレツがレベルを稼ぐために戦うんじゃなければ種類の揃ったモンスターと戦うのはそんなに難しくない。

 なんせ相手は、国家戦略レベルの冒険者なんだから。


「そんな、データではどの一行もレベル程度の実力しかなかったはずでは……」

 宰相はそう言って俺たちを見た。

 あーあ、手抜きして試験受けたのバレちゃったんじゃないのかな。シマはちょっととぼけるように眉を上げ、ハヤはあからさまに視線を外した。キヨだけまるっきり興味なさそうな無表情だった。

「どうせウソついて集めたんだから、偉そうなこと言えねーよな」

 いや、それって今だから言える事だと思うんだけど!


「お前たち……それだけの実力があるのなら、どうだ、ここで働いてみないか? 我々が認めた力ならばそれなりの地位も約束できる。ここで全てを壊してしまうことはないだろう」

 宰相は訴えるように言った。そりゃみんなはもともと国家戦略の主席レベルなんだし、コウだってそこに並ぶくらいのレベルを稼いでる。

 シマたちは顔を見合わせた。


「シマモンスター牧場開業か……」

「田舎と違ってかわいい子がいっぱいでお金儲けもがっぽり」

「あの図書館ハンパなかったしな、王都じゃ他にもありそうだし」

「なんせ王都だからな……世界の味が集まってきてるはず」


 えええ!? それって何か、ものすごく心揺さぶられてる感じだけど!?

 そう思ったらみんな同時に宰相たちを見た。


「モンスターってのは人と同じく自然のもんなんだよ。人の勝手で兵隊作るとか、その考えが間違ってんだ」

「王都で一生金持ちの相手してろって? バカにしないでよ、僕の愛は世界中みんなに分け与えられるもんだっつの」

「俺、恋人吟遊詩人なんだよね。俺ばっか王都で缶詰とか、ないわー」

「いい加減旅も長くなったし、そろそろ帰らねーと。家族のところへ」


 四人はそう言うと、まるで示し合わせたみたいにちょっとだけ笑って視線を合わせた。

 あ……何かもしかして、宰相の言葉って逆効果だったのかな。一瞬みんなの事疑っちゃった。

 いや疑うとは違うのかな、みんなにとって悪い申し出じゃなかったはずだ。こんな場面でなければ。


「レツ様……」


 場に相応しくない声に驚いて振り返ると、俺たちが通って来た通路に深くマントのフードを被った人が立っていた。


 ゆっくりとフードを取ると、そこにいたのはローラン姫だった。

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