第96話『妄想だったら負けないつもりだったけどー』

「さて」

 ハヤはそう言ってキヨを振り返った。

「どっから手を付ける?」


 キヨは遠く城の方を見ていた。ここからじゃ、城は遠く街並みの上に見える程度だ。


 王都に着いたのは昼過ぎだった。

 俺たちは街の南側から王都に入った。エストフェルモーセンは、城のある小山で二つに分かれた川に沿って広がる街だ。川があるから視界が広く、街並みと城を同時に見上げる事ができる。

 俺たちは以前よりも更に南の地区に宿を取った。街の東南にある城門の近くだ。キヨは馬を預けると宿の主人に何か言伝を託していた。それから近くの飲み屋で軽く食事をした。


「現場に当たるしかねーだろ」

 ハヤはそれを聞いてチラッとシマを見た。

「じゃ、こっち」

 シマはそう言って俺たちを促した。

 シマが案内するって事は、やっぱりあの競技場に向かうんだ。モンスターを飼っているという施設。競技場に見えたけど、あれってモンスター隊を訓練するためにあんな形なのかもな。


「キヨくん」

 歩きながらコウが声を掛けた。キヨは隣を歩くコウを見る。

「今回、いろいろ何か話がでかくなっちゃってるけど、これって結局俺たちがやるべき事なの? お告げに関わってたりする?」

 キヨは視線を前に戻してから小さく息をついた。

「ああ、たぶん」

 キヨが軽く答えると、コウは無言で頷いた。

「え! そしたらレツのお告げが何を意味するのかわかったの?」

 前を歩くハヤは振り返ってキヨを見たまま数歩歩いた。


「むしろ俺がお告げの内容の当たり付けられたのは、こっちの事に関わるんじゃねーかなって思ったからだって。大体お告げはレツが話してなかったんだから、何にも調べてねーんだし」

 キヨがそう言うとハヤは「あ、そっか」と言って体の向きを戻した。


 でもレツが見たのは、レツの家族の風景だ。しかも小さい頃の。それがこんな結界の不安定とかに関わってくるのかな。全然関わるところが見えないけど。


「調べた事って全部話してもらってるよね。全然わかってこないんだけど」

 ハヤはちょっと顔をしかめて言った。キヨは小さく笑って「妄想力の差だな」と言った。


「妄想だったら負けないつもりだったけどー」

「団長の妄想は夜の営みに特化してるから」


 う、わ……俺は思わず顔を伏せた。何か今までスルー出来てた冗談がいちいち映像で見えそうで怖いんだけど。

 いや、スルーしてたんじゃなくて、俺が気付かなかっただけか。顔、赤くなってないよな……この人たち、なんでこんな冗談ばっか平気な顔して言えるんだ。


「お子様が顕著なステップアップを見せてるから、今後R12くらいにしねーとヤバイかもな」

 コウが俺を見てそう言った。ハヤがにやーっといやらしく笑った。

「何言ってんの、こっから色々教えてあげる楽しみが出来たってもんでしょ」

 大人だもんねーと言ってハヤは俺の頭をぐしゃぐしゃ混ぜたけど、何か今言われるのは嬉しくなかった。

 ちっくしょー、大人って汚い。


「ふざけんなよ、そんなの教えてもらわなくていいし! 俺はそういう汚い大人にはならない!」


 俺が腕を払うと、なぜかみんな爆笑した。何だよそれ!

「典型的だ! 期待通り過ぎてウケる!」

「絶対そうだと思ってたけど!」

「こそばゆいな、今これに直面すると」

 何が絶対そうなんだよ! わけわかんねーまま人のこと笑うとか、ホント大人って汚い!


「っつかうちじゃ、キヨリンが一番コレに罹りそうだったけど、なかったね。なんで回避できたの?」

「何でそうなるんだよ」

「病み具合が絶妙なんだもん」

 面白そうに肩を組むハヤの鼻を、キヨは無言で掴んだ。ハヤは「いひひ」と笑いながら離れる。

「キヨはだって、ハルさんに捕まってんだもん。大人汚いってなる前に色々知っちゃったから」

「ハルさんの手ほどきで大人の階段を!」

 俺は思わずみんなから視線を外した。

 だからその、今いないけど想像出来る人でそういう事言うなよ! あああ、ついでにキヨも見れる気がしない……

 俺は赤い顔をごしごしこすって雑念を振り払った。


 チラリと見ると、キヨは呆れたように笑っていて、いつも通りシマとレツとハヤが騒いで、それをコウが笑って見ていた。

 何か……全然、普段と変わらない。


 これから、もしかしたらこの国の何か重大な事に関わって何とかしなきゃならないかもしれないってのに、この人たちはいつもと変わらずバカな事言ってはしゃいでる。

 それって余裕なのかな、それとも……それとも、この人たちも緊張したりするんだろうか。


 あの時、テントで軍の指揮官と対峙した時、レツの足は震えてた。相手の方がずっとえらい人なんだし、ずっと大人なんだから、あんなハッタリみたいな対話するのに緊張しないはずはない。

 キヨだってずっと前にカナレスとの時は反射的に逃げようとしてたし、本当は見た目よりもずっと怖かったり緊張したりしてるのかもしれない。

 

 でも今は緊張してるから、わざとバカなことで紛らしてる感じもしない。いつもの自然体だ。


「何で……そんな余裕なんだ?」


 俺が思わず呟くと、きょとんとした顔でみんなが振り返った。


「何にもわからないって、キヨ以外はわかってなくて、キヨもそれなのに話してなくて、それなのに何でそんな余裕なんだ?」


 するとみんなは一度顔を見合わせてから、何でもない事のようにまた歩き出した。

「別にキヨリンが確定するまで話さないのは、今に始まった事じゃないし」

「お前、今更旅の最初に戻すなよ」

 シマはそう言って笑う。

 そりゃ、キヨが話さない事を不審に思ってたのは、一番最初のお告げの時だけど、でも今回規模が違うと思うし。


「ヤバい事ならさせないだろ」

 シマがキヨを見ると、キヨはにやりと笑って「わかんねーよ?」と言った。

「ヤバイ事でも、面白いんなら大歓迎」

「あとスッキリするとか」

「あーそれいいね」

 みんなはそう言って笑う。

 俺が納得いかない顔してたら、レツが俺の頭に手を載せた。


「キヨはホントにヤバイ事だったら自分でやろうとするから。みんなでやるんだったら、ホントにヤバイ事じゃないんだよ」

「どういう判断基準だ、それ」

「それを止められないでいるこっちの身になって欲しいよねー」

 ハヤはそう言ってわざとらしくキヨの顔を覗き込んだ。


 生け贄に立候補とか、確かにヤバイ事は自分で持っていこうとする。だから仲間は絶対って感じがするんだけど。キヨはとぼけた顔で答えずにいた。


「それにね、」

 レツは笑って俺の頭から手を外した。

「キヨが話さなくてもみんなキヨを信じてるし、キヨもみんなを信じてるから話さないんだもん。みんなお互い信じてるから、何があっても大丈夫なんだよ。

 もしキヨが話さない事で何かあっても大丈夫。話して意見が食い違っても大丈夫。大変なことが起こっても大丈夫。何があっても、みんながみんなを信じてるから」


 みんなが、みんなを……

 仲間を見回したら、みんな何だか小さく笑っていた。当たり前のことを今更口にしただけのように。


「でもさー、信用問題は別として、もうちょっと知りたいよね。キヨリン、ヒントだけでもくれない?」

 ハヤはそう言ってキヨに抱きついた。キヨは「抱きつくな」とか言って逃げ、それから服を直して小さく息をついた。


「始まりは……そうだな、例の者かな」

「例の者?」

 例の者って、俺とコウが盗み聞きしちゃったアレ?


「何となく、イメージ的に救済者って気がしちゃってた。占いで出たってのが例の者の事だとしたら余計に。でも本当に国がすがるような救済者だとしたら、それを城の中枢で秘密会議をするような人間が昔から知ってるはずはないんだ」

「占いで今ひょっこり現れたハズなのに、顔なじみ」

「いや、顔なじみじゃないな」

 シマの言葉にコウがそう言うと、キヨは頷いた。


「ああ、顔は知らない。だから今回試験と偽って勇者たちを集めた」

「え、ちょっと待って。国を救う勇者の中から占いで選ばれたんだと思ってたけど、むしろ逆だったんだとしたら、例の者が勇者だって事はその人たちは知ってたの?」

 ハヤが聞くと、キヨは「知ってたんじゃね?」と言って小さく肩をすくめた。


「でも例の者が救済者じゃないとしたら、なんでわざわざ王都まで呼びつけたの? それこそ今こんな状況じゃ必要ない気がする」


 レツはそう言って首を傾げた。

 全勇者に試験と偽って、お姫様に占いで出た国を救う者ってウソまで付いて、そこまでして例の者を呼びつけたワケ。

「だから気になったんだ。この状況を何とか出来る者でもないのに、何で今呼びつけたのか」

「なんで?」

 レツは今度は逆に首を傾げた。キヨはそれを見て、それからもう一度前を向いた。


「それから封印されてる王子様」

「ちょっと、答えは!」

 レツが揺さぶるとキヨは面白そうに笑った。

「俺が考えた順番で話してるだけだって。ここまでじゃ、まだそこの答えは出てこない」

 キヨはそう言うと、拗ねた顔のレツからするりと逃げた。


「王子様封印とかすごいよね。消去法でそうなったとはいえ、言いだしたのがキヨリンじゃなかったら笑い飛ばしてるかも」

 ハヤはそう言って両腕を組んだ。

 キヨがそう言ったから信じられるのか。俺には未だにそんな事ないような気がしてるけど。

「もともと封印だと思ってなかったからそうなっただけだよ。俺はどっちかっつーと守られてると思ってたんだし」

「でも守るにしても、あそこだろ?」

 シマはそう言って振り返る。


 俺たちは先を歩くシマについて行きながら、二つの川に挟まれた真ん中の地区へと入った。二つの川は緩やかに蛇行しながら街の南半分を三等分していた。その真ん中に競技場はある。

 城の間近ほど高層の建物が多くないこの辺は、どちらかというと同じ建物でも個人の住宅が多いみたいだった。それでも道に沿って似たような建物がぎっしり並んでる。

 その屋根の向こうに円形競技場が見えた。


「全然普通の……普通って言うのかな、円形競技場だよ。すり鉢状の観覧席がついてて、観覧席の下がモンスターたちの厩舎とかなのかな。地下もそうかも。地上レベルのグラウンドの並びにモンスターたちの入り口もあって、そこからモンスターたちをグラウンドに入れて訓練してるっぽかった」

「それってさー……闘技場って気がしなくもないね」

 ハヤがシマを気にしながら言う。シマは小さくため息をついて、それから頷いた。

「ああ、どっちかっつーと、そっちが先だったんじゃねーかって気がする。もともとは獣使いたちが集めたモンスターを戦わせるトコだったんじゃねーかな」

 シマはちょっとだけ暗い表情で言った。それから吹き飛ばすような笑顔で顔を上げる。

「ま、でも今はそういう風には使われてないっぽいな。もしかすると事故とかあって、モンスターでそこまですんのは危険だってわかったのかもしんねー」


 もし戦わせて楽しんでいたのだとしたら、更に強いモンスターをと求めるだろう。そして人の手に負えないモンスターを引き入れてしまったのだとしたら、もしかしたら王都の中で大変なことになったのかもしれない。


「で、救済しない例の者と封印された王子様で、何が見えてくるわけ?」

 ハヤが言うと、キヨはちょっとだけ笑った。

「まだパーツが足りないだろ。それだけじゃ結界は、王家は不安定にならない」

 きょとんとしているレツとハヤの横で、コウが頭をかいた。

「まぁ、お姫様がいるからな」

「王位継承者がいる限り王家はきちんと続いてくんだし、不安定にはなってねぇな」

 シマの言葉にキヨは頷く。


「第一王位継承者。大事な大事なお姫様だ」


 キヨは少しだけ微笑んで言った。

 もしかして会った時の事思い出してるのかな。みんなに愛されていそうなお姫様。美しく、でもその美しさを鼻に掛けず、誰に対しても優しいお姫様。妖精王に恋してるお姫様。


「じゃあ、そこにお姫様ってパーツが入ってどうなるっての」

 ハヤはそう言って肩でキヨを押した。キヨはチラリとハヤを見ていたずらっぽく笑う。

「実際結界は不安定になってるんだから、不安定にしてみればいいんだ」

 不安定にしてみる? 俺たちは揃って首を傾げた。

「そ。何がどうなったら、あの王家が不安定になるのか」

 俺たちは顔を見合わせた。王家を不安定にする?


「それはやっぱ……お姫様が王家を継げない、とか」

「何で?」


 ソッコーで突っ込んだレツをハヤが拗ねたように見て、「そこまでわかるわけないでしょ」とレツのおでこを人差し指で突いた。

「でも、まぁそれが一番可能性高いわな。王家が不安定っつーんだったら」

 シマはそう言って両手を頭の後ろで組んだ。


 家々の間から円形競技場が垣間見える。ここから見ても結構な大きさ。お城からは大通りがずっと続いてるって言ってたけど、昔はきっと華やかな闘技が行われていたのかもしれない。

 命を奪うことだけが目的の殺し合いとかじゃなければ、闘技は心躍る見せ物だし。

 俺たちは大通りを避けるように、裏道のような細い路地をくねくねと進んだ。こんな裏路地まで石畳が敷かれてる。


「でもお姫様が継げないようにするには、どうすればいいの?」

 コウがそう言ってみんなを見回す。ローラン姫は第一王位継承者だ。その姫が国を継げないようにするって、どうすればいいんだろ。

 みんなは同時に両腕を組んでうーんと唸った。

「降参!」

「お前、早い」

 二秒で手を上げたレツと俺の頭を、キヨが笑って軽く叩いた。

「普通に考えると、第一王位継承者なんだから、第一じゃなくなれば継ぐ可能性は低くなるね」

「お姫様がアーセンのとこにお嫁に行っちゃうとか!」

 ハヤの言葉にレツがそう言ったので、「それならいいかも」とハヤは笑った。

 確かにお姫様が人間王家を出て妖精王と結婚しちゃったら、継げなくなるよな。でもそれってアーセンの方から否定されちゃったんじゃなかったっけ。


「お姫様はその事知らないじゃんー」

 レツはそう言って唇を尖らせたけど、キヨは笑って首を振った。

「王位継承者って自分で言うようなお姫様だから、自分からその踏ん切りは付けられないかもな。それにアーセンも言ってたけど、その程度の、気持ちだけで結界が不安定になるとは考えにくい」

 じゃあどうしたらお姫様が継げなくなるんだ? キヨはちょっとだけ肩をすくめた。


「だから、第一王位継承者じゃなきゃいいんだろ。第一王位継承者は、ヴィトだと考えればいい」

「王子様が!?」


 でも、ヴィト王子はローラン姫の弟だ。この国は第一子に継承権があるからローラン姫が第一王位継承者なんだ。だったらヴィトに継承権はないのでは?

「そりゃ確かに不安定にはなるけども……」

 コウはそう言って頭をかいた。


 それにヴィトは、キヨの読みが正しければあの競技場に封印されているんだ。国の第一王位継承者を封印ってどういうこと? そんな事したら明らかに結界に影響が出るほど王家は不安定になる。

「でもそうだとしたら、何で今なの? ヴィトが封印されたのがルカシュに聞いた通り二十年くらい前の事だとしたら、今、王家が不安定になるのっておかしくない? 二十年前に不安定になるでしょ」

 レツが言うと、シマが首を振った。


「違うな。ヴィトが第一王位継承者だとしたら、封印することでローラン姫に継承権が移ったんだ。だから二十年前には不安定にはならない」


 シマは言いながらキヨを見た。キヨは無言で頷いた。

「でも……ヴィトって弟なんだよね? そしたら最初からローラン姫に継承権があるんじゃね?」

 コウはそう言って伺うようにみんなを見た。


 そうだ、ローラン姫は第一子だから継承権は最初から彼女にある。それなのに第一王位継承者が弟のヴィトで、その継承権が彼女に移るって、どういう状況なら可能なんだろう。

 みんなは何となくキヨを見た。キヨは真っ直ぐ前を見ていた。


「ヴィトが生まれるまで、ローラン姫が第一王位継承者だったんだ」


 ……そりゃそうだろう。先に生まれたローラン姫に継承権があるのは当たり前だ。それなのにヴィトが生まれて継承権が移り、さらに封印したことでローラン姫に継承権が戻るのが問題なんじゃないか。もしかしてこの国って、実は男性が国を継ぐことになってるとか?


 するとハヤが小さく「あ」と声を上げた。キヨはチラリと見た。

「……結界が不安定になった時期について、誰にも聞けてないんだ。それを最初に聞くべきだった」

「……まぁ、誰か答えてくれるかもしんねーよ」

 シマもそう言って顔を上げる。


 俺たちは円形競技場にたどり着いた。

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