第95話『あんまり荒唐無稽過ぎて、口に出すのも恥ずかしいんだよ』

「あれだけで何とかなるのかな」

 俺は馬を走らせながら、ちょっとだけ背後を気にした。

「ならないだろうな」

 え! 俺は思わずシマを見た。ならないってどういう……

「どっちにしろ、あそこの結界からモンスターが押し寄せる事に変わりはない。モンスターに取っちゃあそこは恰好の餌場だ。結局、根本を何とかしねーとダメってことだ」

 根本を……俺たちはそのまま、なるべく早く馬を走らせた。




 あの後、俺たちはコウのレシピで作り直した食事を兵士たちに振る舞った。

 材料はほとんど変わってないのに、明らかに美味しくボリュームも感じられる食事に、兵士たちの士気は格段に上がっていた。ご飯が美味しいって重要だ。

 しかも痛みで呻いていた怪我人の中にも食事を摂れるまでに回復していた人もいて、彼らもコウのご飯に生きる気力が湧いてきたみたいだった。


「獣使いってのは本来、モンスターが自分を食わないようにするのが第一段階だ。その上で指示を聞くようにする。だから軍隊で訓練用のモンスターあてがわれて練習してるのとはワケが違う。

 ただあんたたちは兵士だから、命賭けて訓練する事は不可能だ。訓練で兵士減らすバカはいねーもんな。って事はここの獣使いってのは基本的に、馬を乗りこなす程度の獣使いでしかないってことになる」


 シマはコウのご飯を頬張りながら、あの男性に話していた。

 彼らはやっぱりここの指揮官で、緋色のマントの人が最高指揮官だった。テーブルにはあの三人の指揮官以外にも、モンスター隊の隊長を務めていた男性もついていた。俺たちの周りには、テーブルを使わずに好きなところへ座って兵士たちが食事をしている。


「だからこそ軍隊としての戦い方が必要なのだ。冒険者たちのような勝手な攻撃では統率が狂う」

 青マントがそう言うと、キヨは小さく「邪魔してたのはそっちだよ」と言った。シマはキヨをチラリと見、それからモンスターを率いていた隊長を見た。モンスター隊の隊長は、ちょっとだけおどおどと指揮官を見た。

「発言を許す」

 緋色マントにそう言われると、隊長は皿を置いて彼を見た。


「冒険者たちの、彼らの戦い方が勝手な戦い方だとは思いません。あの時、我々は彼がモンスターを手なずけるための援護しているつもりでいましたが、それが全くの間違いでした。

 挙げ句攻撃を禁止されてしまいましたが、その後の二人の戦い方は、獣使いの意図を汲んだ援護とモンスターの制御のための攻撃など息のあったもので、闇雲に得意分野での攻撃をしかけているだけではありませんでした」


 それは普段のバトルでもそうだ。剣を使う者は剣を、魔法を使う者は魔法を、棍を使う者は棍を、それぞれが一番効果的な攻撃をする。時には、剣のために棍を振るい、魔法のために剣を振るう。それがパーティーでのバトルだ。


「仲間に命賭けてんだ、でなきゃ息なんて読んで動けない」

 コウはそう言ってスプーンを口に運んだ。バトルでは一番重要なはずのことが、軍隊では欠けている。

「ここの兵隊はモンスターを手なずけるための援護なんてしたことねーんだから、出来なくて当たり前だ。しょうがねーよ」

 シマはそう言って隊長に笑いかけた。それから青マントに向き直る。


「軍隊だから、そこまで出来ないのもしょうがないでしょう。獣使いとして冒険者がプロだとしたら、軍隊のはアマチュアだ。軍隊で獣使いをやってるうちはプロになれないけど、それが目的じゃないんだからいいと思う。ただ、やり方を間違っている」


 青マントは何だか複雑な表情をしていた。

 そりゃそうだよな、軍隊として長年訓練を積んできているってのにアマチュアって言い切られちゃったんだから。それからシマは隊長に向いた。


「モンスターに乗るんじゃなくて、彼らだけを使役できるか?」

「……あまり自信はありません。実を言うと、乗っているからこそ制御できていると感じる事があります」


 青マントは苦い顔をした。緋色マントは小さくため息をつく。

「他のモンスターに乗ったまま相対するモンスターを手なずけるとか、見た目的にも不可能だもんね。モンスターだって馬鹿じゃない」

 ハヤはそう言って食事を終えて口元を拭いた。


「だからせっかくのモンスターを殺しちゃってんだよ。俺の口からこういうのは不本意だけど、獣使いにとってモンスターは武器だ。だから使役できなきゃ意味がない。

 対人だったら馬より威嚇できる軍隊だと思う。でも対モンスターだと機動性を落としているだけ。その上ここのモンスターは5レクスの外のだ。だからかなりの手練れでない限り、剣士や武闘家には危険が伴う。乗っているモンスター以外に使役できるモンスターがいないんだったら、もっと戦闘に黒魔術師を投入すべきだよ」


「黒魔術師は確かにいるが……各戦闘に配備する事が出来るか……」

「でも俺たちはそれを、少人数だけでやってきているよ」

 レツはきれいに食べ終わった皿を置いた。

「要は人数じゃないと思うけど」

 レツに言われると、指揮官たちは顔を見合わせた。


「あの怪我人は剣士か武闘家連中だね。至近距離からのモンスター攻撃だったよ。歩兵なんだろうけど、命知らずがとりあえず叩きに行ったんじゃない? 毒も知らずによくもまぁ……やっぱり戦術を見直すべき」


 ハヤはそう言ってコップから酒を飲んだ。俺たちに振る舞われた酒はコップ一杯だけだ。キヨなんか明らかに足りないだろうな。

「大人数での戦い方じゃなくて、ゲリラ戦みたいな訓練は?」

 キヨはそう言って緑マントを見た。腰に剣が下がっているから、彼自身は剣士なのかな。それとも軍人はみんな剣を下げてるんだろうか。

 緑マントはチラリと緋色マントを気にした。緋色マントは小さく頷いた。


「……武道に秀でた者を選抜して訓練を行った事はある。しかし我々の軍隊は現在対外的軍事行動を行う目的のためにあるわけではない。あくまで訓練の一環として行っただけであり、」

「つまり使えるかどうかはわからないと」


 うわ、ばっさりだ。でも緑マントは言葉を返さなかった。シマたちの実力は明らかだからだろう。

「俺たちは国に仕える人間じゃない。ただの通りすがりの勇者一行だ。だから政治的な事はどうだっていいんです。今ここで5レクス外のモンスター相手に戦って、出来る限り防御し、出来る限り被害を出さずにいられるかどうかだけです」

 キヨは緋色マントに向き直って言った。緋色マントは少し考えてから頷いた。


「君たちが国に仕える者でもないのに、ここの現状を見てそこまで言ってくれるのなら、こちらもそれなりの対応をすべきだな。……我々の軍の兵士は、冒険者になれなかった者たちだと考えてくれていい」

「指揮官!」

 驚いている他の指揮官を、緋色マントは手を上げて止めた。


「いや、ここにいる者たち全員が冒険者からの落ちこぼれというわけではない。むろん全て国のため国民のためを思い、自ら志願して兵士として国に仕えている者たちだ。

 しかし一方では冒険者としては幾分実力の足りなかった者もいる。ギルド登録をしたが一向にレベルの上がらない者、そのため旅の仕事ができない者、そんな悪循環に耐えかねて冒険者をやめる者もいるのだ」


 緋色マントはそう言って皿を置いた。コウの粥はきれいに平らげられていた。

「しかし軍ならば、個人の力で勝らなくても隊で力を発揮出来ればいい。要は人数ではないと言っていたが、軍は人数をかけて戦う時のためのものだ。だからこそ、この形で戦っておる」

 緋色マントの指揮官はそう言ってレツを見た。


 誰だって冒険者になれるんだったら、きっと冒険者になるよな。命の危険はあるけど、それでも直接ゴールドを稼げる仕事だ。

 でもなれたからって成功するとは限らない。それはどんな仕事でも同じなんだけど、冒険者はそれが直接命に関わるから諦める人だっていて当然だ。


 軍隊だって冒険者と同じく命の危険がないわけじゃないけど、それでも個人で戦うのとは違う。それに今は戦争のない時代だから、どこかの国と戦争するためだけに軍隊があるわけじゃない。だったら、そんな限界を見た冒険者が軍で戦う事を選んでもおかしくない。

 レツはちょっとだけ視線を落とした。


「軍隊はえらいと思うよ、国のため、人のために戦う事を選んだ人たちだから。でも誰かのために犠牲になってまで戦う事ばっかじゃなくて、誰かのために戦う人たちを出来る限り守る事も考えるべきだよ」


 俺たちはそう言ったレツを見た。気付けば、周りもしんとしている。

「人数じゃないって言ったのは、大人数なら大丈夫って戦い方は間違ってるってことです。冒険者でやってけなかった人だからって、じゃあわけもわからず百人でやれば何とかなるなんて、そんな危険な事はさせちゃいけない」

 レツは顔を上げると指揮官を真っ直ぐ見た。


「俺はちょっと前までレベル0だったから、危険な事も注意する事もみんなが教えてくれた。知らないまま戦えるのは勇気じゃなくて無謀だって。必要な事を知った上で、やるべきことをやる。それ以上の事は出来ないのにやろうとしても、戦いの中では他の仲間の邪魔になる。その規律は少人数でも大人数でも変わらないと思う。

 うちの仲間はみんな、普通の冒険者よりもずっとずっとずーっとレベルが高い。だから出来るんだって言われたらそれまでだけど、少なくともみんなを助けるために、守るために必要なことは教えてあげられると思う」


 そう言って、レツはみんなを見回した。

「教えてあげるよね?」

 シマはにやりと笑って「勇者命令じゃなー」と言い、コウは小さく頷いた。ハヤはにっこり笑って、キヨはちょっと眉を上げた。

「勇者命令だって。何とかなるか?」

「……やる気があれば」

 コウはそう言って小さく肩をすくめた。


「コウちゃんにご飯美味しくしてもらったんだから、みんなコウちゃんの言う事聞くよ」


 レツがそう言うと、その場にいた兵士が賛同の雄叫びを上げた。

 俺たちには何の変哲もない美味しい粥だけど、それだけコウが手を加えたご飯が格段に美味しくなったってことなんだろうな。コウはちょっと照れたように頭をかいて、

「もともと剣士も武闘家も、個人での練習や個対個の練習を積み重ねるもんだから、相手の息を読む訓練はできてるはずだ。その辺きちんとやってやれば、日々訓練してるやつらだろうし、何とかなるんじゃね」

と小さく言った。


 俺たちはその翌日、軍隊の訓練をした。

 シマはモンスターを使役するための基本を徹底的に隊長以下モンスター隊に教え込み、とにかくモンスターを降りて使役するよう指導した。


 キヨは戦術指導。軍隊式の攻撃じゃなくて、モンスターを見極めて十人程度の少人数で各々戦う形に変更していた。

 一度にデカイのが何匹も来た時、それに五十人で向かっていくより十人単位で一匹ずつ仕留める方が効率がいい。もちろんその際の構成員もモンスター隊だけじゃなくて黒魔術師や剣士や武闘家も織り交ぜる。攻撃のバリエーションが無いと結局消耗戦になるからだ。

 つまり冒険者のパーティーの大人数版。結局、対モンスターならそれが一番の戦い方なんだ。


 コウが剣士と武道家にモンスターとの戦い方の違いなどを教え、さらにモンスターごとの弱点も教えていた。ハヤは白魔術師たちにモンスターの毒性など、正しい処方を伝授した。コウは食事の時には賄い兵たちに料理のコツも伝授していた。


 その間にも結界の向こうからモンスターは現れるから、実地訓練も兼ねてみんなと一緒に戦った。


 それを丸一日とさらに明け方近くまでやって、俺たちは戦地を後にしてきたのだ。圧倒的に睡眠時間が足りてない。それでも何とか馬から落ちないようにして、一刻も早く王都に戻ろうと飛ばしていた。


「いくら乗れるくらいに仲良くなってたって、一日で思い通りに使役できるようにはならねーし。それにあのモンスターは王都で飼われてるもんだ。兵士と同じく無駄にしたくないって気持ちもあるだろうから、上手く戦えるかどうか疑問だよ」


 そう言えば、王都の競技場ってモンスター牧場だったんだっけ。あのモンスターたちはあそこで育てられたのかな。

「でも大事にしたい気持ちがあったらそれもモンスターに伝わるから、逆にいい影響があるかもよ」

 レツはそう言って笑った。


 俺たちは南の戦場を離れて一直線に妖精の森を目指し、そこから森を抜けて王都に向かった。

 ずっと走り詰めだったから妖精の国でゆっくりしたい気持ちもあったけど、あの戦場の状況を見てしまったからのんびりしていられなかった。


 王都に向かう途中、やっぱり南の地域から避難している人々を見かけた。あの戦場は確かに危険だったけど、そんなに前線を突破されている感じはしなかったんだけどな。


「結界のほころびが一か所とは限らないだろ。あそこが最悪なんだとして、もしかしたら小さいほころびが他にもあるのかもしれない」

「あと、普通に5レクス内のモンスターまでつられて集まってるとかね」


 5レクスの結界は、基本的には外の強力なモンスターたちから守っている結界だけど、それがアンカーにしているのは主要な街や街道だ。

 でもその結界そのものが不安定だったら、街の守りも不安定になったりしているのかもしれない。だとしたら、街の真ん中なのにモンスターが現れるとか、そんな心休まらない状況になっていてもおかしくない。


 早く南の地方に平和をもたらさなきゃ。でもどうやって結界の不安定を取り除くんだろう。それってやっぱりキヨにしかわからない事なんじゃないのかな。

 っていうか、キヨはわかってるんだろうか。





「キヨ」

 その夜のキャンプで、キヨは結界から離れたところでぼんやりと空を見上げていた。夜空の星を見て方角を確かめていたのか、声をかけられるとコンパスをパチンと閉じた。

 俺は焚き火のために枝を拾っているところだった。声をかけたレツもキヨも、俺には気付いてないみたいだった。


「あのね、あのー……キヨ、何かもういろいろわかってるっぽいから聞くんだけど、俺って今回、何をすればいいのかな?」


 レツはそう言って手持ちぶさたみたいに両手の指先を合わせていた。結界では小さく焚き火が灯っていて、シマがまた大きなモンスターを連れてきているのが見えた。

 キヨはそっちから視線をレツに戻した。


「何か……お告げの事も、今回黙ってたってのもあるのかもしれないけど、まだ全然わかんないし、他の事も何かいろいろあるし……いつもはわかってたって言うつもりはないよ。でも今までってお告げだけだったじゃん? それが今回は色々違う事まで大変で、それでもやっぱそっちもほっとけない感じだし……」


 キヨは黙ったままちょっとだけ首を傾げてレツを見た。

「たぶん、レツが黙ってても話してても、変わらなかった気がする。俺もまだ全貌は見えてない。何となく掴めそうな気がすると、また別のところが辻褄合わなくなる。ちょっとじっくり考える時間が欲しいくらいだ」

「辻褄?」

 キヨはレツの言葉に頷いた。


「でもキヨっていつもいろいろ考えて、そんでみんなに方向示してくれるじゃん?」

 レツがそう言うと、キヨはちょっとだけ笑った。

「……俺も結構みんなに甘えてるからなぁ……黙ってんのって、結局みんなを危険にさらしてるって思わね?」

 レツは頭が飛びそうなくらいブンブン首を振った。

「全然! だってそんな事しないってわかってるし」

「うっそ、心中レベルの移動魔法とか行き当たりばったりの証拠だろ、絶対危険じゃんよ」

 キヨがそう言うと、レツは笑って「だって大丈夫だったじゃん」と言い切った。

 それを聞いて、キヨはちょっと驚いた顔をした。それからそっと笑う。


「そうだなぁ……今考えてるのは、封印された王子の理由、例の者、禁書……この繋がりかな。禁書ってやっぱ妖精の子どもの絵本だったよ。妖精国の図書館にあったんだけど、取り替え子っつってね、人の子どもにちょっと変わった子が生まれると、きっと妖精にすり替えられたんだっつってたみたいで」


 キヨの言い方だと、産まれた子どもに難があった場合に妖精の所為にしてたって感じなのかな。エルフに結界を敷いてもらってる手前、そういう本を禁書にしたんだろうか。妖精のが人間よりずっと美しい種族なのに、変な感じ。


「あと……結界が不安定になった時期」

「結界が不安定になった……時期?」


 キヨは頷いて、小さく息をついた。

「よくよく考えたら、そこを誰にも聞けてないんだ。もう……聞いてるヒマねーかもしれねんだけど。俺の妄想だと俺たちが御触れを聞いた一週間くらい前かなとは思ってる。まぁそしたら、あとは現地で何が起こるか見てみるしかないかなと」

「現地」

 レツはそう言って上目でキヨを見る。キヨはそれを見て面白そうに笑った。


「レツは……そのままでいいと思う。俺が何か教えたところで何も変わらないと思うし、変わらない事がレツが勇者って意味だと思う」


 レツはちょっとだけ拗ねたような顔をした。

「……それって、お告げの事、何かわかったってこと?」

 キヨはちょっと笑うと諦めたみたいに息をついて「まだ考え中だって」と言ってレツの頭に手を載せた。


「お告げって特殊だよな。レツしか見れないからレツのもんだけど、同時に俺たち仲間のモノでもある。それなのに今回のはやたら個人的で……気になっちゃってんのはわかるけど、お告げについては……そうだな、集められたみんなのデータとレツの夢と……」


 みんなのデータ?? それって関係してくるのか? レツは驚いたように顔を上げた。

「まぁ、結果出ない限り妄想の域を出ないなぁ」

 言葉を挟もうとしたレツを遮って、キヨは先にそう言った。レツは膨れてキヨを見る。


「……妄想補完計画ってゆってたじゃん」

「あんまり荒唐無稽過ぎて、口に出すのも恥ずかしいんだよ」


 キヨはそう言って苦笑するとレツの頭をくしゃっと混ぜた。

 レツは「王子様が封印されてるとか、もう十分荒唐無稽じゃん」と言って唇を尖らせた。キヨは笑って、それから焚き火に戻るように向き直って歩き出す。


「そしたらさぁ、」


 レツはその背中に再度声をかけた。キヨは立ち止まってレツを振り返った。


「アーセンたちとのご飯の時に、勇者ってどんな人かってハナシしたじゃん? あれってキヨはわかってるみたいだったけど、どういう事なの?」


 キヨはそれを聞いてちょっとだけ焚き火を振り返った。

 もしかして、俺を探したのかも……ここで聞いちゃってもいいのかな。でも俺はさらに身を隠すように小さくうずくまった。盗み聞きだとしても、どうしても聞きたい。

「……誰かのためのお告げを受ける者が勇者だ。それって何かに似てないか?」

 レツはちょっとだけ考えるように首を傾げた。


「誰かの助けとなる映像のヒントを受ける。ただ勇者だからそのお告げをクリアしようと務めるのであって、勇者には本来お告げクリアの義務はない。ただお告げを受けるだけの者だと思ったら、何かに似てないか?」


 レツは少し考えていたけど、思い出したように顔を上げた。

「神託者……?」

 キヨはちょっと笑って頷いた。


「神の声としてお告げを聞くのなら神託だな。その声を聞く者として司祭とか導師って名前が付いていたら、声を聞くだけで終わってしまう。まぁ、良くて人に伝える程度かな。でもそれを勇者と名付けたら……」

「……自らそのお告げをクリアしようとする」

「そういうこと」


 キヨはにっこり笑って頷いた。

 そんな……何だか力が抜けた。勇者が、勇者じゃなくて神託者……?


 だからルカシュは素晴らしいネーミングだと言ったのか……お告げを受けるのが「神託者」だったら、誰も自らお告げをクリアしようとしないだろう。人に伝えてクリアしてもらうのを待つのが関の山だ。

 でも「勇者」だったら、お告げを受けた者はそれこそが勇者の証としてクリアのための冒険に出る。ネーミングの差……


 だからキヨは俺が勇者になるまで教えないって言ったのか?

 イジワルなんかじゃなくて、俺が勇者になる前にそう知ったら、勇者は実は勇敢な選ばれし者じゃなくて、ただ神託を受けるだけの者だと思ってやる気を無くすから?


 ……実際に今、力抜けちゃってるじゃん。キヨの読みはまたも当たったのだ。


 聞かなきゃよかった。聞かなければ……

 聞かなければ、胸を張って勇者になりたいと言っていられたんだろうか。聞いたら、もう言えない?


 レツは小さく「まぁ、どっちでもいいね」と言って笑うと、キヨについて焚き火の方へと歩いて行った。

 どっちでも、いいんだな。レツにとっては。


 勇者と神託者……俺はそれじゃ、名前だけに踊らされてたのか……?

 俺は夜空を見上げた。


 王都へは、明日着く。

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