第93話『どうせ派手にすんなら、とことん派手にするかな』

「これじゃ俺たち出る幕ないと思うけど、どうする?」

 キヨは風景から目をそらさないまま言った。


 明らかにこれはモンスター狩りって規模じゃない。どう見たって戦争だ。対モンスターの。

 たぶんあの土嚢が積まれた向こう側に5レクスの結界があるんだろう。そこが不安定になっていて、そこから外の強力なモンスターがなだれ込んでくるから、それを兵隊が堰き止めているんだ。


 俺はみんなを窺った。これをホントに何とか出来るのか? 勇者だから?

 でもみんな何だか苦いものでも見るような顔で軍隊を見ていた。


「キヨー」


 シマが手をひさしのようにして遠くを見ながら声をかけた。

「あの向こうの辺り、よく見えるようにできねー?」

 シマは土嚢の向こう、モンスターたちが土煙を上げる戦闘の辺りを指して言った。え、それって魔法で可能なのか?

 キヨはちょっと考えていたけど、ハヤに何か伝えてそれから意識を集中した。

「ジュールトルカーダ」

 久しぶりに聞いたキヨの呪文。水を呼ぶヤツだっけ。

 すると地面に水が現れて水たまりを作った。それからキヨは風の魔法でその水を空中に引き上げる。水は俺たちの前でくるくると渦を巻いた。

「ガーツァスティラ」

 キヨは水をくるくる動かしたまま、別の呪文を唱えた。ひんやりと冷たい風が吹いて、俺たちの前にくるくる動いている水が端から固まりだした。そうか、今のは氷の魔法なんだ。水はじわじわ凍っていく。意外と透明度が高い。くるくる回って流れているので、凍ることから逃げた水が中心に向かって厚みを増していく。

「ブレメクアーシュ」

 氷が真ん中まで至ったところでハヤが魔法をかけた。あれ、それって時間停止の魔法……

「あとは結界でいいかな」

 ハヤはそう言って口の中で呪文を唱えると、目の前に浮いている氷の周りにきらきら光る結界が敷かれていた。あ!


「すっごい! 天然のレンズ!」


 レツはそう言って手を伸ばしたけど、触れる前に引っ込めた。

「ハヤの魔法が利いてる間だけだよ、ゆがみまでは取れないけど」

 それでも透明度の高い氷を通して見ると、遠いはずの5レクス近辺の戦闘が目の前に見えた。

 シマは焦点を合わせるように少し体を動かして、真剣な顔で戦闘に見入っていた。どうしたんだろ。


「なってねぇなー……」

 シマはそう呟くと体を起こし、ちょっとだけ息をついてからハヤに「ありがとう」と言った。

 ハヤは小さく肩をすくめると、ふわりと手を振って結界を消した。と、同時に時間停止の魔法も途切れ、キヨが作った氷のレンズはどさりとその場に落ちて割れた。あとは自然に溶けていく。

「それで、なんなの?」

 ハヤがそう言うと、シマはうーんと唸って腕を組み、面倒くさそうな顔で空を見上げた。そろそろ日が暮れる。


「今からやらかすにしても……時間的にも……うーん」

「派手に登場すんだったら、一発やってあとは明日の方がいいんじゃね?」


 コウがそう言って伸びをした。え、何の話? キヨは何か気付いたように「あー」と言った。

「なるほど、そーいう話。で、僕は必要?」

 ハヤはそう言って首を傾げる。わかってない俺は同じように首を傾げた。レツを見たら、彼も首を傾げていた。レツのはどっちの意味なんだろ。


「団長はいいや。援護はキヨと……あ、やっぱコウちゃんもいいかな。レツは剣士だから、どうしても怪我させちゃうんでなー」

 ハヤはそれを聞くとコウと顔を見合わせた。キヨはちょっと眉根を寄せる。

「援護が俺だけで大丈夫か?」

「んー、倒すのが目的じゃねーし。キヨなら離れたまんまピンポイントでちょっと脅かすとかできるから安心」

 キヨはそれを聞くと軽く肩をすくめた。


「了解。そしたらどこ集合にする」

 ハヤはそう言ってキヨを見た。キヨは指差し確認するみたいにテントを数え、

「あそこ」

と一番大きなテントを指差した。

 一番大きなテントって、普通一番エライ人がいるところじゃないのか……今回って、忍び込んだりする作戦じゃねーの? どうやって入り込むんだろ。

 でもハヤはあんまり興味なさそうに頷いた。

「気をつけてね」

 レツはそう言って二人を見た。


 ……気を付けるってことは、二人はやっぱあの戦いに参加するってことなんだよな。そりゃ5レクス外でもガンガンやっちゃってる人たちだけど、兵隊が相手するようなモンスターにたった二人で太刀打ちできるのかな。


「気を付けるけど、あそこまでどうやって行く? このキャンプ迂回して行くと馬で飛ばしても日は暮れそうだぞ」

 するとシマはにやーっと、何だか悪い人の笑いみたいに笑った。

 え、何かシマが楽しそうなんだけど。


「どうせ派手にすんなら、とことん派手にするかな」


 その方が説得力あるかもだし、とシマは言いながら俺たちからちょっと離れると、甲高い指笛を鳴らした。あんな音鳴らしたらあそこの兵隊にバレちゃうんじゃないかと思ったけど、遙か丘の下の集団が気付いた感じは全くなかった。

 まぁ、ここから見たら人間が豆粒か米粒サイズに見えるくらいには離れてるけど。


 俺が丘の下を見ている間に、背後にすごい羽音が聞こえた。と、同時に強い風が吹いて、思わず丘の下に転がった。うわあ、何事!?

 俺が体を起して這い上がると、馬たちの向こう側に馬よりも大きな鳥のモンスターがふわりと降り立ったところだった。えええええ!


「……乗ってくのか」


 キヨが聞くと、シマはニヤッと笑って親指を立てた。ちょ、乗れるの?

「二人ぐらい余裕だろ。キヨは前線着いたら低空飛行するんで、安全な辺りで先降りて魔法で援護頼む」

「コウちゃんならまだしも、キヨリンにその芸当って難しくない?」

 ハヤが言うと、レツはちょっと笑いながら肘で小突いた。


「お前に押し倒されるのを回避する程度には簡単」


 キヨは何でもない事のようにそう言った。

 あ、風の魔法があるから大丈夫なんだ。鍛えなくてもそれって何かズルイ。っつかモンスターから飛び降りる離れ業とハヤが同じって、それもすごいな。

 シマは遠く5レクスの戦闘を見やっていた。


「そしたらちょっくら、あそこで手こずってるヤツを軽くいなしてくるわ」

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