第92話『不用意な事は言えないだろう、王としては』
「王都に戻る!?」
俺たちは声を揃えて言った。言われたキヨは何でもない事のように頷いた。
「これ以上ここで調べられる事って無い気がするし」
「でもキヨリン、二十年か三十年前の妖精の魔法について情報が欲しいって言ってたじゃん。それ結局わかったの?」
俺たちはお昼ご飯に軽食スタンドに立ち寄り、野菜サラダを挟んで焼いたプクルという食べ物を頬張りながらキヨを見た。キヨはちょっとだけ首を傾げた。
「ルカシュが気づけなかったんだったら、たぶんデカイ魔法じゃなかったんだろ。だとしたら調べようがないし」
だいたい俺たちにはキヨが何を知りたくて調べてるかすらわかんないしね。キヨがもう無いって言うんだったら、これ以上ここにいてもしょうがないって事になる。
「そしたら、王様たちにも挨拶にいかないとだね」
「せっかく来たってのに、たった一晩かー」
シマはそう言って残念そうにため息をついた。
ハルさんがにこにこして「まぁ、いつでも来れるところだよ」と言った。ハルさん、それって移動の魔法があるからですってば。
俺たちはプクルを食べ終わると、旅の買い物よりも先に城へと向かうことになった。
「そう言えばチカちゃんはこれから一緒に来るの?」
ハヤが歩きながらハルさんに聞いた。ハルさんは少し考えるように視線を上げた。 キヨがチラッと気にしたみたいに見る。
「特に……予定はないから行くことは出来るけど、王都よりはもっと違うとこに行きたいかな」
「でも情報屋としては王都って重要拠点だったりしねーの?」
ハルさんはシマにそう聞かれて苦笑した。
「いや、そっちは顔を明かさないでやってるから、むしろ行く必要はないんだよね」
シマはなるほどと頷いた。情報屋なんて、いろいろ知りすぎてると思われたら身の危険もありそうだ……なんかちょっとかっこいい。
でもハヤはそれを聞いてため息をついた。
「でもチカちゃんがそんな風にキヨリンほっとくから、キヨリン浮気し放題だよー?」
「はぁ? 何言ってんだよ、なんもしてねーだろ」
「何、ヨシくん浮気したの? あの時の彼とか」
ハルさんはキヨに詰め寄った。キヨは「してないって」と首を振って、それからハヤにガンくれた。他の三人はくすくすというよりニヤニヤ笑っていた。
ハヤはそれを見つつ、さらに悪のりしたっぽい表情でキヨを見る。
「うっそ、だって全部あげるみたいな事言ってたじゃーん、誰もいない地下牢まで誘って」
「誰が言ったよそんな事!」
でも地下牢には誘ったっつーより、それはコウが捕まってたからで……全部、話すとは言ってたけど、あ、見せるって言ってたんだっけ? 俺がそう言うとハルさんはキヨの頬をつねった。
「ヨシくん」
「それは向こうが勝手に言っただけ! お前もまともに覚えてねーのに勝手な事言うな」
キヨはそう言って俺の頭を叩いた。う、いってー……でも、そうだっけ? キヨは言って……なかったんだっけ?
「大体、地下牢に僕がいたからよかったようなものの、ヤる気満々のあの人連れてきてどうするつもりだったわけ?」
キヨはそう言われると、ちょっと難しそうな顔をして「とりあえず気絶させるとか」とごにょごにょ言った。魔法でぶっ飛ばして誤魔化すつもりだったのか……でもキヨの顔もプロフィールも知ってる相手にそれはヤバいんじゃないかな。ハヤは「ほらねー」と言ってハルさんに向く。
「寝不足になるほどでも一晩じゃ足りないのかもよ」
ハヤは面白そうに笑って言う。う、わ……俺は顔が赤くなるのを隠すように慌てて視線を外した。
ハルさんは憤慨するように息をついて腕を組んだ。
「ヨシくんはちょっと焦らすくらいがいいんです」
「ハルチカさん!?」
キヨが愕然とした顔でハルさんを見た。他の四人は爆笑している。っつかこんな状況初めて見た……キヨが真っ赤とか、うわー。
俺たちが半分拗ねてしまったキヨを笑いながら城へ到着すると、ジョルディが偶然そこにいたのでアーセンのところへ案内してもらった。
「昨日は途中でごめんなさいね。宰相の出るようなお話に、私が一緒にいたら場違いかと思って」
「全然! ジョルディがいても困らなかったのに」
レツがそう答えると、ジョルディはニコニコ笑って「ありがとう」と言った。
「王様、ジョルディも合コン行ってるみたいに言ってたよ」
ジョルディはそれを聞くと面白そうに笑った。
「そうねぇ、私はそこまで勇気がないから、ここへ来てくれる旅人の案内をするだけだわ。メリダやファンミの話を聞くと行ってみたいって思うけど、きっと行かないわね」
それに吟遊詩人さんの話が面白いから大丈夫と、ジョルディはハルさんを見て言った。ハルさんは小さくお礼を言って丁寧に頭を下げた。
「やあ、君たち」
アーセンは昨日と同じく談話室にいた。何か、徹底的に謁見室とか使いたくないんだろうか。ジョルディは俺たちをアーセンに引き渡すと、今日は友達と木イチゴを摘みに行くからと言って帰っていった。
「そろそろ来るだろうと思っていたんだ」
「来るのわかってたの?」
レツが言うと、「これでも妖精王だよ」と言って笑った。心を読むんじゃなくても、動きで誰がどこにいるのかとかわかっちゃうのか。アーセンはお茶の用意を指示して椅子に腰掛けた。俺たちも彼にうながされて座る。
「もう出発なのかな」
レツはチラッと俺たちを見てから頷いた。
「えと、ルカシュとサミルにも挨拶をと、思って……」
アーセンはそれを聞くと、カップを手にしたままため息をついた。
「父ならもう出てしまったよ。まったく、もう少しゆっくりしていけばいいものを。母は森の奥の滝まで散歩と言っていたが、あの人の事だから夕方までかかるだろう。夕食の後にハルの詩が聞きたいと言っていたよ、昨日は歌ってもらえなかったからな。ハルも一緒に行くのかい?」
え、そしたらルカシュってホントに夕食のためだけに妖精国に戻ったのか……魔法の力が強いと自由だな。ハルさんはアーセンの言葉に小さく首を振った。
「いえ、俺は時間もありますし、彼らと一緒に王都へは行きませんから」
アーセンはその言葉を受けてにっこり微笑んだけど、一瞬だけキヨを見た。キヨはカップに口を付けて、静かにお茶を飲んでいた。
「それで、次はどうするつもりなんだい」
アーセンに言われてみんなはキヨを見た。キヨはカップを置いて顔を上げた。
「王都に戻ることは戻ります。ただその前に、南の結界が不安定な地区を見たいかな」
「え、結局行くの? なんで?」
ハヤがそう言うので、キヨはちょっと考えるように視線を上げた。
「この混沌ってのが、どんだけのもんなのか……気になるし」
王都では南からの移民もたくさん見た。
城門に列を作って並ぶ人たち。俺たちがここへ来る途中はそこまでまとまった集団は見なかったけど、それでも確実にたくさんの人が王都へ逃げている。街道沿いとはいえ一般の人が旅するのだって命がけなのに。
しかも王都から兵隊を出していると聞いた。それってかなりの被害が出ているって事だ。シマとコウも、ちょっとだけ視線を落としていたけど、何となく二人も同じように感じてるみたいだった。
アーセンはそれを聞いて、何だか満足そうに頷いた。やっぱり勇者一行だ、とか思ってるのかな。
「そしたら……アーセンは、言伝とかないの?」
ハヤがそう言ってアーセンを見た。シマとレツとコウも、にやぁって笑ってアーセンを見る。アーセンはみんなを見て一瞬驚いたように目を見開いて、それから誤魔化すみたいに視線を外して咳払いをした。
「手紙にしてもキヨにはバレちゃうかもだから、いっそ伝言でもいいよな」
「うんうん、俺たちちゃーんと伝えるよ」
「いや、それは……」
アーセンは何となく赤くなって言葉を濁した。それって、お姫様には脈アリって事なのかな……?
「お前ら、仮にも妖精王をいじって楽しいのか」
シマたちは同時にキヨを振り返り、同時に頷いた。うわ、言い切った。
アーセンは咳払いするように拳を口元に当てて、困った顔で視線を外している。
「……不用意な事は言えないだろう、王としては」
「言っちゃってもいいと思うけど」
アーセンの言葉にハルさんが即答したので、俺たちはびっくりしてハルさんを見た。キヨも驚いている。ハルさんは静かにお茶を飲んだ。
「言うだけはタダですよ」
「王にそれが出来ると思わないよ」
諦めたように軽くため息をつくアーセンに、なぜかハルさんは小さく微笑んだ。
「友達になったんだから、勇者に託しちゃうってのはどうですか。国と国や種族と種族の間で解決不可能なことでも、何とかしてくれるかもしれないでしょ」
それを聞いてレツたちは顔を見合わせた。
え、そんな国と国の間で解決不可能な事を、勇者なら、レツが何とか出来るのかな?
「……伝言だけのハズが、今すっごいハードル上げられた感」
「これじゃ期待通りの伝言託されたら、そっちの方が大変だな」
「保証はしないって言っとけば?」
話し合うみんなを、アーセンは穏やかに少し笑って見ていた。
「姫には、また会える日を楽しみにしていると伝えてくれ。私はこれでも妖精王家の者だ。人間をこの王家に迎えることを自ら選ぶことはできないよ」
アーセンは少しだけ寂しそうな笑顔でそう言った。
そうだ、アーセンも姫の事を好きだったとしても、王様だってのも度外視できても、それだけは変えられないんじゃないか。
エルフの力は人には受け継がれない。エルフ族の中でも血の濃い王家に人間の姫を迎え入れることは、やっぱり他のエルフたちの手前難しいのかもしれない。
俺たちはしばらく話をして、それから城をあとにした。街で帰り際に食料を買い求める事になり、ハルさんが便利なものを教えてくれた。
エルフが使う携帯食でちょっとの水分で膨れる粥のもとみたいなものだ。
「水で戻せば粥になる。そのまま食べても腹にたまるビスケットさ。ただ食べ過ぎには注意しろよ」
店主はそう言って笑った。
見た目は確かにビスケットだ。これ一つでお腹いっぱいになるなんてすごい。コウはちょっとだけ味見して、それから納得したように頷くと二パックも買っていた。あれなら固パンをいくつも持ち歩いたり、毎回水と粉で作って焼くよりも荷物にならなさそう。
ここから南の地区を回って、それから王都まで帰るんだったら、妖精国の森を抜けたとしても一週間はかかっちゃうもんな。
それから俺たちは荷物をまとめて宿を引き払い、馬を引き取りに行った。街の外れで馬番をしていたエルフが森に向かって口笛を吹くと、森の中から俺たちの馬が帰ってきた。
「すっげ……」
近づいてきた馬を見て、シマが呟いた。
え、何が? 思わず俺はみんなと馬を見比べた。シマ以外はあんまりわかってない感じ。
「全然、違うじゃんか。これがこいつらの本当の姿?」
裸の馬の鼻面を撫でながらシマが言うと、エルフは満足そうに笑った。
馬の違いなんてほとんどわかんない俺でも、そう言われて俺が乗ってきたヤツを見上げると、クルスダールの街で購入した優しいだけの馬が何だか……高級になって帰ってきた感じがした。活き活きとしてるって感じかな。
「姿は本来の心を写すよ、野生に近ければ余計に。彼らは生まれも育ちも人の間だったのだろうけど、ここで自然に触れて心が現れたんだろう。もともと心根のきれいな馬たちだったがね」
エルフはにこにこしながら俺たちの鞍を用意した。
それってやっぱりシマの見る目があったってことだよな。俺たちは自分の馬に鞍を付けた。まだ俺には自分で鞍をつける事は出来ないので、エルフが手を貸してくれた。
「そしたら、」
「キヨリン、僕たち見えないとこ行ってようか?」
ハルさんを振り返ったキヨにハヤがそう声をかけると、キヨは不機嫌そうにガンくれて、ハルさんはあははと笑った。キヨは小さくため息をついてからハルさんに向き直る。
「一緒に来てって可愛くお願いしてくれたら、一緒に行くけど」
キヨが口を開く前にハルさんがそう言うと、キヨは驚いたように目を見開いた。
キヨが可愛くお願いとか、想像できないけど……あ、カナレスの時のギャップ萌えってヤツか?
「だから俺が可愛いとかねぇってば。一緒に来てくれたらって気がしないわけじゃないけど、とりあえずコレがクリアにならないと、ハルチカさんの力いろいろ使ってもらいたくなるかもしんないし」
「ヨシくん、人使い荒いのはほどほどにね」
キヨはそう言われると、とぼけるように眉を上げた。ハルさんはそれを見て呆れたように小さくため息をついたけど、それから笑ってキヨの頭を撫でた。
「そしたら、またね。いろいろこんがらがってるけど、すっきりしたら話して」
「うん……話は聞きたいのにハルチカさんが同行しないのって、なんで?」
え、それって王都には用がないからじゃなかったのかな。ハルさんはちょっとだけ「うーん」と言って考えるように視線を外した。
「そうだな……俺がヨシくんを占領してたら、みんないつまでもクリアできそうにないし」
「ちょ、それだけは!」
「チカちゃん、気持ちはわかるけど、それだけは勘弁して!」
「キヨが考えてくんなくなったら、俺たち路頭に迷うよ!」
「キヨくんも考えらんなくなりそうじゃね」
コウの突っ込みにみんなきゃーきゃー言って騒ぐ。当のキヨは何だか赤くなって、拗ねるみたいに違う方を向いていた。
っつか、勇者自ら路頭に迷うって言い切っちゃっていいのかっていう……ハルさんはあははと笑ってキヨに向き直った。
「まぁそれは冗談として、ホントはヨシくんが考えて隠したりしてる事とかまで、全部知りたくなっちゃうから、かな」
キヨはそれを聞くと、ちょっとだけきょとんとしてそれから小さく息をついた。何だか、それじゃしょうがないって言ってるみたいだった。それってキヨはまだ何か色々隠してるってことなんだろうか。
「そしたら、行くから」
ハルさんはもう一度微笑んで頷くと、キヨの頬に触れてちょっとつまんだ。
「あと浮気しないように」
「してないってば、俺そんなにモテねーって」
キヨは笑ってハルさんから離れると、馬に飛び乗って俺たちと同じく馬を南へ向けた。
「チカちゃん、じゃーまたねー」
「ハルさん、元気でねー」
めいめいに手を振る俺たちにハルさんは手を振って応えた。キヨは手を振るみたいに左手のブレスレットを揺らして見せ、ハルさんはそれを見て微笑んだ。
ハルさんは俺たちが見えなくなるまで街のはずれから見送ってくれていた。
「いつもながらあっさりだね」
コウがチラッとキヨを見て言った。珍しくコウが突っ込んだので、キヨは怪訝な顔で小さく息をついた。
「キヨリンって忠実系の割りには、こういうトコあっさりなのって何で?」
ハヤに問われてキヨはうんざりした顔で「はぁ?」と言った。
「忠実系って何だよ」
「だってキヨリン、チカちゃんに尽くしてそうじゃん。忘れ物とか届けそうだもん。ほら、ハルチカさん忘れ物。わー! ヨシくんありがとー! みたいな」
シマとレツも、コウまで「ありそー!」と言って笑った。
うん、何かすごい想像つくわ、それ。ハルさんってちょっと天然っぽいし、あのほわほわした感じだとまさにそんな感じ。
キヨは何だか難しい顔をしていたけど、否定は出来ないみたいだった。
俺たちは妖精の森を抜けて南へ行くつもりだったので、その間はモンスターも出ない安全な旅だ。
南の地区ってのが妖精の森を抜けてからどのくらい遠くになるのかわからないけど、エルフがあれだけ気にしてない事を考えると森から出てすぐってわけじゃないんだろう。それを考えるとゆっくりしていられない。
結局、何の障害もないのをいいことに、俺たちは馬を飛ばしてその日の夜までに妖精の森のはずれまでたどり着くと、安全を優先させて森の中でキャンプした。モンスターの脅威もないから一応結界は敷いたけど、まるで宿に泊まってるみたいに見張りも立てずに眠ることが出来た。
翌朝も早くに起きて更に南へと馬を走らせた。森の近くのモンスターは弱いものだったから、キヨの魔法やシマのモンスターですぐに片がつく。
森を出るとすぐ街道があった。妖精の森を迂回して東西に走る街道には、家財道具を積んだ馬車で進む人がたくさんいた。こんなに……
「いったいどれだけの範囲に避難勧告出されてんだ」
シマは馬上から見渡して言った。
明らかに、この前王都に入ろうとしていた人たちよりも多い。それじゃ全然解決してないっていうより、むしろ悪化してるってこと?
俺たちはそのまま街道を突っ切って南へと進んだ。誰にも急かされていないのに何だか休むのすら惜しむように馬を走らせた。
森と街道を離れるにつれ、だんだんみんな無口になっていく。黙々と馬を走らせ、黙々とモンスターを倒す。……何だろ、この胸騒ぎ。
「だいぶ来たな」
コウは棍をくるっと回すとゴールドをキャッチして、誰に言うともなくそう呟いた。
この辺は丘陵地帯だから、見晴らしがいいように思えるけど大きな丘を越えないとその先は見えない。妖精国の森も街道もとっくに背後の丘に隠れて見えなくなっていた。
馬が音を上げる前にハヤが回復魔法をかけ、何だかいつもの二日分くらい飛ばした気がする。そろそろ日も落ちる時間だ。
「そっちはどうだー?」
シマは叫んで声をかけながら馬をひいて歩き出した。5レクスの境界が近いはずだから、あの丘からならその辺りが見えてるはずだ。
遠く先の丘の上からその向こうを見ているキヨは、声が聞こえたハズなのにこっちを見なかった。俺たちは何となく気になって顔を見合わせ、急いで馬に乗ると丘の上まで駆け付けた。
「なにこれ……」
丘の上からその向こうを見ると、みんな言葉を失った。なんだか力なく馬を下りる。
なだらかに広がる丘陵地帯に、何百という人たちがうごめいている。たくさんのテントが張られ、キャンプのように火が焚かれていた。
馬や、人が乗れるように鞍をつけたモンスターも人に引かれている。広いキャンプの向こうには土嚢が積み上げられていて、前線には弓隊が配備されているのが見えた。その向こうに隊列を組んだモンスターが土煙を上げている。
「……これじゃまるで戦争じゃんか」
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