第84話『意外と絶対的信用がある感じじゃねーんだな』
「結界が不安定になってる南の地区ってどの辺なの? ラスプーテモンより南?」
ハヤはシマの連れてきたモンスターに寄りかかって言った。
キヨは小枝で焚き火を突いている。俺はコウに回された食後のお茶のカップに口を付けた。
今日のご飯はオートミールみたいなトマト味の粥だった。粥だけで十分お腹いっぱいになるってのに、そこに青菜と煮戻した貝が入っているのだ。貝のダシが利いていて、あとから投入した青菜がシャキシャキの歯ごたえだった。コウって絶対シェフになれる。
「いや、話によると、ラスプーテモンより西らしい。だから妖精国の南に当たるのかな。結構な人間がその辺から逃げてきてるんだけど、ラスプーテモンとしては妖精国が間にある感じだから、まだ安全って気持ちがあるんじゃねーかな」
キヨが小枝を焚き火に放ると、一際明るい火が上った。
「しかし何でそんな事になっちゃってんだろうな。5レクスの結界が崩れるのが、王家の不安定だとしてさ。人間側としては、契約ちゃんとしてんのにどうなんだって言いたくなりそうだよな」
「でも国中に跨る結界だし、そんな事出来る人間はいないんだから、滅多なことは言えないでしょ」
シマの言葉にコウが返すと、シマはちょっと肩をすくめてモンスターにぼふっと寄りかかった。
今日のモンスターはたてがみがすごい、毛の長いライオンみたいだ。布団かソファーのつもりがあるから夜はいつだって毛長のモンスターを呼ぶけど、こいつのたてがみはバトルの時は針みたいに飛んでくるのに。
でも寄りかかってるレツを見ると、柔らかくてふわふわの毛にしか見えなかった。どうなってるんだろ。
「結界が不安定になると、どうなるの?」
ハヤは俺をチラッと見て、ちょっとだけ体を動かして座り直した。
「5レクスの結界が僕とかが扱う普通の結界と同じだとして、強い魔術師の敷く固い結界が厚手のカーテンだとすると、弱い魔術師の脆い結界ってのは透けて見える薄いカーテンって感じ。たぶんだけど、5レクスの結界ってモンスターにとって目くらましと倦厭の二つの結界を混ぜたような働きがあるんだと思う」
「倦厭?」
ハヤはカップに口を付けながらレツの言葉に頷いた。
「5レクスの外側にいるモンスター全部の侵入を防ぐにはかなり強固な結界にしないとならないから、モンスターに近づきたくないと思わせる程度の結界にしてると思うんだよね。だから結界付近の内側には時々5レクスの外のモンスターが出現する」
そうか、それなら境界付近に強いモンスターが出現するのも納得がいく。
彼らの生活圏は5レクスの外側だけど、結界を越えて中に入って来る事は不可能じゃないんだ。鈍感だったら越えちゃう事も可能と。
出来れば強い結界で全てのモンスターを排除してくれれば人間にとって平和な国になるのかもしれないけど、そしたら俺たちはゴールドを稼げなくなる。そこに負うところはかなりあるから、一切モンスターのいない国になるのも困る。
「モンスターを近づけないようにしながら、その上で、結界の内側に美味しい餌があるのに気付かせないようにしてる。それは単なる目くらましで、中に捕食対象の人間がいないように思わせてるんだと思う」
捕食対象って言われると、何だかすごい怖い……でも実際モンスターが人間を襲うのは本能だもんな。
俺たちは今まで無傷とまでは言わないながら、それでもここまで無事に旅を続けてきているけど、今この瞬間にだってモンスターに食われちゃってる人だっているんだ。この世界で人間は生態系のトップに立っていない。
剣士も魔術師も獣使いだっているけど、モンスターを全滅させるには足りない。モンスターは種類も数も圧倒的過ぎるのだ。
「じゃあ、南のその辺りってのはここにいっぱい人間がいるよーってモンスターから透けて見えちゃってて、しかもあんまりヤな感じしないから襲いに来ちゃうって事?」
「意外と絶対的信用がある感じじゃねーんだな」
レツとシマはそう言ってぼふっとモンスターに寄りかかった。
モンスターと仲良し過ぎるその体勢でそう言っても、あんまり説得力ないけどね。
「あくまで結界だからね。跳ね返すタイプの強い結界もあるけど、対モンスターと考えると逆効果もありえるんじゃないかな」
「逆効果?」
「やられたと思ったら、ムキになって襲いかかりそうじゃん」
あー、それは何となくあるかも。獣なだけに。
でも絶対的じゃないように思えるけど、境界を越えたら冒険者の印は壊れてしまう。だから冒険者は結構5レクスの境界を気にするって言ってた。
境界線自体は地面にハッキリ現れてないから、うっかり越えてしまう事はありそうだ。ただ境界に近づくと印が発光するから気付いて戻るんだと言っていた。
印さえなければ、境界の内側と外側に違いはないんだ。
凶暴なモンスターからかよわい人々の暮らしを守っているから結界は必要なんだけど、その境界を越えられる強さを持つ冒険者だけが境界を越えられない。
いや違う。結界を越える事は誰でも出来る。
ただ印を、レベルを守ろうとするから越えられないだけなんだ。じゃあ冒険を求めて、ギルド登録もこの国での生活も全て捨ててしまえるのなら、結界を越えられる?
……そう、なのか? 冒険だけを求めるのなら結界は俺たちを閉じ込めてはいないのだ。内側の人間はいつだって外に出ていく事が出来る。
じゃあ、なんでそんな結界にしたんだろう。何のために?
「……なんで冒険者は越えられないんだろ」
俺の呟きに、みんなは顔を見合わせた。
「俺たちは越えられるじゃん」
「じゃあ、なんで勇者一行は越えられるんだ?」
俺はコウの返答に更に質問を重ねた。コウは難しい顔をしてキヨを見た。キヨはコウの視線を受けて、小さくため息をついた。
「……じゃあ、お前が妖精王に聞くといい」
え、俺が?
でも俺がそんな事いきなり妖精王に聞いてもいいのかな……それに、確か結界を敷いたのは今の妖精王じゃなかったはず。以前からの契約をキープしている今の妖精王にもわかる事なのか?
キヨはそれ以上何も言わなかった。だからみんな今夜は寝る事にして、焚き火を小さくした。最初の見張りはキヨだから、そのまま彼だけが焚き火の側に残っていた。
俺は何となくキヨを気にしながら、モンスターの前足を枕にして横になった。
キヨは本当に冒険者と結界の意味を知らないんだろうか。
知ってるのに言わないのか、知らないから妖精王に聞くべきだと言っているのか、俺にはわからなかった。
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