第83話『恩返し出来るんだから、利子付けてたくさん返してやれ』

 翌日、俺たちは旅に出る支度をして宿を出た。

 王都はなんでも揃うけど値段も高く、ラスプーテモンまでの数日間のための食料程度だったら豪勢にするつもりもない俺たちには、微妙に買い物がしにくい感じだった。

 やっぱ都会より適度な田舎のが似合ってるって事なのかな……


 ラスプーテモンまでは街道が通っている。

 だからちょっと距離はあるけどほとんど安全な旅だ。もちろん街道とはいえ全くモンスターが出ないわけじゃないけど、それでも普段街道を外れて5レクスの外まで行くような俺たちにしてみれば、弱くて出てないも同然だ。俺たちっていうか、俺とレツ以外の仲間には。

 そんな安全な旅だからこそ、逆に馬を宿に預けて来ちゃってもよかったんだけど、なんかあった時のためにと馬で行くことになった。俺もレツも、もう普通に乗ってる分には何も問題はない。まだ立って戦う事は出来ないけど。


「っていうかラスプーテモンまで下る必要はないんだよな、途中まで行って西に抜けるか……」

 キヨは誰に言うともなく言った。

「え、キヨくんそれでいいの?」

 コウがそう言うと、キヨだけでなくみんなきょとんとしてコウを見た。

「なんで?」

「だって……ハルさん、ラスプーテモンにいるんでしょ?」

 あ、そっか! ハルさんがいたのがその街だったんだ。そう言えばキヨ、あの時エルフがどうとか言ってたっけ。


「いや別に……ハルチカさんがいるってのは、この際関係なくね?」

「全然関係なくないよ!」

「そうだよ、近くにチカちゃんいるなら会いに行くべきでしょ!」

 なんでそっちの二人が熱くなってんだ……っつかこないだ会ってたじゃん。


「会ってたって、それお城でチラッとでしょ。会った内に入りません」

「だよね、ちゃんとゆっくり会えないんじゃ溜まるばっかだよね」

「レツくん、お子様いるからね」


 コウが、ため息を付きながらハヤとレツに冷静に突っ込んだ。キヨは呆れたような顔でスルーしている。

「ここは勇者権限でラスプーテモンに寄っていくってのはどうよ」

 シマが言うとレツが嬉しそうに何度も頷いて、期待いっぱいの目でキヨを見る。

「いや、さっさと妖精国で片付けるもん片付けたいから」

 キヨがあっさりそう返すと、ハヤとレツとシマは「えーーー」と不満そうな声を上げた。


 ハルさんに会いたいのはキヨのはずなのに、なんでこうなるんだこのパーティーは。コウは苦笑してる。

 キヨは小さくため息をつくと、何となく真面目な表情で顔を上げた。


「それに……もし時間があるんだったら、結界がヤバいっていう南の方が見てみたいかな……」


 結界が不安定なところ!? それって王都の兵隊が防御に出てるっていう? そんな危険なところに、何しに行くんだ。

「そんなの見てどうすんの?」

 レツがちょっと驚いた顔でキヨに振り返った。

 キヨはちょっと考えるみたいに首を傾げたけど、しばらくして軽く首を振った。


「……わかんね。なんとなく、だな」

「あーそれなら、俺もちょっと気になるかな」


 シマが言うので俺たちはみんなシマを見た。でも気付いたらコウもちょっと頷いていた。


 何でそんな危険なところが見たいんだろう。もしかして、やっぱりちょっと困ってる人たちをほっとけないって気持ちがあるのかな。あんなにハッキリ人助けには興味ないみたいな事言ってたけど、やっぱり勇者の旅に参加するような人たちなんだし。


「まぁ、そんなだから、さっさと妖精国へ行って片付ける事片付けちゃおうぜ」

 キヨはそう言って馬に拍車をかけた。うわ、いきなりそういうテストとかずるい!

 簡単にあとを追うシマとハヤとコウを、俺とレツは必死に追いかけた。

 っつか、真っ直ぐラスプーテモンに行かないってことは、街道外れるって事なんだよな。そしたら安全なうちに時間短縮したいってのはあるか。

 俺たちは街道を行く人たちをぐんぐん追い抜いていった。




 午前中にエストフェルモーセンを出てきた俺たちは、街道に沿って結構飛ばしたから日が落ちる前に小さな集落を通り過ぎた。

 数軒の店と宿屋がある程度で、あとは地味な家々が街道沿いに固まっている。もともと妖精国までは宿に泊まらず野宿でサクッと行ってくるつもりだったので、俺たちはその集落をチラッと眺めただけで通り過ぎた。


 あんまりこういうところって見た事なかったな。それはひとえに俺たちが街道に沿って旅をしていないからなんだけど。前にあの鏡のモンスターの村に行く途中にあったのもこんな集落だったかな。

 そう言えば、商人なんかは馬車で冒険者を雇って街を行き来してるけど、歩いて旅する人たちってどうしてるんだろう。


「そりゃ、余裕があるなら冒険者を雇うだろうけど……街道を行くだけだったら、たまに遭遇するモンスターを何とか出来ればいいだけだし、逃げ足が速ければ一人で行っちゃうヤツもいるかもな。

 街道だったら一日行く程度の距離に、だいたい今日見た感じの集落ならあるんで夜は宿に泊まれるし」


 宿場っつーの? とシマは言って餌となる草の多いところに馬を繋いだ。え、走って逃げて何とかなるの。


「何とかならねーかもしんねーけど、そこはまぁ、自業自得っつーか」

 ……でも、お金に余裕がなきゃ無理なんだもんな。

 俺だってサフラエルに出てくるためには母さんの貯金をほとんど使わなきゃならなかった。そんな簡単に冒険者が雇えるとは思えない。


「いや、そうでもねーよ」

 シマは両手をはたくと、みんなの焚き火の方へと戻った。

「なんで? 乗合馬車だってあんなに高かったのに、冒険者雇うのが安いとは思えないよ」

「特別雇うんだったらね。でももしその冒険者がもともとそっちに向かうんだったら、ついででしょ」

 馬用の結界を敷きに来たハヤが言葉を継いで言う。それは、そうかもだけど。

「冒険者だって街道外れて冒険ばっかしてるわけじゃないよ。パーティーの契約って色々だけど、だいたいこのくらいの期間でどこかの街に着いたら解散みたいなのが多いから、遠くの街まで行って解散ってなったら、その後サフラエルまで帰ってこないとならないじゃん」


 ハヤは言いながら両手をふわりと広げた。途端にきらきら光る粒が馬たちを囲み、それが細い線に集まって地面に落ちると、ひときわ明るい光が走って間に魔法文字のような模様が浮かんだ。

 わざわざ結界を敷くのを見に来たレツが、傍らに座り込んでキラキラした目で見ていた。レツ、口開きっぱなし。


「そしたら、別の街で解散して元の街に戻ろうとする冒険者を、そっちの街に行きたい人が雇ったり出来るってこと? 格安で」

「まぁ、格安かどうかはその人次第だけど、僕たちなんかは時々そうしてたよ。街道だからもともと大したモンスターは出ないし。剣士とか居なくて僕だけだった時でも、目くらましの結界で何とかなっちゃうから、楽な仕事だったけどね」


 ただ、獣使いはあんまりそう言う時モテないんだよねーと言いながら、ハヤはレツを促して焚き火に戻った。そうなの?

「どっちにしろモンスターだからな。モンスターから守って欲しいのにモンスター使うんで、一般にはあんまりお近づきになりたくない人のが多いっぽくてなー」

 俺はそう言って苦笑するシマの隣に腰掛けた。

 たき火ではすでにコウが夕食の支度をしている。昼ご飯用のパンは別に取っておいて、硬くて圧縮したみたいなパンを鍋に投入した。


「問題はその後、そいつの本来の目的地まで契約延長してくれって言われた時だよな」

 キヨは鍋からお茶をカップに注いで言った。


 そうか、もともと戻る先があるから格安だったけど、そこから先は普通に雇わないとならない。でもきっと格安の冒険者を雇うんじゃ、最初からあんまり余裕のない人たちなんだろうな。

 それでもその先へ行かなきゃならない……


「上手く次のとこまで行く予定の冒険者が見つかるといいけどね」

 ハヤはキヨから鍋を受け取って自分のカップに注いだ。


 たぶんギルドでそんな冒険者を探すんだろう。余裕はないから、ちょうどいい冒険者が見つかるまで滞在している訳にもいかない。お金に余裕がなくても、それでもその先へ行かなきゃならない。

 俺はお茶の鍋を回すみんなを見ていた。


 ……お金に余裕がなくてもサフラエルまで出なきゃならない、サフラエルまで行ければ教会で祝福を受ける事ができる。そうすれば冒険者に、勇者になれる……


「なんだ? どうかしたか?」

「どしたの? 大丈夫?」

 ぼんやりしている俺に、シマとレツが声をかけた。


「……王都に戻ったら、俺のうちにお金送れるかな」


 俺の言葉に、ちょっと意外って表情でみんな顔を見合わせた。


「……ああ。でもお前の旅に必要なものを買ったら、まだそんなに残らないだろ」

「残らない、かもしんないけど、俺、サフラエルに出るのに母さんの貯金ほとんど使っちゃったんだ。ほとんど自給自足の村だし、普段からそんなにお金が必要になったりしないけど、それでも……」


 それでもあの貯金は家族にとって大事な貯金だったに違いない。


 王都のお城を見る事もない貧しい集落。あの時は俺の未来を開くために必要で、それだって正しい使い方って気がしていた。俺だって家族だ、だから俺のために使うのだって間違ってないはず。


 でも本当は違う。俺はあの時、何にも知らないままサフラエルに出てきたのだ。

 あのままレツたちがパーティーに入れてくれなかったら見習いにもなれず、もちろん何の訓練も受けてないから冒険者にすらなれなかったはず。

 古道具の剣を振り回してもモンスターを倒せやしない。セオだってそうだったじゃないか。

 働きながら学校に通う事は出来るかもしれないけど、無一文の人間を入学させてくれるかどうかわからない。


 俺は、運が良かったんだ。ここまで来られて、ここまでレベルを上げられて、ここまで稼げて。

 このパーティーには俺の訓練をしてくれる人が居る。ある程度安全を見極めた上で、俺のレベルを上げるために実戦を経験させてくれる人が居る。

 見習いになれても、俺の事まで面倒見てくれる人ばかりじゃないはずだし、ハルさんも見習いが参加出来ているの自体珍しいって言ってた。


 運が良かった。それは俺の実力じゃないし誰のお陰でもないけど、少なくとも母さんがサフラエルまで送り出してくれなかったら、掴めなかった運だ。


「そうだねぇ、レベルが上がれば稼ぎも増えるけど、剣だって高くなるから支出も増える。経験を積んだだけお金持ちになるわけじゃないけど、むしろだからこそ、少しずつ返すのもいいかもね」


 ハヤは両手でカップを持って、冷ましながら言った。みんなも何となく頷いている。


「恩返し出来るんだから、利子付けてたくさん返してやれ」


 シマはそう言って俺の頭を乱暴に撫でた。

 あ……もしかして俺、孤児のみんなの前で……でも、きっと必要以上に気を使わない方がいいんだよな。


 俺は頭をぐしゃぐしゃにされたまま頷いた。


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