第80話『R15でなくてもいいかな』

「ソッコーで出る必要があるのはわかるけど、何か納得いかないんだよね」


 ハヤは何だかぷりぷりしている。何が納得いかないんだろ。俺は後ろのハヤをチラッと見た。


「いつまでもあそこにいられるワケねーだろ」

「でもー! こんな即出てったら、僕すごい早いみたいじゃん!」


 何が早いんだろ……一応声をひそめてはいるけど、ハヤの憤慨っぷりはすごい。

 キヨは小さく笑っていて、コウは「R15」突っ込んだ。え、今のもそういうの?


「あそこの結界ってどんなんだったんだ?」

「その辺は問題ないよ、ちゃんと見といたし。魔法で逃がさないための防御の結界だったから、そこに触れないように上から目くらまし載せただけだもん。睡りの魔法は全く別だしね」

「手枷外しちゃったけど、それは平気なの?」

 コウが言うと、ハヤは肩をすくめた。


「あの地下牢で真っ向から手枷外して逃がせるって普通考える? 直接あそこに飛ぶとかしたら捕まっちゃっただろうけど、堂々と乗り込んでくるのには対処してなかったよ」


 看守もいたしね、とハヤは簡単に言った。その看守を軽く眠らせてたけどね。


 コウはハヤの着ていた服を着ていた。青が基調となった、袖のない何となく役人の制服っぽい上着。黒いシャツの上から羽織っている。手配書が出てるわけじゃないと思うけど、一応コウの見た目を変える必要があったからだ。

 ハヤは誰かのロッカーから拝借したと言っていた。裾がびらびらしているのでこれでバトルになったら戦いにくそうだな。


 そう思ってたら、キヨが螺旋階段の途中で立ち止まった。


「どうする、上には衛兵がいる。地下書庫を通って反対側に出るって手もあるが、そっちの状況はわかんねぇ。それにこっちの方が明らかに出口に近い」


 俺たちが入ってきたのはメインの城門だ。秘密の地下道以外だったら、出口はここしかないだろう。お城は断崖絶壁に建っている。


 俺たちは一度は捕まってしまったコウを晒して出るつもりはなかった。ハヤが目くらましをかけて、一気に駆け抜けるのが一番手っ取り早いのだ。

 でもそれには、最短距離を取らないとならない。ハヤの体力は完全に回復してないし、キヨにはそこまでの回復魔法がかけられないからだ。


「あの地下道使うにしたって崖下から戻るのは手間だし、逃げたのがバレんのは時間の問題だから、その頃には城の外の監視が厳しくなってるもんね」

「じゃ、最短で」


 キヨはそう言って螺旋階段を更に上った。

 俺たちはそのまま地上階と思われる扉に辿り着いた。キヨがちょっと離れて立ち止まる。それからチラッと俺たちを見た。


「R15でなくてもいいかな」

「大歓迎!」


 語尾にハートが飛びそうなくらい楽しそうなハヤの返答に、コウはため息をついた。っつか何する気なんだろう。

 キヨは俺を指で呼んだ。え、俺そのR15ってわかんねーよ?


「とりあえず出て、衛兵引っ張って扉から離れろ」


 え、だからあの、そのわかんないままやらせるのやめろって!

 でもキヨは俺を扉から押し出した。えええええ!


 俺が出ると、傍らに立っていた衛兵は俺を見下ろした。

「……ああ、お前は」

 俺は咄嗟に彼の腕を取ると、扉から少し離れるように引っ張った。

「おい! 何をするんだ、俺はあそこの警備を」

「警備なのに、なんで」

「……なんで?」


 なんでっていうか、俺がその後言う事決めてないんだけど! っつかマジで、どうすればいいんだよ!


 彼は俺の手から離れると、不思議そうに俺を見た。俺はどうしようもなくてオロオロと視線を彷徨わせた。


「お前が言っていた役人は先ほど帰って行ったぞ。何だか……まぁいいか。お前、荷物持ちじゃなかったのか。資料はどうした」

「だからっ、それが……」


 荷物持ちのつもりだったんだけど、それだって嘘だから、こういう展開になったら何て言うかなんて決めてないんだってば!


 俺は混乱して、何も出来なくて、何だか悔しくて涙が出てきた。みんなを無事にってシマと約束したのに、俺は何もできてない。


「ああ、お前、こんなとこに」

 声に振り返るとキヨが扉から出てきたところだった。何か……少しだけ赤い顔をしていて髪がちょっと乱れてて、服も微妙にだらしない。


 キヨは薄く扉を開けたままで服装を何となく直しながら衛兵に近づくと、俺を遮るように衛兵の前に立った。

「あの……すみません、ちょっと、お願いがあるんだけど」

「君はさっきの」

 キヨは頷くと衛兵の視線を扉の方から外すように回り込んで近づいた。


「俺がここに来た事、他言しないでくれませんか」


 衛兵は怪訝そうな顔でキヨを見た。キヨは小さくため息をつく。

「わかってます、変なお願いだって事は。でも……あなただって、あの人に逆らえる階級にはいないでしょ? 黙ってるのが一番安全なのはあなただって同じはず」

 キヨは言いながら軽く自分の肩を指さして階級の事を示した。それから俺をチラッと見る。


「こいつ……俺たちのこと見ちゃったみたいで、まさかついて来てるなんて思ってなかったから……」


 キヨはそう言って服の前をかき合わせ、少し赤くなってばつの悪そうな顔で視線を落とした。


 怪訝な顔をしていた衛兵は、何かに思い至ったような顔で驚いてキヨを見、それからマジマジとキヨの顔を覗き込んだ。

 キヨはそれをちょっと拗ねたような顔で見て、何だか紛らわすみたいに髪を整えた。

 ……あ、もしかして……?


「それで、黙っててもらえます?」

「あんなヤツなんか、仕事なくなっちゃえばいいんだ。やらしいヤツ」


 俺が言うと、キヨは俺に振り返って「こら」と頭を軽く叩いた。

 やっぱり、これで当たりなんだ、R15つってたもんな。あれ絶対そういう意味だろ。


 キヨはちょっと赤くなっていて、それを衛兵は面白そうに見ていた。自在に顔を赤くするってどうやるんだ。

 キヨは彼の腕をちょっと引っ張って、さらに自分だけに向けた。


「もうわかってんでしょ? お願いします。それに俺、この下に地下牢があるなんて知らなかったんだ。書庫で何してたなんて言えるわけないし、変な疑いかけられたくない」


 キヨはそう言って祈るみたいに両手を合わせた。

 っていうか、こんな時まで嘘言わないんだな。ここに地下牢があるとは知らなかっただろうし、書庫なんか行ってないから何してたとは言えない。ぎりぎりホントの事ばっかだ。

 衛兵はにやにや笑ってキヨを見た。


「だからここの小塔は使うなって言ったんだ」

「もう遅いよ、お願いします。あなただって、たまにはちょっと危ないことしたいって思った事あるでしょ?」

 キヨがそう言ってすがると、衛兵はにやにや苦笑してしょうがないなといった風に頷いた。キヨは安心したように笑った。


「ありがとう! 恩に着ます。あなただって囚人がいる地下牢への小塔へ、簡単に通したとバレたらかなりヤバイですもんね」


 キヨは罪のない顔でにっこり笑って言うと、俺を促して城の出口へ向かった。

 キヨの後ろを追いながら振り返って見ると、青ざめた衛兵が扉に戻るところだった。


 散々下手に出ておいて、最後に落とす。プロのお仕事ってヤツか。


 俺たちは廊下を抜けて、細い別の廊下の物陰で待っていたハヤとコウに合流した。キヨが衛兵の注意を引きつけている間に扉を抜けたのだ。


 キヨの説得があったから、あの衛兵はあそこにキヨとあの男性が入った事も他言しないだろうし、ましてコウがあそこから逃げたとは言えないだろう。


「俺、何か今日はスゲー最低な人間になってる気がするよ」

「えー、キヨリンの本領発揮なだけじゃない?」

「ドSで地下牢でやんのが好きなヤツに溺れてて、その上職場で火遊びとかどんだけ」

「キヨくん」


 コウは律儀に突っ込んだ。

 でも俺もR15じゃないのに荷担したんだから、俺も大人の仲間入りだよな。


「お前はよくやった。リアルな演技だったよ、あの泣き顔。マジ、ヤバいとこに遭遇したガキみたいだった」


 俺はキヨの背中を叩いた。キヨってそういう事ばっかやってると、ホントに最低のヤツになっちゃうぞ!


 俺たちは入ってきた扉に近づくと、そっと物陰に隠れた。あ、封蝋どうすんの! きっと出る時確認するかもじゃん。


 キヨは胸元から手紙を取り出し、剥がれた封蝋の裏側を親指でゆっくり擦って、それからそっと押しつけた。

 キヨが指を離すと、まるで最初から張り付いていたかのように封蝋はきちんと手紙にくっついていた。なんで?


「火系の魔法。封蝋を薄く溶かして押しつけただけ」


 ……この人、ホントに犯罪者になっちゃったりしないかな。もう半分くらいそうだってのが、みんなの認識だったけど。


「俺とこいつはこれ確認させながら出る。注意がこっちに来るだろうから、そこ出るところから一気で」


 まだコウが逃げたのってバレてないみたいだし、普通に出てくわけにはいかないのかな?


「面倒は少ない方が」

 コウはそう言って服装を気にした。

 他人の服だとバレるってわけでもないと思うけど。それとも、何かあったら暴れるつもりなんだろうか。

 っていうか、動いてる人を目くらましとか出来るの?

「国家戦略レベルをバカにすんじゃないの」

 ハヤはそう言って俺の頭をぼんって撫でた。


「じゃ、宿でいいか」

「下手に立ち止まるよりはね」


 ハヤはちょっとだけ緊張した顔をしていた。やっぱり、難しい魔法なのかも。

 キヨは俺の頭を軽く叩いて促し、俺たちは城を出た。ただ出て行くだけならハヤも止められる事はない。入る事を許されたはずの人間だからだ。

 俺はちらちら背後を気にした。


「あんま見るな」

 キヨは前を向いて早歩きのままそう言った。でも、気になっちゃうよ!

 俺は後ろを見ないように、足下を見て歩いた。


「すみません」

 キヨが門の中で声をかけると、先ほどの男性が現れた。キヨは彼に話しかけながら、さりげなく隅へと寄せた。

「姫の言葉では問題は無さそうだと、ただ封蝋が剥がれただけではとの事で……」


 背後から追い抜いていくハヤの足が見えて、俺は思わず顔を上げた。


 ちょうど門番を過ぎようとするところで、門番が不意に上げた腕に当たった。

「あっ」

「おお、すまん」

 ちょっとだけ青い顔をしたハヤが咄嗟に俯いて顔を隠したその瞬間、俺たちの目の前にコウがうっすらと現れた。門番も怪訝な顔でそっちを見る。ヤバイ!


「うわあ!」


 俺は唐突に大声を上げてその場に尻もちをついた。

 門番とキヨは俺に振り返って見下ろした。キヨが視線だけで行き過ぎるハヤを追っていた。


「……どうした坊主」

「い、今……今おばけいなかった?」


 門番は一瞬緊張した顔をした。やっぱ見えてたんだ!

 でもそれから唐突に吹き出した。

「何を言ってるんだお前はー、そりゃこの城は何百年と経ってる建物だし、古い戦争も経験してるからな、何かいるかもしれないぞー」

 門番の笑い方は何だか嫌なものを追い払おうとしてるみたいだった。さっきのコウの影をおばけだと思った……かな?


「下らないこと言ってないで、行くぞ」

 キヨはそう言って俺を促した。俺はしぶしぶ顔で立ち上がると、門番に小さく会釈して城門を通り過ぎた。


 城門を出るともうハヤの姿はなかった。

 キヨは黙ってそのまま先を急ぐように歩き続けたけど、門からじゅうぶん離れたところで俺を見ないまま唐突に俺の頭を乱暴に撫でた。……褒められた、のかな。


 それから俺たちはあの乗合馬車をひろって、真っ直ぐ宿へと戻った。

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