第78話『……でもそれ、妄想なんだよな?』
「近くで待つ方がいいか、宿まで戻ってる方がいいか」
「連絡付けるとかになったら、宿のがいい気がするけどな。行き違いとかないだろうし」
キヨとシマは広場を外れた路地から城を見上げた。ちょっと探してみたけど、コウもハヤも城の近辺には居なかった。
だいたいお昼に大広間って言ったんだから、ハヤに関しては中で待っている可能性のが高い。聞き込みしてるハズなんだし。コウなら上手く逃げて外に出てるかと思ったけど、たぶん無事出られたなら、余計に城の近辺でうろついてはいないだろう。
「団長もコウちゃんも大丈夫かな……」
レツは心配そうに、まだ近くをきょろきょろしていた。
「団長なら別に待ってなくても自分で動けるだろうし、コウなら逃げるだけって伝えてある分テキトーに何とかするか……」
シマはその言葉に苦笑して同意した。それって信頼があるっていうのか無責任なのかわかんねーよ……
キヨはそれから、「とりあえず飯」とか言って歩き出した。レツも心配そうにしながらも着いて歩き出した。
「っつかキヨ、妖精国に行くの?」
「あ、悪い、レツの意向聞かずに決めて。何なら俺が行ってくるだけでいいんで」
「ううん、それはいいんだけど」
レツは言いつつシマを見た。シマものんびりしながらキヨに追いつく。
「むしろ目的だろ? 城内の聞き込みでわかった事ってなんなんだ?」
キヨはそれを聞くと両腕を組んでうーんと唸った。
「大した事はわかってねぇなぁ……まだ妄想の段階を出ないっつーか」
「それになんでハルさんが居たの?」
レツが言うと、キヨはチラッとレツを見た。
「まぁ、座ってから」
キヨは言いつつ路地を覗いて、めぼしい店があったのか道を曲がった。
俺たちはそのままキヨについて路地裏の建物の一階にあった酒場に入った。キヨは入り口付近でちょっとだけ店内を見回し、それから奥のテーブルを指差して店主に伝えた。
「で?」
注文を終えてテーブルに着くと、シマが両腕をテーブルに突き、乗り出すようにしてキヨに近付いた。
「酒ぐらい待てねーのか」
キヨはそう言って苦笑した。それでもちょっと座りなおしてシマに向き直った。
途中、店主が酒と食べ物を持ってきた時だけ口をつぐんだけど、キヨは端的にハルさんがあそこに居た理由と、集められていたみんなの情報の事を話した。
「……それってえーと、なんで?」
「知るかよ、そんなの」
レツに言われてキヨは笑った。するとレツはぶんぶんと首を振った。
「ううん、わかんないのはわかってるんだけど、キヨの妄想部分を聞きたいんだよね」
両手にナイフとフォークを握りしめてちょっと難しい顔で言ったレツを、キヨはグラスを傾けてちょっとだけ意外そうな顔で見た。
「……あんまり確実じゃないうちは話したくねーなぁ」
「でも今回、あまりにも漠然とし過ぎてねー? 何でもいいから妄想補完計画でやってかないと、動きようがねー気がすんだけど」
シマは言いながらフォークに挿したソーセージを頬張った。
今日のご飯は炭焼きセットみたいな豪快なランチだった。香ばしく焼いた肉汁たっぷりのソーセージと野菜、あとは山盛りのマッシュポテト。ここにも焼き色が付けられている。バターたっぷりで焼き色が香ばしい。
「でもわかった事ってあんまり無いよね? 俺とかもみんなの情報が集められてるってわかって、そっちの事ばっか考えてたし」
「お前はなんで知ったんだ?」
シマがソーセージを口元まで持っていったところで止めて聞いた。
「ハヤの知り合いが居たんだよ。学校の時の知り合いでシェルヴェイっていう。その人が何気なく話したんだ」
するとシマとキヨは難しい顔して同時に首を傾げた。この二人は覚えてないのか……この辺がモテと非モテの違いっぽいな。っていうかレツなんかまるっきり他人事みたいな顔してるし。
「勇者が集められてたのは試験じゃなくて占いの結果ってのは、第一問クリアになるのか?」
シマがそう言ってキヨを見た。キヨは呆れたように眉を上げた。
「え、でも占いだけじゃないよね? お告げのためでしょ?」
「なんだそれ、聞いてねぇぞ」
あれ、話して……そうか、あれってコウと俺しか聞いてないんじゃん。
「えーとね、キヨと会う直前に隣の部屋に隠れてたんだけど、そこでなんか偉い人たちの会議みたいのやってて、そこでそう言ってたんだ」
同じお告げを複数の勇者が受ける事はないとか、俺には初耳の事も話してたっけ。
「お告げを勇者に受けさせるため……」
「そんなに上手くいくかな?」
レツの言葉にキヨは肩をすくめた。
「いかないと思う。もし本当にこの混沌が一つ事に留まらないんだったら、逆に部分的なクリアじゃ収まらないだろ。むしろ収拾がつかなくなる」
あれ、ダメなのか。偉い人たちの苦肉の策もばっさりだ。
「俺たちの情報が集められていたのは、卒業以来ずっとなんだから今回の事には関わってない気がする。付属的に今わかっちゃった事ではあるけど、たぶん俺たちがサフラエルを拠点にしている間しか報告できなかったはずだ。だとしたら、今はもうその情報は上がってない」
そう言えば、ハルさんも5レクス越えの冒険に出る前までしか上げてないって言ってたっけ。
「でも、だとしたらなんでだ?」
シマが聞くと、キヨは苦笑しながらグラスを傾けた。
「どっちかにしろって。同時に追っかけたら混乱するだろ」
シマは「だよな」と言って笑うとグラスを傾けた。
結局、勇者を試験と偽って王都に集めたのは、占いに出た運命の勇者を探しつつ、お告げを受けさせるためだったんだ。あれ?
「じゃあ……結局、見せたかったお告げってなんなんだ?」
シマとレツは両腕を組んで、うーんと唸った。
「思い付くのは、南の結界が不安定になってるってヤツだな」
「兵隊まで出してるんじゃ、被害もいっぱいあるのかもしれないよ」
……でも兵隊が出てるのに、勇者がお告げ受けて何とかなるのかな?
俺がそう言うと、レツとシマは顔を見合わせた。
「だって勇者が兵隊率いてモンスター撃破とか、あんまりイメージじゃないと思うんだけど」
「やれっかもしれねーだろー」
俺が言うとシマは笑って俺の頭をぐしゃぐしゃ混ぜた。ええええ、レツがー?
「俺だってがんばればできるよ!」
「まだ馬乗って剣抜けないじゃんかー」
俺の言葉にレツは思いっきり唇を尖らせた。
ああ、でもシマなら出来るのか? するとシマがきょとんとして俺を見た。
「なんで?」
「え……なんでだっけ。あれ、誰かが言ってたんだよ。えーと、あ! シェルヴェイが」
そうそう、今そんな状況だからシマが必要なんじゃないかって言ってたんだった。でもおかしいな、シマは獣使いだから兵隊とか関係ないのに。
するとシマは怪訝な顔をして、それから口をつぐんだ。
「どんな兵隊が出てるのかな……」
キヨは小さく呟いた。
え、それ……もしかして、獣使いの兵隊だったりするのか?
「実を言うと、試験の時に見たモンがあるんだ」
シマは小さくため息をついて話し出した。俺たちは黙って続きを待った。
「あの競技場みたいな建物あっただろ、あれ、実はモンスター牧場だったんだよね」
「モンスター牧場!?」
俺とレツは同時に言った。シマは小さく息をついて応えた。
「ああ、獣使いの試験のためかと思ったけど、どうやら違うみたいだな。たぶん王都には獣使いの兵隊がいるんだ。そのためにモンスターを飼ってる。あいつらはあそこで生活して、有事の際には引っ張り出されて、否応なく同族と戦うんだな」
シマは何だか寂しそうに、そう言ってグラスを傾けた。
シマだって獣使いだから、バトルや旅の間にモンスターを手懐けて敵モンスターと戦う。もちろん同族ではあるんだけど、決定的に違うのは、シマはバトルが終わると彼らを自然に帰すのだ。いつだって、彼の声を聞いてくれた時だけお願いするんだ。
だからシマが飼われているモンスターに同情したとしても、おかしくない気がした。卒業試験のウサギを逃がしちゃった事を考えても、シマってそう言うの苦手そうだしな。
「……でもきちんとした環境で世話が出来る、とも言えるよ」
シマが世話するんだったら、きっと試験のウサギみたいな事にならないはずだ。俺が言うと、シマはちょっとだけ笑った。
「まぁ、それはそれとして! で、妖精の国に行くってのは、なんのためだ?」
シマは話を打ち切るみたいにそう言った。キヨはグラスに酒を注ぎながらチラッとシマを見た。
っつか、キヨのご飯は減ってない。コウが居たら怒りそうだな。
「もう一個を調べるため、じゃ、足りないか?」
「足りないね。絶対それだけじゃないくせに」
シマはそう言ってニヤリと笑う。キヨはちょっと嫌そうな顔でシマを見た。
「だから確実じゃねーこと話すの苦手なんだって」
「だから妄想補完でやってかねーと動きづらいんだって」
楽しそうなシマと対照的に、キヨはちょっと首を傾げて面倒くさそうに息をついた。
「結界の不安定イコール妖精王家の不安定イコール人間王家の不安定」
キヨは言って机に残った水の跡を指で引っ張った。
「じゃあ聞くけど、不安定な王家って何だ?」
俺たちは顔を見合わせた。不安定な王家? うーん……俺たち三人は両腕を組んで考えた。
「……跡継ぎがいない、とか」
シマはちょっと考えてから言った。あ、それあるかも。
でも跡継ぎならいるじゃん。ローラン姫は健在だ。
「あ、でも妖精の王家がお姫様欲しがってるって」
レツはそう言って俺を見た。
あ、そうだ、そしたら跡継ぎが居なく……ならないか、ヴィト王子がいるんだ。人前には出て来ないけど。
「じゃあ跡継ぎがいないのは妖精国の方?」
それならあり得るのかな。だからお姫様を欲しがってるとか?
「ちょっと待って、それだったら、ローラン姫が妖精国に行けば全部丸く収まるみたいだけど」
……そうじゃん。レツの言う通り、ローラン姫が妖精国に行って王家を継いで妖精王家の不安定さが無くなるんだったら、結界も元に戻る。人間の王家にはヴィト王子がいるから不安定にはならない。
「いれば、な」
「どういう事?」
レツは小さく呟いたキヨを見た。
「あのお茶の時、俺はハルチカさんにお願いして城の中で一番結界の強いところに運んでもらったんだ。もちろん、それって王族の居住区だろうとは思ってた。でも降りたところは彼女たちの居住区とはズレてたんだよな」
俺たちはちょっと首を傾げた。だって、そんな完璧に狙ったところに飛べるもん?
「完璧に現れただろうが、図書室で」
あ、そう言えばハルさんキヨが見てる目の前に現れたんだった。そう言われるとすごいな! っつかそれだと……どうなるんだ?
俺たちは黙ってキヨの言葉を待った。
「だから、人前に出ない王子を、一番強い結界で護る意味って何かなと」
一番強い結界は、ヴィト王子の部屋に敷かれていたのか? でもあの時お姫様の部屋は廊下を行った先だった。あれが談話室だから寝室とかは別と言われたらそうかもしれないけど、でもお姫様が使う談話室が寝室からそこまで遠く離れているとも思えない。
「ヴィト王子は長らく人前に現れてない。それでも居ない事にはなってない。つまり生きてはいるんだろう。でも何かしら人前に出られない理由があって、彼の部屋は城で一番強い結界で護られている」
それが、人間王家の不安定の原因? ヴィト王子に王位を継承する事ができないから、それでローラン姫を手放せないのか?
「……でもそれ、妄想なんだよな?」
「妄想補完しろって言ったのはお前だろうが」
キヨはわかりやすく顔をしかめて見せた。シマはそれを見て笑う。
「でもそこまでわかってたら、妖精国に行く事はなくね?」
キヨはうーんと唸って天井を見上げた。
「まぁ、そこは……別件というか」
「お前、まだ話してないことあるのかよ!」
シマが裏拳を決めるとキヨは「あはは」と笑った。
「ああ、いたいた。おい、招集かかったぞ」
俺たちは声をかけられたのかと思って振り返った。でもそれはちょっと離れたテーブルにいた人間にかけられたものだった。衛兵っぽい格好をしている。休み時間だったのかな。
「なんだ、まだ時間じゃないだろ」
「いや、城に忍び込んだ人間が居たんだと。そいつが捕まったから、城内警備に人員を割かなきゃならなくなった」
ぼんやり覗いていた俺たちに一瞬緊張が走った。とりあえず地下牢に入ってるから巡回増やすだけらしいと言いながら、衛兵たちは店を出ていった。俺たちはテーブルを囲むように顔を近づけた。
「……コウちゃんか団長、ってことあるかな?」
「それ以外にあったら驚きだ」
この城に忍び込んで地下牢に入れられる人間が、どれだけいるのかわからないけど、こんなにタイミングよく同じ時に忍び込んでいる人間がいるとは思えない。
「当たり、と思ったけど、欲しいのはこんな情報じゃなかったんだけどなー」
キヨはそう言って苦々しい表情でグラスを煽った。どういうこと?
俺は何となく店内を見回した。ああ……もしかして、わかっててこの店にしたのか?
今になって気付いてみれば、この店、あちこちに城内で見かけた服装の人がいる。城内で働く人御用達の店だったんだ。そう言えばキヨ、店に入った時に店内を見回してたっけ。その上で奥のテーブルについたのか。
「どうする?」
シマに言われて、キヨは天井を仰ぎ見た。
「その一、さらに捕まる可能性をおして今から無理して助けに行く。その二、とりあえず一晩地下牢で我慢してもらって明日乗り込む」
「なんで一晩我慢すんの?」
「明日なら、ローラン姫から託されて妖精王に持っていく手紙を受け取りに行くって言い訳がたつ。まだ書き上がってなければ城に上がる事も許されるかもしれない」
「もう書いてあって門番が持ってたら?」
キヨは肩をすくめて「その時はその時」と言った。
「キヨのあの風の魔法でなんとか忍び込めない?」
「あれは強い風で運ぶだけだ。速くて目に付かないだけで姿が消えるわけじゃないし、壁を通り抜けるわけでもない。それに俺には結界を抜けられない」
そしたら魔法で地下牢に忍び込むのは無理か……もう一度あの秘密の地下道を使うって手もあるけど、今捕まえたばかりの囚人の監視が簡単に逃がせるほどゆるいとは思えない。
「……なんで忍び込んだのかって、拷問受けたりしないよね?」
レツはおろおろと、キヨとシマを見比べた。拷問なんて……
「一足飛びに拷問はねーだろ、まず取り調べからで」
「だってそんな正直に答えるわけないじゃん、コウちゃんが!」
だいたい答えようがないかもしれない。コウは聞き込み部隊じゃないし、だから余計に調べようとしてる内容を完全には把握してない。知ってしまった事はあるけど。
っていうか、正直に答えてもそれはそれで信用されるかわからないんじゃないか。勇者を集めた真意を探りに来たって言っても、城に忍び込んでまで知ろうとすべきものとは思えない。
「捕まったのが団長って可能性はあるかな?」
「……無くはないけど、低いな。役人に知り合いが居れば関係者と思われるだろうし、もしそれがバレても団長には目くらましの結界が張れる。相手が団長レベルの魔術師か魔導師でない限り、即逮捕にはならないだろ」
ハヤの魔法があれば隠れちゃう事は可能ってことか。だとしたら、ハヤが助けに行ったりしてないかな。
「団長が出来るのは目くらましで近づくところまでだな。牢を開ける事はできねーだろうし。もしコウちゃんが怪我してたらその治療はできるかもしんねーけど、それだって監視が詰めてるうちは無理だろうな」
シマの言葉ももっともだ。監視の目の前で囚人の怪我が治ったら、明らかに誰かがいるって言ってるようなもんだ。っていうかコウがチートみたいでちょっと怖い。
「やっぱり、明日?」
俺が言って見回すと、キヨとシマはちょっと難しい顔をして見合った。
「……でも、やっぱ心配だよ、明日まで待てないよ」
レツがそう言うと、シマとキヨは同時にため息をついた。たぶん、レツがそう言うとわかってたんだ。それにきっと、二人も同じように思ってる。
「……しょうがねぇ、行ってくるか」
キヨはそう言ってグラスを空けた。え、何とかなるのか?
「明日行くって言い訳を今日する。明日の出発が早くなりそうなんで、朝取りに来れないからとか」
「さっきの今で手紙なんて書いてるハズなくね?」
「ないだろうな。だから乗り込める」
この人はあっさりと……まぁ、入れないとそれはそれで困るけど。
「それでも今すぐ地下牢には近づけないかもしれないな、監視の目もあるし場所もわかんねーし。取り調べにしたって即開始するかどうかわかんねぇ。どっちにしろ、しばらくはコウに耐えてもらわないと」
キヨはそう言って立ち上がった。
「宿に戻ってて。ぞろぞろ行ったところで怪しいし」
「でも入り込むのはいいけど、どうやって助けんの?」
「その辺は行き当たりばったりだなー」
心配そうに見上げるレツに、キヨはそう言って肩をすくめた。
そんなんで何とかなるんだろうか……でもこういう事になったら、街中でモンスターを呼べない獣使いのシマや剣士のレツには何も出来ない。魔法が使えるキヨじゃないと。
「……みんな捕まっちゃうとか、ないよね?」
「ならないように祈ってて」
キヨはそう言ってレツの頭をぼんっと撫でると、そのままテーブルを離れた。俺は複雑そうな表情のシマとレツを見た。キヨだけのがきっと動きやすいし、何かあった時に言い訳がたつとは思うけど、でも、
「……俺も、行ってくる」
シマとレツは驚いた顔で俺を見た。
「さっき忍び込んだ時も、誤魔化すのに俺みたいな使用人みたいのがいた方がいい時があったんだ。ただ城の地下牢に忍び込んで暴れて出てくるんだったら俺は絶対足手まといだろうけど、出来る限り荒らさないんだったら誤魔化せるのが居た方がいいかもしれない」
これは本当の事だ、大体俺は使用人のフリで二回も役に立ったじゃないか。シマはチラッとレツを見た。それから小さく笑った。
「……おう、行って来い。ただし、無事みんな連れてくるんだぞ」
俺はレツを見た。レツはちょっと難しい顔をしてたけど、意を決したみたいに頷いた。
「みんなを助けて」
俺は頷いて、それから店を出てキヨを追いかけた。
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