第77話『この国を救う運命にあると』

 目を開けたら、全く違うところにいた。

 前みたいに吹っ飛ばされる事もなく、俺はハルさんに腕を掴まれたまま見知らぬ廊下に立っていた。

 何だか重厚そうなタペストリーが壁に掛かった、分厚い絨毯の敷かれた廊下。廊下の突き当たりの壁にはありとあらゆる種類の剣が、まるで元からそうやって飾る用だったみたいに綺麗な扇形にかけられている。下がっているシャンデリアも、さっきまでうろついてた廊下とは比べものにならないくらい豪華というか、凝った感じ。

 廊下に面した窓から見ると、やたら高いところから街を見下ろしていた。さらに目の前に別の塔の壁が迫る。もしかしてここって……


「ハルさん、どこに飛んだの?」

 ハルさんはちょっと諦めたようなため息をついた。

「……ヨシくんが言ってたところ」


 それってもしかして、一番結界の強いところ!? そんなトコ飛んでどうすんの!

 でもキヨは嬉しそうに笑っていた。

「ハルチカさんのこの手の力って絶対だと思ってたけど、あんな早く見つけるなんて、やっぱお城もなかなかやるね」

「そんな、ヨシくん買いかぶりすぎだって。魔導師が何人も詰めてるお城に、いくらなんでも個人が太刀打ち出来るわけないでしょ」

 でも弾かれる事なく侵入できてるんだから、十分すごいと思うんだけど。侵入を許してる段階で、結界の意味ないんだしさ。


「なんでハルさんはそんな風に結界を抜けられんの?」

 するとハルさんはちょっと考えるみたいに天井を仰いだ。

「何て言えばいいのか……」

「ハルチカさんの特殊能力だよ。同化の力あっただろ、あれの応用で物に施した結界を、施された物と同化する事で通り抜けられるすき間を見つけるんだ」

 ハルさんは「さすがヨシくん、説明上手」と言って手を叩いた。

 そしたら、ハルチカさんが結界抜けて飛ぶことが出来るのは、もともと備わってた癒しの力のお陰ってこと? そしたら尚更キヨに教えるなんて難しいんじゃん。

 それにしても、癒しの力のハズなのに使い方次第で情報屋だったり結界抜けだったり、いろいろ応用が出来るんだな。


 あれ、そう言えば癒しの力って白魔術だよな? でも移動の魔法ってキヨもやってたし黒魔術のハズ。なんでハルさんって両方出来るんだ?

「ハルチカさんは青魔術師レベルなんだ。だから両方使える」

 青魔術師レベル! そしたら……余計にカナ読めないってのが悔やまれるね。すごい魔術師になるかもしれないのに。

 でも吟遊詩人で人気があるからいいのかな。ハルさんはにこにこ笑っていた。


「それにしてもここって……」

「とりあえず、お邪魔しにいこうかな」


 キヨは廊下の両側を見てから、こっちと片方に目星を付けて歩き出した。っつか、どこ向かってんのかわかってんの?

「たぶんね」

 でもお城で一番結界が強いところなんだよね? そんなところに平気で出掛けていって何とかなるもんなのか? それにさっきの図書室から飛んだのがわかってんだったら、ここに飛んだのだってバレてるはず。そしたらすぐ衛兵が飛んで来ちゃうんじゃないのか?


「そう思ったら急げ」

 キヨはそう言って俺の頭をがしっと掴んで歩みを早めた。うわああ!

「ヨシくん、小さい子は大事に」

 ハルさんの言葉は嬉しいけど、小さい子ってのはちょっと……キヨはハルさんの言葉を聞いて俺の頭から手を離した。

 ホント、この人時々びっくりするほど乱暴だよなー……そう思って顔を上げたら、キヨは何かを見つけたような顔で立ち止まっていた。あれ?


「……レツ」

「キヨ!」


 そこには階段を上って来たレツが、何だか嬉しそうな顔で俺たちに近づいて来ていた。後ろにシマの姿もある。っていうか、何でこんなところに?

「あれ、っていうかハルさん?! なんでいんの?」

「んー、まぁ説明はヨシくんからしてもらって」

 ハルさんはそう言って苦笑した。

「っていうかそっちは?」

「俺たちは……」


 キヨの言葉に、シマとレツは何となく言いにくそうに背後を伺う。あれ……

「あの時の……」

 そこには、あの時大聖堂で会った女性が立っていた。色素の薄い金髪が、窓から差し込む光に輝く。え、この人お城のこんなところにいるってもしかして……


「レツ様のご友人ですか? もしかして、レツ様がここにいらしたのを追って来られたのですか?」

「はい、そうです。無事会えてよかった」


 キヨはにっこり笑ってまるっと口から出任せを言った。

 いや、嘘は言ってないのか、肯定したのが友人って事だけなら。無事に会えてよかったのも嘘じゃない。でもハルさんは何だか複雑そうな顔をしていた。


 女性は驚いた表情をして、合わせた手を口の前へ持っていった。

「まぁ、私がお二人を引っ張り回して城内を案内してしまったから、きっと追い抜いてしまったんですね、申し訳なかったですわ」

「いえ、お気になさらずに。迷わずたどり着けましたから」

 キヨが言うと、女性はにっこり笑って応えた。それから「ではこちらへ」と、みんなを促して廊下の向こうへ歩いて行った。

 っつか、俺たちも着いていくべき、なのか?


「ヨシくん」

 ハルさんはキヨの腕を取って引き留めた。

「俺、こういうの耐えられる気がしないから、行くね」

 ハルさんは小さな声でキヨに囁いた。キヨはちょっとだけ残念そうな顔をしたけど、それでも頷いた。

ハルさんは少し申し訳なさそうに笑って、キヨの頭を撫でた。

「ヨシくんたちのことだから、悪いことするつもりじゃないのはわかってるけど、やっぱこういうのはね」

「うん……」

「そしたら、またね」

 ハルさんは拗ねたような表情で手を上げるキヨに笑顔で応えて、光の粒に包まれて消えた。


 キヨは光の粒が消えるのを見届けてから、小さくため息をついた。それから踵を返して、俺に「行くぞ」と声をかけて歩き出した。

「ハルさんって……」

「苦手なんだ、嘘つくみたいなこと」

 あーやっぱり、何となくそういう感じだったな。そりゃキヨは口で何でも丸め込む感じあるけど。

 でもあれだよな、さっきもそうだけど、確かカナレスの時も嘘は言わずに言い方だけで逃げたんじゃなかったっけ。

「知らなきゃそうは聞こえないだろ」

 ……まぁ、俺もあの時そう説明されたから、嘘ついてないってわかったのだけど。


 俺たちは廊下を曲がって衛兵よりは軽装の、それでもたぶん家臣というよりは警護役なんだろうなって人が待つ扉を抜けて部屋へ入った。

 部屋は豪華だった。思ったよりも広くないけど、重厚な感じのする家具が並ぶ部屋。真ん中にいくつかの椅子とソファ、それから余り大きくないテーブルがいくつかある。これって何する部屋なんだろう。

「談話室」

 キヨが俺にだけ聞こえるくらいの小さな声で言った。つまりお話するためだけの部屋ですか……お金持ち感……


「今、お茶を出させますね」

 彼女はそう言って小さなベルを鳴らした。レツもシマも、居心地悪そうにソファに座っている。キヨはチラッと見回してからテーブル近くの手近な椅子に腰掛けた。俺もならって手近の椅子に座る。

「あれ、ハルさんは?」

「帰った」

 レツに言われて、キヨは何でもない事のように言った。うん、出口から出て帰ったワケじゃないけどね。俺は女性に聞こえないようにキヨに近づいた。


「キヨ、あの人……」

「わかんねーわけじゃないだろ?」

 じゃあ、やっぱり……あの人、この国のお姫様なんだ!

 そうだよな、お城の一番結界の強いところに住んでるんだし。っていうか、そしたらお姫様が勇者を探してたってことになるのかな?

 それにしたって、レツたちがいきなりここに居るのって何でなんだろう。俺たちが城に忍び込んだ後に何があったんだ?


 お姫様は俺たち全員の顔が見える椅子に、落ち着いた藤色のドレスをふわりと広げて座った。座るだけでも優雅な感じがした。

 そわそわ落ち着かないレツと、何となく居心地悪そうなシマと、あんまり興味無さそうなキヨと、何が何だかわからない俺を前にしてるのに、お姫様はにこにこ微笑んでいた。


 ノックの音がして召使いたちが現れ、俺たちの傍らのテーブルにお茶と焼き菓子を出していった。お姫様はやっぱりにこにこしていて、召使いが出すお茶にもお礼を言っていた。すると召使いの方も笑顔で応えた。

 ……そのやり取りって普通じゃ無さそうなんだけど。きっとこの人みんなに好かれてるんだろうな。


 お姫様は全員にお茶が行き渡って召使いたちが下がると、ちょっと姿勢を正してから促すみたいに手を差し出し、

「どうぞ、召し上がれ」

と言った。俺たちはおどおどしながらお茶に手を付けた。キヨ以外は。


「さすが王族の居住区ですね」

 キヨがそう言って辺りを見回した。

 え、家具とか部屋の事? お姫様も言葉の意図がわからずきょとんとしてキヨを見た。

「いえ、結界のことです」

「わかるのですか?」

 キヨはそれには答えずにっこりと笑った。


「ここにはご家族四人が暮らしてらっしゃるんですよね?」

 するとお姫様は一瞬だけ表情を硬くして、それから何とか微笑んだ。

 キヨは絶対気づいてると思うけど、家具や窓の装飾を堪能するような顔で全く違うところを見ながらカップに口を付けていた。


「それで、自分はうちの勇者がどういういきさつでローラン姫とお目通りがかなったのか存じませんが、お話いただけますか?」

 キヨはお茶を一口飲んでから言った。

 さっきの応対といい、明らかにいい人風味だ。ちょっとだけ普段の声より明るく、丁寧で親身な感じがする。いつもこんな人ならいいのにねー。


 お姫様はちょっと笑って片手を振った。

「そんな言葉づかいはよしてください。私もわがままでレツ様にここまで来ていただいたのですから、普通に……友達に接するようにしていただきたいです、あの……」

「キヨです」

「キヨ様」

 お姫様はにっこり笑ってキヨの名を読んだ。でもそういうお姫様がこんなに丁寧なのに、こっちばっかり普通とか難しい気がするんだけど。

 でもキヨはそれを聞いてにっこり笑った。いい人風味の笑顔。うわあ、珍しい。


「わかりました。でも俺たちの普段の会話はあまり姫には即さないと思いますし、自分もこの方が楽ですから過度な謙譲はしない程度にします」

 この方が楽って、それじゃキヨが普段からこんないい人風味みたいじゃん……

 でもお姫様はそれを聞いて面白そうに笑った。……俺たちの普段の会話ってどんなのだと思ったんだろ。


「えーと、そしたら、そうそう。レツ様をお呼びだてしたいきさつですね。うーん、何からお話したらいいのかしら」


 ローラン姫はそう言って両手でカップを包み込んだ。レツもシマもちょっとだけ、ソファから体を浮かした。


「国を挙げて勇者様を集めている事は知っていました。勇者様のうちのどなたかが、この国を救う運命にあると占いに出たそうです」

「占いに?」


 レツの呟きに、ローラン姫は頷いた。

「城に詰めている魔導師がそう見たと。それで国王は国中に御触れを出して勇者様をこの王都に集めたのです」

 占いで、俺たちわざわざ呼ばれたの? え、でも勇者を集めたのは試験だったハズ。やっぱり嘘だったのか? いや、それならもう知ってたか。


「でも王都には、試験があるからって集められたんだよ」

 レツはそう言ってチラッとシマを見た。シマもちょっと眉を上げて見る。

「……ええ、申し訳ないと思ってます。勇者様はお告げに従う者。いくら王都からの御触れでも、勇者様に対しては何の拘束力もない。だから、とにかく一度でもいいからここへ来ていただくために、苦肉の策だったのです」

 レツとシマはちょっと複雑そうな顔で見合った。

「でもそんな、とりあえず来るだけで何かあったのかな?」

 シマがちょっと恐る恐る聞くと、ローラン姫はちょっとだけ笑った。

「ええ、もちろん。勇者様が王都に集められれば皆さん安心されますし」


 いやむしろ不安を煽った気がしなくもないけどね、あの給仕の言葉を思い出すと。それからお姫様はちょっと申し訳なさそうな顔で俺たちを見た。

「ただ残念ながら、私は占いの勇者様がどなたか知らないんです。あの、占いですので……」

 え……そうなの? わざわざあの時も大聖堂まで来てたから、てっきり知ってて探しに来たのかと思ったのに。


「ええ、あの時は居ても立ってもいられなくて大聖堂まで行きました。でも私、その方の顔はおろか、名前すら知らないんです。でも……国を救う運命の勇者様なら、この国の王女としてもきちんと挨拶すべきだと思いますし……」

 ローラン姫はちょっと困ったような顔で、両手で包んだカップを覗き込んだ。

 でも誰だかわからないんだな……何か、真面目なんだろうな、明らかに天然だけど。


「じゃあレツを招いた理由って……」

 俺が思わず呟くと、姫はちょっとだけ赤くなった。

「それは……散歩の途中にあの時の勇者様をお見かけしたので、何か……お話出来るかと思いまして……それにどなたかわからないとは言え、皆さんを王都に招集した事に関してはご挨拶をと……」

 ローラン姫はそう言いながらカップに口を付けた。


 え、それじゃ単にレツの顔を覚えてたからって事? そんな理由で城に呼んじゃう?!

「あ、も、もちろん、レツ様だけをご招待したわけじゃありません! 他の勇者様も同様にご招待いたしました。ただ、もう王都を離れるという方もいらして、全ての勇者様にご挨拶できたわけではないのですが……」

 ローラン姫は慌ててそう付け加えた。別にレツだけが特別とは思わなかったけど、誤解されると思ったのかな。


 ローラン姫はどちらかというと可愛らしい見た目だし、にこにこ笑ったり困ったような顔をしたりと表情がよく変わるからとても若いように思えた。まだ十代にも見えるけど、たぶんもっと大人なんだろうな。大体この国の第一王位継承権を持つ人なんだ。

 でも散歩の途中にレツを見かけて、勢いで城まで招待しちゃうなんてちょっと子どもっぽい。そこもお姫様の魅力なのかな。


「……お姫様ってエルフなの?」


 初めて見た時、エルフだって思ったんだよな。透き通るような金髪で。

 ローラン姫はきょとんとしてから面白そうに笑った。

「この髪の所為ね、いいえ、違います。もともと金髪だったのだけど、何だか最近どんどん髪の色が明るくなってきていて、前よりもエルフみたいって言われるの。でも違うわよ」

 それから小さく「エルフだったら魔法で何とかするのに」と言って、カップに口を付けた。


「……姫は、この国を救うとは何を指していると思いますか?」


 しばらく黙っていたキヨが、そっと言った。ローラン姫は少し考えるような表情で、それからキヨに向いた。

「南で結界が不安定になっている事は知っています。それから、その防御に多くの兵を割かなくてはならなくなっている事も。私もこの国の王女ですから、王ほどに精通はしていなくても国事に関しては話していただいています」

 南の結界には、防御のために兵を送っているのか……

 俺たちは5レクス圏外の冒険もしてるから、外のモンスターがどんなもんか知ってる。でも兵を出さなきゃならないほどって、一体どの程度なんだ?


「では直接、その件に関して勇者が働くと」

 すると姫は少し首を傾げて難しい顔をし、それからゆっくりと首を振った。

「いえ、それは勇者様のお告げによると思います。私たちが意図的に勇者様を利用する事はできません」

 キヨはちょっとだけ視線を外して、小さく頷いた。


「でもそれだったら、国を救えるかわからないよ」

 レツが言うと、姫はちょっとだけ寂しそうな顔をした。

「ええ、そうですね……勇者様が国を救うと占いに出たからと言って、その勇者様に全てを託してしまうのは難しいと思います。勇者様の受けるお告げが何を指すのか、私たちにはわからないのですから」


 お告げはいつだって曖昧だ。受け取り方によっては、どうにでもなっちゃう気がする。ただ勇者がそれを正しいと感じられるかどうかで。


「それに結界って、妖精王の管轄なんじゃなかったっけ?」

 俺が言うと、ローラン姫はぴょこんと顔を上げた。顔を上げて、何だか困ったような顔した。え?

「……5レクスの結界って、妖精王が敷いてくれてる、んだよね?」

 俺は不安になってキヨを見た。キヨはちょっとだけ姫を気にしつつ頷いた。


「ええ、そうです。あの……妖精王はとても素晴らしい方で、私たちを守ってくださってます」


 ローラン姫は言葉を継ぐように言った。

 でもそれって契約だから……じゃなかったっけ。前の王様が人間の王家と契約を交わしたんだよね。それにキヨたちの言葉が正しいなら、妖精王が守っているのは人間じゃなくてこの世界の自然だった気が。


「5レクスの外はモンスターいっぱいだから、入って来ない方がいいよ」

 レツはローラン姫と同じように両手でカップを持って言った。

「レツ様たち皆さんは、5レクスの外へ出て冒険をされているのですね」

「勇者一行だからな」

 シマは簡単にそう言ってカップを置いた。ローラン姫は何だか眩しそうに俺たちを見回した。

「……素晴らしいですね、みなさんは人々のために尽くしている」

「そんなすごい事じゃないよ」

 レツはちょっとくすぐったそうに言って笑った。ローラン姫は温かい笑顔で応えた。


「妖精王も、人々のために尽くす勇者様がいらっしゃる事を喜ばしく思うでしょう。結界を敷いている甲斐があるというものですわ」

 姫は満足そうな笑顔で言った。

 そう言われると、そうなのかな? 人間が欲深く他者から奪う事にばっかり走らないで、こんな風に人のために働く勇者がいるのを、妖精王は喜ぶんだろうか。

 キヨは小さく息をついて髪をかき上げた。


「やはり妖精国へ足を運ぶべきなのかな……」


 ええ!? キヨがそう呟くと、俺だけでなくレツとシマも振り向いた。

 でも一番大げさに見たのはローラン姫だった。

「妖精国へ、行かれるのですか……?」

 キヨはちょっと目を伏せて肯定した。いや、初耳ですけどね、っつかレツもシマも驚いてるし。

「そうですね、何やら先が読めない状態ですし、南の状況を知るのもいいかと思います。妖精国でも何か掴めるかも知れませんし」

 キヨはローラン姫に向き直って、最上級にいい人風味の笑顔でにっこり笑った。


「何か言伝がありましたら、承りますよ」


 っつかキヨのそれ、普段のキャラ知ってるとすごい胡散臭いんだけど!

「言伝……あの、それでしたら手紙を書きます」

 ローラン姫は何だかちょっと照れたように俯きながらそう言った。キヨはそれを聞いて頷く。

「わかりました。では南へ立つ前に一度城に寄るようにします。門番には、お話を通しておいていただけるとありがたいです」

 ローラン姫はそれを聞いて何度も頷いた。


 それからローラン姫は俺たちにお茶のおかわりと焼き菓子を勧めた。俺たちはお茶のお代わりは断って、焼き菓子を食べ終わると部屋を辞することになった。

「よろしくお願いしますね」

 ローラン姫は立ち上がると、にっこり笑ってキヨに片手を差し出した。

「はい。お茶をありがとうございました」

 キヨはやっぱりにっこり笑って姫の手を取り、指先に唇を近づけた。

 あ、口付けないんだな……スマートな騎士風の動作。この人なんで色々こういうフリが出来るんだろ……


 っていうか、それみんなやるの!? そんな慣れた風にできないと思うんだけど! どどど、どうすんだ……

 レツとシマを見てみたら、レツもたぶん俺と同じような顔でいた。シマも何だか居心地悪そうにしてる。

 ローラン姫は顔を上げて俺たちを見回すと、ちょっとだけ面白そうに笑った。


「それではみなさんも、ごきげんよう」

 姫はそう言って、それから普通に小さく片手を振った。

 あれ、もしかしてすっごい空気読んでくれたのかな……お姫様に気を使わせちゃった気が……

 俺たちは小さく会釈して、口々にお茶のお礼をごにょごにょ言いながら部屋を出た。扉の外の衛兵が、何となく胡散臭そうに俺たちを見ていた。


「姫!」

 そこへ別の衛兵と、魔導師っぽい人が駆けつけてきた。うわ、捕まっちゃう!? 俺は思わずキヨの後ろに隠れた。

「何事ですか?」

 駆けつけた衛兵と魔導師は俺たちを怪訝そうに見た。ローラン姫は俺たちの前に一歩出ると彼らと相対した。

「この方たちは私の客人です。なんですか?」

「いえ……実は」

 魔導師は言いにくそうに俺たちを見た。そりゃそうだよな、一番固い防御の結界通り抜けられましたなんて、外部の人間の前では言えないだろう。


「それでは俺たちは失礼します」


 キヨはさらっとそう言って姫に会釈すると、俺たちを促して歩き出した。こう言う時ってキヨの強引さはありがたい。

 俺たちはそのまま誰にも止められずに城の入口まで到達した。分厚い城門。落ちてきたら怖そうな格子戸が頭上に浮いてる。ああ、そう言えば入ってきたのはここじゃなかったっけ……

 ぼんやり城門を抜けてから、俺は思わずキヨの袖を引っ張った。キヨは俺を面倒くさそうに見た。


「出てきちゃったけど……ハヤたちは、どうすんの?」

「あ」

 シマとレツはきょとんとした顔でキヨを見た。


 っつか、どうすんの!

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