第76話『この流れでそこ突っ込める立場ちがくね?!』
「ヨシくん、いつもあんな風にしてるの?」
ハルさんは少し不機嫌そうにそう言ってキヨに近づいた。キヨはちょっとだけ肩をすくめた。
「そうしないと来ないかと思って。でないと聞かせた意味ないじゃん」
それじゃ、あの時ブレスレットが光ったのって、やっぱ呪文使わないでハルさんと話す魔法使ってたんだ。ハルさんは俺とコウの間を通ってキヨの間近に立った。
お昼の時間になって、図書室にいるのは俺たちくらいなのかもしれない。時折木のきしむ音が聞こえる以外は、信じられないくらい静かだった。たくさんの本が音を吸収しちゃってるみたいだ。
「知らない方がいいかもしれない。知らずにいた方がいいことだってある」
キヨはさっき言った言葉を繰り返した。
ハルさんは視線だけちょっと落として、それからため息をついた。
「……怒ってる?」
キヨはちょっと考えるみたいに首を傾げた。
「どっちかっつーと、悲しいし寂しいかな」
「……ごめん、なさい」
ハルさんはキヨに触れようとして、何となく留まった。
「謝んなくていいよ、国からの指示なんだし断れるわけないじゃん」
キヨはあっさりとそう言った。
「うん……うん、それはそう、だけど……断るべきだった」
「ハルチカさんが断ったって、誰かが継ぐだけだよ。何も変わらない」
「それでも、俺が続けるかどうかが問題だから」
キヨは怒ってるようにも見えるけど、それだけじゃない。さっきの悲しいし寂しいって言う方が、たぶん近い。ハルさんがキヨに黙って、ずっと黙ってキヨの事を報告していたことが問題なんだ。
一番近くにいて一番大事に思ってる人が、一番大事な人の情報をずっと報告していたことが。
「なんでわかったの?」
「……データ、チラッと見た。必要最低限で個人的な事に移入しないような報告。あんなの、そこら辺の情報屋が上げるはずない」
やっぱり、ハヤが思った通りだったんだ。近しくて個人的データを提出したくない人。間違ってて欲しかったけど。
「キヨ、データ見れたの?」
俺が聞くとキヨは肩をすくめて肯定した。
「さっきの人が持ってたんだ。落とした書類を拾ってやったら、俺のデータが現れた。突っ込んだらヤバいかなって思ったけど、何かあの人の反応が普通じゃなかったんで」
「普通じゃないって?」
「慌て過ぎ。あのデータ持ってる事がバレたって感じで。データに近い人間ではあったんだろうけど、持ってたってより盗みましたって感じでさ。それならこれが俺の事だって言っても他言しないだろうなと」
それでキヨはあの人を上手く言いくるめて、他の仲間のデータも集めている事を聞き出したんだな。
「あの学校を卒業した有望な人材のその後の報告ってのが、国からの指示だった。単に仕事に就いてからのレベルだけじゃなくて、生活環境なんかもね」
ハルさんはそう言って髪をかき上げた。キヨはちょっとだけ眉間に皺を寄せて怪訝な顔をした。
「……それって、ハルチカさんに依頼があったの?」
「いや、情報屋界隈に出回ってきたんだ。ヨシくんの名前があったのに驚いたし、いつまでって期間もないから、他のヤツがヨシくんの事嗅ぎまわるくらいならって思って」
それならキヨの事よく知る人だからってハルさんを使ったわけじゃなかったんだ。ハルさんはスパイじゃない。むしろキヨの事探る他の情報屋から守ろうとしたんだ。
「……まだ続けてる?」
ハルさんは首を振った。
「ヨシくんたちが勇者の旅に出たところまで。それ以上追えたら、俺が特別ヨシくんと連絡が取れるってバラしちゃうからね」
「え、でもハルさんが報告上げてるって知らないの?」
するとハルさんは俺に向いてちょっと笑った。
「情報屋ってあんまり前に出るといいことないからね。いろいろ隠してるですよ」
そうなんだー……ハルさんはキヨに向き直って小さくため息をついた。
「いくら有望な人材の把握とはいえやり過ぎな気もしてたから、そこら辺は濁して提出してたんだけど」
「まさかの逆効果だし。取りまとめ役が俺に興味持つような焦らした報告しなくても」
あの男性は、キヨたちのデータの取りまとめをしていて彼らに親近感を持ったって言ってた。きっとハヤのデータとシマのデータを読めば、二人が重なる部分を読み取ることが出来たんだ。きっとそうやって、バラバラの報告からみんなが親しく連んだり離れたりしている様が読み取れたんだろう。
それはちょうど、楽しげな仲間たちを遠くから見守るのに似ている。決して近づかないけれど、ずっと彼らのことを知っている。
でもキヨの報告だけが何か隠されたように、必要最低限だけしか報告されていない。きっと動向その他はシマたちとも同じなのに、どこか深入り出来ないような。彼はその見えない部分を補いたくなったのかもしれない。
何だか疑似恋愛みたいだな、そこに本物のキヨはいないのに。もしかしたら、隠して報告したのがハルさんだから、そんな風に感じる報告になったのかもしれない。
キヨはハルさんに一歩近づいた。ハルさんはちょっとだけ不安そうな顔でキヨを見ると、ちょっとだけ目を伏せた。
「……ごめん」
キヨはそう言ったハルさんを伺うように覗き見て、それからちょっとだけ笑った。笑った?
「……前だったら、不安でボロボロになってハルチカさんと一緒に居られないとか思ったと思うんだけど、」
キヨはそう言うとハルさんの胸に手を置いて、それからグッと掴んだ。
「ハルチカさんが国の指示でこんな仕事してたのは、いつか俺とのんびり暮らすためにガッツリ稼ぐ手段だったんだよね? 俺とずっと一緒にいるために」
ハルさんは何だかちょっとだけ、慌てたような顔でキヨを見た。
「え、あ……はい、えーと、うん……」
「だったら、謝んないで。ずっと一緒にいて」
キヨはそう言って笑って見せた。ハルさんは何だか眩しそうに彼を見ていた。そんなハルさんをキヨは面白そうに覗き見る。
「……大事なことは隠しといてくれたんでしょ?」
「それはもちろん、誰にも教えません。俺のだからね」
「じゃあ許す」
キヨはそう言ってハルさんの胸元を離した。
ハルさんはその手を両手で取ると、しばらくキヨを見つめてからおもむろに腰を折り、「ありがとう」と言って手のひらにそっと口付けた。すごい紳士っぽくて、なんか格好良かった。
「それはそうと、ヨシくん、あの人と会うの?」
それを聞くと、キヨはちょっと驚いたように目を見開いた。
「ハルチカさん、この流れでそこ突っ込める立場ちがくね?!」
「それとこれとは話が別です」
ハルさんはそう言ってキヨの頬をちょっとつねった。
「えー、城の結界すり抜けてここまで飛んできたのって、むしろそっちの気持ちが強かったとか言わないよね」
そう言えば、ハルさんがすごい距離を飛んで来れるのって前に見てるからあんまり不思議に思わなかったんだけど、ここってお城なんじゃん! それなりの防御の結界が敷かれててもおかしくないのに。
でもハルさんはそこには何のツッコミもしなかった。そのくらい出来る人なんだろうか、カナが苦手でも。
「余計な事しないで、そういうのは王子に任せればいいでしょー」
得意なんだから! とハルさんは憤慨したように言った。
いや、そういうもんじゃないと思うんだけど……キヨを失ったら、うちの聞き込み部隊は大幅な戦力ダウンです……
「見習いくんが頑張ってよ、コウくんも!」
コウは唐突に振られてびっくりした顔で「お」とか言っていた。いや、聞き込みできない三人合わせたって、キヨに並ばないですよ……
「ヨシくんがそういう事しないって約束してくれないと、安心して帰れません」
「だから、そういう事なんてしたことないってば。ハルチカさんの妄想だって。さっきのはハルチカさんを呼び出すためだし」
「じゃあ会わない?」
「だって連絡先以前に名前だって知らないし、会いようがないじゃん。さっき書類拾ってやっただけの初対面だよ?」
え、だってさっきあんな気を持たせる言い方でまた連絡するって言ってたのに! あ、でも連絡するっつっても連絡できないからウソではないのか。この人ホント口ばっかだ……恐ろしい。っていうか失礼過ぎる。
ハルさんは何となく納得いかない顔をしていたけど、それでも諦めるようにため息をついた。
「ハルさんってどこから飛んできたの?」
ハルさんは俺を見て、それから柔らかく笑った。
「意外と近くに居てね、ここより南のラスプーテモンに居たんですよ」
「それって……エルフの……」
キヨが呟くと、ハルさんはちょっときょとんとした顔でキヨを見た。キヨは両腕を組んでうーんと言いながら天井を仰いだ。それから唐突に「あ」と言った。
「やべぇ、もう昼過ぎてんじゃん。お前ら、団長と一緒じゃなかったのか?」
「途中まで一緒だったよ。でもハヤがもうちょっと調べるからって。俺たちはキヨを探しに来たんだ」
そう言うとキヨはきょとんとして首を傾げ、「なんで?」と言った。
いやそれはハルさんがスパイかもっていうそのネタが俺たちも入手してそれで心配でっていうか……
「でもそれって結局、どういう意味なのかな」
コウがちょっとだけ他の棚を伺いながら言った。
「キヨくんたちを卒業時から追っかけてたワケ。才能ある人材のその後の報告って言ってたけど、いい加減卒業からずっと追っかけるってのはおかしくね?」
そんなに欲しいならさっさと呼べばいいのにと、コウは言って振り返った。キヨはちょっと肩をすくめた。
「おかしいな。それに卒業時から追っかけられてたのは卒業生だけじゃない」
「どういう事?」
キヨはハルさんをチラッと見てから言った。
「カマかけたら当たったんだ。集められてたのはうちの仲間、シマ、ハヤ、俺、レツ、それにコウの情報だよ」
「え……俺?」
「コウも……?」
コウは驚いた顔で自分を指さしたまま、俺を見た。
それって、将来有望な人材と違く……いや、違うとは言い切れないか、コウはキヨたちと並んで戦えるほど強くなってるんだから、実際には有望だったんだ。
でもその時はまだ自分ち店の手伝いをしていたんだし、武闘家の修業に出るのはもっと後だ。
それにレツなんか剣士として学んでいながら商人と同じ生活してたし、勇者の旅に出るまでレベルは0だった。それなのにコウやレツの情報も集めていたのか?
あ、それでキヨはさっきハルさんの言葉に怪訝な顔したのか。データを集められてたのは将来有望な人材と知られてる卒業生だけじゃないから。
……三人だけじゃなくて五人全員だったら、確かに読んでて親近感を覚えるような物語になっていたのかもしれない。この旅だけでも、こんなに強く繋がってるってわかる五人を、ずっと追いかけた報告なら。
「あの時、ヨシくん以外のみんなの分の募集ってあったかな……」
ハルさんの呟きに、キヨはちょっとだけ考えるような表情をした。
「国の中枢にはうちのファンクラブでもあったのか、ってシマなら言いそうだよな」
「俺たちのデータ集める理由って……なんだ?」
コウに言われてキヨはとぼけて肩をすくめた。
「別に悪いことしてねーのにな」
……そのセリフには、心からの同意は出来ないんだけど。これまでの旅を一緒にしてきて。
でも何か、色々わかってきたハズなのに、もっとわからなくなってる気がする。国がみんなの情報を集めていたのだってわからない。資格試験とか言って勇者が集められた理由もわからない。あ、いやそれには理由はなかったんだっけ?
「そしたらハルチカさんはどうするの? 俺たちと一緒に出る?」
ハルさんはちょっとだけ考えるように天井を見上げた。
「二度もやったらバレるかなって気はちょっとするんだけど、また向こうに荷物もほったらかしなので」
やっぱり城の結界抜けるのって容易じゃないんだ……じゃあハルさんはまたここから飛ぶのか。っつかさっき言ってたところってどの位の距離なんだろう。
「じゃあ、そろそろ行くね。他に聞きたい事、ない?」
「あったらその時聞くから大丈夫」
キヨはそう言ってブレスレットを示すように左手を振った。ハルさんはちょっと頷いて、俺たちからちょっと離れた。
「あ、やっぱもう一個」
キヨが声をかけると、ハルさんは少し不思議そうに振り返った。
「……ここの結界、触れずに飛ぶのってどうすんの?」
ハルさんはそれを聞いて、少し目を見開いた。え、だってキヨは俺たちと一緒にハヤの待ってる大広間に行くんでしょ?
「いや……ちょっと、借りたい本があって」
「キヨくん、借りパクはよくないよ」
「でも今すぐ全部読むとか無理だし。結界抜けられたら返しに来れるかなと」
ホントに返すつもりあるんだろうか……ハルさんは難しい顔をした。
「絶対返すって言葉を信じるとしても、こういう魔法を言葉で説明すんのは難しいんだってば」
キヨはそれを聞いて「だよねー」と言って天井を見上げた。一体何の本なんだろう。それに黙って持ち出すって事は、貸し出し出来ない本ってことでもあるような。
「あ、でも結界抜けて飛べるんだったら……」
キヨはぼんやりとそう言った。
「ハルチカさん」
「だめ」
ハルさんはキヨが何も言う前に否定した。え?
「まだ何も言ってないじゃん」
「ダメです、ヨシくん絶対良くないこと考えてるし! だめだめ、絶対だめだからね」
キヨは不服そうな顔をした。
いやでも、俺もよくない事考えてると思います。コウは思わずと言った風に苦笑していた。ほらね、みんなそう思ってる。
「……そんなに危険な事じゃないんだけど」
「でもダメに決まってるでしょ」
ハルさんは容赦ない。キヨにここまで言えるのって、やっぱハルさんだけかも。キヨはまだ諦めきれないみたいに本を眺める。
「じゃあさー、ここで一番結界が強いのってどの辺?」
結界が強いところ? お城でそれって、やっぱ王様が居るトコじゃないのかな。ハルさんはちょっと難しい顔をしたけど、諦めたように小さくため息をついて目を閉じた。探る、のかな。集中するみたいに軽く両腕を開く。
すると唐突にコウが体を翻して別の本棚へ走り、室内を伺った。
「キヨくんヤバイ」
キヨとハルさんも本棚の間から様子を伺う。通路付近に出てそっと様子を伺うと、明らかに図書室に仕事しに来ましたって感じじゃない人たちが現れた。衛兵……かな。何かを探すように本棚の間を覗きながら近づいてくる。
「バレちゃったかな」
ハルさんは小さく呟いた。ハルさんが結界抜けた事が?
っつかそしたら、どうやってここから出るの?!
「コウ」
コウはチラッと視線だけでキヨを見た。
「暴れないで出られる?」
「……一人なら」
キヨは小さく頷いて、促すように頭を振った。
そりゃ、コウ一人だったらいくらでも身軽に逃げられるだろうけど……
コウは了承したみたいに頷いて、それから音もなく本棚を上ると、やっぱり音もなく向こう側へ消えた。すごい……
「そしたらヨシくん、こっちはどうすんの?」
キヨは黙ってハルさんを見た。どうすんの? っつかもうすぐ向こうの棚まで衛兵が来てるんだけど!
「キヨ、ヤバイよ!」
俺は声を殺して言った。キヨはハルさんを見ながらちょっと首を傾げた。
「こっちは……ハルチカさん頼み、かな」
ハルさんは何だか呆れたような、明らかに嫌そうな顔をして深いため息をついた。いや、あの、のんびりしてる時間とかなくてですね……?
「もう……ヨシくん、この分はちゃんと返してもらうからね」
ハルさんはそう言うと、いたずらが成功したみたいな表情のキヨを引き寄せて、それからまだ本棚から衛兵を伺う俺の腕を掴んで引っ張った。え?
「ミストテファプラーセン」
囁くくらいの小さな声でハルさんが呪文を唱えると、金色の光が俺たちを取り巻くように渦巻いて、ふわりと体が浮き上がった感じがした。
キヨの時とは全然違って、そっと運ばれるみたいな魔法だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます