第69話『ちょっと行って片付けるってもんじゃないよおお!』

 受付の女性は何でもない事のようにそう言って、別の用紙を渡した。

 レツはちょっとうろたえながら用紙を受け取ると、そのままハヤに回した。

「はいはい」

 ハヤは苦笑して受け取ると、脇のインク壺から羽ペンを取ってさらさらと記入した。思った通りハヤは字がきれいだった。

 ハヤが記入した用紙をレツが受付に出す。受付の女性は記入された名前と俺たちを見比べた。


「一人足りないようですが」

「こいつは勇者見習いなんだ。見習いも試験対象?」

 シマが言うと女性は小さく頷いて書類に目を落とし、スタンプを押した。俺はやっぱり関係ない……よな。


「勇者以外の方の試験は別々に受ける事になります。試験会場はこちらです」


 そう言って受付の女性は別の紙を差し出した。レツが受け取った用紙を、みんなで覗き込む。

「試験時間は随時ですので、会場に着いたら係の人間に声をかけてください。勇者の方は大聖堂へ行って下さい」

「わ、わかりました」


 俺たちはチラリと目を合わせてから受付を離れた。

 そのままギルドを出ると、キヨがすたすた歩いていってしまうので、何となくみんなその後についていった。キヨはそのまま広場から路地へ入り、少しだけ周りを見回した。

「どうする、もう一度座るか?」

「食ったばっかだからいいだろ」

 シマがそう言うと、キヨはちょっと頷いて人通りのない路地に入り、そこでみんな立ち止まった。


「さて、試験会場はバラバラと」


 シマはもらってきた用紙を広げる。そこには各職業ごとの試験会場が地図と一緒に一覧になっていた。


「試験内容が職業内容に関わるんなら、どれも学校の教室でとはいかないだろ」

「黒魔術師と白魔術師は同じ会場だよ。魔術っても内容違わないのかな」

「試験用に敷かれている結界によるんじゃね? 勇者一行レベルの魔術師がテストして何があっても大丈夫な結界敷いたら、そんなに何カ所も用意できないだろ」

「そこら辺はリアルだね」


 あれ、もしかしてまだみんな試験に疑い持ってるのか? あんなにちゃんとしたギルドで、当たり前のように案内されたのに?

 俺はみんなを見回したけど、みんな試験会場の用紙を眺めて話に集中していた。


「団長がさっき記入したのって、名前以外になんだったの?」

「年齢、職種と出身地と登録ギルドかな」

 ハヤはさらりと答えた。聞かなくてもみんなのプロフィール覚えてるんだな。

「それくらいならギルドに問い合わせればわかる事だな……」

 キヨはそう言って考えるようにあごに手を添えた。どういう意味?


「どっちにしろ、これだけじゃどうしようもないな。面倒だけど、試験は随時じゃさっさと終われそうだし、片付けちゃう?」

 キヨはそう言ってみんなを見回した。ハヤはちょっと目を伏せて応え、シマはしょうがないって風に肩をすくめた。

 コウは驚いたようにちょっと目を見張り、レツはむしろ愕然としている。

 えーと、今、主席クラスとそれ以外で反応の違いがありましたけど……


「ちょっと行って片付けるってもんじゃないよおお!」


 レツはそう言ってシマの腕に取りついて揺さぶった。うん、そうだよね、普通そうだよね。

「あー、レツのは何やるかわかんないもんねぇ」

 涙目のレツの頭をハヤがぽんぽんと撫でた。いや、そういう問題じゃないと思うよ……コウは困ったように頭をかいている。たぶん、問題は試験内容じゃないよね、出せる成績だよね。


「まぁ、大聖堂って僕たちの試験会場行く通り道だし、途中まで一緒に行こ」

 泣きついてもどうしようもないし、レツは拗ねた顔で頷いた。

「そこから行くと、一番遠方なのはシマだな……もしかして、あの円形の施設じゃね?」

「コウちゃんもそっち方面っぽいな。そしたら二手に分かれるのか。っつーかこれなら俺たち、宿から直行のが近かったじゃん!」

 コウはそれを聞いて苦笑した。まぁ、でもそれはわからなかった事だもんな。


「じゃとりあえず、テキトーにって事で」


 キヨはそう言ってわざわざシマの肩を掴んだ。シマはおやって顔で見てから、ちょっと笑って頷いた。

 キヨは離した手を挙げて歩き出す。その後にレツとハヤも続いた。っつか俺はどっちに行けば!?

「お前、勇者見習いだからレツくんについてけ」

 コウにそう言われたので、俺は頷いてレツたちを追った。


「で、さっきのは?」

 ハヤは俺が追いついたのを確認してから言った。キヨはチラリと見る。

「みんな居るときにしろよ。何度も説明する手間省けるだろ」

「それはそうだけど、いいじゃん」

 ハヤは「ねー」とレツに振った。レツは目をぱちぱちさせた。俺も、何の話かわからないんだけど。

 ハヤは全員の同意を得たみたいな顔でキヨに向き直る。キヨは小さくため息をついた。


「団長が記入した内容は、登録ギルドにはあるデータだろ。それなら問い合わせればいくらでも吸い上げられる。わざわざあそこで集める意味ってあるかな」

 登録ギルドって、職業冒険者としてパーティーを集めるために最初に登録したギルドの事だよな。たぶんみんなサフラエルのギルドになるんだろう。


「勇者が現れるのはランダムだけど、大体パーティーを新たに集める奴が多いから結局ギルドに行く。そしたらとりあえず、勇者が出現したことはギルドでもわかるよね。全くギルドに行かずに、その時のパーティーのまま冒険を続けたんじゃない限り」

「普通の旅なら三人くらいって言ってたじゃん? 5レクス越えの冒険でも、そのくらいかな?」

 レツが聞くと、キヨはうーんと唸って腕を組んだ。


「そこそこレベルが揃っていて、なおかつ仲間内の連携が良ければ……無理じゃないと思うけど、雰囲気壊さないんだったらもう一人くらい入れるかな、なんせ5レクス越えるわけだし」

「安全は確保しておいた方がいいもんねぇ」

 ハヤもそう言って同意した。じゃあやっぱり、勇者のほとんどはパーティーのメンバーを探すためにギルドに一度は顔を出すんだろう。そしたら本当にギルドで勇者を把握出来るのかもしれない。


「吸い上げが大変だから、あそこで記入させた?」

 ハヤの言葉に、キヨはちょっとだけ首を傾げた。

「勇者ってそんなに居るもんかな。俺たちが御触れをもらったクルスダールのギルドにだってそんな居なかっただろ。国中集めたって、数十人……二、三十人いるかどうかじゃね?」

「国中で?」


 俺が言うとキヨはチラッと俺を見た。

 さっきのギルドにももっとたくさんの人が居た。でもそれはパーティー全員が居たからか。俺たちだって勇者一人に対して仲間が五人もいるんだから、ギルドがいっぱいでも勇者の数にしたらそんなにいなかったのかも。


「ああ、もしそんなにたくさん勇者がいるんだったら、お前だってもっと詳しく勇者について知ってるはずだろ。まれな存在だからこそ、正しい知識が行き渡らないんだとも考えられる」


 あ、そうか……この国を一周するには何ヶ月もかかる旅をしなきゃならないけど、その範囲だとしても百人とか勇者がいたら、それこそ国中くまなく勇者が存在する事になる。

 勇者自体がもっと一般的な存在だったら、俺たちはもっと勇者について知ってるはずなんだ。


「お告げを受けて勇者として旅する事を選んだら、教会で祝福してもらう。本物なら印が現れる。でもそれだって毎日あるわけじゃない」


 俺がサフラエルの教会に行った時は、運良く一人勇者がいたんだ。それがレツだった。絶対数が多くないのだったら、データを集めることはさらに容易になる。


「教会とギルドの両方を使えば、勇者のデータは集められる……」

「はず、なんだ。ただ勇者の印が消えて元通りの冒険者に戻った時にこれといった届け出の必要は聞いた事がないんで、そうなると教会とギルドから集めたデータは多すぎるのかもしれない。

 だからここまで来てデータを提出させようって事なのかもしれないけど、それだと来なかった人にペナルティっていうのもおかしいんだ。今後ペナルティを与える相手は、データ上には存在するけどすでに勇者じゃない人間まで含まれることになる」


 ハヤは何となく難しい顔をした。


「それも納得いかないんだよね、何でわざわざ人のために働いてる勇者たちだけにペナルティ与えてんの?」


 勇者たちはもともと、人のためになるからお告げをクリアしていく。単なるモンスター狩りの冒険者とは違うんだ。それなのに、わざわざ集めて来なかった人にペナルティを与えるなんて、なんだかおかしい。


「そうだな、だから欲しいのは試験で集められるデータじゃないってことだ」

「どういう事?」

 レツが首を傾げてキヨを覗き込む。


「王都が欲しいのは勇者たちのデータじゃない。勇者たち本人がここに来る事が必要なんだ」

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