第68話『ナンパだと思ってなかったらそれはそれで問題だよ』

 翌日、俺たちは揃ってギルドに行くことになった。


 たぶん王都の一番大きなギルドに行くべきなんじゃないかと、シマもキヨも言っていた。でも王都は広い。宿で聞いてみたら一番大きなギルドってのは庁舎の近くにあるらしく、それってつまり城の近くだ。

 俺たちの泊まった屋根裏部屋の窓からは川が近い分視界が広く、広がった街の向こうに遠くそびえる城が見えていた。街の中なのに歩いていく距離っぽくないってどうなんだ……


 でも街の外を冒険するのに比べたらモンスターが出るわけでもないし、ただ石畳の街を歩いていくだけなんだから、時間がかかるだけで問題はないよな。なーんかちょっと面倒な気がしちゃうけど。


「こんだけデカイ街だと、どこ行くにも遠いな」

 シマはそう言って笑う。街の端から端まで歩くのがちょうどいい散歩になるようなサフラエルの規模から考えたら、とんでもない広さだ。それだけに人も多い。マレナクロンも都会だと思ったけど、やっぱ王都は段違いだ。

「王都ってお城に王様がいるんだよね?」

 俺が言うとキヨが「当たり前だろ」と言った。わかってるけど確認してみただけじゃん!


 俺は遠くにそびえる城を見やった。

 高い丘の上にあるからどこからでも城が見える。城は石造りで灰色だったけど、無骨というよりは洗練された感じのデザインで砦には見えなかった。俺はボンヤリと城を眺めながら、大きな通りを渡ろうとした。


「バカ、危ない!」


 キヨの声が聞こえて俺は襟を掴んで引っ張り戻された。うげ、首締まる!

 引っ張り戻されて歩道の上に転がると、目の前を馬車が通り過ぎた。っつか馬車もでかい! 俺は呆然として馬車を見送った。


「お前、ボーッと歩いてんじゃねーよ」

 引っ張り戻してくれたのはコウだったけど、俺はキヨに頭を叩かれた。

「なに、あのバカでかい馬車……」

 俺の見る方をみんな見た。

「ああ、街の中を循環してるんだ。目的の停留所まで乗せてってくれるんだよ」

「街の中を乗合馬車が走ってるの!?」

 俺が言うと、すれ違う人たちが小さく笑って通り過ぎた。うわ、超田舎者丸出しにした……恥ずかしい……小さくなってる俺を、コウが頭に手を置いて促した。


 そうか、街がデカいし道も広いから乗合馬車を街中で運行してるんだ。王都に住んでるなんて上流の人たちが、俺たちみたいに毎日てくてく長距離歩いてるってしっくり来なかったんだよな。まぁ、田舎者の俺の単なるイメージだとしても。

 俺たちは途中の店を冷やかしながらキヨについて歩き、途中でお昼ご飯を食べた。


 おしゃれなテラスでの食事に萎縮しなかったのはキヨとハヤだけで、その他四人は何となく居心地悪そうにランチを食べた。

 だいたい俺なんてカフェに入ったのだってこれが初めてだ。厚切りパンの真ん中にくぼみを作って野菜を載せ、卵と割り入れて焼いたトーストで、シンプルだけど美味しかった。ただ、ナイフとフォークできれいに食べるのは恐ろしく難しかった。


「何かテラスって慣れないね……」

 しかもこんな大都会。俺が周りを気にしながら小声で言うと、レツが無言で何度も頷いた。何となく、色んな人が自分を見てく気がしちゃうんだよな。全然そんな事ないんだとしても。

 そう言えばハヤは初めて会った時もテラス席でお茶してたっけ。もうあれからどの位経つんだろう。


 食事が終わると、若い男性の給仕が皿を片付けつつ勘定に来た。飲み屋のオヤジと違って綺麗な格好だ。キヨが慣れた様子で金を払う。


「ギルドに行くんだけど、ここからだとどう行くんだ?」

「ああ、それでしたらそこの大通りを真っ直ぐで城に着けます。城前の広場の南端にありますよ」

「ありがとう」

「もしかして勇者……ですか?」

「ああ、集まって来てるんだろ?」

 キヨはレツに振らずにそう答えた。すると給仕は少しだけ周りを気にして、キヨに屈み込んだ。


「一体何があるんですか? 今までこんな風に集められる事なんてなかったでしょう。もしかして本当にヤバいんですか?」


 ヤバいって、何が? だって俺たちは試験って言われて集められてるのに。


「どうだろうな、俺たちも本当のところは聞かされてない。でもここの冒険者以外の人たちが知ってるって事は、相当知られた噂ってことなんだろうな」


 キヨの言い方じゃ、まるで試験で集められたんじゃないみたいだ。どういうつもりなんだろう。


「噂もなにも、南はもうだめだって聞きましたよ。連日避難してくる人も多いし……王家も兵は出すものの何か渋ってるとか」

 キヨは面倒そうな顔をして首の後ろをかいた。

「そこら辺は俺たちじゃどうしようもねーな。何か出来るとしても、防衛くらいだろう。対策があるような事は聞こえてこないのか?」

「何か……これはあくまで噂なんですけど、妖精王との話に応じても何とかなりそうとか」

 一体何の話なんだ? 俺はハヤを見てみたけど、全然関係ない風に爪で防御のアクセサリーをいじっていた。だから俺はわからないまま、それでも気にしないようにしてキヨたちを放っておいた。


「……初耳だな。だったらそっちを進めればいい」

「でもそれってつまり……幽霊王子でなければ、外に誰かが、」

「しっ」

 キヨは唇に人差し指を当てて彼の言葉を遮った。

「昼間のこんなとこで言う事じゃねーだろ。話したきゃ時間選べ」

「すみません……でももし王都がパンクしたら、俺なんかここで働いてる程度の人間だから心配で」

「あー、そしたら今日なんかわかったら連絡するか?」


 給仕の彼はパッと表情を明るくすると、お願いしますと言って注文を取るメモに何か書いてキヨに渡した。キヨはそれをチラッと見てから頷くと、俺たちを目で促して立ち上がった。


「キヨリン、真っ昼間からナンパってどうなのー」

 キヨは面倒くさそうにハヤを見た。

「あれのどこがナンパだよ」

「ナンパだと思ってなかったらそれはそれで問題だよ」


 レツが誰よりも先に突っ込んだのでシマとコウが吹き出した。

「お前は情報収集しに行かないクセに、口ばっかー」

 キヨがレツの頭をぐしゃぐしゃ撫でながら言うと、レツは「やーめーてー」とか言いながら笑っていた。


「しかしだいぶ物騒な話になってきたな。確かに城門じゃかなりの移民がいたけれども」

「でも勇者集めたのは試験でしょ? 王都の防衛考えて集めたかったんなら、そう言えばいいのに」

 でもそれだと勇者は各々が受け持つお告げをクリア出来なくなる。


「……王都が、お告げは放置ってこっち助けに来いって言えなかったから?」

「でもそんなのバレたら、勇者一行は怒るんじゃね?」


 勇者が受けるお告げはいろいろだけど、お金や権威とは関係ない気がする。

 お告げをクリアする事が最終的に誰かのためになったりするけど、それはクリアできるまで誰のためになるのかわからない。だから誰に請われて行動するわけでもない。人のためになるからお告げをクリアしていくのが勇者で、お金や名声のために働くのとは違う。

 そんな勇者たちに、お告げはいいから王都を助けろとは言えなかったとしても、嘘をついて勇者を集めたのだとしたら余計に怒らせるだろう。


「試験は試験で本物って事なのかな……」

「試験自体がおかしいけどね」

「まぁ、それは行ってみればわかるんじゃね?」

 シマがそう言うので、俺たちはのんびりと大通りを城へ向かって歩いた。


 城から真っ直ぐ伸びる大通りは馬車や馬ががんがん走っていて、それでもその道の向こうにそびえる城が見える。もう間近まで来たからか、通りを挟む建物の間に窮屈そうに覗いていた。


 でも大通りを抜けると、広い広場の向こうにそびえる城は、堅牢で壮麗で圧倒的だった。高い塔が組み合わさって出来たような城は、まるでおとぎ話に出てくるような美しさだ。俺以外の仲間も、息をのんで城を見上げていた。


 これが、俺たちの国の城なんだ。

 いつか勇者になって城の謁見室で王に感謝されるって想像をしたけど、こんなすごい城を目の前にすると、一体何をクリアしたら城に通されるようになれるんだろうと思ってしまう。俺は城の美しさに圧倒されていた。


「さて、ギルドはあっちかな」


 びっくりするほどいつも通りの声でキヨが俺の夢想を遮った。この人はホント、景観に対する感動ってもんがないな……

「キヨって感動とかしないの?」

 何事もなかったように歩き出したキヨに声をかけると、キヨはわけわからんって顔で俺を見た。あーあー、感動しない人に聞いても無駄でしたー。コウが苦笑しながら俺の頭を撫でる。


「キヨくんは感動しないんじゃなくて、復帰が早いだけ」

「もうちょっとこう、余韻とかさぁ」

 俺が言うと今度はシマが苦笑した。

「俺たち並みに余韻に浸ってたら、誰も動き出さないからなー。その分キヨの復帰が早いんだ」

「キヨリンの復帰時間でその場を離れやすいかどうかが決まると」

「あー、テコの原理。復帰時間が支点と作用点の距離ていう」

 いや全然何言ってんだかわかんねんだけど。


 俺たちはキヨについてギルドに入っていった。今まで見たことないようなギルドだ。今までは酒場っぽいカウンターにギルド商人がいる飲み屋かなって感じばっかりだったのに、ここはどっちかって言うと銀行か役所みたいだった。

 木製のカウンターにはいくつもの受付が並んでいる。酒場のおやじじゃなくて、きれいなお姉さんが受付をしていた。キヨはカウンター近くで振り返る。俺はきょろきょろしながらシマに聞いた。


「ここにいるのって、みんな勇者一行?」

「まぁ全部とは言わないけど、わざわざここに来たんだったら、ほとんどそうだろうな」


 普通のギルドだったら冒険者が旅のパーティーを集めるために利用する場所だ。でも王都のギルドは今、冒険者の中でも特別な勇者一行で溢れていた。その年齢はまちまちで、お告げを受ければいつだって勇者となれることを意味している。


 経験豊富そうな渋い大人から、レツみたいに若い冒険者まで男性も女性もいろいろだった。あ、でも勇者のパーティーがみんな居るんだから、勇者はその内一人なんだよな。


 レツがハヤに促されて御触れの紙をカウンターに出した。


「あの、これを……」

「ああ、検定ですね。こちらにパーティーの一覧と職種を書き出してください」

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