第67話『だってそれ、普通言わないじゃん?』
翌日俺たちはさっさとマルフルーメンをあとにした。
簡単な話、うっかりキコたちに会ったら気まずいからだ。
昨日の顛末を聞くと、シマもコウも大爆笑していた。
「エルフの子って超可愛いのが基本なのに、よくそんなもったいない事したなー!」
シマが笑って言うと、レツがそういう問題違う! と突っ込んだ。
「噂になっちゃったら、王都近くのエルフの子には二度と声かけられなくなっちゃうよ。やだなぁ、キヨリンの所為で」
「お前が勝手にやったんだろうが!」
「何言ってんの、僕のお陰ですんなり帰れたんじゃん。困って僕に泣きついて誘ったクセに」
「誘ってねぇよ、どこで誘ったことになるんだよ、っていうか泣きついてもいねーよ」
ハヤはうーんと考えるように人差し指をあごに当てて首を傾げ、
「目で誘ったっていうか?」
「……好きなように取り放題じゃん」
ぼそりと突っ込むコウにシマがまた爆笑した。
「キヨが女の子引っかけるのも珍しいけど、まさかレツまで合コンデビューしてると思わなかった。よかったな、お前も大人の階段上ってるぞ」
「そんなの上らなくてもいいもん」
不機嫌そうなレツの言葉にシマはまた笑う。
「それで、結局キヨくんは何を掴んできたの?」
コウがそう言うと、みんな何となくキヨを気にした。キヨはちょっとだけ首を傾げたけど、結局小さく肩をすくめた。
「まぁ、まだ何も。話すにしても、ここじゃ話しにくいから」
話しにくいって、何かあるのかな? 昨日の話じゃ何か妖精の王家の中途半端な噂しかなかったし、あの程度の話をキヨが深刻に取るとは思えないんだけど。
王都まではホントにあっという間だった。
日差しも和らぐ季節だったからか気持ちよく進められたし、歩いて一日のところをちょっと馬で速く着いた程度だったんだろうけど、バトルもなくゆっくり出来たから周りの景色を楽しんでいたらもう目前に王都が迫っていた。
なだらかに広がる丘陵地帯の向こうに王都はあった。俺たちは街道に沿って近付きながら、最後の丘の上から王都を眺めた。
「でかいなー」
「そりゃ王都だしねぇ」
まるで田舎者みたいなセリフだけど、みんな王都まで来た事はなかったそうだからしょうがない。王都はホントに大きな都だった。
都の東側から望むと、北から流れる大きな川が広い王都の中を横切っている。街の中心近くにこちら側に絶壁のそそり立つ丘というか小山があり、城はその上に建っていた。建物の重なり具合からマレナクロンみたいに平地に広がる街っていうより、意外と起伏がある感じ。
川は城のある小山をぐるっと囲むように二手に分かれていて、ところどころ、建物の間からきらきらと光る水面が見える。城の城壁を囲むように斜面の絶壁が見えるが、城壁が途切れるあたりからは街の建物が建っていた。斜面が急だから建物の高さが段々になっている。城の周りからちょっと離れた辺りにも大きな建物が並んでいて、今まで見てきた街とかから考えるときっと庁舎とかなのかもしれない。
それからマレナクロンで見たような市街地。ここから見ると、路地まで数階建ての建物がぎっちり並んでいるらしく、まるで迷路のようだった。ところどころにある教会が一旦休憩所みたいな。マレナクロンは大通り近辺にしかあんな建物はなかったけど、王都では城のある丘の周りほとんどがそんな建物だった。
城から更に離れると高層の建物は減り、何となく俺たちも見覚えのある感じになる。城からかなり離れているから、親しみのある建物の規模で田舎者レベルがわかるって感じだな。
そんなだいぶ都市っぽい部分から離れたところに、見たこともないような施設があった。やけに大きな円形の建物だ。
「あれ、なに?」
隣にいたコウに尋ねてみたら、コウは俺の指さす方を見てちょっとだけ肩をすくめた。
「あれは……たぶん、競技場だろうな」
「競技場?」
俺が聞くと、コウは視線を外して「いろいろあんだろ」と言った。競技場かー。王都なんだから、そういう娯楽とかもあるのかな。
丘から降りてくるとだいぶ人が増えた。人混みの中を馬で行くのは難しいので、俺たちは馬を下りて引いて歩くことになった。街の境の城門前にはたくさんの人が集まっている。何してるんだろう?
「検問?」
「何かあったのかな」
シマがぽいっと手綱をレツに渡して、人だかりの中へするするっと入って行った。
街に入るのに通行証が必要って聞いた事ないけど、王都は別なのかもしれない。だとしたら勇者一行に出されたお触れが唯一の通行証だろうから、俺たちはまとまって行くことになった。そんな話をしていたらシマが帰ってきた。
「どうだった?」
「検問は検問だけど、ちょっと変わってる。職業冒険者とそれ以外を分けてんだ」
「何のために?」
レツが聞くとシマは肩をすくめた。
「わかんね。でも冒険者以外の方が混んでる。何でも、最近モンスター被害が増えてて、そこから逃げてきた人が多いらしい」
それって……俺が顔を上げると、キヨとハヤがチラッと視線だけでやり取りしたのがわかった。でもその話は今日宿でするんだよね。
「王都の近くなのにかー?」
コウが誰に聞くともなくぼんやりと突っ込んだ。王都の近くなのに、だ。
俺たちはそのまま、まとまって冒険者用の検問を通って王都に入った。城壁付近は高層の建物じゃない。キヨは城門前の広場から街を眺めて、何かを考えているようだった。どうしたんだろ。
「……何考えてんの?」
キヨはチラッと俺を見た。それからもう一度街を見やる。
「今後の展開」
はい!? 今後のって、何が起こるかわかってんの?? でも俺がそう言うとキヨは小さくため息をついて荷物を整えた。
「わかんねーから考えてんだろうが。それに展開如何では、不利なところに金出して泊まるとかなったら、納得できねーじゃん」
いやいやいやだって何が起こるかわかんないのに、展開とか考えられませんってば。先読みはキヨの領分だけど、宿取るのにそんなこと普通考えないよね?
「キヨくん活き活きしてるなぁ」
「いろいろ考えるの楽しいんだろうなぁ」
「普通のモンスター狩りの冒険じゃ頭使う必要ないしね。根っからの策士なのかもねぇ」
「俺なんか全然わかんないよ」
「策士っつか詐欺師だよねぇ」
「よかったねぇ、ハルさんがいて。いなかったら犯罪者も夢じゃなかったね」
「あと一歩のとこにいるもんねぇ」
「コウちゃんも止めるよ。お母さんだもん」
「俺が止めるにしても、キヨくんもう半歩くらい出ちゃってるけどねぇ」
「お前ら何勝手な事言ってんだよ、やってんのはお前らも同罪だろうが」
俺から見たら、みんな楽しんでると思うけどね。
シマもハヤも、キヨに何の説明もされなくたって上手くこなしてるし。コウは詐欺じゃないけど実働部隊だし、そこ行くとレツだけが直接関われないからパーティーの良心ってことになるのかな。
俺たちはキヨについて何軒か宿を回り、川の近くの宿を取ることになった。
川岸には整備された道が沿っているけど、そこから一本路地を入っているので馬車が入れない分ちょっと安い。でも厩があって、馬も一緒に泊まる事ができるのだ。
城近辺の高層の建物と違い、建物は三階までと屋根裏の高さ。俺たちがとった部屋は屋根裏部分に当たるので天井が低い。
「何で屋根裏にしたんだよ」
シマは梁で頭をぶつけてからベッドに突っ伏して言った。あまりにすごい音をさせてぶつかったから、頭から何かが立ち上っていそうだ。レツが慌てて水差しの水を布に垂らしてからシマの頭に載せた。
「いちいち集まらないで済むだろ。それに何話しても聞かれる事ねーし」
屋根裏部屋は階段を上り詰めたところにドアがついていて、そこから入るとフロア全部がぶち抜きの部屋になっていた。今まで泊まった宿みたいに、隣に部屋があったり廊下を知らない人が通ったりもしない。
斜めに傾いだ屋根部分に屋根窓がついていて灯りは充分だ。天井の梁が向き出しだけど、広さはテキトーにベッドが六つ置いてあるだけでかなり広かった。
あともう一つ、厩からできるだけ離れている方が、臭いも少ない。
「聞かれたら困る話とかすんの?」
ハヤがそう言うと、キヨは肩をすくめて手近のベッドに荷物を投げた。
「できればしたくないな」
そう言ってベッドに座るキヨの隣に、ハヤはぴょんと座るとキヨの肩に手をかけた。
「聞かれたくないのは、話じゃなくて声だったりして」
そう囁いたと思ったら、びっくりするほど早業でキヨを押し倒した。あああまた! だから鍛えておけばよかったのに!
シマとレツはきゃあきゃあ言うだけで何もしない。コウはお子様いるからねーと言いながら俺を引っ張ってベッドに転がした。物扱いかよ!
でも俺が体を起こした時には、キヨとハヤの立場は逆転していた。あれ?
「キヨリン、それズルイって言ったでしょ!」
「なんで? 負けちゃうから?」
キヨはそう言って押さえていた片手を離すと、ハヤの頬を親指で拭うように触れた。ハヤは拗ねた顔で見上げる。あれ、もしかしてまたあの風みたいな魔法?
「いい加減、俺に通用しないって学習してもらわないと」
「通用しなくなったのはクルスダールでレベル上がってからじゃん。昨日みたいにかわいく焦るってオプションはないわけ?」
「あるわけないだろ。何ならコウ押し倒せるくらい鍛えればいいんじゃね?」
キヨはちょっと笑ってハヤを解放した。ハヤは「ムキムキの僕なんてかわいくないじゃん」とか言ってる。コウはやっぱり愕然とした顔でキヨを見た。
「魔法で何とかなるなら、昨日だって……」
「それが目的じゃなかっただろうが」
俺の呟きを最後まで聞かずにキヨが突っ込んだ。あ、そっか。あの時はそう思わせてあの人たちを帰すんだった。
「どうする? 飯とか」
「今日は別に何もしないとかだったら、このまま外出て食って来るってのでもいいけど」
ここの宿屋にも飲み屋はついていた。でも食事までは宿泊料に入ってなかったらしい。広い部屋だからいいけど、やっぱ王都っていろいろ高い。
「キヨの情報、話すのって飲み屋でも出来るかな?」
レツが気にして言う。今日街道では話せなかったような事なんだしな。
「そんな焦る事なくない? 明日ギルドに行くんだよね?」
ハヤはそう言ってシマを見た。シマはまだ頭に布を載せたまま、ベッドに後ろ手をついた。
「まぁ、ギルドに行ったらそのまんま……そっちの話が進むだろうな」
俺たちが王都まで来たのは、勇者のレツが試験を、他のパーティーもレベル検定を受けるためだ。何のための試験かわからないけど、それってみんな一緒に受けるってことないよな。
「明日即試験かわからんけど、もし試験に丸一日かかったとしても夜は解放されるだろ」
「俺も、出来ればもうちょっと調べたいかな」
「そしたら、今日は飯食って寝るだけだなー」
シマはそう言って傍らのレツを見た。でもレツは何も言わなかった。あれ?
「……どうした?」
シマが顔を覗き込んで、それでもボーッとしているレツの目の前で手を振ると、やっとレツは今気付いたみたいにシマを見た。
「え、あ……ううん……何でもない。全然。忘れて」
そう言ってレツはふにゃーって笑って「ぼーっとしちゃった」と言った。シマはちょっとだけ眉を上げた。
「何でもなくなくね?」
「キヨリン」
キヨが言うとハヤがたしなめるようにキヨの袖を引っ張った。キヨはハヤを伺い、それからレツを見た。
「レツ、お前全部顔に出るタイプだからウソはつくなよ。今話せないことならそう言え。理由があるなら聞かない」
そう言うとレツは、何だか少しだけ泣きそうにも見える表情をした。それからちょっと顔を伏せる。
「……うん、ごめん。ちょっと待って」
「なら待つ」
シマはそう言って立ち上がった。キヨは答えがわかっていたように小さく肩をすくめた。
やっぱり、みんな同じようにわかってたんだ。でも一体レツは何を隠してるんだろう。
「まぁ、キヨリンのこれは口が悪いだけの心配性の表れだから気にしなくていいよ」
ハヤがそう言ってキヨを指さすと、キヨは何か言おうとして口を開いた。
「何かありそうな顔で何でもないって言われると、ずっと心配しちゃうからね」
でもハヤのが一瞬早くそう言ったので、キヨは結局不機嫌そうな顔でため息をついた。ハヤは面白そうに笑うと、ちょっとだけレツを覗き込んだ。
「それにホント言うと、みんな突っ込みたかったけど言えなかったんだ。だってそれ、普通言わないじゃん?」
「悪かったな、口が先に出て」
キヨがそう言うと、ハヤもレツも笑った。確かにキヨって普通言わないとこで、ズバズバ言っちゃってる気がする。絶対角が立つはずだけど、仲間内ならわかってるからいいのかな。
「さーて、メシメシ」
シマは切り替えるようにそう言って、俺たちを追い立てるみたいにみんなの肩を叩いて部屋を出た。笑顔が戻ったレツとハヤもシマに続いて部屋を出る。見送っていたキヨとコウはその後に少し遅れて立ち上がった。
「……キヨくん、いいの?」
小さく聞いたコウにキヨはちょっとだけ難しい顔をした。
「まぁ……時期じゃないならな」
時期じゃないって、キヨはレツが隠した事が何かわかってるんだろうか。
「どっちにしろ、勇者が言わないんじゃしょうがねぇだろ」
キヨは小さくため息をつくと、部屋を出た。
それってもしかして……俺は慌ててみんなの後を追った。
レツは、お告げを隠してるってこと?
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