第6章 国のお告げ

第60話『お前も相当命知らずになってきたな』

 クルスダールの街は普段の様子を取り戻していた。


 っつっても、俺たちがクルスダールに着いた時にはすでに祭りモードだったんだから、祭りじゃなくなったって方が正しい。

 祭りモードが解けるとクルスダールは思った以上に地味な街だった。

 あの数日間だけが異様に派手になるんであって、普段はとても実直というか、面白いから観光に来ようとかそういう派手さの全くない街だった。海も山もあるってのに。


「地味だっつったじゃんよ」


 キヨはそう言うけど、あの祭りの派手さ考えると普段だってもうちょっと何かありそうなんだもん。


 海岸はそんなに人は多くなく、砂浜にレンタルの一人用テントを立てているのは、俺たち以外にはいくつかってくらい。椅子一脚が入る程度の背の高い個室みたいなテントは、三面の衝立をコの字に置いて三角屋根付けたみたいな形。青と白のストライプのテントは晴れた空に鮮やかだ。

 心地よい風が渡る砂浜は泳ぐのにも悪くない気候なのに、なんでこんなに人が少ないんだろ。シーズンじゃないとは言ってたけど、今だっていい気候なのに。

 俺は海ではしゃぐシマとレツとコウを眺めて、パームリエを飲んだ。果汁に凍った果肉が入っていて、一気に飲むと頭がキーンってする。


 今日はどうしても海で泳ぎたかったシマたちのリクエストで海岸に来たのだ。ガンガン泳いで疲れた俺は砂浜に上がって、テントの中の日影で本を読んでいるキヨの脇に座った。

 海で泳ぐなんて生まれて初めてだ。乾いた肌が何だかぴりぴりするのは塩のせいだって教えてもらった。みんながはしゃいでるってのに、キヨは一人静かに本を読んでる。


「ホントに泳がないの?」

「なんで泳がなきゃならねーんだ?」


 キヨは本から顔を上げずに言った。いや……そう言われると返せないけど……楽しいから? でも泳いだところで楽しそうじゃないキヨにそれは言えないよな。


「キヨリンは貧弱な体を晒すのがイヤなんじゃない?」


 ハヤはそう言って俺の隣に折りたたみの椅子を広げて座ると、パームリエを飲んだ。キヨは無言で睨む。

「キヨ、がんがんレベルアップするのはいいけど、何でも魔法でやれるようになったら、もっと退化しちゃうんじゃねー?」

 俺が言うとハヤも面白そうに笑った。

「見習い、お前も相当命知らずになってきたな」

 キヨはやっぱり本から顔を上げずに普通に言った。う、本気で怒ってこないところが怖い……ちょっと離れて座ろう……


「実際なんでなの? キヨリンだって泳げないわけじゃないんでしょ?」

「まさか、必要があれば泳ぐけど。海入ってはしゃがなくても別にいいだろ?」


 いいだろって言われたら、だめとは言えないけどさ。

 みんなでどうしてもはしゃぎたいとかだったら、レツたちは無理強いしてもやるだろう。服着たままでも海に引きずり込みかねない。でもクルスダールに着く前から泳ぎそうにないってみんな言ってた手前、今更泳げとは言えないんだけど。

「ただ別に泳ぎたくねーし、面倒なのと、あと日に焼けるとかぶれるし」

 俺は思わず吹き出した。ちょ、夜のキヨが日の光に弱いとか、似合いすぎて笑える! どこのゾンビ系モンスターだよ!

「あんまり笑うとあとが怖いよー?」

 ハヤはニコニコして言った。でも何となく咎めるような感じ。


 ……は! もしかして俺、キヨにもどうしようもない事を笑っちゃったんだ……そんなのキヨだって望んでないのに。そっとキヨを伺うと、まるっきり無視してるみたいに本を読んでいた。

「……えーと、キヨって繊細なんだね」

 俺が恐る恐る言うと、キヨはチラッと俺を見てからため息をついた。

「別に、面倒なばっかでいいことねぇよ。どっちにしろハルチカさんが嫌がるしな」

「はぁ!?」


 ハヤはさっきまでほぼスルーしてたのに、これには体半分くらい椅子から乗り出した。っていうかそんなに食いつくところ?

 泳ぐのをなんでハルさんが嫌がるんだろう。キヨが貧相だから? そう言ったら、今度こそ本から顔を上げないまま容赦なく蹴られた。いってえ! 足裏見せて蹴るのはファールだろ!


「はー……チカちゃんって、意外と独占欲強いんだね……それを律儀に守ってるキヨリンもかわいいけど」

 キヨは明らかに不機嫌な顔でハヤを睨んだ。

 っていうか体見せないって難しくないかな。風呂とか入ったら見えちゃうじゃん。そう言ってハヤを見たら、彼はにやりと笑った。

「お子様にはまだ早いから」

 早いって、いっつもそればっかじゃんよ。俺は思いっきり顔をしかめて見せる。あ、そうだ。


「そう言えば、キヨ、あの大金どうなったんだ?」


 あの闇賭博で儲けた大金、あれだけの資産があったらキヨなんかもう冒険なんか出る必要なさそうだった。毎日遊んで……

 っつか、もう仕事に出ないでハルさんと一緒に暮らしてたって大丈夫なんじゃねーの? そりゃ、この旅は勇者がいる以上お告げクリアしなきゃなんないから、今すぐは無理かもしれないけど。

 キヨはやっぱり本から顔を上げなかった。


「ああ、あれ、寄付した」

「寄付うううううううう!?」


 俺とハヤは同時に叫んだ。余りの声にシマたちがこっちを見た。


 寄付って、えええええ?! だってあれ、すごい金額だったよ? 一般人の俺たちが働いて稼ぐんだったら、それこそ一生かかっても……ってくらいのレベルの金額だったハズ。

 だいたい、金持ちばっかを相手にしてた賭博場が、闇でやってた賭博を潰しちゃう金額だったんだ。キヨが賭けた金額もすごかったけど、それについていたオッズも代役のハヤの失踪もあって更に上がっていたはず。だからそれで手に入った金額は、とにかくすごかったのだ。それを、寄付?


「あんな金持っててもしょうがないだろ。別にいらないし。だから何つーの、まぁ簡単に言うと、あの金元手にして運営していく自警団みたいのを作ったんで、それで今後あの手の闇賭博は一掃してもらうっていうか」


 え、そしたらキヨは、あのお金を使って二度とハラーとかがあんな賭博をクルスダールの祭りでやれないようにしたって事?

 そう言えば、あのあとキヨはいろんな機関に出掛けていたっけ。俺たちが関わったセスクたちは祭りの後にクルスダールを出ていたし、これと言ってする事がなくなっちゃった俺たちはのんびり過ごしていたから、キヨが出掛けていてもまた図書館とかかと思っていた。


「……キヨリン、徹底してるね」


 ホントに完全にぶっ潰す気なんだ……あれだけのお金があれば、そりゃ今後ずっと運営していけるだろう。クルスダールの祭りに関して言うなら、永久に安泰だ。有言実行してるよこの人、その衝動の向く先が怖い……


 でも今後も賭けのために誰かが傷つけられるとか、そんなのはない方がいいもんな。キヨのお金の使い方は余りにも潔いけど、それだってキヨの懐が痛んでるわけじゃないし。もしかして今回のお告げでクリアすべきだったのはこれなのかな。クルスダールに蔓延する闇賭博の一掃。


「でもこれでウィーランみたいなヤツがセスクを狙ったりしなくなるんだな。めでたしめでたしだ」

「ウィーランって結局セスクの劇団辞めたの? そう言えばリーとはどうなったんだろ」

 ハヤは聞きながら自分で考えていた。

 そりゃ辞めるだろう、セスクを危険な目に合わせて、っていうか命を奪いかねない悪巧みをしてたんだし、あの劇団に居られ続けるとは思えない。


「ウィーランは劇団と一緒に行ったよ」

「ええ!」


 キヨはページを繰りながら何でもない事のように言った。

「あいつがセスクを狙うよう指示されて従ってたのは、借金があったからなんだ。ギャンブルのだから自業自得なんだけど、その借金を一時的に俺が立て替えて、さっきの機関にハラーの関係者の名前出させたんだよね」

「キヨ、ぶっ殺しかねないヤツの借金立て替えたの!?」

 俺が言うとキヨはちょっとだけ眉根を寄せた。だってあの時止めなかったら絶対ぶっ殺しに行ってたじゃんよ。

「一時的にっつっただろ。さしあげるつもりはねぇよ。どっちにしろ、あの劇団でちまちま稼ぐんだったら、祭りの時の儲けでもない限り返ってこないようなもんだろうけどな」

「でもそれでも、あの家族経営のディアビが許す? 当の家族を殺そうとした本人なのに」

 ハヤだって毒を盛られたってのに、その辺はどうでもいいみたいだな……


「あいつの借金って最終的にはギャンブルなんだけど、金が必要になった最初は親の薬代だったらしいんだ。自分の稼ぎじゃ足りない金が必要になって、ギャンブルで賭けに出て負けた、みたいな。それでディアビが許しちゃったらしくて」


 借金の原因が家族……それは、ちょっと同情しちゃうかも。まぁ一歩間違えば人殺しだったんだけど。

 でもウィーランってハヤに毒を盛った時も、やたら慌てて後悔してるようにも見えたな……言われた通りにって言ってたけど、そこまで酷いことになると思ってなかったとか。どっちにしろ、不器用で気が弱そうで根っからの悪人には見えなかったかも。

「……それでキヨは借金肩代わりしちゃったんだ」

「まさか」

 キヨはあっさり否定した。え?


「だから俺はハラーの関係者の名前が欲しかったんだって。そのためにウィーランの借金の借り入れ先を俺にしたんだ。あいつだって劇団にうま味がそれほどないのはわかってると思うけど、闇賭博の関係者の名前漏らしたんだからここに居たら身の危険があるだろ。俺に借金もあるから逃げられないし、だったら劇団でやり直せとディアビがな」


 この人、鬼だろ! 普通借金の原因が家族のためとかだったら、その辺ちょっとは同情しようよ! もしかしてウィーランの逃げ道完全に塞いだのは、ハヤに毒を盛った仕返しだったりとか……マジありそうで怖い。


「キヨリン、怒るのも大概にしないと疲れちゃうよ」


 ハヤはそう言って冷たいパームリエのグラスを、頭を冷やすみたいにキヨの頭に載せた。キヨは不機嫌そうに視線だけでハヤを見て、退かせとばかりにちょっとだけ頭を振った。ハヤは面白そうに笑ってグラスを引っ込めた。


「つっかれたー!」

 シマがわざと砂をまき散らして俺たちの足下にスライディングした。キヨは不機嫌そうな声を上げ、ハヤは面白そうに笑った。

「ちょい、俺にもくれ」

 そう言って俺のパームリエを奪う。あ! こいつ一気に半分以上飲んだ!

「俺も飲みたいから、買ってくる」

 そう言ってキヨが本を閉じて立ち上がり、コウが何も言わずに体を拭く布を引っ掴んで後を追った。


「うげぇ、何この難しい本」

 レツがキヨの席に陣取り、さっきまでキヨが読んでいた本を開いて、不味いものでも口に入れたみたいな顔で閉じた。一体何の本を読んでたんだろう。

「俺も飲みたいな、キヨんち追っかけて買ってこようかな」

 レツが俺のパームリエを物欲しそうに眺めながら言った。っつか俺だってシマに飲まれて半分以上なくなってんのに。あげないぞ……

「別にわざわざ追っかけなくても」

 ハヤがそう言って優雅に自分のパームリエを飲んだ。レツは布で頭をがしがし拭きながら、ちょっと首を傾げる。どういう事なんだろ。

 そう言ってるうちにキヨとコウが帰ってきた。二人で両手にパームリエを持っていて、レツは「わーい!」と両手を挙げて喜んだ。ハヤはキヨがみんなの分買うってわかってたんだ。


「ほい」

 コウはそう言って俺にも渡した。え、俺一応持ってるんだけど……もしかしてシマに半分飲まれちゃったから?

「キヨが金持ちだと、こう言う時いいなー」

 シマはそう言ってパームリエを飲んだ。

 ……って、そのお金って寄付しちゃったんじゃなかった? 俺はそっとキヨを見たけど、キヨは全然気づいてないみたいで、濡れたまま椅子に座ったレツを叱っていた。……寄付って全額じゃなかったのかな。


「別に、あんな儲け方でよければいつでも、」

「キーヨーくーんー」


 背後から突っ込まれてキヨは肩をすくめて笑った。と、唐突にキヨは笑った顔を引っ込めて不思議そうな顔をした。それから左手首を見る。

「……ハルチカさん?」

 みんな独り言のようにそう言ったキヨを見た。キヨは何も言わずに固まっちゃったみたいだった。どうしたんだろ?

 それからフッと力を抜いて、キヨはみんなを見回した。

「どしたの?」

 ハヤが問うと、キヨはちょっと肩をすくめた。


「何か、緊急指令だって」

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