第59話『家族かー……』

 祭りの終わりを彩る花火は、上がる度に大歓声で迎えられた。

「きれいー!」

「おー結構上がるなー」

 さっきから数分の休みを取る程度で、かなりの花火が上がっている。こんなに連発する花火、生まれて初めて見た。


 祭りの公演は大成功に終わった。

 初日こそ、コウが参加して立ち回りの派手になった舞台ってだけだったけど、翌日はキヨが魔法を使って本来紙吹雪なんかで出す効果を光や風で演出し、シマが動物を芝居の中に登場させた。

 屋外の舞台に、役の通りに動く犬や鳥が現れるのってすごい事だ。それだけでも十分過ぎるほど派手だったのだけど、最終日にはなんと、その物語の中に配役を増やしてしまったのだ。


 大筋は変えていないが登場人物が増える。もちろんハヤや、コウに役を取られてしまった劇団員だ。座ったままでセスクも登場させた。

 セリフが増える分公演時間も長くなったのだが、初日からの宣伝が功を奏して『前日より更に進化する』という内容を楽しみに来る人が多く、知らなかった人には見ている人が説明するという不思議な光景まで現れる始末。最終日に物語が厚みを増したので、前の二日間を見ていた人にも満足できる内容になっていた。

 口コミ係は俺とレツだ。毎日色んなところでセスクたちの劇団の事を聞こえるように話して歩いただけなんだけど。


 事前に口コミ利用して上手い宣伝したってのはあるけど、それでも内容で勝ったんだと思うんだよな。キヨの魔法やシマの効果はちょっとズルいけど、こんな花火だってあるんだからそういうのだと思ってもらえればいいんだし。


 セスクたちの劇団は今日発表された投票で、堂々の一位を獲得した。動員数を見たって一目瞭然だったし、投げ銭もすごい金額が集まっていた。

 ディアビはきちんと俺たちに出演料なんかを支払うって言ってたけど、俺たちはお金が欲しかったわけじゃないから、みんな断った。


「楽しかったから、それでチャラだよな」

 シマが言うとみんな頷いた。

「しかしそれではこちらの気持ちが収まらない」

 ディアビだけでなく、他の劇団員も同じ気持ちだとセスクは言った。

「勝手やって楽しんで、お金までもらう訳にはいかないよー」

「むしろ来年のハードル上げちゃったんだから、こっちが払うべきだよね」

 ハヤとコウはそう言って笑う。確かに来年はハヤが出られるわけないし、キヨやシマの演出効果もない。そう言うとセスクもディアビも苦笑していた。


 お金の問題じゃない。別に旅を続けるのに困るわけじゃないんだし。そうでなくてもだいたい俺たちには、とんでもない額の金が手に入っていたのだ。


 いや、むしろキヨにはと言った方が正しい。


「話が違うね」

 キヨはあの部屋に通されるとソファに座ったまま、気だるげにカクテルグラスを弄んだ。あの男は困ったように何度もくしゃくしゃのハンカチで汗を拭っていた。


「こっちの賭けの証書は本物だし、あの劇団が勝ったのも事実だし、俺の勝ちは動かしようがないんだけどな」

「いや、しかし……あの金額では……こちらの運営が」

「そんなの、俺には関係ないんだけど」


 言いながら上質の本物のシルクシャツの袖口をいじる。また借りてこようとしたけど、セスクたちは忙しそうにしていたから結局買ってしまった。必要経費って言ってたっけ。まるっきり普段とは違うコウの真っ黒な服も、何か見慣れた感じもするし。ちなみに俺の出で立ちはあんまり変わっていない。


「しかし、そちらの男性は……あの劇団の舞台に出ていたのでは? 賭けの対象に直接関わりになるのは、」

「先に手を出したのはそっちだったと思うけどなー」

 ハヤは言いながらキヨの隣にするりと滑り込むように座った。

「それに僕と彼がどういう関わりかとかって、それは関係なくない?」


 美形の役者が金持ちにくっついてたらパトロンにしか見えないよな。革の眼帯とか、かなり怪しい人だけど。

 まぁ、ハヤはここに遊びに来たくてついてきただけだしね。本当はキヨとコウだけでもよかったところを、金持ちならやっぱ召し使いは必要だろうとか、ハヤも行ってみたいとか、そういう理由でこのメンツになっただけだ。別にキヨが賭けに勝ったお金をもらえさえすればいいんだし、金持ちとして騙す必要もなくなっちゃったんだから、召し使いの意味って無い気がするんだけど。


 ハヤはキヨの肩に手を載せて耳元に近づいた。

「あれってヤキモチかな」

 キヨはちょっとだけ笑う。

「金なんてあるとこにあるだけだろ。とりあえず俺が勝った分の金、さっさと用意して」

 男は不自然にちらちらと視線を動かす。コウが音もなくスッとソファの横へ移動した。キヨはそんなコウをチラリと見た。

「……余計なことしない方がいいと思うけどな。うちのの強さ、知ってるよね?」


 でも男は一瞬迷った後に微かに頭を振った。その合図に護衛らしき男がわらわらっと現れた。

 コウはソファのアームレストを軽く飛び越えるとキヨとハヤの前に立った。迫り来る護衛の腕を取るとその勢いを借りて簡単にその腕を背後へ回し、他の護衛へと蹴り出した。二人まとめて机になだれ込み、ものすごい破壊音がした。うわ、高そうなのに。


 コウは更に右からのパンチを左手で流し、その脇へ肘を決め、そのまま右手甲で顎を殴り上げると、足を払って男を軽く一回転させた。

 コウがやるとみんな体重も重力すらないみたいに見える。あれって何か特殊な体術なのかな。蹴りやパンチを避けるのも、何だか草が風に揺れているみたいで自然で無駄がない。蹴る、殴る、逸らす、避ける。その一つ一つの動作が流れるようで、ケンカしているだけなのにまるで舞踏のようだった。

 俺はソファの後ろで立ったまま、コウの動きに見惚れていた。


「わ!」

 キヨにくっついていたハヤが、護衛に腕を取られて声を上げた。キヨはそっちを見ないで指を鳴らした。途端に護衛の腕に電流みたいに光が走って、護衛は悲鳴を上げて腕を引っ込めた。今のって、キヨ……だよな。

「助けてくれた?」

 キヨはハヤの言葉にちょっとだけ肩をすくめたけど、明らかに苛ついているようだった。どうしたんだろ、すごい怒ってるっぽい……それから「コウ」と不機嫌そうに呼んだ。コウはすでに五人目を沈めてチラッと振り返った。


「取りこぼすとか、お仕置き対象だよ」


 コウは息を落ち着けながらゆっくりとこっちに振り返った。ハヤを襲おうとした護衛が喉の奥で「ひっ」と声を上げた。うん、やる気満々のコウって怖いもんね。

「……それとも、俺が好きにやってもいいのかよ」

 見下すようなキヨの言葉に、むしろ俺たちが震え上がった。コウも驚いて目を見開く。

「キヨ! それはだめって言ったでしょ!」

 言って手をかけるハヤを片手で制してキヨは立ち上がった。


「さっきから、そいつまともに話す気もないし。自分のルールでやった賭けですら始末つけられないみたいだし。いい加減ぶっ殺していいんじゃないかなって気がしてんだけど」


 キヨは言いながらコウの倒した護衛を跨いで避けつつ、男に歩み寄った。やっぱ怒ってる!

「キヨくんあの……」

 コウはおどおどとキヨに手を伸ばしたけど、キヨはその手を払うような仕草をしただけでコウの前を通過した。男の前に立つと、まだ悔しそうな男を見下ろす。


「別に犯罪者になるのは怖くないんだけどさ、こいつの肉片一つ残らないようにすれば見つかるとかもないんだし。簡単だよ」


 そう言うとキヨは口の中で小さく呪文を唱えてから、ふわっと腕を動かした。途端に部屋の壁が炎に包まれる。男は無様な悲鳴を上げてソファに両足も引き上げた。そんな事したって何も変わらないのに。


「ムカつくんだ、そういうの。作用したら反作用がある、そういうのちゃんと覚悟してやってないとか。お前がやった事に対する反作用がこれだろ、わかってるよな」


 倒れた護衛には何も出来ない、まだ健在の護衛は炎から逃れようと壁から離れるが、キヨとコウには近づきたくないようだ。

 ハヤはそれを見て「あいつ、人徳ないね」と言った。っていうかハヤもコウも、部屋を包む炎に関しては全然気にしてない。大丈夫なのかな……


「……払う気ないんだよな? 命より金が大事だったら、死んじゃえよ」

「いや、いや、払う! 払います!」


 キヨはそれを聞いても、ちょっと首を傾げただけだった。

 え、それってまた、キヨのドS気質? でもキヨは無表情のままだ。何か、声が届かない感じ。それだけ怒ってるってことなのか? もしかして、ハヤたちにしたことに対する怒りが復活しちゃったとか……何だか全く知らない人みたいだ。


「でも店が潰れちゃうんだよなー? それなのに払えるのか?」

「払う! 払うから、やめてくれ、何とかしてくれ!」

「どうしよっかな……」

「キヨリン!」


 ハヤがソファから叫んで、キヨは冷たい表情のまま肩越しに振り返った。


「そういう言葉責めは、僕にしてよ!」


 キヨはそれを聞いてしばらく気が抜けたようにきょとんとしてから、面白そうに吹き出して笑った。ああ、やっと、知ってるキヨの顔になった……それから再度男を見下ろす。

「……命拾いしたな。俺、別に金とかいらないからる気満々だったのに」

 無表情のまま言うと、男は恐怖の面持ちで凍り付いた。キヨは男の頭を片手で掴むと自分に向けた。


「劇団に手を出すとか二度とやらない方がいいよ。でないと次は確実に死ぬことになる。これは俺がかけた呪いだから、何があっても解けない」

 キヨは低い声で囁くように言って、そっと笑った。睨むより笑う方が怖いってのもあるんだ……


 それから体を起こすと、腕を取るコウに促されて男から離れた。何だかお母さんに怒られて連れていかれる子どもみたいで、さっきまでの止められない感じが嘘みたいだった。

 キヨが片腕を振ると、壁の炎は何事もなかったかのように消えた。でも壁は真っ黒に焼けただれ、部屋には焦げた臭いが充満していた。

 部屋を出ると一切火事の影響は出てなかった。ハヤが、キヨは火を付ける前に空間分離の魔法をかけていたと教えてくれた。それであの部屋の中だけに影響するようになってたんだ。


 配当金はとんでもない金額だった。キヨはそれを口座に振り込むように指示して、自分には旅に必要なだけの現金を受け取るに留まった。もちろん、お金持ちのお坊ちゃんが遊ぶ金としてだ。そこでも偽装を解かなかったのは、下手にあの男が手を出してきても仲間に影響ないようにらしい。


 祭りの花火はまるで際限なく上がるようだった。

 夜空が光に彩られて昼間より明るいみたいに感じる。俺たちは宿の窓からなんと、隣のうちの屋根に上って花火を見上げていた。どうやらこの宿の人たちは、いつもこうやって花火を見ているらしい。

 コウがシマを突いて気付かせ、シマは酒のボトルを回す。


「いいなーこれ。飲んで寝転がって花火見て、気持ちよく寝られそうじゃね」

 シマはそう言って笑いながら屋根に寝転がった。レツも真似て隣に寝転がる。

「超良く見えるよこれ!」

 言われるとハヤも転がった。

 俺も! コウも笑いながらその場で寝転がった。屋根に出るための窓辺に寄りかかるキヨは、ボトルを煽りながら花火を見上げている。

「キヨも!」

 レツに言われてキヨは苦笑する。

「ここからだって見えてるって」

「キヨも寝転がる! みんなでやるんだよ!」

 苦笑するキヨの裾をコウが引っ張った。そうだ……


「そうだよ、みんなでやんないと! キヨ言ってたじゃん、家族みてーなヤツらと一緒に見れるの嬉しいって。家族だからみんな一緒にやるんだよ!」


 キヨはちょっとびっくりした顔で俺を見た。その裾を引っ張っていたコウも、何だか驚いた顔で俺を見た。キヨはそれから、ちょっとだけ照れたみたいな顔で視線を外した。シマが花火を見上げたまま呟いた。


「家族かー……」

「家族……かも」

「家族だね」

「家族だよー!」


 レツが寝たまま両手を挙げて言いきると、コウが唐突に起きあがってキヨに抱きつき、そのまま無理矢理押し倒した。

「うわ、お前あぶねぇ!」

 キヨは酒をこぼさないようにボトルを死守したまま笑う。


「ちょ、コウちゃんみんなの前でそれは!」

「普段みんなをたしなめてる分、溜まってたんじゃねぇ?」

「お子様居るんだから最後までやっちゃだめだよ!」

「って言うか、お前退けよ重い!」


 みんなに突っ込まれても、キヨに肩を押されても、コウは笑っているだけだった。


「キヨくん」

 キヨは未だ退こうとしないコウを怪訝な顔で見上げた。

「家族だから言うけど、人殺しとかだめだからね」

 それは家族じゃなくてもだめだと思います……でもコウはキヨの胸に突っ伏すと、深いため息をついた。


「あの時、キヨくん止められなかったらどうしようかと思った。気持ちはわかるけど、ぶん殴ってでも止めるべきなのか、でももしかしたらキヨくん、なんか考えあるのかもしんないし」


 キヨはちょっとだけ視線を外した。

 たぶんあの時、キヨは怒りに我を忘れていた気がする。最終的にはあの男に言葉で呪いをかけてたから、誰も止められないって方が脅しが利くし、あの場でコウが止めないのが正解だったとは思うけど。


「団長が止めてくれてよかった」

「団長が止めたの?」

 レツがハヤを見たけど、ハヤはちょっと笑っただけだった。


「家族傷つけられて怒るのはわかるけど、でもだめだよ。それだって反作用ある。それが覚悟の上でもね、家族の俺たちが傷つく」


 コウは顔を上げ、真剣な顔で言った。キヨはちょっとだけ視線を彷徨わせてから、小さく「ごめん」と言った。


「誰が何言っても止められたでしょ。キヨリンは家族なんだから、家族の言うことは聞くよー」


 ハヤは花火を見上げたまま言った。コウはキヨの上から体を退かして隣に寝転んだ。血の繋がらない家族。俺はコウの袖を引っ張った。

「結局、同じよな家族と一緒にいたんじゃん」

 コウは血の繋がらない新しい家族から逃げていたのかもしれないけど、その逃げた先だって血の繋がらない家族みたいな仲間の中だった。

 コウは黙ったまま口元だけで少し笑った。


「甘えてたんだからしょうがねぇよ。裏切られないと信じてなきゃ、許されると信じてなきゃ平気で逃げられるわけねぇ」


 コウは小さくそう言って、夜空を見上げた。

 甘えてたって、そういう事だったのか……コウはずっと逃げていたけど、心の中ではそれを許してもらえると信じてた。


 ずっと信じていられたんじゃないか。ずっと繋がっていたんだ。


「家族……」

 俺たちは屋根にみんなで寝ころんだまま、花火を見上げていた。

「俺、お兄さん取った!」

「はぁ!? レツがお兄さんのハズないでしょ!」

「まぁ、妥当なところでシマさんが長男だねぇ」

「コウちゃんはお母さん!」

「えええ、それアリなの?」

「病んでるからキヨリンが次男」

「選出の理由が納得いかねんだけど」

「そしたら団長がそつのない三男?」

「あーりーそー!」

「えー! そしたら一番下になっちゃうじゃん!」

「そこ以外あると思ってるのがすげーよ」

「俺が勇者でみんなを引っ張ってくのにー!」


 レツの叫びは、一際大きく開いた花火の音にかき消された。みんな爆笑してる。

 花火の光が、みんなの笑顔を照らす。

 際限なく続くような花火は、夜空を虹色に染め上げていた。

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