第58話『ちょっと今回、優勝して欲しいんだよね』

「コウちゃん!」


 レツとハヤが猛ダッシュで舞台裏で衣装を外しているコウに駆け寄り、その勢いのまま抱きついた。コウも舞台の後で息が上がっていたのに、二人に飛びつかれても踏ん張っていた。さすが。


「超かっこよかったよ!」

「もうコウちゃん最高! 超惚れ直した!」

「いやーはは、団長も、ちゃんと戻ってよかった」


 コウは苦笑している。まさかコウ自身が舞台に立つとは。あの人見知りのコウが。

「私に早変わりをやるように言ったのも、彼よ」

 クリシーは衣装を着替えてから俺たちのところへ来た。え、そうなんだ?

「ディアビを説得したんです。ハヤが帰ってくるのは良くてギリギリ、もしくは戻ってこないかもしれない。その用意をしておくようにって」

 セスクは松葉杖をついてクリシーに並んだ。

 コウはレツの血まみれの服を見て唖然としている。レツは誤魔化すみたいに頭をかいて笑っていた。


 戻ってこないって言うのは……たぶん、コウは俺たちが単に約束を違えるとは思ってないはず。つまり、自分はあの約束を守るためにセスクたちのところに残ったけど、だからって俺たちが何事もなく帰ってこれるような簡単な旅に出たとは思ってなかったんだ。事実、俺たちは全滅しかけた。


「彼はそれでも、あなたたちと離れて俺たちとの約束を守って残ってくれた。『あなたたちの劇団です。誰も助けてくれないのなら、助けてくれる人間の言葉を聞くべきです。あなたの家族の』。コウはハヤが毒を盛られて声が出ない事も教えてくれました。俺たちが崖っぷちにいて、逃げようがない事を教えてくれたんです。逃げようがない上で、何とかしようとしている家族のことを」


 そう言ってセスクはクリシーを見た。

 クリシーはプロンプターもやってるって言ってたから、姫役だけじゃなくて主役の台詞も覚えていたんだ。だったら早変わりが出来れば、クリシーに主役が務まるかもしれない。


「彼女では主役は務まらんと思っていましたよ」

 声に振り返ると、ディアビが俺たちに近づいて来ていた。

「変な話だが、彼女は演劇がしたくてこの劇団に加わったわけじゃない。そんな事は初めからわかっていたんだが、この劇団で育ち、ずっと芝居に関わっている人間だけが劇団の者だと、どうしても考えがちでね」

 ディアビはそう言ってため息をついた。それからそっと首を振る。

「私が作った劇団だ。私が一番演劇に熱意を抱いている。そうでなきゃ団員を引っ張っていけない。そう思っていたから余計に、演劇目的でない加入者を認める事ができなかった」

 ディアビはそう言って、セスクとクリシーに近づいた。


「彼がその穴を埋めるというんでね。クリシーは演劇の経験はない。プロンプターを務めているから台本は覚えている。もちろん、それだけじゃ芝居は務まらんだろうと思っていた。だが彼女は役者たちの呼吸を覚えていた。そのタイミングがあれば、何とかできるかもしれない。もし彼女が不自然になるのだったら、その穴をコウが派手な立ち回りを演じる事で誤魔化してしまおうと」

 ディアビは俺たちにちょっとだけ向き直った。


「……お陰でうちの役者が一人あぶれてしまった」


 俺たちはみんな吹き出した。

 まさかコウが役を奪うなんて。でもクリシーは全然不自然じゃなかったと思うけど。むしろちゃんと主役だった。あの美男子は誰だって、逆に話題になっちゃうんじゃないかな。


「ま、それも全て杞憂だったがな。彼が言ったのは、ここにいる家族を信じるべきだという事だったんだろう。自分が助けるから、まず家族を信じろと」

 ディアビはそう言ってコウに向き直った。コウはディアビを真っ直ぐ見る。ディアビはコウの両手を取ると、その手を握って頭を下げた。


「……ありがとう。君のお陰で、大事なものを失わずに済んだ。家族の絆を」

「俺はそんな……」


 コウはそう言って口をつぐんだ。


 血の繋がらない新しい家族から逃げていたコウ。そのコウが、彼が逃げ続けていた相手と同じ境遇のクリシーを、家族として認めさせる助けになったんだ。

 俺はたぶん、その事を知っている人間としてここにいる他の仲間よりもずっと、その事を嬉しく思っていた。

 コウはちょっとだけ困ったようにディアビを見ていたけど、それでも何だかキチッと一本筋の通ったいつものコウがそこにいた。家族の事に関しても、ちゃんと筋の通った彼が。


「今日って何回公演?」

 キヨの言葉にディアビは振り返る。

「今日はあと二回だな。この祭り自体もともとが大道芸なんで、長時間足止めするのを嫌うんだ」

 なるほど、そう言えば観覧料はみんな投げ銭だったし、つまんなかったら途中で離れるのも構わないって言ってたもんな。

 キヨはふーんと言ってから、ディアビを見た。


「ちょっと、相談があるんだけど」

「相談?」

「うん、ちょっと今回、優勝して欲しいんだよね」


 はぁ!? 何そんな事簡単に言ってんの! 代役の代役で、そりゃクリシーは全然違和感なく演じきってたかもしれないけど、コウが出てたりで内容も変わってるんでしょ?

「優勝は……もちろん、目指したいが……」

 ディアビですら困惑してセスクたちを見た。


「実はもう布石打っちゃったんだよね」

「超フラグ立ってるよね」


 シマとハヤもニヤニヤ笑う。あの噂が広まっていたら、今日の残り二回の公演は、きっとすごい入りになるハズ……大丈夫なのかな。

「だから俺たちに手伝わせてもらえませんか。劇団の人間でもないし、完全な部外者ではあるんだけど」

「いやそれを言ったら、コウだって団員じゃないが充分すぎるほど助けになってもらっている。彼の仲間の君たちだって部外者とは思えんよ」

 キヨはそれを聞くとニヤリと笑った。

「勝手なこと、するかもしれないですよ」

 ディアビは困惑顔のまましばらく考えて、それから一度頷くと「話を聞こう」と言ってキヨを団の馬車へと促して歩き出した。俺たちはディアビとキヨを見送った。


「意外と話のわかる人じゃんか」

「コウちゃんが説得した時も、そうだった?」

「いや……団の事になるとスイッチ入る感じ?」

「あーあーあーあーあるねーそういうの」

 みんな、息子のセスクが居る前でハッキリ言いすぎじゃ……

「一体、何をしようと……」

 セスクとクリシーは、やっと一公演終わったところでこんな展開になって複雑そうな顔をしていた。


「いやいや、大丈夫。キヨリンに任せておけば。悪いようにはしないと思うよ」

「思うだけだけどな」


 それ! めちゃめちゃ投げてるけど! コウたちは面白がって笑った。セスクとクリシーは困惑顔で見合っている。

「たぶん、公演をちょっと派手にするんだと思うよ。そんなズルみたいな事はしないハズ……」

 俺は言いながらみんなを見た。みんな不自然に口を閉じて、いたずら隠したみたいなきょときょとした顔で俺を見返した。


 それ、めちゃめちゃ信用ないんですけど!

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