第57話『アレでそんなんじゃ、本気でしたらお前腰砕けるぞ』

「うわあ!」


 俺は唐突に放り出されて転がった。ここ、どこだ?

 ついた膝が砂に汚れる。慌てて立ち上がろうとしたら、後ろから押されて更につぶれた。ぐえ。

「わあ! ごめん!」

 レツは慌てて俺を抱き起した。うん、でっかい人に乗られた……死ぬかと思った。

「ここ……」

 褐色の石造りの塀が続く脇。これって城壁かな? 何だかやけに静かなところだった。でも遠くに賑やかな歓声が聞こえる。もしかして、ちゃんと帰ってこれた?

「おーい」

 顔を上げるとシマが手を振って近づいてきた。よかった、シマもいる。でも、

「キヨとハヤは?!」


 俺たちは立ち上がって辺りを見回した。シマがちょっと離れてたって事は、もう少し離れたところに落ちたかもしれない。俺は城壁に沿って走り出した。レツとシマも辺りを見ながらついてくる。

 城壁を支える石柱の陰の所に、放り出すみたいに倒れている黒い足が見えた。もしかしてキヨ!?


「キヨ!」


 転がるように壁を回り込むと、さっきまでとはまるで違ってぐったりと死んだようなキヨを抱き上げるハヤがいた。

 そんな、さっき跳ぶ前は簡単にクリアできそうに見えたのに……命賭けるって冗談じゃなかったのか……?


「ハヤ……キヨは……」

「パラスエリタラーシュ」


 ハヤの魔法は白く光り、きらきらした光の粒になってキヨに降り注ぐ。それ、全回復魔法、キヨはそんなに……っていうかハヤ、今……

 キヨは少しだけ身じろぎしてから、ゆっくりと目を開けた。


「キヨリン……」

 ハヤは言いながらそっとキヨに近付いた。キヨはぼんやりとハヤを見上げる。

 自然と顔と顔が近付き、お互いの唇が……と思ったら、キヨがガシっと片手でハヤの顔面を握り止め、二人はギリギリと押し合った。えーと……?


「……キヨリン、いい雰囲気の今、必要な展開それじゃないでしょ空気読もうよ」

「お前は、何考えてんだよ、目覚めたら全開ってお前こそ空気読め」


 でも明らかにキヨのが力負けしている。

 すると一瞬ふわっと風が起こった気がして、気づいた時にはハヤが抱き損ねたみたいに両腕をクロスさせていた。キヨは不機嫌そうにその脇に立って裾の砂を払っていた。あれ? 今、立ち上がったっけ?


「ちょっと、そういうのズルくない!?」

 ハヤはキヨを指差して猛烈に怒りだした。

 もしかして今の魔法? レツを運んだあの風の魔法だったのか! すごい、もう呪文無しで体得してる……レベル上がったんだ……

「団長! 声戻ったんだね! よかったよー!」

 レツに抱きつかれて、ハヤはレツを抱きしめ返した。

「もう、レツだけだよ僕に優しいのは! キヨリンなんか僕の唇奪ったクセに責任も取ろうとしないし」

 ハヤは言いながらキヨを睨んだ。キヨは呆れたような顔で見る。


「責任もなにもないだろうが、あんなの事故だ事故」

「事故の割りにはキスだけで暴れる団長黙らせたよな」

 シマが混ぜっ返すのをキヨは不機嫌そうに睨んだ。シマは「いひひ」と笑う。

「ホント、あの時舌まで入れたくせに」

「入れてねぇよ」

「うそ、超ディープだったね」

 キヨはそう言うハヤを見下すみたいに見た。


「アレでそんなんじゃ、本気でしたらお前腰砕けるぞ」


 キヨの低い声にハヤだけでなくレツもシマも同時に嬌声を上げた。っていうか、コウが居ないと誰も止めないな……


「ってそんな事してる場合じゃなかった!」

 シマが言って俺たちは同時に頷いた。キヨについて走り出す。っていうか今何時?! 間に合って!


 キヨのナビで城門から先、人でごった返す大通りを避けて裏道を走った。メイン会場の広場まで俺たちは走り詰めに走って、何だか体がバラバラになっちゃいそうな感じがした。

 そう言えば昨日から寝てないんじゃん……キヨ以外は回復魔法もかけてない。ハヤが壊れそうなおもちゃみたいに走る俺をチラッと見て、それからふわっと腕を振った。走る俺たちに、ハヤの回復魔法が降り注ぐ。

「ありがとう」

 ハヤは少し笑って「急ごう」と言った。それでもメイン会場の広場に出ると、あまりにもたくさんの人出に歩くことさえ困難になった。


「セスクたちの舞台は?」

「あっちだ」


 キヨが指さす。俺たちは懸命に人垣を縫って舞台へ近づいた。しかし、その舞台の幕は既に上がっていた。

 でも、ハヤも居なくてどうなっちゃったんだろ、もしかしてセスクたちは舞台を諦め、別の劇団がやってるとか……やっぱり、間に合わなかったのか? 


 セスクたちがやっているはずの舞台を取り巻く人は多く、俺の背じゃ前の人の頭で舞台上は何も見えない。しかもこれ以上はがっちり人で塀が出来てるみたいになってて進めない。一体どうなってるんだ?


「うっそ、マジで……」

 俺は思わずと言った風に呟いたシマを見上げた。ちょ、何があったの?

「へぇ、これはこれは」

 キヨはちょっと面白そうに言った。だから何だよ!

「何か持ってかれちゃったって感じ?」

 ハヤは言ってレツに振る。俺にも見えるように、って言うか何があるんだよ!

「コウちゃん超かっこいい!」


 ええええ?! 俺は身近の人が使っていた脚立にこっそり足をかけて、シマの肩を借りて伸び上がった。


 舞台の上には、鮮やかな剣さばきを見せる主役の男性に、負けないくらい喝采を浴びている敵役が居た。

 軽業を繰り返し、舞台端のほとんど棒だろってくらい細い足場に、軽々と飛び乗る。主役の男性が剣を繰り出すと、まるで重力がないみたいに高く宙返りをした。途端に会場が喝采に包まれる。


「あれ……コウ?」

 白い髪を赤く染め、何だか邪悪そうな胸当てをして銀色のズボンを履いたコウが、舞台を縦横無尽に飛び跳ねていた。


『お前の好きにはさせない!』

 主役がセリフを決めると、コウはゆらりと立ち上がった。あれ、この声ってもしかして……俺がシマを見ると、シマはにやにや笑っていた。


「クリシーやるなぁ、超美男子じゃんか」


 やっぱり! じゃあクリシーが早変わりで男女両方の役をやってるんだ! そしたら、舞台は大丈夫だったってことなのかな……?

「コウちゃん相手だと、クリシーが男性やっても違和感ないね」

「こんな展開なかったハズだから、きっとコウちゃん使えるんで立ち回りを派手に書き直したんじゃない?」


 そうだよな、あんなスタント、コウじゃなきゃ絶対出来ないもんな。っていうか、あんな事できるコウが居るんだったら使わない手はない。

「あーもう、僕全然出番ないじゃーん」

 キヨはハヤを見てちょっと笑った。でも何かに気付いたように、顎に手を添えて考えるみたいにした。

「……いや、そうでもねぇよ」

 そうでもないって? 俺を含むみんなが、きょとんとしてキヨを見た。キヨはみんなを集めて小声で言う。


「いいか、セスクの劇団の出し物は、祭りの三日間、進化していくんだ」


 キヨは噛んで含めるように区切って言った。進化……?

「なるほど」

「了解」

 シマとハヤは一瞬考えた後、当たり前のように答えた。

 っつか何がなるほどで何が了解なんだよ! でも二人はその後、人垣を縫って離れて行ってしまった。え、どういうこと? 俺とレツは離れていく二人を交互に見た。


 ワッと観客がどよめいて舞台に振り返ると、コウがゆっくりと倒れるところだった。腕を伸ばしてカーテンを掴み、カーテンが引っ張られて落ちる。

 ふわりと落ちるカーテンがコウとクリシーの間を遮り、カーテンが落ち切った時にはそこに立っていたのは姫の姿のクリシーだった。

 すごい! あっという間の早変わり!


『あなたの魂を許します』


 さっきとは違うきれいな女性の声。これ、本当に一人二役ってわかるのかな。

 紙吹雪が舞って倒れるコウを包み、観客が紙吹雪に目を奪われている間にコウの体は舞台から消えていた。

 観客は大歓声を上げた。メイン会場には他にも二つ舞台があるのに、そっちの歓声がわからないほどだ。

 舞台を終え、姫のクリシーやコウ、それから他の出演者も並んで挨拶をする。観客は我先にと投げ銭を集める劇団の人へと群がった。


「いやぁ、今年も面白かったな」

「なんか、明日はさらに変わるらしいぞ」

「そりゃ本当か?! 三日間同じじゃないってのか」

「さっき聞いたんだがな、毎日趣向が変わるらしい。前日と比べてみるのも面白いかもな」

「いやいや、それじゃ前の日のを見ておかないと損するじゃんか。こりゃ毎日通わなきゃならないぞ」


 え、それってもしかして……俺がキヨを見ると、キヨは満足そうにニヤリと笑った。でも……

「ホントに変わるの?」

 マントを引っ張って聞く俺には、キヨはちょっと笑っただけで答えなかった。

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