第61話『お前たちも勇者一行なのか?』

「ハルさん、詳しい事は何も言ってなかったの?」

 レツが聞くと、キヨはちょっとだけ首を傾げた。

「どうせギルドで聞くだろうからって感じだったかな。ただ御触れそのもの知らないんじゃないかと思って教えてくれたらしい。旅の間ギルド行ってないでしょって」


 そう言うとハヤもシマもコウも笑った。え、なんで笑うとこ?

「まぁ、勇者の旅とかじゃそうそうねーのかもしんないけど、長い旅になると仲間内でレベル違いだとか、性格の不一致とかあったりするわけよ」

 シマはそう言って俺の頭に手のひらをぼんっと置いた。ハヤはその言葉を継ぐ。

「仕事の契約内容にもよるけど、そういう時はギルドに行ってちょうどいい人と旅の契約しなおしたりするんだ。だから本来、旅の仲間ってのは流動的でギルドにお世話になる事も多い」

「その点、俺たちはそういう事がねーからギルドに行く事もない」


 ああ! じゃあこの仲間は、ずっと友達で仲間内の事もわかってるし、レベルが違うことで変な競争にもならないからギルドに行く事自体がないんだ。それで、ギルドで出された御触れを知らないんじゃないかと。

「じゃあ、あんまりギルドに行かない方がいい仲間ってことだね」

 俺が言うとシマは載せた手のひらでぐしゃぐしゃ撫でた。


「それにしたって緊急指令となぁ……」

 コウが呟いた。一体何があるんだろ。俺たちは何だかわからないまま、のんびりとギルドに向かった。

 公園通りから市庁舎のある広場に出て、それから西へちょっと入った辺りにギルドがあった。あの祭りの間何度も前を通っていたところだ。こんなところにあったんだな。俺たちはシマを先頭にギルドの建物に入っていった。


 中はそこそこ人が集まっていた。とは言え、普通のモンスター狩りの旅に出る冒険者も来るから、みんなが緊急指令のために来ているわけじゃない。

 シマはカウンターに近付くとギルドの男性と少し話をした。それから一枚の紙を手渡され、俺たちの所へ戻ってきた。

「なになに?」

 ハヤが面白そうにシマの肩から覗く。レツも真似して反対側から覗いた。


「『勇者御一行様、至急、王都エストフェルモーセンに集合されたし』」


「……大ざっぱだなー」

 キヨの言葉にシマはちらりと視線だけで見て笑った。


「『王都にて、勇者資格試験及び各職業におけるレベル検定を行う。今回の試験に不参加の場合、今後のパーティー契約において不利となる恐れがある』」


「……え?」

「それ、おかしくない? だって勇者の資格なんてお告げ見れるかどうかじゃん。それに勇者の旅に参加してる人だけが、試験受けないだけで今後不利になるなんて」


 ハヤの言うことはもっともだ。だいたい普通のモンスター狩りと違って、勇者一行ってのは5レクス圏外まで行けるんだ。だから普通の冒険者よりもレベルは高いはず。しかも不参加だったらって今後不利になるなんて人材の喪失じゃんか。全く意味がわからない。


「……逆に言えば、そう言わないと来ないってのもあるかな」


 キヨは通達を眺めて言った。そう言うとみんな「あーあーあー」と脱力したように頷いた。そうか、レベルが高ければ今更試験なんて受けようとしないから、こうでも言わなきゃ集まってくれないってことか。それならわかるかも。


「お前たちも勇者一行なのか?」


 俺たちがぼんやりと通達を眺めていたら、隣のテーブルにいた男性が声をかけてきた。濃い金髪で薄い灰色の瞳。この人も勇者なのかな。

 彼は立ち上がって俺たちが覗きこんでいる紙をサラッと取った。


「全く、面倒な事をしてくれるもんだ。こんな事をしている間にだって、クリアすべきお告げがあるというのに」


 ……レツはまだ次のお告げをもらってないけどね。チラッとレツを見たら、シマの後ろに小さくなっていた。あ、きっと気にしちゃってるぞ。


「それじゃ行かないつもりか?」

 シマが軽く返すと、男性は通達をシマに返して肩をすくめた。

「行かないわけにはいかないだろう。お告げだって全てクリアしたら俺たちは普通の旅に戻る。そうなったら、こんなところで不利なレッテルを貼られるわけにはいかないからな」

「じゃ、また会うかもな」

「ああ、その時はよろしく。お前が勇者なんだな」

 男性はそう言ってシマの肩を叩くと、シマが訂正する前に離れて行った。


「……勇者はレツだけどね」

「……まだ次のお告げもらってないよ」


 あ、やっぱ気にしてる。

「っていうか、お告げっていつか来なくなるもんなの?」

 キヨはちょっと周りを見てから、「外出るか」と言ってギルドを出た。俺たちも続く。近くの飲み屋に入って奥まったベンチシートのテーブルに着くと、シマが手を上げて酒を注文した。

「で?」

 酒と俺とレツのパームリエが届いたところで、ハヤがさっそく促した。キヨは濃い色の赤いタレンを一口飲んでからグラスを置いた。


「お告げ自体は、勇者しか受けないもんだ。むしろお告げを見るから勇者って言い方もできる。それはわかるよな?」


 俺たちはみんな同時に頷いた。


「ただ勇者がいつまでお告げを受けるかは、その勇者によるんだ。個人差っつーか。だから変な話、お告げ一回分だけ勇者だった人もいる」

「お告げ一回分の勇者!?」


 そんなのもあるのか! でも……お告げ受けたら5レクス圏外にも行けるってのに、一回しかお告げを受けられなかったらどうなっちゃうんだろ。

「そのためのコレだろ」

 キヨはそう言ってレツの左手を取った。そこには、勇者の印のホログラフがきらきらしている。


「じゃあ勇者がお告げを受けなくなったら、その印が消えるってこと?」

「らしいよ」

 キヨはハヤの言葉にそう答えるとレツの手をテーブルに戻した。レツはじっとその左手を見ている。レツの印は消えてない。つまりレツはまだ勇者ってことだ。

「じゃあ、待ってればレツは次のお告げをもらえるってことだね」

 俺がそう言うとレツは顔を上げ、それから嬉しそうに頷き美味しそうにパームリエを飲んだ。


「しっかしお告げ一回分じゃ、逆に凹みそうだけどなー」

 シマはそう言ってグラスを傾ける。俺も、もし勇者に選ばれたってのにお告げ一回で終わっちゃったら、すっごい落ち込むかもしんない。

「そういうもんじゃないだろ」

 コウがぼそりと言ったので、俺もシマもコウを見た。


「お告げってのは勇者がクリアするもんだ。でもそれって、勇者のためじゃないだろ」


 !! ……そうだ。勇者って、そうなんじゃん。

 私利私欲のためにお告げをクリアするんじゃない、それが誰かのためになるからクリアするんだ。だから勇者って呼ばれるんじゃないか。一回だろうが百回だろうがそんな事は関係ない。誰かのためになる事を、ただひたすらにクリアする。それが勇者だ。そんな基本的なこと忘れちゃうなんて。

 あああ、何か俺から勇者が一歩遠のいた感じ……シマもバツが悪そうに頭をかいていた。

「今思い出したんだったらいいだろ」

 凹んでいた俺にキヨがタレンを飲みながら何でもない事みたいに言った。


 そう、かもしれないけどさ。これからちゃんと心に留めておこう……もしかして、そういうところもあるのかな……レベル0のまま勇者になれたレツってのは。


「それにしてもあの人、お告げを全てクリアしたらっつってたけど、それだったらお告げって、全てクリアして終わるわけじゃないじゃんねぇ」

 ハヤはそう言ってタレンを飲んだ。

 そっか、あの人たちが受けたお告げと、レツが受けたお告げは違う。だから全てって言い方はおかしいのか。それにお告げ一回で終わった人もいるのなら、全てじゃなくて「自分担当分」ってのが正しいのかな。

 なんか、世の全てのお告げをもらってるみたいな言い方だったけど。もしかして、そういう勇者のが多いのかな。俺がみんなの困り事をクリアしてんだぞって気持ちの強い勇者。レツとは正反対だ。


「でも、最後のお告げってわかるのかな……」


 レツはぽつりとそう言った。最後のお告げ……俺は答えを求めるようにキヨを見た。でもキヨはグラスに口を付けて違う方を見ていた。たぶん、気付いているけど気付いてないフリだ。


「……わかったって、わかんなくたっていいんじゃん、別に。何が終わるわけでもねーし」


 コウはそう言ってグラスを傾けた。シマは肯定するみたいに小さく肩をすくめる。ハヤもそっと微笑んでいた。何が終わるわけでもない……

「そっかー……そだね」

 レツはそう言って微笑むと、パームリエを飲んだ。


 ……それは、勇者に未練がないから?


 最初から、勇者になりたかった俺と違って、偶然勇者に選ばれちゃったレツだからそんな風に思えるんだろうか。それと、彼の友達だから旅の仲間に加わったみんなだから。だからそんな風に思えるんだろうか。


 俺みたいに最初から勇者になりたくて、それで勇者見習いになるヤツだっているんだ。俺は勇者になるのが目的だから、そんな風に思えない。誰かのために戦うのだとしたら、ずっと戦っていたい。そうやって誰かのためになりたい。そういうもんじゃないのか?


 彼らだって勇者に選ばれて勇者の旅を続けているし、やってる事はちゃんと人助けだ。それでも、何の未練もなく勇者の旅を手放す事ができる。普通の、今までと同じ生活に戻ることに何の未練もない。でも俺はそう思えない。


 彼らと俺は決定的に違う。でも、どっちが正しいのかわからない。


「っていうかキヨリン」

 ハヤは言ってキヨの肩に顎を載せた。キヨは面倒くさそうに見る。

「せっかくチカちゃんからの通信なのに、なんで声出さなかったの?」

 あー、そう言えば、こう声が降ってくるみたいな。浜辺でキヨがハルさんからの連絡に気付いた時、キヨが独り言みたいに漏らしたからわかったけど、そうじゃなかったらキヨが固まっちゃっただけで何が起こったのかわからなかった。

 キヨは小さくため息をついた。


「いちいち出さなくったっていいだろうが。聞こえてるのはもともと俺だけなんだし」

「え、そうなの!」

 じゃあ、あの時が特別だったのかな? もしかして俺が聞いた事だったから、聞こえるようにしてくれてたとか……ハヤはキヨの肩から体を起こすと、憤慨するようなため息をついた。


「毎日連絡とか言ってたわりに声が聞こえないと思ったら……別にマナーモードにしなくてもいいのに」

「お前みたいのがいるのに、だだ漏れにするかよ」

「あーそれはつまり聞かせられないような事話してるってことじゃん! キヨリンのエッチ!」

「え、ちょっと会話だけでそれはヤバくないですか?」

「キヨいくらみんなに聞こえてないからってそれはダメだよ!」

「何も言ってねぇよ」

 盛り上がる三人をキヨが突っ込む。コウはあははと笑ってグラスを傾けた。っつか何がどうヤバいんだろ。


「っつかさ、結局エストフェルモーセンには行くんだよね?」


 俺が言うとみんなきょとんとした顔で俺を見た。

 え、行くんだよね? みんなはそれから黙ってレツを見た。

 レツはみんなに見られて、一通りみんなを見回してから頷いた。


「行くよ。王都に」

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