第46話『君……芝居をやってみる気はないかね』

「セスク!」

「クリシー!」


 セスクは駆け寄ってきた女性をしっかりと抱きしめた。もちろん、片腕だし半分は松葉杖に寄りかかってたけど。


 翌日、俺たちはセスクの馬車を引いて彼らの劇団が泊まっているという広場にやってきた。シマが貸し馬屋で聞き込みをしたところ、キヨの読み通りセスクの劇団員と思われる人が馬を借りていったらしい。シマが貸し馬屋に頼んで、馬を返しに来た時にどこに泊まっているか聞いてもらったのだ。

 彼らは街の外側にある馬車溜まりのような広場に泊まっていた。


「よかった、本当に……無事でいてくれて」

「僕は運が良かったんだ、彼らに助けられて」


 俺たちは感動の再会をぼんやり眺めていたけど、セスクがこっちを見たので何となく緊張した。長い金髪をスカーフで留めたクリシーは、女優みたいに派手な美人じゃないけどきれいな人だった。しっかり者のお姉さんって感じがする。

「何とお礼を言っていいか……本当に、ありがとうございます」

「いやぁ」

 真摯な感じで礼を言う彼女に、シマはニコニコしながら頭を掻いた。


 何と彼らはメインを張る劇団だったのだ。小規模とは言えそれなりに人気のある劇団で、あの市庁舎前の広場でやる……ハズだった。

 だから彼らは特別に用意された広場に泊まっているのだ。ここからメイン会場までは大きな通りが繋がっていて意外と近い。


 でもいくらメインを張れる劇団だって、肝心のセスクがこんな状態じゃどうしようもないよな。きっと彼らを楽しみにしていた人たちだって多いと思うんだけど、代役も居ないって言ってたし。

「とりあえず馬車も馬も戻したし、俺たちはここまでかな」

 キヨがそう言ってセスクを見たけど、ふとその背後に目をやった。


「いやあ、ありがとう!! 君たち!」


 やけに大柄で割腹がよく、声の通るヒゲの男性が近づいてきた。セスクを追い越して俺たちの前に立つその流れと同時にコウとキヨがさりげなく避け、男性に捕まったシマは手を握られてぶんぶん振られた。激しい握手だな……だ、誰……?


「うちの座長です」

「ディアビと言います。いやー、あなた方のお陰で私の劇団は救われた」

「いえ、そんな大した事してませんから……」


 シマはディアビの迫力に負けて何だか引け腰だ。

 まぁ、わからなくもないかな、やたら押しの強い感じだし。でも座長って事はセスクの父親って事だよなぁ? キャラ似て……ない、な。


「いやいや本当に、あの馬車が暴走した時にはどうしようかと……我々には魔術師や剣士などのように戦える者はいませんが、団員はみなセスクを捜そうとしたんです。それを薄情にもクリシーが止めましてね」

 ディアビはそう言って憤慨するようにため息をついた。あれ、何か……

「ま、結果的に今回はあなた方がセスクを助けてくれたからよかったようなものの、あのままセスクを失う事になってしまったら……」

 ディアビは言いながら首を振った。


 いやでも、戦えないのに街道や街の護りから離れていくなんて自殺行為だろ? どう考えてもクリシーが取った行動のが正しい気がすんだけど……

 俺はディアビの後ろに立つセスクとクリシーを見た。クリシーはセスクを支えながら何となく辛そうな表情をしていた。でもちょっとだけ、諦めてる感じにも見えた。


「そうですね、我々もあそこにいたし、今回は、運が良かった。それでは、そろそろおいとまします」

 キヨはさらりとそう言った。え、何かそれだとディアビの言う事認めたみたいじゃんか……なんか納得いかない……

 するとディアビはにこにこ笑ったまま「それでは」と言って俺たちより先に帰って行った。……忙しいのかな。

「すみません、座長はいつもあんな感じで」

 人気ある劇団だから、ちょっとくらいの失礼は許されるって事なんだろうか。反面教師にしたからセスクがこんなに優しい感じなんだったりして。

 セスクは他の団員が手伝いに来て両脇を支えられると、大変そうに団の馬車の方へ歩いて行った。あれ、何か今の人どっかで見たような……って気のせいか。


 クリシーはそれを見送りながら、俺たちに会釈して行こうとした。俺は思わず彼女の腕を取った。

「……クリシーの選択、間違ってないと思うよ」

 俺はちょっとキヨを気にして言った。クリシーは少し驚いた顔をしたけど、それからにっこり笑うと俺に向き直った。

「ありがとう、私もそう思ってるわ。セスクは心配だったけど、あの劇団に戦える人はいないから捜索隊を頼んだ方が現実的よね」

 俺はちょっとびっくりした。キヨと同じ思考回路だ。

「それにあなたのさっきの言葉、ホントは意味違うでしょ」

 クリシーはそう言っていたずらっぽくキヨを見た。意味違う? キヨはちょっと笑って小さく肩をすくめただけだった。クリシーは団の馬車を見やった。


「ディアビが始めた劇団なの。だから彼が絶対なのよ。血縁でやってるってのが誇りみたいで……私みたいによそ者はあんまり歓迎されないわ」

「よそ者って?」

 シマの言葉にクリシーはちょっとだけ寂しそうに笑った。

「セスクと結婚してあの家族に入っただけで、血縁じゃないもの」

 そうか、お嫁さんなのか……しかもそう言うって事は、あんまり待遇よさそうじゃないな。

 でもクリシーの取った行動って絶対間違ってなかったと思うし、それにクリシーの言う通りにしなかったら劇団全部大変な事になってたかもしれないのに。

 あ! そうか、キヨのさっきの『今回は』って言葉、クリシーの言うように行動したのを指してたんだ。それじゃさっきのって、ディアビの言葉が気に入らなくてさっさと帰ろうとしたのかな……しかも皮肉込みで。俺はチラリとキヨを見た。……やりかねないな。


「あ、いたいたー。ちゃんと送り届けられた?」

 声に振り向くと、ハヤとレツが手を振って近づいてくるところだった。シマが手を挙げて応える。クリシーがきょとんとして見ていた。

「俺たちの仲間だよ」

 そう説明すると、クリシーはにっこり笑って頭を下げた。

「あなたがセスクの看病をしてくれた方ね、本当にありがとう」

「いえいえ、旅してるからこういうのには慣れてます」

 ハヤはにっこり笑って言った。それだとものすごく俺たちが怪我ばっかしてるパーティーみたいだけどー。


「じゃあ、無事届けられたし、俺たちは俺たちの目的に戻らないとだね」

 レツがそう言うと、みんな頷いた。

 そうそう、俺たちはお告げのクリアが目的なんだし。っつか今回もわけわかんねー内容だから、ゼロから調べていかなきゃだけど。俺たちは「それじゃ」とか言いながらクリシーに手を振って、その場から離れようとした。

「君!!」

「え?」

 今のって、俺たちにかけたのか? 見るとディアビが真っ直ぐこっちへ向かって来るところだった。

 何か、迫り来る勢いがあって怖いです! 俺は思わずコウの背中に隠れた。

「君!」

 ディアビは真っ直ぐハヤに向かうと、彼の両腕をがっしり掴んだ。ハヤは何だか顔が引きつっている。


「君……芝居をやってみる気はないかね」

「は?」


 ハヤは目を見開いて、びっくりするほどすっとんきょうな声を出した。俺たちは全員、目を丸くして彼を見た。


 ハヤ、スカウトされちゃったよ。

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