第47話『しかも言い逃げたし! この高ぶりをどうしろと!』
「絶対無理!」
ハヤはぷりぷりして枕を抱いたままベッドに座っている。そうかなぁ……
「だいたい何で僕がいきなりそういう事しなきゃなんないのさ」
「でもハヤ、普段から芝居がかってるとこあるし」
俺が言うとハヤはキッと俺を睨んだ。うわあ。
俺たちは一旦宿に戻ってきていた。あの場に居たらディアビはハヤを手放そうとしなかったからだ。とにかくテキトーな理由をでっち上げて、みんなでさっさと広場を離れたのだ。でも下手に街を歩いていて劇団の人に見つかるのは心苦しいので、宿に戻るしかなかった。
「でもセスクが使えないからって、今年の祭りを全部諦めるのは劇団にとっても厳しいんじゃねーの?」
シマが壁に凭れたまま言った。もともとこの辺を回ってる一座じゃなかったら、ここまで来るのだって大変だったはずだ。それに大きな祭りって言ってたから、ここでいい成績を修めれば箔がつくのかもしれない。
「それは可哀想だと思うよ、思うけどさーそれとこれとは別だもん」
ハヤはやっぱり拗ねた顔で言った。みんなセスクには同情的なんだけどね。
「それに何かあの座長、超強引でさー、手伝うっていうよりやらせてあげるって感じじゃん」
ああ、確かに。何か人気劇団の主役に抜擢されたんだから、喜ばしい事だってくらいの気持ちで話してたよな。お願いしますって態度じゃなかった気がする。
まぁちょっと……面白そうとは思うけどね。ハヤが出たら。そういう意味では手伝って欲しい気がするけど、でも俺たちの本当の目的はお告げをクリアする事だし、うっかり祭りに夢中になっていてそっちがおろそかになるのも困るかな。
「で、お前が不満なのは何だ?」
え? 俺たちはきょとんとしてキヨを見た。キヨは面倒くさそうな顔でハヤを見ていた。
「え、だから……あの人ちょっと強引だし、いろいろそういう事とか、」
「そういう事って何だ」
口籠もっているハヤを遮って言うと、キヨは椅子から立ち上がってハヤの目の前に立った。キヨ、怒ってる……のか?
「だ、だから」
「お前、マレナクロンで俺に面倒な事やらせたよな、そういう事を指すのか」
「ち、違う……よ」
「じゃあ何だ」
キヨはハヤにもう一歩近づき、膝で彼の足を開かせると文字通り目の前に立って見下ろした。キヨの目、座ってるよ……ハヤは困ったような顔で何だか赤くなって枕を抱きしめている。
何か、誰か助けてあげた方が……キヨが本気で怒るとか、怖くてあんま見たくない。マレナクロンで不本意な事やらされたの、そこまで根に持ってるのかな。
俺はコウを見てみたけど、コウはいつもの無表情だった。シマとレツは……緊張した顔で見ている。けど、なんかちょっと期待してるっぽい顔だった。何を期待してるんだ。
ハヤはしどろもどろしながら、拗ねたように視線を外した。キヨは指先でハヤの顎を捕らえ自分の方へ向けた。
「こっち見ろよ」
俺の視界の端でシマとレツがちょっとだけ前のめりになったのがわかった。助ける……タイミング? まだなのか?
ハヤは何だかうるっとした目でキヨを見上げる。
「だって、僕そんな芝居とか、無理……だし」
「俺にはやらせといて? 逃げんの?」
「レツの……お告げも……」
「何の手がかりもねーのに? じゃあどうするのか言ってみな」
キヨは低い声で囁くように言った。怖い……囁きでも脅しになるんだな……
「……やりますって言えよ」
「え……」
ハヤは真っ赤になってキヨを見ている。何か視線が動かせなくなっちゃったみたいだ。未だに口籠もるハヤをキヨは見下すように見た。
「なにそれ、何か見返りでも欲しいとか言う? そんな余裕あんのにできねぇの?」
キヨは言いながらハヤの髪に、そっと指先を通した。ハヤは電流が走ったみたいにぎゅっと枕を抱きしめた。キヨはやっぱり面倒くさそうにハヤを見る。
「どうすんの」
「や……り、ます……」
おお! でもキヨはまだ冷たい表情のままハヤを見ていた。
「聞こえない」
えええ!? そんな、いじめなくても! ハヤは枕を抱きしめて真っ赤な顔のまま「やる、やります!」と宣言した。キヨはその顔を指先で上げると、ハヤの顔にそっと近づいた。
まだ……いじめるの? 俺もどきどきして何だか体が前のめりになる。
「……最初からそう言えよ」
うわ……うわー! ハヤは呆然とした顔のまま固まっている。キヨはそんな俺たちを残して「ちょっと出てくる」と言ってさらりと部屋を出て行った。
「きゃああああああああああ!!」
キヨが居なくなった途端、なぜかシマとレツが叫んだ。ハヤは燃料が切れたみたいにぱたりとベッドに倒れた。なに、何どうしたんだ!?
「どうしよ、キたね、キた」
「キヨのドS発動!!」
シマとレツは何だか嬉しそうにきゃあきゃあ言っている。
「団長ちょっと羨ましいよ……」
「最後たまらんな……」
二人は噛みしめるように頷いている。ぱたりと倒れたままのハヤが、深ーいため息をついた。まだ赤い顔していて何だか恍惚とした感じ。
「あれはナイ……普通あそこ、『よくできました』だよね……」
「手を抜かないね、きっちり最後まで」
「よくできましただとキュンだけど、あれだとズキュンだよ!」
「ああああもっと! って気になるよな……」
「飴と鞭じゃない、鞭しかない」
「しかも言い逃げたし! この高ぶりをどうしろと!」
ハヤはそう言ってばんばん枕を叩いた。シマとレツはホウっとため息をついて満足そうだ。
え、何、もしかしてみんな楽しんでた……? コウを見てみたら、やっぱり何だか苦笑して見ていた。もーう、わかってたんなら言ってくれればいいのに。超ドキドキしたっつの。
「お子様もドキドキしたらしいぞ」
コウがそう言うと、ハヤが「えー」と不満そうに声を上げた。
「お子様にはまだ早いから」
散々翻弄されといてよくいうよ! ドキドキってそういう意味じゃねーし!
「っていうかキヨはどこに行ったの?」
「何か、気になる事あるっつってたよ、さっきの帰り道」
気になること? なんだろう。お告げに関する事かな。でもお告げはまだ何にも調べてないはずだし、もしかして別のこと?
そう言えば、何でキヨはあそこまでしてハヤに劇団の手伝いをさせたのかな。
「そう言えば……なんでだろ」
レツは隣のシマに振った。シマは腕を組んでうーんと考える。
「祭りに出られないのが可哀想、ってのはキヨのキャラじゃねーな」
何かそれってひどい言われよう……当たってると思うけど。
「じゃあ、祭りの舞台に穴を開けたくなかったとか」
生まれた街の大きな祭りだから、キヨにも愛着みたいのがあったって事かな。でも、街を出てからのが長いのにそこまで思うかなぁ……
俺たちはみんな腕を組んで考えた。
「ないがしろにされているお嫁ちゃんに同情した、とか」
ハヤはにやりと笑って言った。
そのニヤリはまた浮気とか考えてんのかな……クリシーって頭良さそうだったし、キヨって頭いい人好きそうなのはちょっとわかるかも。でも彼女に同情しても劇団を手伝う事には繋がらない気がするけど。
俺はそう思ってコウを見たら、何だかコウは緊張した表情をしていた。あれ?
「コウ?」
コウは今気付いたみたいに俺を見た。何か怯えてるみたい。
「どうかした?」
「いや……いや、何でもねぇ」
……全然何でもないように見えなかったけど。でも俺はとりあえず流す事にした。何でもないって言ってるのに、無理して聞けないし。
「そしたら団長は、お手伝いしますってセスクたちに言いに行かないとだね」
あ、そっか。ここで決まったとは言え先方に言わないとわかんないじゃんね。ハヤはハァっとため息をついて、勢いを付けて立ち上がった。
「じゃあ、行ってくるかな」
っつか、他に何かする事ってナイ……よな。じゃあ俺も行く!
「そしたら俺も行く!」
俺と一緒にレツも手を挙げた。ハヤは苦笑してから、ついてこいって感じに頭を振った。俺とレツはバタバタをハヤの後を追った。
俺たちの宿から最短距離で広場に行く事もできたのだけど、俺たちは街を巡ってお昼ご飯にまた屋台で買い物をした。歩きながら食べるって、何か美味しい気がする。
今日のはふっくらパンに穴が開いていて、そこに炒めた肉と野菜がぎゅうぎゅう詰めてあって、さらに丸ごと揚げてあるものだった。ハタムというのだそうだ。熱々のパンに肉汁が染みていて美味しい。
「毎日こんなの食べてたら太っちゃうよ」
レツは嬉しそうに言った。レツって結構食欲に負けるとこある気がする。主に甘いモノに。
ちょうど食べ終わる頃に広場に着いた。俺たちはきょろきょろしながらセスクたちの馬車を探した。
「あ、いたいた」
俺たちは椅子に座っているセスクを見つけて近づいた。
「あ……もしかして、考えてもらえましたか?」
セスクはそう言うと少し立ち上がろうとした。
「あーあーいいから座ってて。まぁ……うーん、でも僕全くの素人だからね? 祭りでいい成績修めるとか、そういうの狙ってるんだったら責任持てないっていうか」
ハヤは言いながら頭をかいた。
普段のあのやり手っぷりって、芝居に持っていけないのかな……アレだけ出来れば、ちょっとした芝居くらい簡単そうなのに。やっぱ読まなきゃならない台本とかあると違うのかな。
「まさかそこまでは、ご無理を言って申し訳ありません」
セスクは丁寧に頭を下げる。うん、セスクは助けてあげたいって気になるんだよね。
「おお! 来ましたか! うん、それじゃ衣装合わせするか。ウィーラン!」
ディアビは早速団員を呼びつけた。なんつーか、来るのが当たり前って感じ。せっかくセスクのお陰でやる気になっても、これじゃなぁ……ハヤがいつまで続くかって事のが心配かも。
ハヤは何だか複雑そうな顔で劇団員と一緒に馬車の方へ歩いていった。俺とレツはぼんやりとそれを見送った。……あれ、やっぱ何か見たことある気がする、あの人。誰に似てたんだろ。
「ありがとうございます。俺が出られないことで全部を見送りにしてしまうには、惜しい舞台なので」
「ああ、だったら大丈夫だよ。ハヤ結構器用だから、何だかんだ言っていろいろ出来ると思うし」
レツはそう言って、いつものふにゃーって顔で笑った。セスクも申し訳なさそうながらも、楽しそうに笑った。
「ふむ……」
ディアビが顎に手を当てて俺たちを見ていた。というか、レツを見ていたという方が正しい……か?
「……君、君も出てみないかね」
「!? 俺!」
レツは驚いて口をぱくぱくさせた。俺もびっくりして彼を見た。
「いや、だだだだって、お俺そんなぜったいむむむ無理だよ」
噛みすぎ、レツ、噛みすぎです。
「セスクは早変わりをやるはずだったんだ。その分の役者が必要なんだよ。君、君なら出来る」
……早変わり、の他の役って、確か……
「女性の役……じゃなかった?」
「はぁ!?」
レツはものすごい勢いで俺に振り返った。
だってセスク、初めて会ったときに女装する途中だったんじゃん。俺がそう言うと、レツはほとんど気絶しそうなくらい真っ白くなった。大丈夫、かな?
「まぁ、女性の役と言えば女性の役だ。しかし! だからと言ってないがしろに出来る役柄じゃないぞ。セスクの早変わりを強調するためだけのキャラクターじゃない。彼女を演じることで新しい一面が開けるかもしれないんだ!」
ディアビの語りはかなり熱が入っていた。これ、役者の人には通用するかもだけど、全くの素人には逆効果な気が……つまり、ちょっとやればいいんじゃなくて、重要な役って事でしょ。
レツは話を聞きながらも、壊れちゃったみたいに首を振り続けた。
「なんだ、やってやればいいじゃん」
無責任な言葉が聞こえて振り返ると、キヨが居た。あれ、何でここにいんの?
「ききききキヨおおおおおお!! 無理だって!」
「そうか? やってみなきゃわかんねーだろ」
キヨの言葉はかなりテキトーだ。面白がってんじゃないかな……ディアビは尻馬に乗って「芝居はやってみなければわからない!」とか言ってる。
「何言ってんの、そんなに言うならキヨがやればいいじゃん! 体格だって同じくらいだし、キヨのがそういうの得意だし絶対上手いクセに!」
レツはそう言ってキヨの胸元を握って揺すった。ほとんど泣きそうだ。確かにキヨのがやれるだろうな。かわいい系のレツときれい系のキヨならどっちが女装似合うんだろう。
ディアビはその言葉に、「ふむ」と言いながらキヨの全身を舐めるように見た。
「確かに体格は問題ない……剣士よりも筋肉がない分細身だし……」
キヨはそれをチラリと見てから小さくため息をついた。
「バカ言え、こんな低い声の女が居るかよ」
レツはそう言われると泣きそうな顔のまま固まった。
あー、確かにそこはどうしようもない。あれ、でもキヨって歌うときは高い声出るのに……って、これ今言ったら後が怖いから黙っておこう。
「あの、」
声に振り返るとクリシーがセスクの傍らに立っていた。
「その役、私がやります。やらせてください」
「クリシー!」
驚いた俺たちと、助けが来て嬉しそうなレツと、何だか不機嫌になったディアビが彼女を見た。
「セスクの練習は毎日見ているから、セリフも覚えています」
「プロンプターもやってるから、そこは絶対だよ」
セスクが嬉しそうにディアビを見る。でもディアビは見るからに不満そうだった。なんだろ、この閉鎖的な感じ。同じ家族なのに……
「……しかし、あれは重要な」
「重要なら余計に、素人のレツに今からやらせるのは無理じゃないの?」
俺が言うと、レツとクリシーとセスクは嬉しそうに俺を見た。ディアビは苦々しい顔で見た。でも事実だもんね。
「ま、レツが台本なんか覚えられるわけねーな。あの成績じゃ」
キヨがぞんざいに言う。うわ、自分が主席クラスだからってそこまで言わなくても。
「うんうん、俺そんな覚えられないよ」
レツはにこにこ笑って言った。おーい、そこ反論しなくていのかよー……
「祭りまで日がないですしね、公演がめちゃくちゃになるよりは現実的な選択ですよ。こいつが出たら、むしろ他に迷惑がかかる」
キヨはディアビに向かってそう言った。さっきまでレツをけしかけてたのに、なんて変わり身の早い。
「僕からも、お願いします」
セスクは座ったまま頭を下げた。実の息子なのに頭下げるとか、ホントに座長って絶対なんだな。ディアビはしばらく納得がいかない顔で黙っていたが、しぶしぶ頷いた。やった!
「だが! 役者じゃなかったからと言って手加減はせんぞ。劇団の人間が出るのだったら、今年はもちろん優勝を狙ってもらおう!」
ディアビはそう言い切ると、俺たちを置いてどすどすと馬車へ向かって歩いていった。歩き方がまだまだ納得してないって言ってるみたいだった。俺たちはその後ろ姿をぼんやり見送った。
「……すでに団長が出てるってのに」
うん、劇団員だけじゃないのにね。
あーあ、ハヤ、巻き込まれちゃった感。
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