第45話『その上で投票か。そりゃすごいレベルだな』

 翌日、俺たちはセスクの家族を捜す事になった。


 セスクは未だに自由に動ける感じじゃない。杖もやっぱり腕の怪我のせいで上手く使えなかった。

「ホントに申し訳ない」

「気にすんな」

 キヨはちょっと肩をすくめてそう言った。


 何かちょっと意外……絶対そういうの面倒くさがると思ったのに。俺は先を歩くキヨを追いかけた。

「キヨって仲間じゃない人にも優しいんだな」

 そう言った俺をキヨはチラリと見て、それから視線を戻した。

「動けなくてよかったかもしんねーだろ。あいつの家族が無事着いてるかどうか、わかんねーのに」

「だって街からは練習する程度離れてただけだろ?」

 振り返るシマに、キヨはちょっとだけ視線を外して「まぁな」と言った。

「馬車が暴走してアレだけの怪我を負うほど引き回されたから、俺たちのキャンプに辿り着いた。家族はその場所から動かないで、すぐクルスダールに行くって決断してれば大丈夫だろうな」

 それを聞いて、シマはちょっと難しい顔をした。


 いくらなんでも、何日もセスクの馬車が暴走してたとは思えない。俺たちのキャンプに現れたあの日にモンスターに遭ったんだとして、じゃあ彼の家族は、彼を捜そうとせずに一晩をその場で過ごして、翌日クルスダールに向かっていればモンスターに合う危険が最小の状況でクルスダールに居るはずだと。

 看板俳優がいなくなっちゃっても、捜さずにいられるかな……


「あと問題は、馬車に馬が足りなかったって事くらいで」


 あ、そうか。セスクの馬車に二頭の馬がついていたって事は、連結していたはずの他の馬車には馬がないって事か。だったら、まだ辿り着いてないかもしれない。っつか、辿り着けないんじゃ……

「そんで、どこ向かってんの?」

 聞いたレツをチラリと見る。

「貸し馬屋」

「ああ!」

 コウは納得したように指を鳴らした。

 そっか、馬が足りなかったとしても、いくつも馬車を使う劇団なのにまさか二頭だけのはずはない。だったら残りの馬に乗ってまずクルスダールへ来て、馬を借りて戻ればいいんだ。

 それだとまだクルスダールに辿り着いてないかもしれないけど、それでもセスクの家族が馬を借りていたら、そのうちそこへ馬を返しに来る。


「と、言うわけだから、手分けして探して」

 キヨが立ち止まったのは、城門の近くで貸し馬屋や貸し馬車屋が軒を連ねる辺りだった。

 俺とコウとレツは無言でお互いを見た。

 ハヤは街の医者のところへセスクの薬をもらいに行ってるし、そうなるとシマとキヨが聞き込み実行部隊だ。そうすると、二人と三人で別れれば……俺たち三人は頷き合った。交渉成立。


「俺ちょっと別にやる事あるから、わかったら宿の方に連絡しといて」


 そう言うとキヨはさっさと歩いて行ってしまう。ちょっと、それ困る!

 と、とにかく誰がシマと行くかが問題だ。シマと行けなかったら何も出来ない。俺たち三人はさっきとは逆に、ライバルみたいにお互いを見た。


「んーそしたら、とりあえずバラバラに行くか」

「「「え!!」」」


 同時に叫んだ俺たちを、シマは苦笑して見る。

「お前ら、ホントこういうのダメだなぁ……いいよ、俺がテキトーに聞いてくるから、三人は祭りの事とか見てこいよ」

「でもシマさん、祭りの事ならキヨくんが」

 クルスダール出身のキヨは実際に祭りを見た事があるんだから、俺たちが聞きに行かなくても知ってて教えてくれるんじゃないかな。

「居たっつってもガキの頃だし、キヨはあんなんだからお前らが見てきた方が楽しい事わかるだろ」

 そう言ってシマは俺の頭をぼんっと叩いて、その手を挙げて去っていった。俺たち三人はその後ろ姿を見送った。


「祭りに……」

「行っていいって!」


 俺とレツは両手を挙げてハイタッチした。コウは苦笑して見たけど、自分だって嬉しそうだ。それに知らない人に聞き込みできないんだから、もう三人で祭りの様子を見にに行くしかない。

 俺たちは大通りをメイン会場である街の中心の広場に向かって歩き出した。


 街は祭りの飾り付けがしてある。至る所にランタンが結びつけてあって、やたら派手だ。

「祭り自体はまだ始まってないんだよね?」

 俺が言うとコウが頷いた。

「確か、まだ数日あるって聞いたけど」

 それでも街の通りには大道芸人なんかが溢れていた。道行く人が時折立ち止まっては、当たり前のように投げ銭を入れていく。

 何か大道芸とかってお金払うとなるとスルーしちゃう人とか多そうなのに、ここにはそういうのがちゃんと根付いてるんだな。


 クルスダールは街の南が海に面した街だった。マレナクロンのように港にでっかい船が並んでいるような港湾都市じゃない。港はあるけど半分だけで、あとの半分は砂浜になっているらしい。

 俺たちは街の北西から入ったから、海とは反対側に宿を取ったのだけど、街自体はそんなに大きくないから歩いて海に出られるとキヨは言っていた。家々はレンガ造りで建物もそんなに大きくない。道にはきちんと石畳が敷かれていて、大きな通りは賑やかだけど路地に流れる空気はどことなくのんびりしていた。


「広場ってあそこ?」

 レツが指さした先には、真ん中にモニュメントらしき塔の建ったかなり広い円形の広場があった。広場の回りには賑やかな露店が建ち並び、今は馬車も入り込んでいる。広場自体は市庁舎などの建物に囲まれていた。正面にあるのは領主のお屋敷か。石畳の広場は広いばっかで使い道がなさそうなくらい広かった。

 もしかしてコレって、祭りのためだけにこんな広いのか……?


「ここで演劇とかやんの?」

「ああ、ここがメインの舞台になるんだよ。お前さんたち、よそから来たのかい?」


 俺の言葉に傍らにいた男性が答えた。突然の事に思わず頷く。


「だったら知っておかないとな。ここがメインの会場。毎年の投票でいい成績の劇団だけが、祭りの間ここでやれるんだ。演劇は客の取り合いってのも難しいからな。この会場には舞台が三つできるんだ」


 そう言っておじさんは市庁舎前と、あと三角形の頂点になるような辺りを指さした。俺たちはその指さす先を目で追う。三か所には舞台の設営が行われているところだった。


「ここの祭りは基本、大道芸でね。客を惹きつけておけなかったらそれは芸人の力不足って事だから、最初に見物料は取らないんだ。演劇だって例外じゃない」

「その上で投票か。そりゃすごいレベルだな」


 コウが広場を見ながら呟くと、おじさんはなぜか嬉しそうに頷いた。きっと自分の街の祭りに誇りを持ってるんだな。

「でもそしたら、ここでやれない劇団はどうすんの?」

「メイン会場のレベルにない劇団は、街のあちこちで自前の舞台を設置してやるんだ。この広場から海へ向かって公園通りが通ってる。そこは広いから結構な数の劇団が舞台を出してるよ」

「街全体が劇場みたいなんだね」

 レツが言うとおじさんは何度も頷いた。

 俺が礼を言うとおじさんは「楽しんでってくれ」と言って去っていった。俺たちは舞台を設営中の広場に入っていった。


「おおおおお!」


 途端にコウが感嘆の声を上げた。

 無理もない、舞台の回りには小さな屋台が並び、そのどれもが見たこともないような料理の屋台だったからだ。コウが期待満面の顔で振り向いた。俺とレツは顔を見合わせる。

「えーと……」

「……早いけど、お昼にしよっか」

 俺たちは悩むコウにくっついていくつかの屋台を巡った。

 スパイシーな香りや、思いもよらない甘い香りがしたりして、一体どんな味なのか想像がつかない。でも全て美味しそうだった。こってりとした甘酢あんがかかった鶏肉、さっぱり野菜をふんだんに使った麺……しかもどれも手頃な価格で、結構食べやすい形。


「みんな食べながら見物するからね、面倒な食いもんは売れないんだよ」


 そう言って屋台のおばさんは笑った。

 俺たちは香ばしい香草の入った薄い焼き物にした。貝やイカなどの魚介類が入っていて上からも鉄板で押さえつけ、これでもかってくらい平たく焼いてある。くるくるっと巻いて紙でくるんで渡されたので、そのまま歩いて食べられるのだ。ピパンという名前らしい。

 魚介類こんなにいろいろ初めて食べた……コウは今回も難しい顔をして吟味していた。俺たちは食べながら公園通りを海へ向かって歩いた。


「屋台とか大道芸はもうやってるんだな。でも演劇の公演は祭りが始まらないとやらないと」


 公園通りは広場から真っ直ぐ海へ向かっていた。

 通りは両サイドに二本通っていて、真ん中に違う色の石畳が敷かれ街路樹の植えられたスペースがあるのだ。木のベンチが等間隔に置かれている。なるほど、通りそのものの真ん中が公園になってるんだな、それで公園通りなんだ。

 すでにここにも大道芸人が芸を披露していて、賑やかな笑い声が聞こえる。


 集まる人を見て、やっぱりメイン会場は違うかもと思った。いくら通りが広くても、あの広場の三分の一を使って客を集められるのとは桁違っちゃうわ。そりゃみんなメイン目指したくなるかも。


 散歩する人やベンチで休む人がいたりして、街の中心だけどなんだかのんびりした感じだ。道が緩やかに傾斜しているのか、家々の向こうに海が光を反射しているのが見えた。


「セスクたちってどのくらいの劇団なんだろね」

 レツが言うと、コウはうーんと唸って視線を上げた。

 考えてみれば、傷だらけのセスクを見知っているだけで、未だ彼の芝居も劇団は見たこともないんだ。一応衣装はいっぱい持ってたから、それなりの劇団なんだろうとは思うけど。

「家族経営っつってたからな、小規模だとは思うよ」

「え、でも大家族みたいって言ってたじゃん」

 コウは俺の言葉にちょっと肩をすくめた。

「普通の家族に比べたら、だろ。両親と子ども二人の四人家族に比べたら、その家族が三つ集まっただけで大家族だ」

 まぁ、そうかもしれないけど……俺は食べ終わった紙をくしゃりと丸めた。えーと、ゴミは……何気なく顔を上げたら、路地の角にゴミ箱があった。さすが、祭りとかってこういうのあると便利なんだよな。俺はコウとレツの分も受け取って路地へ走った。


「上手くいったのか」

 俺は押し殺したような声に顔を上げた。あれ、誰か居る?

「ああ、もう大丈夫だろう」

 ゴミ箱からちょっと路地を覗くと、そわそわと落ち着かない男の背中が見えた。


「……そうか、ならいいが」

「おい、俺はいつまで、」

「ああ、そのうち上手く雲隠れすればいい。一人ぐらい消えても困りゃしねーだろ」

 後ろ姿の男は呆れたように両腕を広げた。なんか、悪巧み……?

「お前、バレるに決まってるだろ?!」

 しかし相手の男はうるさそうに手を振って路地の奥へと去っていった。後ろ姿の男はしばらくイライラと頭をかいていたが、くるりと振り返って出てきた。


「わ!」

 男はぶつかりそうになった俺を不機嫌そうに睨んだが、何も言わずにそのまま去っていった。コウが不思議そうな顔で近づいて、俺と去っていく背中を見比べた。

「どうかしたか?」

「いや……」

 何か悪巧みを立ち聞きしちゃったっぽいけど、何のことだか全然わかんなかった上に全く知らない人なんだから、勝手なこと言えないよな。

「何でもない」

 俺は男が去った方から視線を外すと、きょとんとしているコウとレツと一緒に歩き出した。

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