第44話『毎年でかい祭りがあるんだ、大道芸の。』
「どう?」
馬車から戻ったハヤにシマが声をかけた。
「ん、眠ってる」
ハヤはそう言って焚き火の近くに座る。
「あの人……」
アレはどういう事なんだろう。女性の化粧をした男性。ハヤとは違う印象の意外ときれい目な見た目だったみたいだけど、ちぐはぐに見える化粧の所為でよく見てなかった。
ていうか、見慣れなくて、あんまり見ちゃいけないような気がしたんだよな……
「たぶん旅芸人だろ、あの馬車って連結出来るタイプだし」
キヨは何でもない事のように言った。
旅芸人! それって、街や村を巡って劇や見世物をやったりするヤツじゃん! 俺の集落にはめったに来なかったけど、すごい面白かったって見てきた人が言ってたっけ。そうか、それであんな化粧に、あんなにたくさんの服があったんだ。
「サフラエルにも時々来てたよな、この辺回ってるとこなのかな」
「俺、いっつも最前列で見てたよ」
みんなはわいわいと話しだした。やっぱああいうのって人気あるんだな。あんな風に女装するのも珍しくないのかな。女装してても気づかないんだろうか。舞台の上の現物見てないからわかんないな。
「でもあの人、どこから来たんだろね。怪我してるから無理できないし」
男性の怪我は、見た感じは擦り傷や切り傷だったけど、どうやら筋か骨に異常があるとハヤが言っていた。
回復魔法って何でも治せる気がしてたけど、そうじゃないらしい。回復魔法で何とか出来るのは人間の回復力・治癒力だけだという。それも個人差もあると。
そこら辺の個体差をかなり埋められるからハヤの魔法は効くらしいんだけど、それでも一瞬で何でも治す魔法はないんだって言ってた。そこを治す魔法は医術系の魔法で、回復魔法とは違う上にかなり難しいらしい。
「あの怪我じゃ、しばらく舞台に立てそうにないね」
ハヤは言いながらお茶のカップに口を付けた。っつか、あの怪我じゃ馬車を操って元いた所に戻るのだって難しそうだ。
「でも……どうにかして戻してあげないと。劇団の人だって心配してるよ」
「そうは言ってもなぁ……この辺に村とかなかったよな?」
シマが言うと、ハヤもうーんと唸った。確かキヨも前の村を通過したところで、次はクルスダールまで集落はないって言ってたし。
「近くにないとなると……場所もわからず送っていくわけにもいかないね」
コウが言いながらシマにお茶の鍋を回す。
だいたい俺たちには馬車はないんだし、あの馬車直して使えるようにしないと彼を送っていく事すらできない。あれだけ荷物が満載なところを見ても、馬車ごと送らないと意味ないだろうし。
「あ」
何か唐突に声を上げたキヨを、一同きょとんとして見た。どうしたんだ?
「そう言えば、ああ……」
「なに一人で納得してんの、エロい事でも思い出した?」
混ぜっ返すハヤをチラッと睨んでからキヨは口を開いた。
「たぶんあの人の劇団、クルスダールに向かうと思う」
「なんでわかるんだ?」
キヨはお茶のお代わりをシマから貰いながら言った。
「毎年でかい祭りがあるんだ、大道芸の。国中から旅芸人が集まって、見た人の投票で優勝が決まる。ちょうどその時期だから」
街に入る前にリハーサルしてたんじゃね? と、キヨは何でもない事のように普通に言った。でも聞いた俺たちの反応は違った。
「おおおおおおおおおおおお!」
キヨは驚いて見たけど、一同全員が喜びの声を上げた。そんなお祭りが!! 超楽しみじゃん!
「すっげーすっげー! 俺投げ銭用にゴールド稼ぐわ」
「屋台もいっぱい? 美味しいおやつあるかな」
「国中ってすごいレベルなんじゃない? 見応えありそう!」
「そういう祭りって地域ごとの料理が出てたりするんだよな……新しい味の発見が」
俺たちは笑っていたけど、キヨはあんまりはしゃいでなかった。ただ穏やかな笑顔ではしゃぐみんなを見ているだけだ。もしかして家族とかの悲しい思い出がその祭りにあるとか……
「……キヨ、あんまり嬉しそうじゃないね」
本当は家族の事とか聞きたかったけど、さすがにそこまで言えなかった。キヨはチラッと俺を見たけど、すぐにみんなに視線を戻した。
「いや……むしろ逆」
逆? 逆って事は、嬉しいって事か?
「……俺、いつも一人で見てたからさ。今度は、家族みてーなヤツらと一緒に見れるんだなーと思って」
キヨは俺にしか聞こえない小さな声で言った。
家族みたいな……仲間って、キヨにとっては家族と同じなんだ。俺は何だかそれを聞いて、俺まで嬉しくなって笑ってしまった。血が繋がってなくても家族なんだってすごい。
「まぁ、それにしても、馬車を直して引っ張ってく手間には変わりないね」
「馬車ぐらいなんとかなるだろ。ちょうど森の近くだし、テキトーな木で補強すればさ」
シマはそう言って笑い飛ばす。楽しい事が先にあると、気が大きくなる。
俺たちは気分良くその日の眠りに就いた。
びっくりしたけど、キヨは手先が器用だった。
コウは料理の事もあるし器用だろうなと思ってた。
でもキヨは、無駄にレベルが高くて攻撃魔法のハズの黒魔術をちょこちょこ使えるから便利と言えば便利なんだろうけど、それを度外視しても器用だった。
小さな薪割り用の鉈しか無いのに、拾ってきた木とロープでさくさく補強して馬車の車輪をあっという間に直してしまった。木目に沿って魔法で弾けさせてサイズ揃えて木を割るとか、普通出来ないよな……
たぶんちゃんと道具があればもっとちゃんと直せると言ってたけど、俺たちはその出来栄えだけで十分だと思った。
「俺、言うだけ言って何も出来ない子でした……」
「俺、何も言ってないけど出来ない子だよ……」
「コウちゃんとキヨリンがいてよかった……」
呆然と見守る俺たちにキヨは笑う。
「俺らだけじゃ何もできねーよ、シマのモンスターが支えてくれたりしてたじゃん」
確かにね、あの馬車を支えておくなんて俺たちが全員でやっても無理だったし、モンスターに手伝ってもらわなかったら片方の車輪を上げるとかできなかったけど。
「ほんとに、何とお礼を言っていいか……」
セスクはそう言って体を少し起こした。慌ててレツがそれを留める。
「まだ無理しちゃだめだよ!」
化粧をすっかり落としてしまえば、セスクは普通にイケメンだった。
少しだけウェーブした長めの淡い茶色の髪、適度に引き締まった体。あまりくど過ぎない顔は表情によって快活な男性にも見えるし、気優しい青年にも見える。なるほど、これが俳優さんってやつか。
「別に、もともとクルスダールに行くつもりだったから、ついでだよ」
キヨはそう言って、コウとシマがセスクを支えて馬車へ戻した。どっちにしろ彼はクルスダールまで歩けない。キヨが余った木で杖を作ってやったけど、片腕の怪我がひどいらしくてまともに使えなかったのだ。
「馬もちゃんと怪我してねぇから引いてけるし」
「補強だけだから馬車には乗れないけど、俺たちは歩けばいいしな」
きちんとした車輪じゃないから負荷がかかるのだ。馬を俺たちのも繋いで三頭立てにしようとしたけど、どうにもバランスが悪いので結局二頭立てのまま進む事になった。
キヨが言った通りクルスダールはもうそんなに遠くなく、普通に行けば今日中にクルスダールには着けるそうだ。セスクの馬車は、ちょっとキィキィ音をたてるけど普通に動いた。俺たちはその脇を歩く。
「祭りの間は人出が多いから、セスクの劇団を探すのは難しくなるかな」
朝ご飯の時に聞いた話だと、セスクは父親が座長を務める劇団で俳優をしているそうだ。家族と血縁で組織された劇団らしく、大家族みたいなもんだと言っていた。
キヨが言ってた通り、今回の演目の練習を街から離れた辺りでやっていたところ、現れたモンスターに馬が驚き暴走してしまったらしい。劇団そのものは結界道具も使っているから安全なはずだとセスクは言っていた。
「みんなセスクが無事で、クルスダールに向かうって思ってくれるかな」
レツは馬車の隣を歩きながら言う。っていうかそう思ってくれないと、いつまでもすれ違っちゃうんだけど。
「大丈夫だろ。結界道具があるからと言うって事は魔術師が同行してない。自分たちで探しようがないんだったら、クルスダールで捜索隊を頼んだ方がいいからな。むしろ無事だと思ってなくても街に向かう」
キヨは何でもない事のように言った。いや、その想像は冷酷過ぎて怖いです……
「すれ違いにならないならいいよ、俺たちも余計な手間にならないからさ」
シマはそう言って手を頭の後ろで組んだ。でもこのままクルスダールに着いたとして、セスクの劇団がすぐ見つからなかったら結局俺たちが探す羽目になると思うけどね。セスクはあの通り動けないんだし。
「問題はむしろそこよりさー……」
俺は言い濁したハヤを見た。コウもあーとか言ってる。何だ?
「看板俳優が使い物にならないって事の方が問題だよな」
あ、そうか……セスクはそんな言い方しなかったけど、座長の息子であんなイケメンだったらきっと一座の看板俳優っぽいよな。だとしたら、あの怪我で祭りに出られない事が問題なのか。代役とか、いるのかな。
「代役はいないんです」
セスクはちょっとだけ悔しそうに言った。
今日は馬車もあるし道のいいところを進んでいるけど、セスクの体をいたわって時々休んで進んでいる。一休みのお茶をセスクに運んで、俺たちは扉を開け放った馬車の近くで休んでいた。
「あの演目は僕が男性と女性を演じ分けるんですが、それで何とか人数が足りているというか……俳優の数が少ないんです。僕と、あとは数名。もともと巡業ですから、自前の小さな舞台でやる演目ばかりで。普段はそれでいいんですが、今回のような大きな祭りに参加するとなったら、早変わりで目を引こうかと思っていて」
考えてみたらそうだよな。親戚含めた大家族つったって、全員俳優ってわけじゃないだろうし。むしろ裏方がいないと舞台って成り立たない気がする。だから俳優は色々やらなきゃならないんだ。
セスクって普通にイケメンだし、早変わりで何人もの役を演じ分けたりしていたら、それは確かに見物かもしれない。
「何とかならないのかな?」
レツが心配そうに言った。っつっても……
「どうにもならねーだろ」
「キヨリン、もうちょっと考えてあげなよね!」
ハヤに怒られてもキヨは小さく肩をすくめるだけだ。
普通口に出して言わない事だけど、それってホントの事だよな。俺たちに出来ることってセスクをこのままクルスダールに連れて行くくらいだし。
「いえ、でもこの際どうしようもありませんから。こうやってクルスダールまで連れて行って貰えるだけで十分です」
セスクはそう言って弱々しく笑った。
結局俺たちはその日の夜にクルスダールに辿り着いた。
セスクを気遣ってゆっくり進んだから時間がかかってしまったのだ。その上セスクの馬車は大きいので街の中の宿屋には停めることが出来なかった。しょうがないから街の境である城壁に近い宿屋を取ることになった。
夕食の時間は過ぎていたけど飲み屋で出している食事をもらえたので、馬車で休むセスクに持っていき、酒場が超満員だったので俺たちは食事を部屋に運んで食べた。
「セスクの家族を捜すのは明日でいいよな」
「そりゃね、どうせ今から捜したところで、どうにもなんねーもんな」
言ってるうちにセスクを見に行ったハヤが帰ってきた。
「どうだった?」
「え、それって彼がよかったかどうか聞いてる?」
……怪我の具合、良かったのかな?
「全然ちげーよ。怪我の事だっつの」
キヨが突っ込む。あれ、全然違ったなら何の事言ったんだ? わかってない俺をコウが苦笑して見た。ハヤはにやりと笑ってベッドに腰掛けた。
「まぁ、普通、人並みだね」
「それって彼がって事?」
「シマさん」
コウが咎めるのでハヤもシマも笑った。なに、今の会話全く見えない……
「回復は普通レベル。あとは医者に診せてじっくり治すのが一番だよ」
そうなんだ、そしたらもう今日はする事ないな。みんな部屋に戻って寝るのかな。あ、お風呂あるんだっけ、ここ。
「うんと、そしたらあのね、話があるんだけど」
そう言ったレツをみんなが見た。
「えーと、あのね……お告げが、来たみたいなんだけど」
いつの間に! 叫んだ俺を見てレツはあははと笑った。他のみんなを見てみたけど、別に知ってた風じゃない。レツは何だか照れたように頭をかいた。
「それがあのー……ちょっとよくわかんなくて」
「わかんねーのはいつもじゃん」
キヨは軽く言って酒を飲んだ。ここの特産の赤い葡萄酒は濃厚で甘い。タレンというそうだ。
まぁ、確かにそうだよな。いつも何だかわけがわからない映像ばっかりだ。実際見てるのはレツだけだけど。
「で、何が映ってたの?」
優しく聞くハヤに、レツは顔を上げた。明らかに困惑の表情。
「……何か、紫のお花」
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