第5章 滝のお告げ

第43話『それ投げキッスでやるってのはどうよ?』

「クルスダールってまだ遠いのか?」


 俺が言うと、シマはごそごそ荷物を整理しつつちょっと難しい顔をした。


「……そういうのはキヨに聞く」


 いや……いい加減全部キヨに任せっきりっての、何とかすべきなんじゃないか……旅ももう数ヶ月になるってのに、仲間内での役割分担とは言え全然必要以上にやる気がないよな。それをキヨの信用が高いって言ってるけど。

 俺はがっくりしてシマから離れた。


 今日は早めにキャンプする事になった。途中うっかり5レクスを越える辺りをうろついてしまい、思ったより体力を使ったからだ。

 バトル直後でまだ先も長いならハヤに回復魔法をかけてもらったりするけど、5レクスラインをそこそこ離れて安全な辺りに来たらちょうどいい場所が見つかったから、このまま休めばいいかって事になったのだ。

 陽が落ちてないから今から寝床の用意とかするのは気が早い感じがするけど、陽が落ちたらあっという間に真っ暗になってしまうので用意だけは出来てた方がいい。

 結界を設置するハヤを見やりながら俺はキヨに近づいた。


「キヨー」

 キヨは俺を振り返って、ふわっと手を動かした。途端に焚き火に火が灯る。え、ちょっと、もう指鳴らす事すら必要なくなっちゃったのか?

「何?」

「あ、えーと、クルスダールってまだ遠いのかなって」

 キヨはちょっとだけ南の方角に顔を上げ、それから小さく、

「……いや、そうでもねぇよ」

 と言った。あれ、何かあるのかな。

「キヨって、クルスダール行った事あるのか?」

「何言ってんの、キヨリンはクルスダール出身だよ」

 ハヤはそう言って毛布を広げる。え、そうだったんだ! 俺はキヨに振り返ったけど、キヨは別に何でもない事のようにスルーしていた。

 あ、もしかしてやっぱ孤児だったりするんだから、あんまりいい思い出がないとかなのかな……ここは突っ込まない方がいい、よな……


「ねぇねぇクルスダールってどんなとこ?」


 俺が突っ込まない分を、しっかりレツが突っ込んだ。ええええ!

「あー……海がある、田舎の街って感じのとこかな」

 キヨはちょっとだけ考えるように視線を上げて、簡単に答えた。

 ……気を使いすぎるのもよくないって事、なのかな。


「海かー、マレナクロンじゃ泳げなかったけど、クルスダールじゃどうかな?」

 シマは言いながらまた大型のモンスターを連れてやってきた。

 今日のモンスターは白い虎みたいなヤツで、背中に一列トゲが生えている。バトルの時はこのトゲを飛ばす。めっちゃ怖い。こいつは前に5レクス圏外で会った時、シマが手なづけられなかったヤツだ。あの時は結局、倒すことも出来ずにみんな逃げたんだっけ。

 でもさっきのキヨもそうだけど、みんなどんどんレベルアップしていて、シマが使役できるモンスターもどんどん巨大化していく。まぁ、大きい方がみんなのベッドになるからありがたいんだけど。


「泳げるよ、海岸があるし。俺は泳がないけど」

「何で?」

「ダルいじゃん」


 キヨはシマの問いに即答した。……うん、だろうね。

「キヨくん、昼の太陽の下ってキャラじゃないもんね」

 コウが焚き火とかまどを用意しながら言った。むしろ夜の飲み屋ってイメージだ。

「見習いにも飲んだくれ確定されてる!」

 シマとレツはそう言って笑い転げた。キヨは面倒くさそうに見ているだけで否定しなかった。そりゃな、街道で宿屋に泊まるたびにみんなより遅くまで飲んでたりするんだから、否定できないよな。キヨの稼いだゴールドって酒に消えてる気がするし。


「キヨリンは、夜は夜でもそっちじゃないよねぇ……」

 ハヤがニヤリとしながら言うと、レツとシマが一緒になってきゃあきゃあ言い出した。

「お前らは……マレナクロンでやらされた事まだ引っ張るか」

 キヨはうんざりした顔で後ろ手をついて足を伸ばした。するとレツとシマは同じように唇を尖らせてぶーぶー言った。


「素質あるからやれたんだろー」

「コウちゃんばっか生で見れてズルイ」

「犯罪的に完璧だったみたいだしー」

「結果が上首尾だったって事は、結構楽しんでたと思うんだよねー」

「楽しんでたのはハヤで、俺じゃねぇだろ」


 キヨはだるそうに肩を回してから、ハヤに向かって指先だけで手招きした。

「……いくら」

「出世払い」

 ハヤはそれを聞いてわざとらしく一度顔をしかめ、それから腕を開くようにふわりと振った。途端にきらきら光る光の粒がキヨに降りかかる。キヨは深く息を吸うと、すっと軽くなったように見えた。

「サンキュ」

 キヨの言葉にハヤは小さく肩をすくめて「まとめ払いしてもらうから」と言った。

 ハヤも回復魔法、呪文使わずに出来るよになってるし。あれか、キヨの真似して出来るようになったって事か。っていうか、そんな魔術師今まで見た事なかったっつの。三人の進歩がすごすぎて何かこれが普通かと思っちゃいそうだ。でもこの三人は国家戦略の主席クラスだもんな。


「団長、それ投げキッスでやるってのはどうよ?」

「! それいい!」


 それって、回復魔法の事……だよな。ちょっとそれは似合いすぎてて笑える。

 ハヤは「えー」とか言いながら指先にキスすると、フッと息を吹きかけるようにしてキヨに飛ばした。キヨはガサっと音がするくらい後ずさって逃げたけど、光の粒は容赦なくキヨに降りかかった。


「……超キモい」

「なにそれ照れ隠しでしょ! イキそうなくらい良かったクセに!」


 シマとレツは爆笑して転げ回り、モンスターが困ったように見ている。どこ行くんだろう。コウがフライパンを動かしながら「団長」と咎める声を出した。ハヤはちょっとだけ笑いを収めて、誤魔化すみたいに肩をすくめた。

 っつか今のも大人の会話だとしたら、コウの教育的指導が入らないでこの人たち会話できてない気がしてきた……


「キヨくん、鍋見て」

 コウに言われて焚き火にかかっている鍋をキヨが覗いた。 

「どんな感じ?」

 キヨは鍋の中を見て少し首を傾げた。

「わずかに対流が始まってる」

 いや普通、煮えてきたよとか、火が通ったみたいとかそう言うんじゃないのか……どうがんばっても美味しい料理を作ってるようには聞こえないんだけど。まぁ、キヨが料理の腕が抜群とかって、ちょっと似合わないけどさ。

 コウはちょっと考えてから、もうちょっとかなと呟いた。すごい、アレで通じるなんて特殊な変換機能があるみたいだ。


 それから俺たちはコウの美味しい食事を平らげ、満腹でのんびりと食後のお茶を楽しんだ。

 今日のメニューは固くなったパンに、別に炒めた具を載せて、さらにスープをかけて混ぜて食べるというメニューだった。ホントに旅の途中かってくらい食事が充実してるよな……キヨは酒とつまみに干し肉があればいいとか言ってたけど、それを聞いたコウの「俺の前でその食事は許さない」との発言は仲間の体調を心配してるっつーよりも……何つーか、鬼気迫る感じでキヨですら黙ったっけ。


 俺はお茶を飲みながらぼんやりとみんなを見た。

 やっぱり変なパーティーだな。ただの友達だからって言われたら、そんなに変じゃないのかなって気がするけど、コウに聞いた話もあるし、圧倒的な強さの三人がなんでレツとって思うと、ちょっと不思議だ。

 「いやー、和むねぇ……」

 シマがおじいさんみたいなことを言って両手でカップを包んだ。和んでいられる状況じゃないけどね、旅の最中のキャンプでこれから見張り立てて眠りに就くのに。

 それでも、俺も温かいお茶を楽しんだ。いろんなハーブで入れたお茶は、少しスパイシーだけど仄かに甘くて飲みやすい。


 すると突然、シマのモンスターが首をもたげた。同じタイミングでキヨも視線を上げる。俺はその時みんなを見ていたから、コウとシマも気付いたけど動かないだけなのがわかった。

 遠くに何か物音が聞こえて、ハヤとレツも顔を上げた。キヨたちはコレに気付いてたのか?


「何の、音?」


 明らかに何かの破壊音のような、バリバリと不吉な音が近づいてくる。シマとレツが凭れたままのモンスターが立ち上がり、レツがころんと転がった。


「危ない!」


 唐突に森の中から現れた馬車に、俺たちは一斉に木の陰に飛び込んだ。

 暴走馬車!? 一瞬遅れてシマのモンスターが箱型の馬車に飛びかかると、馬は引き留められて倒れ、何とか止まった。

 よかった……シマのモンスターが居てくれて。っていうかこいつのサイズが馬車サイズだし。暴れる馬を白虎モンスターが足で押さえる。


「よしよし、もういいから下がれ」

 白虎モンスターはシマの声を聞くと、馬を押さえていた足を退かして大人しくシマの後ろに下がった。直後にコウが馬車に駆けつけ、へしゃげてしまった扉を開けようとした。棍を使ってテコのようにして開けようとしたが上手くいかない。

「下がって」

 キヨが小さく魔法を放つと、光の球が蝶番を攻撃して扉が不自然にぶら下がった。コウは扉を外して中へ乗り込む。


「……これは」

「誰かいる?」


 コウが体を避けてみんなで中を覗くと、窓のない小さな室内にものすごい量の衣服がぐちゃぐちゃに散乱していて、その中に傷だらけで横たわる男性がいた。それを見て、コウが言葉を失った意味がわかった気がした。


 その男性は、明らかに女性のような化粧をしていた。

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