第42話『それ、明らかについでっぽいけど許してあげる』
次の行き先はクルスダールに決まった。
村からは街道が通っているけど、適当なところで街道を外れて稼ぐ予定だ。でもしばらくはのんびりと街道を行くつもりだった。
高く売れた馬は結局一頭だけ買い戻す事になった。街道沿いを行くとなると、そう簡単に狩りして食事にありつけなくなるから荷物が増えるのだ。今のところ、大事な食料が一番載っているのでコウが馬を引いていた。
「キヨリン、ホントによかったの?」
ハヤは拾った枝をリズミカルに振りながら歩いていた。キヨはちょっとだけハヤを振り返って、小さく笑った。
ハルさんは、あの村から同じく移動の魔法を使って帰って行った。
「荷物も全部、ほったらかしで来ちゃったからね」
泊まっていた宿から直接飛んだので、盗まれる心配はないそうだけど。ハルさんは帰り用に持ってきたエリクシールをポケットから出して言った。小さな青い瓶だった。
「ヨシくん」
ハルさんがキヨに向き直ると、キヨはちょっとだけ緊張した顔で見た。ハルさんはちょっとだけキヨを見た後、小さくため息をついた。それからキヨの頭に手を載せて、髪を梳くようにそのまま手を下ろして頬に触れた。親指で唇に触れる。
「離れてる事が不安を増長しちゃうんだったら、このままさらって帰るけど。そうしてもいい?」
キヨはそれを聞くと、そっと目を閉じて笑った。でも前のような寂しさのある笑顔じゃなかった。ハルさんの手に自分の手を重ねて外す。
「それはダメ。まだこいつらとの旅があるから」
ハルさんはちょっとだけ視線を上げて、両腕を広げるとため息をついた。
「もー、ヨシくんたち仲良すぎ。ほんっと妬けるわ」
キヨはそれを聞いてくすぐったそうに声を上げて笑った。それからちょっといたずらっぽくハルさんを見ると、そっと近づいて少しだけ首を傾げて「あの流し目」をした。おお。
「じゃあ……さらって」
ハルさんは驚いて目を見開いた。
「っつっても困るクセに。それにここまで来て仲間見捨てる俺が好きなわけじゃないっしょ」
笑ってるキヨをよそに、ハルさんは視線を外して動悸を抑えるみたいに握った片手を胸の前に置いていた。
あーあ、キヨってば、カナレスの時はまだしも、好意持ってくれてる人にそれは与える影響大きかったりしないのか。その辺わかってないのがキヨなのかな。ハルさんは気を取り直してキヨに向き直る。
「ホントに……悪いこと覚えちゃだめだからね。こんなかわいい子を冒険に出すなんて心配で」
「いやそんな事言うの世界中でハルチカさんだけだから。安心して」
キヨは真顔で突っ込んだ。ハルさんは少し眩しそうな笑顔のままキヨの頭を撫でた。
「そしたら、またね」
「うん、ハルチカさんも気をつけて」
「帰ってもヨシくんが回復魔法かけてくれないからね」
二人はそう言って笑った。すごく自然で、すごく温かくなるような笑顔だった。ハルさんはそれから顔を上げて俺たちを見た。
「じゃあ、みんなも元気でね」
「それ、明らかについでっぽいけど許してあげる」
ハヤが言うとハルさんは「王子はキツいなぁ」と言って笑った。
ハルさんが飛んだ後には、青色の光がきらきら残っていた。キヨはその光をいつまでも見ていた。
「チカちゃん、絶対本気だったよね、キヨリンさらうっつった時」
ハヤは枝をブンブン振り回しながら言う。キヨが言った通りなら、それに乗ってくるキヨはハルさんの好きなキヨじゃないはずだけど。
「んなワケねーよ、だいたい物理的にも無理だろ」
え、そうなの? 俺はキヨを見た。
「マレナクロンより向こうなんて、そんな長距離飛んだ事ねーもん」
そうなんだ……じゃあ、ハルさんってやっぱすごい魔術師なんだ……っつか、そこまですごいのに何で魔術師やめちゃったんだろ。
「あ、それ僕も知らない。何で?」
「あーそれは……」
キヨはちょっとだけ困ったように頭をかいた。
「ハルチカさん、カナに弱くてさー……呪文が覚えらんねーって」
「えええええええええ?!」
ちょ、そんな理由!? この距離飛んでくる程の能力持ってるってのに! なんか、猛烈にもったいない……
「まぁ、誰にでも苦手はあるわな」
コウはぼそりとそう言った。それにしたって、何か致命的だ。
あ、でもハルさんは吟遊詩人として人気があるんだから、それでいいのかな。帰る前に一緒に朝食を食べた時に、サーニャの話も聞いて行ったっけ。
「そう言えばさー……何であん時、湖がなくなっちゃったんだ」
シマがそう言うので、俺たちは顔を上げた。シマはレツの隣で後ろ向きに歩いていた。みんなキヨを見る。キヨは小さく肩をすくめた。
「実は元から無かったんだ」
「ええええ!」
どういうこと!? だって湖は俺たちの前にあった、よね?
「調べてた時に、湖のある地図と無い地図とあったんだ。地図によって全く違う地形になってる箇所があるなんて、どう考えても怪しいだろ。だから行ってみるならあそこかなって」
そう言えばあの時、キヨはみんなを湖に近づけなかった。さっさとキャンプをする場所を森近くに決めちゃったんだっけ。レツが水を汲みに行った時は……キヨ、焚き木を拾いに行ってていなかったんだ。
それにバトル中にも、やっぱりなって言ってた。それってわかってたって事なのか?
「まぁ、だいたい想像通りだったっつーか。シマの鳥モンスターと火の輪で脅した時、不自然に影響ない部分があったんで、やっぱコレ自体は幻なんだなーって」
それにしたって、キヨは俺たちに説明するために地図も写してきてたのに。あれって結局、位置を特定するためだけだったのかな。
「鏡がモンスターだったからな、旅人が欲しい風景を映したのかもしれない」
キヨはそう言って、何だか遠くを見ていた。
旅人の思いを反射する鏡。そこに新たな風景が写れば、旅人はそこに惹かれるかもしれない。そうやって旅人を取り込んでいたのか。
「……キヨには何も出来ないって言ったけど、ハヤの魔法は効いたじゃん」
それならキヨの魔法だって効いたんじゃないのかな……そしたら、違う結果が……今更そんな事言っても何にもならないけど。
「効かねーよ、お前の言うのは物理攻撃じゃないだろ。鏡は光をはね返す」
鏡を壊す攻撃魔法なら可能だけど、セオを助けるための光属性の魔法じゃないってことか。それでも、
「ハヤの魔法は光だったじゃんか!」
「ハヤのだって魔法自体が効いたんじゃねぇ、レツの補助しただけだ。打撃の補助魔法だよ。光属性が効いたのは、あの鏡がお前を飲み込もうとしてたからだ。飲み込むのは闇属性だろ」
キヨは簡単に答えて先に行った。キヨの説明には反論の余地はない。
それでも、なんか……サーニャの気持ちに報いる何かが欲しかったんだよな。泣きそうになりながら剣を振り上げたレツ。そう言えば、やっぱりキヨはレツに選択を任せてたな。
勇者の選択。勇者が受けたお告げだから。選択権は勇者にしかない。
……俺だったら、どうしただろう。
「まだ考えてんのか」
いつの間にか隣にいたコウが言った。俺はちょっとだけ唇を尖らせた。
「だって、何とかしてセオを助けられたんじゃないかって思っちゃうんだもん。レツが勇者だから、レツが選択するのはわかる……けど……」
「何言ってんだ、選択なんて最初からなかっただろ、お前がくっついてて」
え……? どういう……
「あったとしたら、お前を助けるか、お前を見捨てるかだな。そんなの最初からレツが選ぶかよ」
「うそ……そんな……」
それじゃ、あの時のレツの涙は?
「そら辛いわ、お前を助けるためにお前の気持ちを裏切るんだ。お前、セオを助けらんなかったらお告げクリアにならないって心配してただろ。お前が絶対して欲しくない事でお前を助けるんだよ。悪者になってもな」
コウはそう言うと、馬の歩みに合わせて俺を追い抜いた。
勇者の選択。それが、レツの選択だったのか?
俺は自分の手のひらを見た。それが勇者の選択……
「レツ!」
俺は走ってレツの前に出た。レツはきょとんとした顔で俺を見る。
「レツ、もしかしてこないだの、俺の所為でお告げクリア出来なかったとか、ない?」
少し驚いた顔のレツはそれから、いつもの、あのふにゃーって顔で笑った。
「……大丈夫だよ。全然そんなことないよ」
「でも、」
レツは俺の言葉を遮って首を振った。
「ちゃんと、俺が決めた方にしてるよ。うーん、簡単に納得すんのは難しかったりするけど、それでも俺がこっちって思える方にしてる。それが俺がする選択だと思うんだ。ありがとね」
レツはそう言って、初めて俺の頭を撫でた。今までレツにだけは頭撫でられるとか絶対いやだと思ってたけど、俺は撫でられて何だか泣きそうになった。
「そう言えばキヨリン、昨日はあの後お楽しみどうでしたー?」
ハヤが唐突にそう言ってキヨの顔を覗き込んだ。キヨはちょっとだけ俺を見てから、やっぱり何もなかったみたいに面倒くさそうにハヤを見た。
「何がだよ、もう一回ぶっ倒れるくらい疲れる魔法使うってのに、大人しく休むに決まってんだろ」
「ほー……っつーことは、今までは違ったんだー」
ハヤの言葉にキヨは一瞬言葉を飲む。ハヤはにやりと笑ってキヨの肩を乱暴に組んだ。
「そんで、キヨリンが得意な体位ってどれなの」
コウは笑いながら、「団長それギリギリアウトだって」と言いながら俺の襟を掴んで引っ張り戻した。うおお、首締まる! 俺はごほごほ咳き込みながら、さっきまでの涙を拭った。あれ、もしかしてこれは……
「……お前、そんなに知りたいか?」
キヨはチラリとハヤを見て低い声で言った。ハヤはちょっとだけ、あれ? って顔をしたけど無邪気に頷いた。キヨはそっと片手を上げて、指先でハヤの顎を少しだけ上げた。
「知りたかったら……教えてやるよ、今夜」
体に、と耳元で囁くと、ハヤは真っ赤になってきゃーーー!!と叫んだ。一部始終を見ていたシマとレツも、何もされてないのに同じく悲鳴を上げた。それはそれは楽しそうな悲鳴だった。キヨはするりと逃げると、耳を塞いでやりすごす。
「キヨくん、お子様いるの忘れないで」
コウが苦笑混じりに突っ込むと、キヨはチラッと見て笑った。
でもその顔にはもう暗い影はなくて、俺は騒いでるみんなを見回して、やっぱすげぇって思った。全然直接的なこと話してないのに、全然違うことで通じてる。
仲間ってすごい。俺は騒いだり笑ったりしながら歩き続ける彼らに、遅れないように歩いていた。
一緒に笑いながら。
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