第38話『何でも知ってる事が、仲間って証拠じゃないよ』

 少し息を抑えてきらきら輝くゴールドを片手でキャッチする。ゴールドをしまい、それから剣を鞘に戻した。


「思ったより、」

「稼げてる、だろ?」


 俺はシマの言葉に眉を上げた。そりゃ間違ってないけど。


 旅の支度を整えて村の南側に出ると、5レクス圏内のはずだけど思った以上にモンスターに出くわした。

 クルスダールへ向かう道が村の北側からぐっと南へ折れるのに対し、南東は何もない森林地帯になるから守りが一層薄くなる。真っ直ぐ南東へ向かえば街道に出るので一応5レクスから外へ出る事はないけど、境界線ギリギリなので強いモンスターが迷い込んでいる場合があるようだ。


 シマは手を上げて鳥のモンスターを空へ帰し、一度革の手袋を外して付け直しながら歩き出す。俺もみんなのところへ戻りながら左手の甲を確認した。

 うん、着実にレベル稼いでる。まだまだみんなには及ばないけど、それでもキヨやコウが気付いた瞬間に俺も走るようになったから、レツと同じタイミングでレベルが上がる事も増えてきた。


 翌日の朝食の席でキヨはみんなに調べた事を伝えた。結局聞かなかったお告げについてレツに聞くと、キヨはやはりと言った風に頷いた。


「たぶん、俺たちが行くべきところって、ここだと思う」

 そう言って、テーブルの上に手書きの地図を出して指さす。みんなその地図を覗き込んだ。

「これは、」

「ここから南東に行ったところにある湖、サルケ湖って呼ばれてる」

 シマは体を起こしながら「湖か……」と呟いた。

「水面を鏡に見立ててってのはちょっとヒネリがないけど、まぁ、無い連想じゃねーし」

「いや、あるんじゃね。うん、あるある」

 シマは言ってレツを見た。レツは真剣な顔で手書きの地図を見ていたけど、それから力強く頷いた。


「そこ行ってみる。何かある気がする」


 勇者がそう感じるんだったら、きっとそうなんだ。だから俺たちは朝食後すぐに支度を調えた。


 サルケ湖は直線距離なら村から二、三日でたどり着ける距離だ。湖で何かわかった時に村に戻ってサーニャに話す事があるかもしれないとハヤが言ったので、何があっても一旦村に戻るつもりで支度をしたから今までよりは軽装になった。

 馬は二頭しかいないから乗っていくわけにもいかず、荷物用にしかしてなかったから売ってしまった。小さな村では馬は貴重らしく、マレナクロンで買った時よりも高く売れてしまった。

 ただ、村を出て守りを離れた辺りからモンスターの数は圧倒的に増えた。危険は多い方がいいと言ってたけど、確かにこっちの危険は多い。強さもさることながら、出減数が多いから辟易してしまう。


 ただ……俺はみんなについて歩きながらキヨの顔を伺った。ただ村を出てからの数日、モンスターに忙殺されているお陰であの時のような不安定なキヨは跡形もなく消えてしまったみたいだった。

 あの時、キヨの不安を聞き出す事はできたけど、それって俺には何もできない事だった。結局、キヨが隠していた弱い部分をほじくり返しただけで、もしかしたら俺はキヨを傷つけただけなのかもしれない。何も出来ないのに、知りたいばっかで聞き出した。俺って、もしかしなくてもサイテーじゃないか?


「どうかした?」

 ハヤが俺の隣を歩きながら言った。俺はちらりと彼を見た。

「考え事? 大人じゃん」

「考え事っていうか……」


 あの時、ハヤはキヨに話を聞く事を許してくれた。それってキヨが話しさえするなら誰の許可も要らないハズだけど、何年も付き合ってきた彼らじゃなくて俺が聞くってのは、もしかしたらやっぱり彼らにとってもすごい事なのかもしれない。


「……俺、キヨの事傷つけたんじゃないかな」


 俺はそっと前方を歩くキヨを見た。早歩きで、みんなのほぼ先頭を歩いている。ハヤは少しだけ首を傾げたけど、わからないんじゃなくて言葉を探しているみたいだった。


「何を聞いたかわかんないけどね、話す事で楽になる事もあるんだよ」

「俺が……聞かなかったら、言わずにいられた事でも?」


 ハルさんに対する気持ち、ハルさんに対する思い。あんな風に辛い気持ちなら、きっと言葉にするのだって辛かったはず。


「……それでも言ったって事は、言いたかった事なんだよ。キヨリンの事、襲って脅したわけじゃないでしょ?」


 そんな事出来るわけない……って言うか、

「そんな事出来るの、ハヤだけじゃん」

 ハヤは「まぁ、そうだけどねー」と言って面白そうに笑った。

「だから大丈夫。君もいろいろ考えるようになったね」

 ハヤはそう言って俺の頭をぽんぽん叩いた。ガキ扱いみたいだったけど、俺はその手を払わなかった。

「……ハヤは、聞いてないのか?」

 キヨの事。キヨの気持ちの事。ハヤは少しだけ寂しそうに、それでも穏やかな表情で笑った。


「何でも知ってる事が、仲間って証拠じゃないよ」


 何でも知ってる事が……でも、心配になるし気になるし、それでも知らずにいられるのかな……俺だったら、気になって全部聞きたくなっちゃうけど。


 でもそのせいで、キヨを傷つけた気がしてる。そういう事なのか? キヨは彼らに話してない。話してない事がある事に彼らは気づいてる。それでも彼らは聞いてないんだ。それでも、キヨを信じてる。

 仲間って、そういう事なのか?


「こんだけ多いと時間ばっかかかるな。所要時間を修正すべきじゃね?」

 シマが歩きながら言った。みんな少しだけ早歩きだ。もうすぐ日が暮れる。完全に陽が落ちる前に今日の寝床を見つけたい。

「いつものペースだったらそうかもだけど、意外と頑張って進んでるから大丈夫じゃないかなあ」

 ハヤも早歩きのまま言った。確かにいつもよりはバトル以外の歩いている時のペースが速い。いつもはのんびり旅を続けている感じだけど、今回は二、三日で湖にたどり着くつもりの装備だから余裕があまりないのだ。

 キヨはコンパスを眺め、それから空を仰いでからコンパスを閉じてしまった。


「大丈夫、予定通りだよ」


 キヨがそう言うと、何となくみんなホッとしたように見えた。

 気を抜くわけじゃないし、テキトーな事で誤魔化したいんじゃないんだけど、ちゃんと考えてる役のキヨの言葉はやっぱり説得力がある。それも信用の一部?


「じゃあそしたら、もうすぐ」

「あ!」

 唐突にレツが叫んだので、みんな彼を見た。


「……湖だ」


 彼が指さす方を見ると、森の木々の間から落ちる陽を反射する水面が見えた。


 俺たちは森を抜け、言葉もなく湖の岸辺に立った。さっきまで水面に反射していた夕陽が森の木々の向こうに落ち、今は暗い水面が風もなく揺れている。

 さほど大きくない湖だ。池と言うほど小さくはないけど、周囲が何キロもありそうな感じはしない。俺たちが森を抜けて出た辺りには湖まで数十メートルほどの岸辺があるが、岸辺があるのはこの辺り幅数十メートルほどだけで、その向こうは木々が湖面に迫っている。見渡す岸辺も、倒れて朽ちた大木などが転がっていて決して平坦ではなかった。


「あんまり近づいてても危険かもしれないな、森近くにするか」

 キヨはみんなが湖に近づく前に行った。きっとキャンプの場所の事だろう。足場は不安定そうだし、木々がないから見晴らしがよすぎる。みんなキヨを振り返って頷くと、それぞれ適当に寝床になる平坦な場所を探した。それから焚き火を作る。コウが黙って夕食の支度を始めた。


「誰かー、水ー」

 コウが言うので近くにいた俺が水筒を受け取った。湖で汲んで来いって事だよな。

「あ、俺行ってくるよ」

 すでに寝床の用意を終えたレツが言うので、俺は彼に水筒を投げ渡した。レツは危なっかしくキャッチすると笑って水筒を振り、慎重な足取りで古木を越えて行った。

 しばらく見送ってから、また焚き火に向き直る。ハヤとシマが乾いた枝を拾って戻ってきた。キヨはまだ焚き木拾いから戻らないのかな。


「うわあああああ!」

「レツ!?」


 突然の叫び声にみんな立ち上がった。レツが湖岸で尻もちをついている。

 真っ先に走り出したのはコウだった。俺たちもあとを追う。レツは湖岸に座り込みながら、何とか後ずさっていた。

「レツ!」

 追いついたコウがレツの腕を取って立たせる。レツもコウも湖面から視線を外さない。一体何が?

 彼らに追いついて湖面を見ると、黒々とした水を湛えた湖は何かを映しているように見えた。それはちょうど……


「人……影が……」

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