第36話『空きっ腹に酒は禁止。飲むなら食うか、食わないなら飲むな』

 みんなで夕飯のテーブルについていると、ふらりとキヨがやってきた。


「お疲れー、遅くまで回ってたんだな」

 シマはそう言って少し席を詰める。

 午後の間、古書店なんかを回っていたはずだ。

 探すと言ってもこんな小さな村だから図書館があるわけじゃなし、役場を兼ねた小さな事務所で地図を借りたりしていたらしい。行く先は言ってくれたけど、キヨは一人で出掛けていたのでこんな時間まで帰ってこないと思わなかった。


「あー……悪い、腹減ってねぇから」


 キヨはそう言って、テーブルにあったボトルを取った。何だか暗い顔のまま少しだけ笑って、そのままテーブルを離れようとした。

「ちょいキヨくん」

 コウがボトルを握ったキヨの手首を掴んだ。引き留められて振り向く。


「空きっ腹に酒は禁止。飲むなら食うか、食わないなら飲むな」

「いや、でも腹減ってねぇし」

「じゃあ酒もダメ」


 コウはそう言いつつ、手首を掴んだままボトルを取るでもなくキヨを視線だけで見ていた。

「……わかった」

 キヨがため息と一緒に言うと、コウは手近のパイをぞんざいに包んでキヨに押しつけた。厚い煮込み肉の入ったパイは腹減ってない人間には重すぎる気がしたけど、俺は黙って見ていた。キヨは包みをしばらく眺め、それから黙ってテーブルを離れた。


「何か……あるのかな」

 レツが心配そうに言う。俺はハヤをチラリと見た。ハヤは俺の視線に気付いているようだったけど、何も答えずにパイを食べていた。

「話してくれた感じだと、別にそのサーニャって娘が手紙待ってる人だったってだけで、特に何もなかったんだよな?」

 シマはそう言ってハヤと俺を見た。俺はハヤを見て、それから頷いた。

「三年前から手紙が来てるって。サーニャと彼女の恋人のセオの思い出の事が書いてあるから、セオからって確信できるんだって言ってた」

 シマはちょっと難しい顔をして、それから黙って食事を続けた。


「……お告げの事、キヨにも聞いてもらいたかったのに」


 レツはそう言ってナイフとフォークを握った手元に視線を落とした。

 レツは今日、俺たちがサーニャのところへ行っている間にお告げを受けたのだ。ただ今回も、ものすごく曖昧で意味のわからないものだった。だから俺とハヤも話を聞いたけど、やっぱりキヨに聞いて欲しかったのに。

「でも今回の……見えたのって鏡だけなんだろ?」

 俺が言うとレツはちょっと顔を上げて、それから頷いた。


「目の前に銀色の鏡があって、誰かが覗いてる気がするんだ。気がするだけで、誰が覗いてるかわかんないんだけど。っていうか、俺が見てるから写ってるのは俺なのかもしんないけど」


 写った人影はぼやけていて、誰なのかはわからなかったと言う。でもそれって、サーニャの手紙もセオの行方も関係ない気がする。ホントにこの村に来てよかったのかな。


「まぁ、キヨの言葉を借りるなら、ここでお告げを受けた事に意味はあるはずだろうから、やっぱこのまま調べてみるのって必要なんじゃね?」

 シマはのんびりそう言って、片肘ついたままナイフとフォークをやたらきちんと並べて皿に置いた。けど、そのキヨが何だか……いつもだったら調べた事は教えてくれるのに。

 そりゃ、キヨはいろいろ隠したまま動いたりする事は多々あるけど、それでもこんな風にみんなのいる場に出て来ないなんて事はなかった。一体どうしたんだろう。


 サーニャの話を聞いて、あの時のキヨは何か感じるものがあったようだった。でも、それが旅に関わる事なのかは全然わからなかった。もしかしたら全く関係ないのかもしれない。だから? だからキヨは一人で引きこもっているのか?


「調べるっつったって、何を」

 コウがグラスを手に言うと、シマはうーーーんと唸って腕を組んだ。

「調べるのは、キヨの役だからなぁ……俺にはわかんね」

 シマはそう言って笑った。キヨの役だからこそ、調べて教えてくれない事が困るんじゃないのか? 投げやりな態度にコウもやけに明るく笑う。

 俺は何となく不安な気持ちでハヤとレツを見比べた。

「団長、何か聞いてない? キヨ、午前中は何もなかったんだよね?」

 ハヤはレツの言葉に、ちょうど食べ物を口に入れたから答えられないみたいに、もぐもぐしながらレツを見た。それからしっかり飲み込んでからレツに向く。

「ん、あの娘のうちでは別に何も」

「そう……」

 レツは少しだけ悲しそうに、それでも心配するみたいに視線を落とした。


 あれ……もしかして、もしかしてだけど、シマもコウも、キヨに何かあってハヤが言わずにいる事に気付いてるんじゃね?

 だから二人はハヤに聞かないんだ。だからさっき、テキトーな事言って流しちゃったんだ。

 でもレツは違う。だからレツはハヤに聞く。ハヤはその上で答えてない。きっとキヨの何かは、勝手に言っちゃうべきもんじゃないんだ。でもそれって何なんだろう。


「……ホントに腹減ってねぇだけじゃね。食べないで飲んでたら、ここにいるとコウに怒られるから」


 俺が言ってパイを頬張ると、レツは「そうだといいんだけど」と言って自分のパイを食べた。シマもコウも「だなー」とか言って笑う。


 ハヤが俺を見て、少し褒めるみたいに笑った。

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