第34話『なんつーか、あんまり不思議な事が起こりそうなとこじゃないね』

 思った以上に普通の村だった。


 山からなだらかに続く森、そこから続く丘はそのまま畑になって集落を囲む。牛で田畑を耕す人々、風に揺れる並木。牧歌的な風景。しばらくここに住んでいたら、あくせくした気持ちが全部洗い流されそうな感じ。


「とりあえず宿探すか」

 いつもながら新しい景観にクールなキヨがそう言って村へ続く道を歩き出した。俺たちもその後に続く。

 ここの村には標はないけど、北東へ向かう街道があるので余裕で5レクス圏内だ。マレナクロンから直線でこの村に向かったため5レクス圏外をがっつり経験してしまったから、圏内に入ってからの旅はだいぶ心休まる感じだった。たぶん集落の中心は守りの魔法も効いているだろう。宿さえあれば安心してベッドで眠れるぞ。


「なんつーか、あんまり不思議な事が起こりそうなとこじゃないね」


 レツも周囲を見ながら言った。うん、むしろ普通の事件すら起こりそうじゃない。

「それでも何かあるんだろ、宿取ったらそれとなく情報収集だな」

 シマはそう言って頭の後ろで手を組んだ。

 それとなく、っていうのは、手紙をもらい続ける当の本人がどこかにいるハズだから、それを気にしてって事なんだろうな。


 俺たちはそのまま村の大通りに面した宿屋に宿泊する事にした。宿屋が数軒あったので、そこの判断はいつも通りキヨに任せた。

 少し離れているけど街道が通っているから、もしかしたら旅のパーティーが来る事あるのかもしれないな。こんな風に古いけどこぎれいな村なら、ちょっと寄ってみたくなるかもしれない。のんびりとした雰囲気に気持ちが洗われそう。


 ただ小さい村の小さい宿なので三人部屋がなかった。二人部屋を三つも取ったのは出費だ。でもその辺はキヨがしっかり値引き交渉をしていた。部屋割りをじゃんけんで決めたら、俺はハヤと同室になった。

 荷物を部屋に放り込むと、俺たちは揃って飲み屋に向かった。ここの宿には飲み屋の併設はなく、朝食には道を挟んだ向かいの店を使うのだそうだ。


「お、ま、た、せー」

 シマが全員分のグラスを危なげに運んできた。うわあ、よくここまで持ってこれたな。俺たちはめいめい助けるみたいにグラスを取った。俺とレツだけはいつものソフトドリンク。俺が何度言ってもマレナクロンのあの後、酒を試させてはくれない。


「はいお疲れー」

 みんなグラスを合わせる。

 ここの食事は今日のスープと、パイに包まれたキッシュみたいなのだった。卵たっぷりの中にほくほくの芋と青菜、トマトまで入っていて、パイに包まれているからやけにボリュームがある。スープは小麦の練りものが入った具だくさんの豆スープだった。


「飯食ったら聞き込み?」

 食べながら聞くシマをコウが睨む。シマはその視線に気づいて苦笑した。キヨは無言で頷くと、きちんと飲み込んでから口を開いた。

「聞き込みっつっても、こんだけ小さい村じゃすぐだろ。むしろ失礼にならないように聞く方が難しいな」

「ガンガン噂になってて、外まで聞こえてるっつーなら簡単なんだけどね」

 ハヤはそう言って何気なく店を見渡した。

 賑やかな店内は隣のテーブルの話もわからないくらいだ。聞き込み出来る班の三人は店内の雰囲気を見ているけど、聞き込み出来ない班の三人は黙々とご飯を食べていた。


「お前ら、全く動く気ないな」


 シマは笑って言い、俺とレツとコウは同時に顔を上げた。いやだって、無理ですってば。

「ただ聞くのも難しいのに」

「失礼にならないようにとか、ハードルあがってるよ……」

「きっと勇者の試練なんだよ」

 ひそひそ話し合う俺たちを見てハヤが吹き出した。


「別に期待してねーからいいけどな」

 キヨがグラスを空けながら言う。む! 何かそう言われるとちょっと悔しい感じなんだけど!


「へー言うねぇ。じゃ、これやるから、聞いて来て」


 キヨは自分の空のグラスを俺に押し付け、おかわり分の小銭を出した。えええええ!

「おお」

「初めてのおつかいだな」

「がんばるんだぞ!」

 そんな! レツもコウも手伝ってくれそうにない。ええええ……どうしよう……


 いや、でもここでやっぱダメって言ったら絶対笑うよな、笑われるよな。やっぱりなって言って。よし、やってやる!

 俺は小銭とグラスを持って立ち上がった。キヨは面白そうに俺を見ながら、ちょっとハヤに何か囁いた。ちっくしょー負けないぜ。

「い、行ってくる」

 右手と右足が出そうになるのを堪えて、グラスと小銭を落とさないようにカウンターへ向かった。


「あの」


 カウンターの隅に取りついたけど、店主は他の客の相手をしていて気づいてくれない。俺は勇気を振り絞ってもうちょっと、客のいる方へ近づいた。


「お、なんだ坊主。まだ酒は早いんじゃねーか?」

「俺のじゃないんだ」


 っていうか、なんて酒を買うんだ? あれ、お金って先に出すべき?

 何だか混乱してとりあえず両手でグラスを出すと、おかわりと気付いたらしくすぐに酒を注いでくれた。っつかキヨのペースで飲むんだったら、グラスで買ってたら何度も買いに行かなきゃなんないじゃん! ボトルで買えばいいのに!


 店主は酒を注いだグラスを俺に差し出し、俺は慌てて握っていた小銭を出した。

「ありがとな」

「あの、あの……ちょっと聞いたんだけど」

 店主は少し不思議そうにこっちを見た。

「あのー……なんか、この村に不思議な手紙をもらう人がいるって……」

 それを聞いた店主は、少し残念そうな顔をした。うわあ、聞き方悪かったかな……


「そ、それって、勇者になる手紙とかなのかな? 勇者って選ばれてなるもんだからさ、そういう手紙なの?」


 俺が勢い込んで言うと、店主は表情を崩し思わずと言った風に噴き出した。

「坊主の期待にゃ悪いが、ちょっとそういうもんじゃねぇなあ」

「じゃ、どういうの……?」

 店主は少し複雑そうな顔をした。

「それはな、まぁ……恋人からの手紙だよ」

「なんでそれが不思議なんだ?」

「そういう事は俺が勝手に言うわけにゃいかないな。本人に聞いてくれ」

 う、勇者の手紙じゃないってわかった上で、その人誰って言っても大丈夫なのかな……


「不思議なのは手紙の方? それとも恋人の方?」


 声に振りかえるとハヤが立っていた。店主はちらりとハヤを見た。

「両方、だな」

「へぇ、気になるね。友人に吟遊詩人がいるんだけど、そういうドラマは好きかも知れない。で、誰に聞けばいいのかな」

 ハヤは罪のない顔でにっこり笑った。店主は難しそうな顔をする。ハヤはカウンターに寄り掛かると、少しだけ店主に顔を近づけた。

「別にあんたが触れ回ったなんて言わないし。それに失礼になるような話なら、広めたりしないよ。僕、そんな趣味悪く見える?」


 言いながらカウンターに小銭を置いて、俺が持つグラスを指差した。あれ、俺が出したのより多い。店主はお金を見て、余分は取らずに酒の分だけ取ると新しいグラスに酒を注いだ。……お金で話したんじゃないって意味、かな。

「……村の東のシャヴィの森近くに住んでる。サーニャって子だ」

「美人?」

「関係ないだろ、そんな事は」

 ハヤは少し笑ってグラスを取ると、おつりを取ってそのままカウンターを離れた。俺はグラスを持って慌ててあとを追った。


「お帰り、おせーよ」

 キヨはそう言って、ひょいっと俺からグラスを取った。このアル中がー……俺がキヨを睨んでいると、ハヤは何事もなかったように席に着いた。

 あ、れ? もしかして……やっぱさっきの、キヨがハヤを俺のフォローに送ったんだ。


「で?」

「とりあえず、坊主の武勇伝を聞いてあげたら?」


 ハヤはそう言って笑いを含んだ表情でグラスに口をつけた。どうせ何にも聞けてないですよ! 俺は膨れて席に座ると何も言わずにジュースを飲んだ。


「村の東にシャヴィって森があるらしくて、そこの近くに住んでるみたい」


 一応、こいつのお陰で怪しまれてはいないよ、とハヤは言った。一応ね。そりゃ何も出来なかったけど。

「一人住まい?」

 シマが今度は聞いてからパイを口に運んだ。ハヤは小さく肩をすくめる。

「そこまでは聞いてないけど、まぁぞろぞろみんなで行ったら怪しいだろうね」

「じゃあ団長に決定」

「ちょ!」

 即決したキヨにみんな意義はなかった。だいたいこういう時はハヤが行くのが一番無駄も無理もない感じするしね。


「えー、でも僕吟遊詩人の友達いるからって言っちゃったんだけどー。チカちゃんに直接話できるのってキヨリンじゃん」


 ハヤは言いながらキヨの肩を肩で押した。

「別にお前だって友達なんだから、問題ないだろ。何でそんなとこばっか律儀なんだよ」

 キヨは言ってグラスを傾ける。ハヤは膨れて、

「じゃあキヨリン来ないなら行かないー」

と言った。え! ちょっと、なんでそこで拗ねちゃう!?

 どうすんだ、この二人行かないとなったら残るはシマだけだぞ、俺たち三人は数の内に入ってないから。俺とレツとコウは顔を見合わせた。あ、同じ事考えてるっぽい。でもシマが行けばいいかな? そんな気持ちでチラッとシマに視線を送ると、レツとコウも頷いた。うん、ここ三人は意思の疎通が出来てる。


「まぁ、全員で行くわけにいかないし、団長だけに行ってもらっても残りが他にする事もなさそうだから、ここは団長の律儀さを立てて、キヨと、あと見習いくん連れて行ってもらうか」


 シマは苦笑しながらそう言ってグラスに口を付けた。

「お、俺!?」

「お使いしたから、言い訳が立つし」

 まぁ、確かに……わざわざ聞いたのに、行かないってのも変なのかな。あ、でも俺希望の勇者の手紙じゃなかったんだから、別によさそうな気もするけど。ハヤは拗ねた顔のままキヨを覗き込んだ。

「わーかった、行くよ。行きます」

 面倒臭そうに言ったキヨに、ハヤはパッと嬉しそうな顔をして「やったー」と言った。表情がころころ変わるハヤにキヨも苦笑する。


「キヨくん、これで白魔術教えてもらった分チャラにしてもらえば?」

「あ、それい……」

「はぁ!? 僕の授業がそんなに安いわけないでしょ!」 


 言いかけたキヨを遮ってハヤが言い切った。おおお。

「団長がこれでチャラって言う方がびっくりだよ」

 レツはそう言って笑いながらグラスを取った。

「当たり前です。キヨリンにはこれからあんな事やこんな事もしてもらう予定ですから」

 鼻息も荒く言い切ったハヤから、キヨがそっと数センチ離れたのを見た。


 キヨ、部屋割り違ってよかったね。

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