第33話『俺は逃げてるだけだ。何もすげー事なんかねぇ』

 あくびをしたら、背後に気配を感じた。

 振り返るとコウがいた。


「おつかれ。寝ていいぞ」

「うん」


 見張りの交替時間は、今はもう六人バラバラに見張りをやっているから、前より短い。5レクス圏の外だっていうのに、別に俺とレツが一人で対処できるようになったというよりは、マレナクロンで買った防御の結界道具が効いているからだ。


 ハヤの魔法に加えて、鉱石のついた杭のようなその道具を結界を囲むように五か所に挿しておく。それだけで守りの結界が数段パワーアップするらしいのだ。

 モンスターに対する目くらましが効くから結界内にいる見張りが戦うわけじゃない。むしろ見張りは強いモンスターが現れた時にみんなを起こす人だ。5レクス圏外では、夜行性のモンスターはタチが悪い。


 俺はぼんやりとコウを見た。

「なんだ?」

「いやあの……ちょっと聞きたいんだけど」

 コウはとぼけるみたいに眉を上げた。


「前に……キヨの事、国家戦略で育てた魔術師って言ってたじゃん?」


 コウは思い出そうとして少し首を傾げた。俺は気にしないで続けた。

「それって、みんながサフラエルに集められたってヤツだよね?」

「あー、あれか」

 コウはそれだけ言って肯定も否定もしなかった。

「何かキヨがいろんな魔法をクリアしてくの見てたら、すごい才能ある感じだし、もしかしたら国家戦略ってのもあるかな感じしたんだ。つまり他の、シマやレツやハヤもそうって事だよね?」

 レツはかなり微妙とは言え、シマの獣使いの能力は明らかに普通とは違う。俺はチラッとモンスターと一緒に寝ているシマを見た。モンスターだって大きくなればなるほど強くなる。あんな巨大なモンスターをベッドにして寝られるくらい使役できる獣使いなんて絶対ありえない。

「……そう言えば、ハヤってマレナクロンで何して稼いでたんだろ」

 俺が呟くとコウはちょっとだけ視線を上げた。


「団長は……モグリの医者やってんだよ」

「モグリの?!」


「悪い意味じゃねぇ、ただ正式の認可を取らずに患者を診るからモグリってだけなんだ。団長だって、ほとんどボランティアみたいな感じで患者を診てるんだけど。ただ団長の魔法は効くからな、診察料なんか取るつもりなくてもみんな持ってくる」


 コウは言いながら布きれを取り出し、自分の棍を磨いた。

「ハヤが診察料取らないなんて……」

 俺が言うとコウは小さく吹き出した。

「団長のアレは愛情表現だって。本気でがめついわけじゃねーよ。まぁ、取れるところからはガッツリ取るタイプではあるけど」

 つまり貧乏人からは取らないけど、金持ちが来たらどっさり取るって事なんだな。それで結構稼いでたんだ。もしかしてシマが俺に話さなかったのって、認可の取れていないモグリの活動だったからなのかな。


「そしたら、やっぱみんな国家戦略の……」

 俺が言いながらコウを見ると、コウは俺を見ないままため息をついた。

「……まず、才能ある子が孤児院に集められた。あそこで暮らしながら適性を見極められ、それから伸びそうな方向へ別々のコースへ入れられる。孤児でそこまでしてもらえるんだから相当だろうな」

「でも、みんな普通に魔術師とか獣使いになって生活してたんだよね?」


 確か彼らは普通に生活していて、それでレツが勇者に選ばれたからパーティーを組んだはず。だったら国家戦略はどこにいっちゃったんだ? コウは少し考えるように視線を上げた。


「確かに子どもは集められた。大々的に国中から。だから知ってるヤツは知ってるんだ。一応その時の卒業生っつーの? それがそこそこ国の中枢にも入ったりしてるっぽい事は聞いたんで、それで結果は出てるんじゃねーかな」


 そう言えばカナレスも知ってたし、やっぱりそれはそれですごい事だったんだろうな。

「え、それじゃ……シマたちって落ちこぼれって事?」

 俺が言うとコウは何か言う前に俺の頭を叩いた。う、いて……

「ちげーよ、むしろそこが微妙に謎なんだよな、キヨくんにしても団長にしてもシマさんだって、大体ほぼ主席の成績だったって聞いてる」

「え!」

 だったら、その卒業生みたく国の中枢にいるべきなんじゃねーの!?


「だよな。でもみんな王都に召し上げられる事はなかったんだ。みんな卒業後、普通に一人前の職業に就いた。レツくんはどれも微妙だったからか剣の練習を積むようにって指示だったっぽいけど、まぁそれでも一応剣士の訓練は受けた。結局剣士としては働いてなかったけど」


 何してたの? と小さく聞いたら、コウは「いろいろ、店の手伝いとか」と言った。レツって剣士の訓練受けてんのに、商人と同じ生活してたのか。


「……孤児院でもレツくんを囲むあいつらって、ちょっと特殊だったんだよ。普通そんな才能で集められてたら、みんな競争すんじゃん。実際他の奴らはそういうとこあったみてぇで。それがあの三人はほぼ主席ってのに全然でむしろ平気で試験ばっくれたりして、その三人がこれといって振るわないレツくん中心に、しかも外の俺とも時間があれば一緒に遊んでた。キャラだってみんな全然違う。なのにやたら気があったっつーか……」


 コウは何か思い出すように遠くを見ていた。レツやシマやハヤだけならバカなこと言って盛り上がったりしてるのはあるかもだけど、そこにちょっとキャラの違うキヨが入ると何だか不思議な気がする。その上本来は交流がないはずの孤児院外のコウ。コウだって人見知り激しいし、そんなコウも入って五人って事は相当気があったんだろうな。

 今のみんなを見てても、それはわかる。なんだか特別な絆がある気がする。


「……卒業時には絶対引き離されると思ってた。キヨくんが言ってたんだけどね、自分たちは孤児で後ろ盾もないし、ここまでしてもらったんだから国からの要請があったら蹴れないって。でも結局そんな事はなかった。三人は旅する仕事に就いたけど、その後もサフラエルで仕事してる俺とレツくんから離れないように、いつだってサフラエルに戻ってきてた。拠点があそこだったんだ」


 何だか五人にとっては好都合だったけど、それって何となく裏がありそうな気がしちゃうな。主席の成績を収めていたのに、せっかく育てたそんな人物を簡単に手放しちゃうなんて。

 ……まぁ、今は勇者の旅に参加できてるからいいのかな。勇者のクリアすべき問題が人を救っているんだとしたら、それも必要って事なのかな。


「あ、でも……」

 俺が呟くとコウは俺を見た。

「コウって、みんなと一緒にいる時は自分のうちで働いてたんだよね? その後武闘家の修行に出たって聞いたけど。サフラエルがみんなの拠点だったのに離れたのは、やっぱ武闘家になりたかったからなのか?」


 するとコウは一瞬、硬い表情をした。コウがそのまま黙ってしまったので、俺はなんだか落ち着かなくなってきた。

「コウ……?」

 俺が声をかけると、コウはおびえるような表情を見せた後、うつむいてすごく深いため息をついた。

「……ああ、そうだ。みんながいて、みんなが卒業した後も俺はうちの手伝いしてた。修行に出たのは三年前だよ」


 武闘家の修行って三年とかじゃなかったよな、もっと長くて辛いって聞いた事ある。そう言えば旅が始まった頃、キヨも帰ってきてるの知らなかったっぽい事言ってたし、もしかして途中で帰ってきたのかな。

「……それでも、今じゃすごいレベルじゃん。やっぱコウも才能あるんだね」

 なんだ、みんなもともと才能ある人たちばっかなんじゃん、なんだかズルイな。するとコウは苦笑をして俺の頭を撫でた。なんだか少しだけ、自虐的な苦笑にも見えた。


「俺は逃げてるだけだ。何もすげー事なんかねぇ」


 逃げてる? 何から逃げてるんだろう。いつだって真っ先にモンスターに挑んでるのに、あの姿勢のどこが逃げになるんだ?

「さぁ、お前はもう寝ろ。明日寝坊したら置いてくからな」

 コウは俺の頭をぽんぽん叩くと、小さな焚き火に向き直った。


 そのまま俺を見なかったから、俺にはそれ以上聞く事はできなかった。

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